健康な中高齢者への蔗糖負荷による血中脂質の変化について
最終更新日:2014年4月10日
健康な中高齢者への蔗糖負荷による血中脂質の変化について
2014年4月
NPO法人「食と健康プロジェクト」
中嶋 克行、尾 哲也、小川 睦美、清水 史子、志賀 清悟、高田 明和
【要約】
50〜70歳代の投薬などの治療を受けていない健康な男性を被験者として、50グラムのブドウ糖もしくは蔗糖を単回投与し、投与前と120分後の血中脂質に与える影響を検討した。血中脂質の測定は尾らの報告(砂糖類・でん粉情報2013.10)に詳細が記載されている血清の一部を用いて行われた。血中脂質の中でも特に食後有意に増加し、肥満や動脈硬化性疾患の危険因子として知られている「レムナント・リポ蛋白」を中心に検討した。
健康な成人において一過性の蔗糖摂取の影響は、血中脂質関連項目に与える影響は認められず、肥満、動脈硬化性疾患に与える影響はほとんどないと考えられる。
はじめに
「レムナント・リポ蛋白」(以下「レムナント」という)とは、中性脂肪(トリグリセリド;TG)を多く含むリポ蛋白であり、食後に上昇する中性脂肪(TG)の約8割を占めることが知られている。従って、健康食品の宣伝に使われている「中性脂肪を下げる」というのは「レムナントを下げる」という意味であるが、いまだに「レムナントを下げる」という宣伝文句を、電車内の吊り広告で見たことはない。本論にて超悪玉コレステロールであるレムナントについてまず説明し、今回行われた蔗糖負荷が血中脂質、特にレムナントにどのような影響を与えるかについて述べる。
レムナントとは、「血中トリグリセリド(TG)−richリポ蛋白」が代謝の過程で何らかの障害を受けて速やかに代謝されず、血中に長時間うっ滞するリポ蛋白の総称と考えられている(Havel, R. J. Curr. Opin. Lipidol. 5:102-109: 1994.)。血中での代謝を遅らせる因子として、リポ蛋白リパーゼ(LPL)活性の低下をはじめ、いろいろな原因が知られているが、レムナントとして検出されるリポ蛋白は、「β−VLDL(超低比重リポ蛋白;very low density lipoproteins)」「カイロミクロン(chylomicrons)・レムナント(CM・R)」「VLDLレムナント」「IDL(中間比重リポ蛋白;intermediate density lipoproteins)」と、高脂血症の種類によりその主たる分画が異なることが知られている。従って、レムナントは「LDL(低比重リポ蛋白;low density lipoproteins)」「HDL(高比重リポ蛋白;high density lipoproteins)」に比べて、その組成の異質性が高いことが知られている。従来、物理化学的分析法(超遠心法)により、VLDLよりも小さいIDL が代表的なレムナントと考えられてきたが、現在ではその特殊な構造として、次のような特徴のリポ蛋白組成をもつことが知られている。つまり、1リポ蛋白粒子当たりアポEというアポリポ蛋白を多数持ち、コレステロール・エステル(CE)も多く含むVLDLが代表的なレムナントであり、IDLは一部に過ぎないと考えられている。
レムナントの概念が最初に提唱されたのは1970年、Redgraveによるカイロミクロン・レムナントの発見に端を発している(Redgrave, T. G. J. Clin. Invest. 49:455-459, 1970.)。その際、レムナントとは血中で比較的長時間代謝されずに残る、CEを多く含むTG−richリポ蛋白と定義され、冠動脈硬化症の危険因子として注目されてきた。しかし、その後開発された分離分析法の違いにより、レムナントの定義が少しずつ異なってきている。レムナント測定法として、初めて診断薬となったレムナント様リポ蛋白(RLP)コレステロール測定法(RLP−C法)は、CEとアポEを多く含むというレムナントの最も普遍的な定義にあてはまるTG−richリポ蛋白を、特異的な抗体を用いて分離分画し、そのコレステロール濃度を測定する方法である(Nakajima, K. et al. Clin. Chim. Acta, 223:53-71, 1993.)。本法は、用いたアポ B−100モノクローナル抗体の特異性により上記の異なる種類のレムナントを幅広く検出(Okazaki, M. et al. Clin. Chim. Acta, 296:135-149, 2000)しており、レムナントを反映する最初の診断薬として厚生労働省ならびにFDAの承認を得ている。しかし、測定法の煩雑さと微量コレステロールの測定を必要とすることから測定に一定の熟練を要し、一般検査室における検査法としては自動化RLP−C法の確立が待たれている。
1. レムナントの動脈硬化惹起性
レムナントは動脈硬化惹起性として知られるTG−richリポ蛋白であり、冠動脈硬化症のリスクが高い家族性V型高脂血症が高レムナント血症の典型例として古くから知られている(Havel, R. J. Curr. Opin. Lipidol. 5:102-109: 1994.)。それ以外に食後高脂血症、糖尿病をはじめ、病態によってレムナントの主たる組成(たとえば large VLDL,IDL など)が異なることも知られている。しかし、レムナント検査の目的には、いずれの組成においても動脈硬化惹起性という臨床的意義が求められており、TGやVLDL−Cよりも感度の高い臨床的意義をもつリポ蛋白分画として知られている。特に、食後高脂血症におけるレムナントの測定が、最も普遍的な診断の対象と考えられている。TGについては冠動脈硬化症の独立した危険因子として長年議論があったが、最近、空腹時TGよりも食後TG値がより強い動脈硬化惹起性を示すことが日米欧3カ所の前向きの長期間観察試験(注)(Iso, H. et al .Am. J. Epidemiol., 153:490-499, 2001, Nordestrgaad, B.G. et al.: JAMA, 298:299-308, 2007, Bansal, S. et al. JAMA, 298:309-316, 2007.)の結果から明らかとなった。つまり、食後4時間の増加したTGの約80パーセントは、RLP法により分画されるレムナント由来のTG(RLP−TG)であり、空腹時TG中よりも食後TG中のレムナントの割合が著明に増えていること(13% vs. 46%;表 3 ; Nakajima, K. et al. Clin. Chim. Acta, 404:124-127, 2009.)が中嶋らにより最近報告された。従って、血中TG値とレムナント値の相関は食後において空腹時より有意に高くなり、食後TG値が空腹時TG値より強い動脈硬化惹起性を示す原因と考えられる。また、レムナントはTGの主成分を占めるVLDL(d<1.006)の亜分画のひとつであり、VLDL−Cは、TG濃度400mg/dl以下であれば、その1/5の値をコレステロール値とした値とよく一致することが知られている。つまり、VLDL−CとTGは連動して動き、ほとんど同じ臨床的意義をもつことが明らかである。レムナントの特徴として血中TG、VLDL−Cはそれほど高値でないにもかかわらず、レムナントが非常に高いのが家族性V型高脂血症の特徴である。また逆に、TG、VLDL−Cが高いにもかかわらず、それほどレムナントが高くならないのが妊婦の高脂血症の特徴として知られている(Okazaki, M. et al. Clin. Chim. Acta, 339:169-181, 2004.)。
(注)前向きの長期間観察試験とは、例えば、10年前に採血して凍結保存してある血液を用いて、本日ある検査を行い、現在の健康状態と比較して、その検査値がどのような意味(予知能)があるかを検討する試験。
2. 果糖とブドウ糖投与による血中脂質の変化
カリフォルニア大学デービス校のDr.Peter HavelとDr. Kimber Stanhopeによる、1日の摂取カロリーの25パーセントに相当する果糖とブドウ糖を飲料として朝、昼、晩の3回、食事と一緒に10週間連続投与した研究から、果糖摂取によってレムナントをはじめ、動脈硬化や肥満の危険因子として知られている各種リポ蛋白が食後に著明な増加をもたらすことが明らかとなった(Stanhope KL, et al. J Clin Invest. 119:1322-34, 2009)。対照として同じカロリーを摂取したブドウ糖においては、ほとんど投与前の検査値と変わらないにもかかわらず、果糖投与では著明にこのような影響が認められた。この現象は、その後の2週間連続の果糖含量の高い高果糖シロップ投与においても同様の結果が得られ、彼らにより甘味料や飲料に含まれる果糖量を減らすことが提唱された。1日の摂取カロリーの25パーセントに相当する果糖量を、甘い食事や飲料から摂取している米国人が実際にはかなりの頻度でいると言われ、BMI30以上が30パーセントもいることと関係しているのではないかと言われている。この摂取量は果物に含まれる果糖量よりもはるかに多く、果物の摂取は問題ないと説明されている。従って、果糖による糖分の取り過ぎが、肥満、動脈硬化大国米国の公衆衛生上の大きな問題点として注目されている。
3. 蔗糖負荷による血中脂質の2時間後の測定結果と考察
Dr. Havelらは「蔗糖」についても、同じく摂取カロリーの25パーセントに相当する大量の負荷を長期間連続投与で行っており、果糖の場合とほとんど同じ結果を報告している。しかしながら彼らの蔗糖投与量と投与回数は、今回、われわれが「食と健康プロジェクト」にて行った蔗糖負荷試験法とは大きく異なっており、またその目的も異なっている。つまり、食と健康プロジェクトの行う蔗糖負荷試験の目的は、例えば50グラム相当の蔗糖を一回、飲料あるいはケーキのような菓子類から摂取した場合、血糖値の上昇の他に、脂質代謝にどのような影響を与えるかを検討するためである。つまり、糖尿病の患者が医師から控えるように言われている甘いものを時に食べることに対して、後ろめたさを感じないで済むかどうかをはっきりさせることである。
表1,2に、われわれが食後に増加する血中レムナントの研究に用いた脂肪食「オフトクリーム」の組成を示した。この脂肪食1回の摂取は、ソフトクリーム1個を食べるのとほぼ同じ量であり、脂質検査値を確実に上昇させる。表3に脂肪食負荷後2時間以降で、実際どのくらい血中脂質が増加するかを示した。これによると、特にRLP−C(レムナント―コレステロール)、RLP−TG(レムナントートリグリセリド)として、レムナントの著明な増加が認められる。
表4は、前回の尾らによる「砂糖類・でん粉情報2013.10;34-37」に掲載されている血糖値の測定と同時に採血した血液を用いて、脂質関係項目を測定した結果である。従って実験条件の詳細については、尾らの上記報告を参照していただきたい。
被験者を3グループに分け、対照群として水のみ、50グラムのブドウ糖、50グラムの蔗糖を空腹状態の午前中に投与し、投与前と2時間後に採血して、レムナントをはじめ脂質、リポ蛋白、インスリン、脂肪酸などを測定した。その結果50グラムのブドウ糖、蔗糖投与ともに脂質関連項目については、投与前と2時間後で有意な違いは認められなかった(表4)。ブドウ糖負荷のインスリンのみに2時間後に有意な上昇が認められた(図1)。また、3群間の比較検討では、ブドウ糖では投与後2時間で有意にインスリン値に上昇が認められ、蔗糖投与群との違いが認められた(表5)。蔗糖群で2時間後に上昇が認められなかったのが、水だけの場合に有意に2時間後に低下する傾向が見られており、蔗糖投与では、蔗糖によるインスリンの上昇を相殺するように、ブドウ糖と水投与の中間の結果と考えられる。つまり蔗糖によるインスリン分泌促進作用は、ブドウ糖よりも少ないのではないかと考えられる。従って2時間値の血糖がブドウ糖に比べて明らかに低いという尾らの結果(砂糖類・でん粉情報, 2013.10)と合わせて判断すると、ブドウ糖では蔗糖より血糖値が著明に上昇するのでインスリンの量も多く分泌されるが、蔗糖はブドウ糖ほど血糖値が上昇しないので、インスリンの分泌も少ないのではないかと考えられる。
脂肪負荷食を同じ50グラム投与すると、表3のように2時間後以降、TG、レムナント(RLP−C, RLP−TG)の著明な上昇が認められるが、ほぼ同じ量の蔗糖負荷50グラムではTG、レムナント(RLP−C, RLP−TG)の上昇は認められなかった。つまり、蔗糖50グラムの単回投与では、血糖値の上昇は認められても、投与後2時間での脂質関連項目の変動は全く認められなかった。今後はさらにレムナントにより亢進されることが明らかとなっている血液凝固系(Knöfler R, Thromb Res;78:161-71. 1995)への影響について検討してゆきたい。
以上の事から健康な成人において一過性の蔗糖摂取の影響は、血中脂質関連項目に与える影響は認められず、肥満、動脈硬化性疾患に与える影響はほとんどないと考えられる。
Kastuyuki Nakajima, Ph.D
(Nakajima & Associates, Co., Ltd)
The effect of sucrose and glucose loading on plasma lipids and lipoproteins in healthy Japanese men. Sucrose and glucose loading test (50 g each) was conducted in healthy, comparatively old Japanese men to investigate the effect on lipid metabolism. Glucose enhanced insulin secretion slightly in 2 hr, but sucrose did not. All other parameters, including remnant lipoproteins, in plasma were not changed in 2hr after both sucrose ad glucose loading, although a significant increase of blood glucose level was found in all the subjects.
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