東京農工大学大学院 生物システム応用科学府、アグリランド 代表 河野辺 雅徳
東京農工大学 客員准教授、沖縄県農業研究センター 上席主任研究員 宮丸 直子
サトウキビの根部を加害し、収量減の要因となる植物寄生性線虫について、沖縄県の北大東島および久米島で実態調査を行った。その結果、サトウキビ畑において植物寄生性線虫が広範かつ高密度に生息していることが判明した。また、殺線虫剤を用いたほ場試験の結果、これらの線虫がサトウキビ初期生育に大きな影響を与え、収量減をもたらすことが明らかとなり、対策の必要性が示された。さらに、線虫診断技術として、より簡易で精度の高いリアルタイムPCR法による定量法を開発した。
線虫とは線形動物門の一般的な名称で、さまざまな環境中に生息する小動物である。土壌中に生息する線虫は、体長が0.1〜1ミリメートル程度であることも多く、肉眼で観察することは難しい。農耕地に生息する線虫は、主に自活性線虫および植物寄生性線虫に大別されるが、農業上問題になるのは後者である。植物寄生性線虫は、作物の根の表面に針を刺して養分を吸収したり、根自体に入り込み寄生生活を行う(
図1)ため、作物に対して生育阻害や病斑を作るなどの悪影響を及ぼす。
サトウキビに対する植物寄生性線虫の被害は、世界的には認知度が高く、主要産出国であるブラジル、豪州、アフリカ諸国では2〜4割に及ぶ減収が指摘され、新植ばかりでなく株出し栽培でも影響が大きいことが報告されている(
表1、Cadet & Spaull, 2005)。そのため、各国で殺線虫剤や栽培管理などによる線虫対策がとられている。沖縄県では、照屋(1971)が土壌への線虫添加試験によって、ナミラセンセンチュウ、リュウキュウイシュクセンチュウ、サツマイモネコブセンチュウの3種の植物寄生性線虫がそれぞれ15〜30%のサトウキビ収量減を引き起こすこと、効果的な線虫対策のためには沖縄県における植物寄生性線虫の実態解明が必要であることを報告している。しかし、沖縄県のサトウキビ畑では、植物寄生性線虫の実態調査はほとんど行われておらず、線虫対策も実施されていないのが現状である。
サトウキビ畑には世界で300種以上の植物寄生性線虫が生息していることが知られており(Cadet & Spaull, 2005)、主として顕微鏡を使って形態的特徴による種の分類および測定が行われてきた。しかし、土壌や線虫種ごとの線虫抽出効率の違いや形態観察の難しさなどにより、測定結果が大きく変動するなどの問題点が指摘されている。より的確な線虫診断を行うためには、DNA解析を用いたリアルタイムPCR法などの定量法が有効である。
そこで、サトウキビ生産性が低下傾向にある北大東島および久米島のサトウキビ畑を対象に、植物寄生性線虫の実態調査を行った。次に、殺線虫剤を用いたほ場試験によって、植物寄生性線虫がサトウキビ生育に及ぼす影響について検討した。さらに、リアルタイムPCR法による植物寄生性線虫の定量法を開発した。
(1)北大東島における実態調査
北大東島は大東諸島に属する島であり、沖縄本島の東、約360キロメートルに位置する。基幹作物はサトウキビであり、作付面積は全耕地面積の約85%を占める。しかし、北大東島における過去 30年間のサトウキビ平均単収は10アール当たり4.5トンと県平均の同6.6トンより低く推移しており、生産性の向上が急務である。また、近年、カボチャやバレイショも栽培されているが、それらの栽培面積は少なく、ほとんどの畑ではサトウキビ連作が続いている。
本調査では、北大東島全域のサトウキビ畑(春植え)からランダムに選んだ50筆を対象として、植物寄生性線虫の密度および種類を測定した。2014年9月に、1筆当たり6カ所、株元10〜15センチメートル、表層から30センチメートルまでの土壌を採取しよく混和した。その後、20グラムの土壌(3反復)からベルマン法(室温、72時間)と二層遠心法(佐野、2004)によって線虫を抽出し、顕微鏡下で形態的特徴による分類および計測を行った。また、各植物寄生性線虫種は、種レベルの同定に適しているリボソームRNAのITS領域やリボソームRNA大サブユニットの塩基配列により種の同定を行った(Kawanobe
et al., 2014)。
その結果、北大東島のサトウキビ畑からモロコシネグサレセンチュウ(
Pratylenchus zeae)、リュウキュウイシュクセンチュウ(
Tylenchorhynchus leviterminalis)、ナミラセンセンチュウ(
Helicotylenchus dihystera)、ヤリセンチュウの一種である
Hoplolaimus columbusやワセンチュウ類など、多種類の線虫が同定された(
図2)。調査ほ場全体としての平均全線虫数は20グラム土壌当たり215頭で、44%が自活性線虫、56%が植物寄生性線虫であり、植物寄生性線虫が過半数を占めていた(
図3A)。植物寄生性線虫の内訳は、ネグサレセンチュウ(主にモロコシネグサレセンチュウ)が約7割、イシュクセンチュウが約2割、ナミラセンセンチュウを中心としたラセンセンチュウが約1割を占め、これら3種が主要な植物寄生性線虫であった(
図3B)。また、線虫数の変動係数は、自活性線虫が0.4に対して植物寄生性線虫は0.8と、自活性線虫数が相対的に一定である一方、植物寄生性線虫はほ場ごとの数のばらつきが大きく(20グラム土壌当たり11〜568頭)、植物寄生性線虫数が多いほ場ほど植物寄生性線虫数が全線虫数に占める割合が高かった(
図4)。
このように、北大東島のサトウキビ畑では植物寄生性線虫が高密度で遍在しており、主要な種類であるネグサレセンチュウは、世界的にサトウキビ収量減の大きな要因である(Berry
et al., 2008)。さらにリュウキュウイシュクセンチュウおよびナミラセンセンチュウによる収量減も報告されていることから(照屋、1971)、北大東島のサトウキビ収量に対する植物寄生性線虫の重大な悪影響が懸念される。
(2)久米島における実態調査
久米島は、沖縄本島の西、約100キロメートルに位置する島である。総世帯数に占める農家数は約25%、就業人口に占める農業就業人口は約24%であり、久米島の経済において農業は重要な産業である。基幹作物はサトウキビであり、収穫面積は久米島の全耕地面積の約51%(850ヘクタール)を占めている。一方、久米島のサトウキビ生産量は昭和60/61年期に12万8000トンであったが、近年は生産量4〜6万トン、単収10アール当たり4〜6トン(平成22/23年期以降)で推移している。生産量低下の要因は、収穫面積の減少と単収の低下が挙げられる。
本調査では、久米島仲里地区(島の東半分)のサトウキビ畑(春植え)からランダムに選んだ60筆を対象として、2014年10月に北大東島と同様に植物寄生性線虫の分類および密度を測定した。調査ほ場全体の平均全線虫数は20グラム土壌当たり311頭で、49%が自活性線虫、51%が植物寄生性線虫であった(
図5A)。植物寄生性線虫の内訳は、ネグサレセンチュウが約2割、イシュクセンチュウが約7割、ラセンセンチュウが約1割を占め、これら3種が主要な植物寄生性線虫であった(
図5B)。北大東島ではネグサレセンチュウが約7割、イシュクセンチュウが約2割を占めており、両島は植物寄生性線虫相が異なることが示唆された。照屋(1971)は、リュウキュウイシュクセンチュウが20グラム土壌当たり100頭を超えて、11カ月以上サトウキビに感染すると、著しい減収が起こると指摘している。久米島の調査ほ場のうち、4割の畑でイシュクセンチュウが同100頭を超えており、サトウキビ単収低下の一因となっている可能性が高いと考えられた。
以上のように、今回調査した北大東島および久米島では、サトウキビ畑に多数の植物寄生性線虫が生息しており、サトウキビ低収の要因となっていることが懸念された。また、植物寄生性線虫のうち、約7割を占める線虫が北大東島ではネグサレセンチュウ、久米島ではイシュクセンチュウと種が異なった。これらのことから、沖縄県内全域において、サトウキビ畑の植物寄生性線虫の実態について調査する必要があると思われる。
北大東島では島内全域のサトウキビ畑で植物寄生性線虫が高密度に生息していることが明らかになったことから、殺線虫剤を施用したほ場試験によって、植物寄生性線虫がサトウキビ生育に及ぼす影響を調査した(投稿中)。供試した殺線虫剤は有効成分としてホスチアゼートを含み、対象とする線虫以外の土壌微生物への影響が少ないことが報告されている(Wada & Toyota, 2008)。また、予備試験としてポット試験を行った結果、殺線虫剤を施用した区(殺線虫剤30区:殺線虫剤10アール当たり30キログラム、殺線虫剤150区:同150キログラム)では、対照区に比べて植物寄生性線虫が減少し、サトウキビ仮茎長と乾物重(茎葉および根部)が増加した(
図6、Kawanobe
et al., 2014)。
ほ場試験は、事前調査で植物寄生線虫が検出された北大東島のサトウキビ畑で行った。処理区は、対照区(殺線虫剤無施用)、殺線虫剤20区(植え付け前に殺線虫剤を10アール当たり20キログラム施用)、殺線虫剤50区(同50キログラム施用)の3試験区、1区42平方メートル、5反復とし、殺線虫剤施用以外の栽培管理は農家慣行に従った。植物寄生性線虫数の測定は、サトウキビ植え付け時、植え付け1、3、5カ月後および収量調査時(植え付け12カ月後)に実施した。土壌採取は前述の実態調査と同様に行い、よく混和した後に土壌サンプル20グラム(3反復)からベルマン法(72時間、室温)で線虫の抽出を行った。また、線虫種は、後述のリアルタイムPCR法によるDNA増幅により同定した(Kawanobe
et al., 2015)。サトウキビ生育調査(仮茎長、茎数)は2014年7月(植え付け5カ月後)に、収量調査は2015年2月(植え付け12カ月後)に行った。収量調査は、各区当たり2畝×4メートル(12平方メートル)のサトウキビを刈り取り、原料茎重(収量)、茎数、茎長、茎径、糖度を測定した。
ほ場試験の結果、植物寄生性線虫は上述の各植物寄生性線虫が同定され、中でも世界的にサトウキビ収量減の要因として取り上げられるネグサレセンチュウ数は、殺線虫剤20区および50区において植え付け3カ月後に対照区に比べて減少し、5カ月後も絶対数は増加したものの、相対的に少ない水準を維持した(
図7)。また、12カ月後(サトウキビ収穫時)では、各試験区間のネグサレセンチュウ数に差はなかった。
サトウキビ生育調査(植え付け5カ月後)の結果、殺線虫剤を施用した両区とも対照区に比べて茎数が多く、仮茎長も長かった(
表2)。サトウキビ収量は、殺線虫剤を施用することによって殺線虫剤20区で15%、殺線虫剤50区で16%増加した(
図8)。茎数は殺線虫剤を施用した区で多かったが、茎長、茎径、甘蔗糖度は試験区間に大きな差はなかった(
表3)。
これらのことから、植え付け5カ月前後の初期生育段階でのネグサレセンチュウ数がサトウキビ収量に影響していることが示唆された。すなわち、ネグサレセンチュウがサトウキビの初期生育段階で茎数を減少させ、その結果、収量減の要因になると考えられた。今後、久米島で優占したイシュクセンチュウやその他の植物寄生性線虫についても、サトウキビ生育への影響を調査し、適切な線虫対策を講じる必要があると思われる。
植物寄生性線虫の研究では、ベルマン法(ティッシュペーパーを敷いたふるいに土壌を入れ、漏斗上で水に浸し、土壌中の線虫が自重と運動性によりティッシュペーパーを通り抜けることを利用して線虫を採取する方法)による土壌からの線虫分離法が広く用いられてきた。分離された線虫は、顕微鏡下で形態的特徴を確認して分類および線虫数の測定を行う。しかし、ベルマン法は、線虫の運動性を利用して分離を行うため、卵や休眠状態など運動性がない発育段階の線虫は分離できない。加えて、土壌や線虫の種類によっても分離効率が異なることが知られている。さらに、顕微鏡下での形態観察は熟練を要し、測定者の能力によって結果が大きく変動するなどの問題点も指摘されている。このため、安定的に線虫密度の定量が可能な、DNA解析を用いたリアルタイムPCR法によるサトウキビ畑の植物寄生性線虫定量法の開発を行った。
リアルタイムPCR法は、ターゲットとなる土壌微生物(病原など)のDNAを繰り返しPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)しながら、1サイクルごとのPCR産物の増加度合いをリアルタイムに測定し、DNAがある一定の増幅量に達するまでのサイクル数(Ct値:Threshold Cycle)からDNAを定量する技術である。測定に当たっては、ターゲットとなる線虫の種類に特異的な配列を持つ20〜30塩基対のDNA断片(プライマーと呼ばれる)を作成する。次いで、土壌から抽出したDNAをプライマーが入ったPCR反応試薬を使って増幅し、Ct値を測定する。このCt値をあらかじめ作成した検量線に当てはめると、例えば、ネグサレセンチュウがどのくらい土壌中に生息しているかを推計することができる(
図9)。
リアルタイムPCR法をサトウキビ畑の植物寄生性線虫定量に適用するためには、各線虫の種類に特異的なプライマーを作成し、線虫の種類ごとに検量線を作成することが必要である。そこで、本研究では北大東島のサトウキビ畑に生息する主要な植物寄生性線虫であるモロコシネグサレセンチュウ、リュウキュウイシュクセンチュウ、ナミラセンセンチュウ、
H. columbus(ヤリセンチュウの一種)のそれぞれについて、プライマーおよび検量線を作成し、リアルタイムPCR法による植物寄生性線虫の定量法を開発した(Kawanobe
et al., 2015)。本手法により、北大東島の主要な植物寄生性線虫を安定的かつ迅速に定量することができるようになり、県内他地域についても同様の手法により上記の線虫種について測定することが可能となった。今後、沖縄県内各地のサトウキビ畑について、より多様な線虫種を対象としてプライマーおよび検量線を作成することによって、サトウキビ畑の植物寄生性線虫を高精度に測定することが可能となる。
北大東島のサトウキビ畑には、植物寄生性線虫が広範かつ高密度に生息しており、ネグサレセンチュウ、イシュクセンチュウ、ラセンセンチュウの各種が優占種であることがわかった。ほ場試験の結果から、これらの植物寄生性線虫はサトウキビ初期生育に極めて大きな影響を与えることが明らかとなり、最終的に15%を超えるサトウキビ収量減に結びつく可能性が示唆された。また、これまで形態的特徴によって同定、密度測定が行われてきた植物寄生性線虫の診断法として、より安定的に定量を行うことができるリアルタイムPCR法を開発した。久米島の実態調査においても20グラム土壌当たり平均100頭を超える植物寄生性線虫が検出されており、植物寄生性線虫によるサトウキビ収量減は沖縄県全域に広がっている可能性がある。今後、調査対象地域を拡大して植物寄生性線虫被害の実態を把握し、適切な対策を講じることが必要と考える。
本研究の推進に当たり、北大東島および久米島の農家の皆さま、北大東村役場、北大東製糖株式会社、久米島町役場、久米島製糖株式会社、沖縄農業技術開発株式会社、株式会社沖縄環境分析センターの方々に大変お世話になりました。記して深謝いたします。
【参考文献】
・Berry, S.D., Fargette, M., Spaull, V.W., Morand, S. & Cadet, P. (2008) Detection and quantification of root-knot nematode (Meloidogyne javanica), lesion nematode (Pratylenchus zeae) and dagger nematode (Xiphinema elongatum) parasites of sugarcane using real-time PCR. Molecular and Cellular Probes 22, 168-176.
・Cadet, P. & Spaull, V.W. (2005) Nematode parasites of sugarcane. In: Luc, M.,Sikora, R.A. & Bridge, J. (Eds). Plant parasitic nematodes in subtropical and tropical agriculture. Wallingford, UK, CAB International, pp. 645-674.
・Kawanobe, M., Miyamaru, N., Yoshida, K., Kawanaka, T. and Toyota, K. (2014) Plant-parasitic nematodes in sugarcane fields in Kitadaito Island (Okinawa), Japan, as a potential sugarcane growth inhibitor. Nematology 16: 807-820.
・Kawanobe, M., Miyamaru, N., Yoshida, K., Kawanaka, T. and Toyota, K. (2015) Quantification of lesion nematode (Pratylenchus zeae), stunt nematode (Tylenchorhynchus leviterminalis), spiral nematode (Helicotylenchus dihystera), and lance nematode (Hoplolaimus columbus), parasites of sugarcane in Kitadaito, Okinawa, Japan, using real-time PCR. Nematological Research 45: 35-44.
・佐野 善一(2004)二層遠心浮遊法.線虫学実験法:88-90
・照屋 林宏(1971)沖縄における有害線虫.植物防疫 25:458-460
・Wada, S. and Toyota, K. (2008) Effect of three organophosphorus nematicides on non-target nematodes and soil microbial community. Microbes and Environments 23: 331–336.