耕作放棄地の利用で規模拡大を実現
最終更新日:2016年9月9日
耕作放棄地の利用で規模拡大を実現〜沖縄県南城市 前川 守志さん〜
2016年9月
【要約】
南城市を含む沖縄本島南部では、小規模なさとうきび農家が多く、一戸当たりの平均収穫面積は、県平均を大幅に下回っている。同市の前川守志さんは、地域の耕作放棄地を積極的に利用し、規模拡大を実現するとともに、規模拡大後も除草剤の適切な使用で単収を維持している。
はじめに
近年、わが国では高齢化による離農などの影響により、経営耕地総面積に占める耕作放棄地面積の割合である耕作放棄率は、平成7年の5.6%から27年の12.1%と、この20年で2.2倍に拡大した。沖縄県においては、21年度から沖縄県耕作放棄地対策協議会が国事業の「耕作放棄地再生利用緊急対策交付金」を活用し、耕作放棄地の解消に向けた支援を行っていることもあり、沖縄県の耕作放棄率は7年の9.4%から27年の9.3%と拡大はしていないものの、ほぼ横ばいであるが、さらなる耕作放棄地解消に向けた取り組みが必要とされている。
こうした中、南城市の前川守志さんは、地域の耕作放棄地を積極的に利用し、収穫面積を23年産の3.4ヘクタールから27年産の5.9ヘクタールへと拡大し、「第40回(平成27/28年期)沖縄県さとうきび競作会(注)」(主催:公益社団法人沖縄県糖業振興協会)の多量生産の部において、一般農家の部第2位となった。
本稿では、前川さんのさとうきび栽培について、耕作放棄地の利用による規模拡大の取り組みを中心に紹介する。
(注)公益社団法人沖縄県糖業振興協会は、生産技術および経営改善において創意工夫し、高単収、高品質な生産を行ったさとうきび農家を表彰することにより、農家の生産意欲を喚起して沖縄県の糖業発展につなげることを目的として、「沖縄県さとうきび競作会」を毎年度開催している。多量生産の部では、生産量、品質、工場搬入シェアの面から地域糖業への貢献度が大きい者として各製糖工場から推薦された農家と生産法人について、審査を行った上で、一般農家の部、生産法人の部における順位が決定される。
1.南城市の概要
南城市は、沖縄本島南部の東海岸、県庁所在地の那覇市から南東へ約12キロメートルに位置し、市の形がハート型に見えることから、ハートのまちとしても知られている(
図1)。
気候は、亜熱帯海洋性気候に属し、年平均気温は21.7度と温暖である。
耕地面積は1360ヘクタールで、作付面積の割合は工芸農作物が最も高く、その中でもさとうきびの割合が最も高い。工芸農作物に次いで、さやいんげんやきゅうりなどの野菜類、花き類となっている。農業産出額で見ると、酪農などの畜産が62%のシェアを占め、次いで野菜、工芸農作物、花きの順となっている(
図2)。農業経営体数(販売目的)は683戸で、そのうちさとうきびを含む工芸農作物を生産する経営体は466戸を占めている。
2.南城市のさとうきび生産
南城市の平成26/27年期のさとうきび収穫面積は398ヘクタールで、沖縄県全体の約3%を占める。一戸当たりの収穫面積を見ると、沖縄県は0.83ヘクタールであるのに対し、南城市は0.38ヘクタールと半分以下であり、小規模な農家が多い(
図3)。この要因の一つとして、那覇市をはじめとする沖縄本島南部の都市化により、耕地面積が縮小してきていることが考えられる。また、この5年間の一戸当たりの収穫面積増加率は、沖縄県が9.2%増、南城市が8.6%増と、ともに増加傾向にあるが南城市の増加率の方が緩やかである。
3.前川さんの経営概要
(1)さとうきび栽培
今年79歳となる前川さん(
写真1)は、他作物よりも収益性が高いとの理由から、約2.3ヘクタール(うち借地約1.6ヘクタール)の
圃場で観葉植物を栽培、販売していた。しかし、平成不況の影響により観葉植物の販売が困難となり、土木関係の仕事を経て、平成19年に専業農家としてさとうきび栽培を始めた。その後、積極的に耕作放棄地を利用し始め、現在の圃場は約30筆、総栽培面積は6.7ヘクタールと、さとうきび栽培当初の3倍近くに拡大している。このうち、6.0ヘクタールほどは借地で、圃場の多くは南城市南部の玉城愛知地域と同市西部の知念地域に位置している。
さとうきび栽培に関しては、植え付け前の調苗および苗の刈り取りから収穫までを前川さんを中心とする数名の「ゆい」のメンバーで行っている。「ゆい」のメンバーは皆同じ地区に住んでいる昔からの友人であり、さとうきび栽培を無償で手伝ってもらうかわりに、前川さんはバックホウ(
写真2)を用い、友人の圃場の更新時には無償で天地返しを行っている。また、現在別の仕事に従事している前川さんの息子も、繁忙期には仕事終わりに作業を手伝っている。
前川さんは必要な苗すべてを自家採苗で賄っている。理由は、自分の苗を使うと、植え付けなどのスケジュール管理がしやすいが、苗を他人から購入すると、販売者のスケジュールに合わせて作業を進めなければならないためである。また、前川さんは、毎年規模拡大を行っていることもあり、必要な苗数が毎年異なる。このため、苗用圃場を特定せず、翌年度必要となる苗数を賄える面積の圃場を選んで、苗用圃場としている。使用する苗は、以前は農林10号だったが、現在は農林8号がほとんどであり、玉城愛知地域全体としても農林8号を使用する者が多い。農林8号は株出しに優れ、歩留まりがよいことなどのメリットがあると言う。
収穫については、そのほとんどを「ゆい」のメンバーによる手刈りで行っているが、前川さん自身は収穫作業に加わらず、後述する圃場の天地返しの受託作業を行っている。
(2)作業受託
観葉植物の栽培を辞め、さとうきびの栽培を始めるまでの間、前川さんは土木関係の仕事に従事していた。この時に培った技術の一つが現在作業受託を行っているバックホウを使用した圃場の天地返しによる土壌改良である。圃場の更新時に、天地返しにより土壌の上層と下層を入れ替えることで土が軟らかくなり、さとうきびの根が下に伸びやすくなる。その結果、倒伏しにくく台風に強くなると言う。その他、天地返しを行うことで下層にたまっていた養分を土壌と混和させる、上層の雑草やその種をすき込むことにより雑草が生えにくくなるなどのメリットがある。
前川さんは、天地返しの作業を一時間当たり6000円で請け負っている。前川さんは「一坪当たりで作業を請け負う者もいるが、自分は丁寧に作業を行ってあげたいという気持ちが強いため、時間当たりで請け負うようにしている」と話す。一時間当たり3.3アール程度の作業が可能であり、製糖期間中(3カ月間)は朝から晩まで一日10時間、この作業を行っている。
前川さんの丁寧な作業は評判がよく、一年間に120〜130件の依頼がある。
前川さんの天地返しでは、1メートル20センチメートルほどを掘り起こしている。これは、一般的な天地返し(約60センチメートル)よりも深いが、この深さまで掘り起こすことで、根がより下に伸びやすくなると言う。また、圃場によってハーベスタなどの踏圧による表土の沈み込みの具合が違うため、状態に応じて掘り起こす深さを変え、土の高さが元に戻るよう心掛けている。どのように天地返しを行えば一番効率的かつ効果的なのかを常に考え、現在のやり方に行き着くまでに3年以上かかったと言う。
4.耕作放棄地の利用による規模拡大の取り組み
ここからは、前川さんのさとうきび栽培について、耕作放棄地の利用による規模拡大の取り組みを中心に紹介する。
(1)耕作放棄地の積極的利用
前述の通り、前川さんの圃場は30筆ほどに分かれており、その多くが耕作放棄地の利用によるものである。
前川さんはバックホウに乗りさまざまな圃場を回っているため、その地域では有名人であり、耕作しない土地を利用しさとうきびを栽培してくれることもよく知られている。このため、前川さん自身が耕作放棄地を探し、圃場の持ち主に利用について交渉するのではなく、その持ち主から直接依頼がある。
前川さんは「圃場を遊ばせるのはもったいないため、貸し手がいれば積極的に利用する」との理念から、農地利用の依頼はどんな土地でも基本的には断らず、積極的に借りるようにしている。このような姿勢により、平成27年産では収穫面積が5.9ヘクタールと、4年前の1.7倍に増加し(
表)、沖縄県の一戸当たり収穫面積の7.1倍の規模になっている。
農地利用の依頼があれば基本的に引き受けるため、圃場の状態もさまざまである。土が軟らかい圃場はより深い層まで天地返しを行い、養分が少ない圃場はより多くの肥料を加えるなど、その圃場に合せて臨機応変に対応している。
(2)除草の徹底による単収の維持
一般的に、規模拡大をすると圃場当たりにかける作業時間が短くなることで粗放的となり、単収が減少する傾向にあるが、前川さんは除草の徹底で単収を維持している。
前川さんは観葉植物を栽培していた当時から雑草には悩まされていたと言う。これは、雑草に土壌の養分が取られ、観葉植物の生育に影響を及ぼすためである。当時は、現在のような優れた除草剤がなく、前川さんはさまざまな除草剤を試した。この時の経験を基に、さとうきび栽培を開始した際にもいち早く除草剤を取り入れた。前川さんがさとうきび栽培を始めた当初は、除草剤の影響でさとうきびが枯れてしまうことを恐れる農家が多く、この地域でさとうきびへの除草剤を取り入れたのはおそらく前川さんが最初だったと言う。
除草剤の散布は、植え付け後の5月ごろに一度行い、9〜10月に再度行う。5月の散布は梅雨時期になっても雑草を生えにくくするためであり、9〜10月の散布はその時期に雑草の一種であるツルムラサキが生え始めるためだと言う。除草剤の散布を行う人数は、前川さんと「ゆい」のメンバーの2人であり、それぞれが除草剤のタンクを背負い一畦ごとに散布する。2回目の散布では、さとうきびの背丈が伸びているため、作物に選択性のある農薬を使用しているもののさとうきび自体にかからないように、散布機のノズルを絞り噴射範囲を狭くした上で、地面近くで使用するように注意している。仮に除草剤がさとうきびの葉に付いた場合は、すぐに葉をちぎって圃場外へ捨てるようにしている。
また、除草は圃場内だけでなく、年4回ほど圃場周辺にも散布している。雑草の種が風に乗って圃場に飛んでくるため、周辺の除草も大切だと言う。除草するのは、圃場の境界から1メートルほどまでの距離だが、この作業を行うか否かで結果が大きく変わると言う。圃場内よりも散布回数が多いのは、圃場内はさとうきびが生えており地面まであまり日差しが当たらないが、圃場周辺は日差しを遮るものがなく、雑草が生えやすいためである。農薬についても、圃場周辺では圃場内で使用しているものと異なり、雑草と作物の区別なく枯らす非選択性農薬により徹底した除草を行う。
現在では、前川さんの圃場のある玉城愛知地域のさとうきび農家の多くが圃場周辺の除草を行っていると言う。さとうきびの病害虫であるイネヨトウは、圃場周辺の雑草からさとうきびへ移り食害することがあるため、圃場周辺の除草を行うことは病虫害の抑制にも効果があると考えている。実際に、玉城愛知地域のイネヨトウ被害は県内の他地域と比べると低いと言う。
おわりに
前川さんのさとうきび栽培は、その多くを「ゆい」のメンバーとともに行っている。また、血縁の結び付きが強く、第三者への農地の貸し出しに対して消極的な農地所有者が多い中で、前川さんは耕作放棄地を積極的に利用し、年々栽培面積を拡大できている。これは、前川さんの受託作業の評判の良さや、耕作放棄地の利用を依頼された際に土地条件の良し悪しに関わらず引き受けてくれる人柄の良さにあり、貸し手側も前川さんを信頼しているからであろう。
今回の調査では、地域の農業の維持・活性化にはこのような人とのつながりを大切にし、お互いに協力し合うことが極めて重要であることを改めて確認できた。
今後について前川さんは、「現在79歳なので、あと4〜5年は続けたい。自分が管理できる範囲までしか拡大しないが、最終的には10ヘクタールほどまで広げたい。また、将来的には息子にもさとうきび専業農家になってほしい」と話す。前川さんの取り組みが、地域のさとうきび生産の維持・拡大につながることに期待したい。
最後にお忙しい中、本取材に当たりご協力いただいた関係者の皆さまに感謝申し上げます。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713