ピエスモンテとあめ細工
最終更新日:2016年8月10日
ピエスモンテとあめ細工
2016年8月
目白大学短期大学部 製菓学科
准教授 砂盃 ひとみ
ピエスモンテの歴史
ピエスモンテ(Pièces montées)とは、フランス語で「小片を積み上げた(組み立てた)」という意味で、大型装飾菓子のことを言う。古代より、ヨーロッパ王朝の宴席の食卓は、植物や果物、貴重な食器類、照明器具などをはじめ、パン生地を窯で乾燥させて作る彫刻や、本物ないしイミテーションのパイやケーキなどが装飾として並べられていた。17世紀ごろからはイタリアやイギリス、フランスで、果物の砂糖漬けをピラミッド状に積み上げたものや、彩色したマジパン(アーモンドペーストと砂糖のシロップをこね合わせたもの)で果物や花や鳥を作って芸術的に並べたもの、またはパスティヤージュ(上質の砂糖、でん粉、トラガントゴムを混ぜ合わせたもの)で建築物などのモニュメントが作られ始め、芸術作品としての要素が高まっていく。その後19世紀ごろからは、菓子職人の技を競い合う意味合いも含めたピエスモンテの制作が盛んに行われるようになり、ヨーロッパ以外の国にも広がりをみせる。その間、材料や道具の進化と共に内容も様変わりをし、現在のピエスモンテの主流はあめ細工やチョコレート細工で、作品の世界大会も行われている。
あめ細工のピエスモンテ制作
中でも華やかな演出にかけては秀逸のあめ細工は、砂糖に秘められたさまざまな特質を最大限に生かしきった「砂糖の芸術作品」と言えるであろう。日本においてもあめ細工の伝統は古くから受け継がれているが、ヨーロッパ発祥のあめ細工の技法や見せ方とは大きな違いがあり、特に大型のピエスモンテともなると、構想から完成までの工程は実に膨大である。そこで、平成25年に「目白大学短期大学部(前身は目白学園女子短期大学)創立50周年」を記念して制作した作品をもとに、その工程をまとめる。
1.構想から準備まで
(1)テーマに沿ったイメージづくり
ピエスモンテとは、そもそもが宴席を演出するものであることから、その会の目的に沿ったテーマで形作られることが大前提としてあり、コンクールにおいてもテーマに沿っているかは重要な採点基準とされている。
(2)イメージの具体化
一般的には彩色も施したデザイン画として描き出し、イメージをより具体化していくのだが、時には発泡スチロールなどを実物大に切り出して組み立ててみることもある。あめのパーツは見た目以上に重量があるため、組み立てる際の重心の置き所も重要で、そのバランスを見ながらそれぞれのパーツの形や大きさなどを微調整して決めていけるという点において、とても有益な工程と考える。
(3)作業環境の整備
あめ細工の制作において大敵なのが湿気である。湿度の高い環境下では、あめ細工の要である光り輝く艶や透明感が損なわれ、さらにひどい状況になると表面が溶け出してパーツ同士の接着も困難となる。よって作業場所の湿度は40%以下に保つことが理想なのだが、比較的湿度の高い日本においてこの環境を整えるためには、換気扇を回し続けながら200℃程度に設定したオーブンの扉を開けて部屋を乾燥させたり、除湿器を整備するなどの対策が必要となってくる。
2.パーツの作製(あめ細工の基本とされる3つの技法から)
(1)技法その1…流しあめ (Sucre coulé)
煮詰めた液状のあめを型に流して固める技法。透明感や鏡のように反射する艶が重視される。かつてはグラニュー糖、水、水あめを155℃程度まで煮詰めて流すのが一般的であったが、170℃程度まで煮詰めてもキャラメル化しない、透明度が優れている、湿気にくい、再結晶化しにくいなどの利点から近年ではパラチニット(砂糖から作られる二糖の甘味料)が多用されている。作り方も、パラチニットだけをそのまま銅鍋に入れて火にかけ、全体がシロップ状に溶けたら完成(着色する場合は火を止めたらすぐにアルコールで溶いた色素を加える)という扱いやすさが特徴である。
また、煮詰めたあめを流す型はもともと製菓用に市販されている既製品も用いるが、オリジナルで自作することも多い。その際使用される資材の一例としては、塩化ビニール製マットやホース、加工が可能な硬さ・厚みの金属製板や棒、シリコンなど、耐熱や強度を考慮しながらあらゆる素材を駆使して自作する。
(2)技法その2…引きあめ(Sucre tiré)
煮詰めたあめを冷ましながら何度も引き伸ばすことで引き出される、シルクのような光沢が重視される。花や葉、リボンなどの作製に多用される技法である。あめの材料としては、パラチニットでもグラニュー糖でも作ることが可能で、求める艶や扱いやすさに応じて、水あめや少量の酸を加えることもある。配合と製法の一例としては、(1)グラニュー糖1キログラム、水250グラム、水あめ150グラム、酒石酸水素カリウム2グラムを銅鍋に入れて火にかけ、170℃まで煮詰める。(2)シリコンマットに流し広げて冷ましながらまとめていき、適度な温度・硬さになったら長く引き伸ばしては折りたたむ作業を繰り返す。(3)最高の光沢が引き出せたら、その光沢をキープしながら花びらなどの必要なパーツを作り、組み立てる。葉などは専用の型を使って葉脈などをつけることも可能である。
(3)技法その3…吹きあめ(Sucre soufflé)
煮詰めたあめを専用のポンプに取り付け、空気を送り込みながらさまざまな形を作り出す技法。フル ーツや動物、人形など、立体造形物の作製に多用される技法である。あめの材料としては引きあめ同様、パラチニットまたはグラニュー糖を用い、求める艶や扱いやすさに応じて、水あめや少量の酸を加えることもある。配合と製法の一例としては(1)グラニュ ー糖1キログラム、水300グラム、水あめ300グラム、酒石酸水素カリウム1グラムを銅鍋に入れて火にかけ、170℃まで煮詰める。(2)シリコンマットに流したら冷ましながらまとめ、適度な温度・硬さで光沢が出るまで引き伸ばす。(3)適量のあめを専用ポンプの先に取り付けて、少しずつ空気を送り込んでいきながら、求める形に成形していく。くぼませたり、平らにするなどの成形には、針金や棒、板などの道具を使用することも多い。(4)成形後、完全に冷ましてからポンプから外し、アルコールで溶いた食用色素で色付けをする。
3.組み立てから仕上げまで
(1)ケースと台座の準備
先で述べたように、湿気に弱いあめ細工のピエスモンテを長く楽しむためには、乾燥材を仕込んだ密閉できるケースでの保存が必要不可欠となる。その際に乾燥材を覆い隠すためのアイテムである台座は、一見脇役とも捉えがちであるが、その上に組み立てる作品の印象を大きく左右する重要な役割も担 っていることを考えると、その素材や色合いには十分な配慮が必要となってくる。
(2)組み立て作業
組み立ての接着は、接着部をバーナーで直接溶かして付けていく場合もあれば、別に煮詰めたパラチニットを使って接着していく場合もあり、強度や接着部の見栄えを考慮しながら使い分けていく。また、一度接着したらやり直しがきかないことから事前の位置確認は重要で、特に全体の骨格となる大きなパ ーツの接着には最大の注意が必要となる。時には水平器なども使いながらバランスを見極めなければ、その後かかってくるパーツの重さに耐えられず崩壊してしまうことになるのである。さらには、いくら最適な環境下(湿度40%以下)での作業であったとしても0%ではない以上、できるだけ短時間で仕上げてケースに収めなければならず、慎重さとスピードという相反する能力が要求されるのである。
おわりに
ヨーロッパから学んだピエスモンテとしてのあめ細工だが、現在世界大会においても日本のレベルはヨーロッパ各国と肩を並べている。この先も若手を中心に益々の発展が望まれるが、あくまでパティシエの本分は美味しいお菓子を作ることだということを肝に命じ、あめ細工にばかり心血を注ぐような取り組み方には警鐘を鳴らしたい。
【参考文献】 マグロンヌ・トゥーサン=サマ著 吉田春美訳『お菓子の歴史』河井出書房新社, 2005年
砂盃ひとみ「ピエスモンテ」『目白大学短期大学部紀要』第50号,2004年
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