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てん菜のリン酸減肥指針について

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最終更新日:2013年6月10日

てん菜のリン酸減肥指針について

2013年6月

地方独立行政法人北海道立総合研究機構 農業研究本部

十勝農業試験場 生産環境グループ 研究主査 田村 元
 


【要約】

 てん菜の移植栽培では、農家慣行法で作られた育苗ポットを移植した場合、圃場の有効態リン酸が土壌診断基準値(トルオーグ法で100グラム当たり10〜30ミリグラム)以上であれば、現行施肥標準の半量のリン酸施肥で同等の糖量が得られる。圃場の有効態リン酸が基準値に満たない(同100グラム当たり10ミリグラム未満)場合は、「施肥標準に対する施肥率」を若干変更することで現行と同等の糖量を得るためのリン酸施肥量が確保される。これらにより、てん菜の移植栽培においてリン酸肥料の使用量を大幅に削減できる。

1.はじめに

 てん菜は北海道の基幹作物の一つであるが、いわゆる畑作4品(小麦、ばれいしょ、豆類、てん菜)の中では最も労力がかかる作物である。しかし、収穫後の残さ(茎葉部)すき込みによる養分供給効果や、麦・豆類の連作回避など、輪作体系の維持に欠かせない作物である。近年、生産者の高齢化や気象条件の悪化などにより、作付面積が減少の一途をたどっているが(図1)、生産意欲の減退も原因の一つであり、その要因として収益が少ないことが考えられる。てん菜の栽培には多量の肥料が必要であり、他の作物と比較して肥料費が非常に高い(図2)。近年、肥料の価格が高騰しているため、生産者の手取りはますます少なくなっている。特にリン酸肥料は高価であるが、低温年におけるリスク回避のため、その施用量を減らす指導はされてこなかった。一方、これまでの試験において土壌中のリン酸含量が十分な圃場では大幅なリン酸減肥の可能性が示されており、更に近年は圃場のリン酸が蓄積傾向にあることから、肥料費の削減とリン酸資源の有効活用を目的に、てん菜におけるリン酸施肥を見直すことになった。
 

2.リン酸施肥削減とてん菜の収量性

 てん菜の移植栽培では、育苗の段階で多量のリン酸が施肥されている。農家慣行の育苗では、育苗土1リットル当たり3,600ミリグラム程度のリン酸が施用され、高濃度のリン酸を含む「リン酸強化苗」になっているので、てん菜の移植栽培においてはリン酸の減肥に有効な技術である「局所施肥法」が既に確立・実践されていることになる。

 そこで、慣行の育苗ポット移植栽培において本圃に施用する基肥リン酸を標準量の半分にした場合、てん菜の根重、糖分、糖量にどのような影響が生じるのか検討した。試験は十勝農試圃場および農家圃場で実施し、移植苗は各農家が使用しているものを用いた。

 試験の結果、多くの圃場でリン酸を半量にしてもてん菜の収量性に影響は認められなかった(表1)。表は2012年の試験結果であるが、2010年や2011年に実施した試験でもリン酸半減の影響は認められなかった。しかし、2012年の結果で、リン酸半量とした場合に根重や糖量が低下する事例が一部にみられ、特に「農家E」では統計的にも有意に根重が低下した。この圃場は土壌の有効態リン酸含量が低く、北海道の畑土壌診断基準値(トルオーグ法(注)で土壌100グラム当たり10〜30ミリグラム)を満たしていなかった。同様に十勝農試の圃場でも有効態リン酸含量が低いため、根重や糖量が低下する傾向がみられた。

(注)有効態リン酸の測定法の一つで、薄い硫酸(0.002規定)で抽出する方法
 
 これらの結果について、「リン酸標準」の糖量と「リン酸半量」の糖量の関係を、圃場のトルオーグリン酸レベルで分けて示した(図3)。トルオーグリン酸が土壌100グラム当たり10ミリグラム未満(▲)で2事例の減収が示されているが、基準値の同10〜30ミリグラム(■)や同30ミリグラム以上(●)では減収は認められない。すなわち、土壌の有効態リン酸含量が基準値以上なら、施肥リン酸を現行の半量にしても現在と同等の糖量が得られることが示された。
 

3.リン酸施肥量の見直し

 これまでのリン酸施肥標準量は土壌タイプによって10アールあたり20〜22キログラムと定められていたが、上記の結果から移植てん菜のリン酸施肥は、現行の施肥量の半量で問題がないことが分かった。また、本試験と併せ、これまで多くの試験がリン酸吸収係数の高い火山性土で行われていることや、冷涼な地域における現地試験においてもリン酸半量で初期生育や収量性に問題がなかったことから、他の土壌や地域においても適用可能と考えられ、てん菜の移植栽培におけるリン酸施肥量を図4のように見直すこととした。
 
 次に、土壌の有効態リン酸含量に対応したリン酸施肥量の調整が必要となるが、これまでも「土壌診断に基づく施肥対応」として、標準量に対する割合(150〜50パーセント)が定められていた。この割合をそのまま適用できるか検討したところ、土壌有効態リン酸が土壌100グラム当たり10ミリグラム以上では、糖量に対するリン酸施肥の影響がないことから、変更の必要はないと考えられた。一方、土壌有効態リン酸が土壌100グラム当たり10ミリグラム未満では、リン酸施肥に対する糖量の反応が見られ、試験データを解析した結果、有効態リン酸含量が土壌100グラム当たり5ミリグラム未満の施肥率は現行150パーセントを180パーセントに、土壌100グラム当たり5〜10ミリグラムの施肥率は現行130パーセントを160パーセントに引き上げることにより、これまでと同等の糖量が確保できることが分かった。これらの結果から、移植てん菜のリン酸施肥対応を図5のように見直した。
 

4.リン酸減肥の手順

 てん菜の作付け前には多くの場合、堆肥などの有機物が施用されるが、それらの有機物に含まれるリン酸も基肥としてカウントすることができる。その際、北海道の基準では、これまで牛ふん堆肥の肥効率は20パーセントと設定されていたが、多くの作物および土壌で再評価したところ、牛ふん堆肥に含まれるリン酸の肥効率は60パーセントと見積もられた。すなわち、牛ふん堆肥中のリン酸含有率が0.5パーセントであれば、堆肥1トン当たり5キログラムのリン酸が含まれ、その60パーセントの3キログラムがリン酸肥料として見込めることになる。したがって、例えば前年の秋に牛ふん堆肥を10アール当たり3トン施用した場合、9キログラムのリン酸が施肥されたことになる。同様に鶏ふん堆肥のリン酸肥効率を評価した結果、こちらも60パーセントと見積もられた。

 以上のような有機物中のリン酸評価と、前述のリン酸施肥量決定法を併せて、てん菜の移植栽培におけるリン酸減肥の手順を図6に示した。
 

5.リン酸施肥量の見直しによる効果

 てん菜に対するリン酸の施肥量(2009年度)は、北海道内平均で10アール当たり29 キログラムとなっており、施肥標準の20〜22キログラムを大幅に上回っている。リン酸施肥量を今回の見直しに従って10〜11キログラムにした場合、北海道内の移植てん菜栽培面積から単純に計算すると、約1万トンのリン酸が削減されることになる(2009年作付け面積より)。

 現在、見直し量に適合する肥料銘柄は流通していないが、製品化された場合は10アール当たり2,000円以上の肥料費削減が見込まれる(製造元試算)。また、重焼燐などで生産者自身が単肥配合を行う場合は6,000円以上、現有銘柄と硫安や尿素などの組み合わせを行えば8,000円程度の削減も可能であり、リン酸施肥量の見直しが北海道の農業に与えるインパクトは非常に大きいものと考えられる。
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