熊毛地域向けさとうきび品種「農林32号」の特性と利用
最終更新日:2015年2月10日
熊毛地域向けさとうきび品種「農林32号」の特性と利用
2015年2月
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
九州沖縄農業研究センター 作物開発・利用研究領域
主任研究員 境垣内 岳雄
【要約】
「農林8号」は高糖、多収で病害抵抗性に優れる熊毛地域(種子島)の主要品種である。一方で、製糖開始期の糖度が不安定という課題があり、この対策として早期高糖性品種の育成が進められてきた。さとうきび新品種「農林32号」は甘蔗糖度、純糖率が高く、優れた早期高糖性を有する。また、一茎重が大きく、脱葉性が良いため、収穫や原料茎調製の作業性にも優れる。「農林8号」の代替として既存の早期高糖性品種「農林22号」と併用することで、熊毛地域の製糖開始期の糖度改善が期待される。
はじめに
さとうきびは南西諸島全域で栽培される基幹作物であり、南西諸島の持続的発展のためには、さとうきびの安定多収を図る必要がある。南西諸島は島しょであるため面積は広くないものの、範囲は南北約1200キロメートルにも及ぶ。このため、安定多収を困難にする要因も地域によって異なる。例えば、奄美・沖縄地域では、干ばつによる水不足が主な生育阻害要因となる一方で、南西諸島の北限に位置する熊毛地域では、冬季や春先などの低温が主な生育阻害要因となる。
図1で示すように、熊毛地域は同じ鹿児島県の大島地域と比較すると、単収は安定して高い。これは熊毛地域では作土層が深く、降水量が多いため、生育旺盛期の夏季に水不足が生じにくいことに起因している。一方、熊毛地域は高緯度に位置するため生育適温期間が短く、製糖開始期までに糖蓄積が十分でない場合がある。
表1の過去10年間の圧搾開始日と製糖初期の蔗汁品質を見ても、2004年度ではブリックスが14.7%、2010年では純糖率が80.1%という低い蔗汁品質で操業を開始している。このように、熊毛地域では単収向上のみならず、製糖開始期の糖度を向上させることが喫緊の課題となっている。
熊毛地域の主要品種はさとうきび農林8号(以下「農林8号」という)であり、育成から20年以上たった現在でも栽培面積の約80%を占める。農林8号は高糖、多収で病害虫抵抗性に優れる品種であるが、十分な早期高糖性を有していない。このため、早期高糖性に優れる品種として、2008年に茎数型のさとうきび農林22号(以下「農林22号」という)を育成した。農林22号は製糖開始期の蔗汁品質に優れ、現在では栽培面積の約13%を占めている。今後、熊毛地域で製糖開始期の糖度を安定して高めるためには、農林22号と併用し、農林8号を代替する新しい品種を育成する必要がある。さとうきび農林32号(以下「農林32号」という)は、農林22号と同程度の優れた早期高糖性を示し、一茎重の大きい茎重型品種である。このため、梢頭部除去などの原料調製作業の軽労化が期待できるだけでなく、農林22号が不向きであった手刈り収穫にも適する。本稿では農林32号の来歴、特徴ならびに栽培上の注意点について紹介する。
1. 品種の来歴と特徴
(1)来歴
農林32号は、太茎で脱葉性に優れる台湾育成品種「ROC14」を種子親、高糖多収で茎伸長に優れる「CP57-614」を花粉親として台湾糖業研究所で交配された種子から、九州農業試験場作物開発部さとうきび育種研究室(現 九州沖縄農業研究センター作物開発・利用研究領域さとうきび育種グループ)が育成した品種である(図2)。
交配種子は2002年に播種し、2003年に実生選抜を開始、2005年に系統名「KTn03-54」を付した。2007年以降は、育成地での生産力検定試験に供試するとともに、特性検定試験および系統適応性試験に供試した。奄美地域および沖縄県では少収で成績が振るわなかったものの、熊毛地域では高糖、多収の成績を示したため、2008年以降は熊毛地域での奨励品種決定調査に供試した。この結果、早期高糖性など優れた特性が確認されたことから、2012年に「KTn03-54」として品種登録申請を行った。2013年には鹿児島県の奨励品種に採用され、農林水産省から「さとうきび農林32号」の認定を受けた。
(2)形態および生態的特性
農林32号の形態的特性を図3、4、5、6に示す。草姿は農林8号と同じ“立葉”である(図3)。茎は農林8号よりやや太く、また、節間部の複合色(光が当たった部分の色)は灰赤となる(図4)。芽子の大きさは農林8号よりやや小さい“やや狭”である(図5)。農林32号と農林8号を識別する際に分かりやすい形態的特性は葉耳の形態であり、槍型の大きな葉耳を有する(図6)。
農林32号の発芽性は農林8号と同じ“高”である。萌芽性は“やや低”、分げつ性は“やや弱”であり、いずれも農林8号よりもやや劣る。脱葉性は農林8号と同程度の“易”であり、“中”である農林22号より優れる。出穂は農林8号よりも少ない。登熟の早晩性は農林8号よりも優れる“かなり早”であり、10月から蔗汁ブリックスが高い(図7)。
農林32号の黒穂病抵抗性は“中”であり、農林8号よりやや劣る。葉焼け病、サビ病、梢頭腐敗病に対する抵抗性はいずれも“強”である。モザイク病抵抗性(
図8)は“弱”であり、“強”である農林8号よりも劣るため栽培の際に注意を要する。メイチュウ類抵抗性は農林8号と同程度の“中”である。風折抵抗性は農林8号と同程度の“強”である。
(3)収量性および品質特性
農林32号は農林8号や農林22号と比較して、原料茎径、一茎重が大きい茎重型品種である(表2)。農林32号は春植えでは農林8号より原料茎数はやや少ないが、原料茎重は大きい。また、株出しでは原料茎数は少なく、原料茎重は同程度かやや少ない。農林32号の甘蔗糖度や純糖率は農林22号と同程度で農林8号より高く、蔗汁品質に優れる(表2)。
農林32号の可製糖量は春植えでは農林8号と比較して大きく、株出しでは同程度かやや大きい。なお、農林32号の繊維分は農林8号と同程度かやや高く、収穫後の品質劣化性は農林8号と同程度で劣化しにくい。
2. 栽培上の注意点
農林32号の栽培上の留意点として、以下の2点が挙げられる。1点目はモザイク病に弱いことであり、農林32号の植え付けにおいては、モザイク病に罹病のない優良種苗の使用を徹底する必要がある。なお、経験的に風通しの悪いほ場はモザイク病が発生しやすいことが知られており、増殖ほ場は風通しの良い場所に設置することが望ましい。
2点目は株出しでの茎数が少ないことである。農林32号は蔗汁品質に優れるため、株出しでの可製糖量は農林8号と同程度かやや大きいものの、原料茎数が少なく、収量性がやや不安定である。現在、熊毛地域では株出し面積が約70%まで増加し、さらに、株出し3回目以上の多回株出しほ場が約20%を占めている。このような栽培状況の変化を併せて考えると、農林32号の栽培においては、収穫後の肥培管理を適切に実施して、株出しでの茎数の確保に努め、収量低減を抑えることが重要である。
おわりに
農林32号は前述のような栽培上の注意点があるものの、早期高糖性や優れた蔗汁品質など、農林8号にはない特性を有している。また、脱葉性が良く、一茎重が大きい茎重型品種であることから、梢頭部除去などの原料調製作業の軽労化が期待できるだけでなく、農林22号が不向きであった手刈り収穫にも適する。現在、熊毛地域では約80%がハーベスタ収穫となっているものの、約20%は依然として手刈り収穫が占めている。手刈り収穫において農林32号は、魅力的な品種と考えられる。
春先の低温に加えて、台風襲来の影響を受けて、2014年度の熊毛地域の製糖初期の蔗汁品質は低かった。このような蔗汁品質の低い年では農林32号や農林22号などの早期高糖性品種が大きな力を発揮するはずである。経営の安定化のためにも、農林8号のほ場の一部を農林32号に代替することを検討いただきたい。
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