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甘味資源作物の安定生産の確保に向けて

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最終更新日:2016年11月10日

甘味資源作物の安定生産の確保に向けて

2016年11月

札幌事務所   平石 康久
鹿児島事務所  山領 弥奈
那覇事務所    岡 久季   

調査情報部               

はじめに

 わが国の砂糖の需要量は、消費者の低甘味志向や加糖調製品・人工甘味料の輸入増加などを背景に減少傾向が続き、近年は200万トン程度で推移している。平成27砂糖年度は8年ぶりに増加に転じたものの、その伸び率は1%未満と微増にとどまる見込みである(図1)。

図1 砂糖の需要量の推移

 砂糖は国民の摂取カロリー全体の約8%を占める品目であり、また、国内産のてん菜およびさとうきびから作られる砂糖は、わが国の食料自給率における寄与度も高い(図2)。

 また、てん菜は冷害に強く、北海道畑作農業における基幹的な輪作作物として、さとうきびは台風や干ばつに強いなどの特性から鹿児島県および沖縄県の南西諸島における基幹作物として、いずれも地域の農業生産の維持に重要な役割を果たしているとともに、地域の製糖工場との密接な結びつきにより地域経済・雇用を支える作物となっている。

 このように、わが国における砂糖生産は、食生活を豊かなものにしているだけでなく、食料自給率の維持、地域経済・雇用の安定、国土保全などとも密接に関係していることから、甘味資源作物の生産とそれに結びつく国内産糖の供給は安定性の確保が極めて重要である。

図2 食料自給率39%における品目別寄与度(平成27年度)

 そこで、本稿では、北海道、鹿児島県、沖縄県の各生産地における甘味資源作物の安定生産に資する模範的で優れた取り組み事例を紹介する。

1.北海道北見市におけるてん菜生産の省力化および作業効率改善の取り組み
− 第5回高品質てん菜生産出荷共励会最優秀賞 西野繁氏 −

(1)北見市の概況
 北見市は北海道の東部、オホーツク地域の中心に位置し(図3)、冬は厳しい寒さとなる一方、夏は冷涼で、降水量も少ないことから(図4)、たまねぎ、ばれいしょなどの野菜や、麦類、てん菜、豆類などの畑作物の生産、酪農といった多様な農畜産業が行われている。

図3 北見市の位置

図4 北見市の気象

(2)西野氏の経営概況
 西野繁氏(51歳)は、35年前に就農し、小麦、てん菜、ばれいしょを生産してきたが、約8年前から豆類を加えた4品目での輪作(秋播き小麦→秋播き小麦→てん菜→大豆またはばれいしょ→ばれいしょまたは秋播き小麦)を行っている。従事者は、本人、妻、息子の3名と、ばれいしょの収穫時に雇用する2名程度の期間雇用労働者である。

 平成28年産の作付面積は37ヘクタール(うち、借地4.5ヘクタール)で(表1)、平成27年産のてん菜の生産実績は、北見市の平均より単収で1ヘクタール当たり11.5トン、平均糖分も1.1ポイント上回る成績を上げている(表2)。

写真1 西野氏

表1 西野氏の経営概況

表2 平成27年産てん菜の生産成績の比較

(3)省力化および作業効率改善の取り組み
 このような生産実績を実現している西野氏の省力化および作業効率改善の取り組みの特徴として、直播栽培とICT技術の導入が挙げられる。

ア.直播栽培による省力化
 西野氏は、就農してから一貫して直播栽培を行っている。

 7〜8ヘクタールのてん菜の栽培に必要な作業について、移植栽培が2月から4月まで続く育苗作業に加え、春先に他作物と作業が競合することにより移植作業におおむね4日間を要するのに対し、直播栽培では、おおむね2日間で播種作業を終わらせることができることから、省力化につながっている。

 また、播種(はしゅ)機を他作物と汎用的に利用でき、育苗に係る費用がかからないことなどから、10アール当たりの生産費に換算すると、1トン分に相当する金額が削減できると試算している。

 他方、直播栽培は、移植栽培に比べ10アール当たりの収量が1トン近く減少するといわれているが、西野氏は10アール当たり0.5トン程度に抑えている。

 その秘訣は、生育初期に発芽したてん菜の苗に霜が当たらないよう播種時期を見極めるとともに、作付け前の圃場(ほじょう)の準備と精密な播種作業による初期生育の斉一性の確保と堆肥散布による地力の増進である。

 なお、品種改良の結果、発芽率が向上し、間引き作業がなくなったことも直播栽培を継続する上で後押しとなったと言う。さらに「温暖化が原因であるかは定かでないが、近年、霜害の発生リスクはかつてほど高くない」と語る。

写真2 直播栽培の播種風景

(ア)作付け前の圃場作業と播種作業
 西野氏の作付け前の圃場準備のこだわりは、ロータリーで砕土・整地せず、サブソイラとパワーハローの組み合わせによって直播栽培に最適な播種床を仕上げることである。

 西野氏は、土を細かく砕きすぎるという理由からロータリーを使用していない。これは、同氏の圃場が位置する地域が強い風が吹き付ける地帯であるため、土を砕きすぎると、出芽直後の風害(風により土ぼこりが舞って苗を傷める)リスクが高まること、団粒構造を維持できなくなり水はけが悪くなること、クラスト(播種後に強い降雨によって地表面が膜状に固まる現象)が形成されて発芽がばらつくことなどの欠点があるためである。

 このため、西野氏の圃場の播種床は、サラサラとした土と、直径1〜2センチメートル程度のゴロゴロとした土塊が半々になるよう仕上げられている。

 また、てん菜は初期生育の良否がその後の生育を大きく左右することから、種を均一に播いて発芽がそろうよう播種機の手入れや運転速度には特に注意を払っている。播種後に行う鎮圧も土壌の状態を観察しながら、土壌が乾いていれば強めに、湿っていれば弱めに施すことも発芽をそろえる大切なポイントであると言う。

 他にも土壌のpHが低いと初期生育が抑制されるため、播種前には適正pHを保つよう心掛けている。

 




 

(イ)堆肥の散布による地力の増進
 土づくりにおいて極めて重要な堆肥については、近隣の酪農家から麦稈(ばっかん)と交換で引き取った牛ふんを用いて、自ら生産し、10アール当たり2トン程度を散布している。牛ふんは、ダンプ60〜70台の量になるが、1年に1度業者に頼んで一気に引き取っている。未熟堆肥は病害の発生につながることから、 10カ月間発酵させ、てん菜の前作である小麦の収穫後に散布している。堆肥の切り返しはタイヤショベル(ホイールローダー)を利用して自分で行う。タイヤショベルは冬の除雪作業を請け負っていることから、その機械を有効活用している。

 十分な量の堆肥の施肥は、土壌の改善や、高温・多雨の気象条件下でもてん菜が根腐病などにかかりにくくなるなどの効果につながるほか、化学肥料の散布量を抑えることができるため、生産コストの削減にもつながっている。

 なお、自ら堆肥を生産する理由は、ジャガイモシストセンチュウの侵入や雑草の種の混入などのリスクを低減できることのほか、何か問題が発生したとき、堆肥が原因であるのか、他に原因があるのか、問題の切り分けが容易になるからとしている。

イ.作業効率の改善
(ア)ICT技術の導入
 
トラクターについてはGPS機能を付加して作業精度の向上を実現している。GPS機能の活用により、肥料や農薬の散布の際に散布範囲が重ならないよう作業することができ、肥料や農薬コストの低減につながっている。なお、自動操舵システムについては、GPS機能単独の導入に比べ数倍の導入費用がかかる上、システムの一部が故障しただけで使用できなくなる恐れがあり、適期作業に支障を来す可能性があることから、導入を見送っている。

 平成27年からは、ドローンによる圃場の観察を行っている。ドローンは、息子に勧められて導入したと言う。ドローンは、操縦や持ち運びが容易で、機体にカメラを装着させて飛行させれば、簡単に圃場上空の映像を撮影することが可能である。

 西野氏は、10日置きに上空から圃場の様子を撮影しており、地上では見つけることが難しい作物の色むら、倒伏、欠株、雑草の繁茂などの状況が上空からの映像を見ると一目瞭然であり、管理が必要な場所をピンポイントで特定することができるため、作業の効率化に役立っている。

 




 


 また、ドローンで撮影した画像を栽培履歴や作業履歴などを記録・管理しているソフトウエアと連動させることにより、生産管理の情報を視覚的に把握できるようになった。これにより、毎年の作業の振り返りがより容易になるとともに、二重散布や散布漏れなどのミスを一層確実に防ぐことができると期待している。

(イ)機械の共同所有および作業受託
 西野氏は、マニュアスプレッダ(堆肥散布機)、てん菜のシュレッダー(除葉機)とハーベスタ、小麦のハーベスタを共同所有している。これらは補助事業により導入したものであり、利用組合をつくり、面積当たりの利用料金を設定して、借入償還に充てている。これらの機械の導入により、作業効率が向上している。

 また、近隣の生産者の依頼や、出荷先である北海道糖業株式会社の作業依頼に応じて、農作業を受託している。てん菜生産に不慣れな生産者や生産に必要な機械を所有していない生産者などから作業を受託することも多いという。西野氏は、作業受託組織の役割は重要であるとしつつ、オペレーターは、しっかりとした技能を身に付ける必要性があり、作業受託組織や地域がオペレーターを育てる環境を整える必要があると指摘する。
 

(4)まとめ
 西野氏は、就農当初から直播栽培を一貫して継続し、省力化を図ってきた。この中で、直播栽培では生育初期の生育が収量に大きく影響することを重視し、パワーハローなどによる整地作業や、正確な播種を行うことによって、移植栽培と遜色ない高い収量を実現している。それに加え、収量維持のため、堆肥の自家生産や散布による地力増進に取り組み、肥料コストの低減にもつなげている。

 また、GPS機能やドローン、生産管理ソフトなどの先進技術を積極的に導入して作業効率の改善に取り組むほか、共同所有する機械を活用して作業受託も行っており、地域全体の作業効率の改善にも貢献している。

 全国よりも10年程度先行して人口減少・高齢化が進展している北海道において、わが国の砂糖需要量の約3割を担うてん菜糖生産を今後も安定的に維持するためには、省力化や作業効率改善に資する栽培技術、新技術を積極的に活用する西野氏の事例が参考になることが期待される。

2.鹿児島県奄美市におけるさとうきび生産の省力化および担い手育成の取り組み
− 平成27年度さとうきび生産改善共励会最優秀賞 榮完治氏 −

(1)奄美大島の概況(注)
 鹿児島県奄美大島は、鹿児島市から南南西へ約380キロメートルに位置し、面積約712平方キロメートルの奄美群島最大の島である(図5)。島では、さとうきびをはじめ野菜、果樹、肉用牛繁殖などの農畜産業が営まれているが、島の約80%は森林や原野に覆われており、耕地面積は北部を中心とした約3%にとどまる。そのため、農家1戸当たりの耕地面積は96.4アール(平成27年)である。さとうきびの産出額は6億7100万円(平成25年度)と果樹に次ぎ2番目に大きく、奄美大島の農業産出額全体の23.9%を占めている。また、生産量は気象条件などで増減するが、島内の作付面積はここ数年600ヘクタール前後で推移している(図6)。

 奄美大島にはかつて2つの分みつ糖用製糖会社が存在したが、1971年以降は、島北部の笠利町(現在の奄美市笠利町)に位置する富国製糖株式会社のみとなっており、分みつ糖向けのさとうきび生産も、笠利町と隣の龍郷(たつごう)町が大半を占めている状況にある。

(注)数値は、鹿児島県大島支庁「平成27年度奄美群島の概況」による。

図5 奄美大島の位置

図6 奄美大島におけるさとうきび収穫面積と生産量の推移

(2)榮完治氏の経営概況
 笠利町の節田地区でさとうきび生産を営んでいる(さかえ)完治氏(56歳)は、平成27年産の収穫面積20ヘクタールに加えて、60ヘクタールの収穫作業を受託する大規模経営者である。従事者は、完治氏本人と、妻みち代氏、長男の力夫氏(34歳)、三男の一樹氏(30歳)のほか、常時雇用労働者2名と、年によって違いはあるが繁忙期に雇用する5名程度の期間雇用労働者である。

 受託を含めた収穫面積約80ヘクタールは奄美大島随一の規模で、大島本島地区さとうきび生産振興大会の生産量の部において毎年のように表彰を受けている。また、平成27年度さとうきび生産改善共励会では最優秀賞を受賞している。

写真6 榮完治氏(中央)と、長男の力夫氏(右)、三男の一樹氏(左)

(3) 機械化による省力化の取り組み
 完治氏は、20代後半まで大工を稼業とし、さとうきび生産との関わりは休日にみち代氏の実家を手伝う程度であったが、20代後半の頃にみち代氏の実家の分を含めた約7ヘクタールの耕作を任されるようになったことを機に、本格的に携わるようになった。当時は、島にハーベスタが普及していなかったことから、作業は手作業が中心であり、所有していた機械は耕運機のみであった。そのため、大工を兼業して得た収入を機械導入費用に充てるなどしながら、トラクターなどの農業用機械の導入を徐々に進めていった。さとうきび生産が次第に軌道に乗り始めるにつれ、30代の働き盛りであった完治氏は、規模拡大を一層推し進めたい意向を持ち始めたものの、収穫作業はなおも家族労働力による手刈り作業であったことから、製糖期間内に収穫を終えるためには200トン程度の生産量が限界であった。

 そんな折、研修で訪れた奄美大島の東隣に位置する喜界島で、当時ハーベスタ導入のはしりであった同島の収穫作業を目の当たりにし、「規模拡大のためには、この機械を導入しなくてはならない」という強い思いに駆られた。しかし、視察したハーベスタは中型機であり、喜界島よりもさらに圃場規模が小さい奄美大島での導入・普及は難しいと判断し、関係者へ掛け合い、生産組合を結成し、小型ハーベスタの導入にこぎ着けた。生産組合として奄美大島にハーベスタを導入したのは、このときが初めてのケースだったという。

写真7 ハーベスタの性能を解説する完治氏

 また、研修を通じた交流などをきっかけに、圃場規模や土壌などの違いがあるものの、さとうきび生産に懸ける意欲・思いは変わらないという考えから、笠利町の生産者と喜界島の生産者約10名で「シュガーケーン倶楽部」という集まりを結成し、情報交換や研修を共同で行うようになった。完治氏も同倶楽部に所属し、同じく同倶楽部に所属する喜界島の先輩生産者を「さとうきび作りの師匠」と仰ぎ、以降、一層の生産技術の研さんに励んだ。この倶楽部の活動は現在も続けられており、労働力やハーベスタが不足するなどの緊急時には、互いの島に出向いて手助けを行うこともある。

 また、鹿児島県内にとどまらず、沖縄県のさとうきび産地にも足を運び、産地の生産者や関係者から増産、経営効率化に係る積極的な情報収集を行い、奄美大島でも活用できそうな機械・技術などを積極的に導入していった。完治氏は、「奄美大島の他の生産者に先駆けて先進機械を導入し、自身の圃場で稼動させることで、周囲農家へのデモンストレーションにもなり、機械の普及につながる効果も出ている」と語る。

 現在、完治氏は表3の通り、補助事業や融資を活用して多くの機械を導入している。継続的に機械導入を行うには資金調達はもちろんのこと、メンテナンス、格納場所などさまざまな課題に直面するが、良質のさとうきびを効率的かつ大量に生産することが収入向上にも直結することから、それをモチベーションに乗り越えてきた。例えば、平成23年に導入した除草剤散布機(ブームスプレーヤ、写真8)により、これまで8時間で約30アールしか行えなかった除草剤散布が、同じ面積を約30分で行えるようになった。その分、他の管理作業に時間を費やすことができ、大幅な効率化が図られた。

表3 完治氏の所有する機械一覧

写真8 自走式除草剤散布機(ブームスプレーヤ)

 また、元来大工であった腕を生かし、機械の修理・調整なども可能な限り自ら行っている。機械化の推進には一定の補助事業の活用が不可欠であり、新規就農者や若手のためにも、諸々の補助事業は継続・拡充してほしいとの意向である。

 完治氏は、あくまで今ある労働力の範囲での作業バランスを保つことを第一としつつも、単収などの生産性をさらに向上させるためには、農地を効果的に集積することが必要と考え、機械の導入と平行して作付面積も拡大していった。圃場を賃借するに当たっては、条件の良い圃場を借り入れることができるよう、地権者とのコミュニケーションを重視している。その取り組みの成果もあり、現在、節田地区での生産者会合では、完治氏が既に手掛けている圃場の周辺の圃場は優先的に賃借することができている。

 また、現在、節田地区に限らず笠利町全域に作業圃場があり、その土壌条件や区画整備状況はまちまちであることから、それぞれの圃場の状態、堆肥散布や収穫のタイミング、場合によっては作付品種を見極めて、管理作業を行うことがベテランの完治氏の腕の見せどころである。手掛ける圃場におけるかん水施設整備割合は30〜40%程度だが、借地料の代わりにスプリンクラー代を負担することでかん水を実施している圃場も存在するなど、かん水の重要性を意識している。

(4)担い手育成への取り組み
 
完治氏が現在熱心に取り組んでいるのは、後継者である息子たちをはじめとする次世代のさとうきび生産者の育成である。

 長男の力夫氏は島外で就職し、三男の一樹氏は島内で大工に携わっていたが、機械化・大規模化が進む完治氏の経営を継ぐべく、10 年ほど前から家業に従事するようになった。完治氏は「機械化により農業が楽しくなった。息子たちもその楽しさを感じているのではないか。自分が就農したときのような手作業を中心とした農業では、息子たちの就農はなかっただろう」と、機械化が若手の就農を促進させる要因の一つと考えており、「息子とともに自分たちで機械を改良し、成果が出たときの喜びはひとしお」と、その楽しさを語る。息子たちが一定の経験を積んだ今では特に役割分担は設けず、天候や作業量に応じて臨機応変に動けるようになっている。このことが、数多くの圃場を管理できている要因の一つといえる。

 また、常時雇用している2名は共に30歳前後で、数年前に就農した新規就農者であり、それぞれ自身の圃場を所有しているものの、いわば「修行」を積むため完治氏の下で働いている。さとうきびに限らず一定の機械化が求められるわが国の農業にあっては、新規就農者の場合、多額の初期投資を伴うことが多く、大きな経営リスクを負う。奄美市役所の営農指導担当者は、「新規就農者の中には明確なビジ ョンがないまま、経営規模に見合わない機械などをいきなり導入しようとするケースがある」と打ち明ける。完治氏は、新規参入者に対し、自身の所有する一連の機械をもって経験を積ませることが、その課題解決の一助となると考えた。

 この2名は、新規の就農であったため、「いきなり機械を導入するのではなく、まずは私の機械を借りて動かすことで性能や効率を確認してもらいたい」と考えた完治氏は、2人を雇い入れ、各々が所有する圃場だけではなく完治氏の手掛ける広大な圃場を作業させ、作業技術の向上を図ることにした。「農業は台風などの自然を相手にする仕事で、不安定な要素が多々ある。経験の浅い者にとってはその振れ幅はとても大きい。その不安定さを少しでも和らげることができればいい」と完治氏は話す。2名に作業を任せる際は、完治氏もなるべく圃場に赴くなど直接指導する機会を多く設けるよう配慮している。

 また、喜界島の師匠らに教えられてきたことも惜しみなく伝授している。例えば、「機械を導入しても置く場所がなければ、故障するのも早い。まずは倉庫を作るべし」という教えがある。これは、離島は潮風の影響を強く受けるため、露天保管では機械が錆びやすく、故障の原因となるためである。この教えを受け、完治氏はまずは倉庫を自ら建築し、全ての機械を格納できるようにしているが、同様のことを若手にもアドバイスしている。

(5)今後の課題と展望
 
機械化、規模拡大、後継者の育成と、世代交代に向けた準備を着実に進めている完治氏だが、ここ数年は作付面積や収穫作業受託面積が増加しすぎていることが課題となっている。

 現在はハーベスタ3台を駆使し、繁忙期には前述の期間雇用労働者のほか、他業種に就いている次男などの手伝いも得ながら作業を行っているが、毎年2〜4ヘクタールの規模で借地や作業受託の面積が増加している状況で、受け入れ可能な面積には限界が近づいている。ハーベスタをもう1台増やすには、その分オペレーターや作業員なども手配しなくてはならず、おいそれとは実施できない。

 完治氏は「私はあと5年で引退し、経営は息子たちに任せたい」としている。息子たちは、法人化も視野に入れて一層の規模拡大を検討しているが、完治氏は町内における新しい担い手の登場を強く望んでいる。榮家とその他の担い手との連携の下、笠利町のさとうきび生産が継続されていくことが望ましい姿なのである。
 

写真9 手作りの機械倉庫は2度の増築を繰り返し、現在は約100坪(約330平方メートル)の広さとなっている

(6)まとめ
 
富国製糖株式会社の調査では、平成?8年産の同社へ出荷予定のさとうきび収穫面積は555ヘクタールの見込みで、ここ数年は横ばいからやや減少傾向にある。それでも「生産に前向きな生産者は現実を直視し、規模の大小に関係なく相談に来たり、こちらのアドバイスにも耳を傾けてくれたりする。先達の教え、若手の考え方の双方の良い点を結び付けてさとうきび作りを行っていけば、改善の方向性は見える」と完治氏は前向きである。

 雇用している新規就農者2名と一樹氏は同年代の間柄で、「近頃は、私抜きでいろいろと情報交換をしているようだ」と完治氏は目を細める。その顔は、自身が奄美大島トップの経営規模を独走する中、同世代で競い合う仲間がいる若手への期待と少しの羨望(せんぼう)が入り混じっているように感じられた。

 他の地域同様、奄美大島においても高齢化によりさとうきび生産者が減少する傾向にあるなか、機械の導入が、現在の収穫面積を維持するために必要な作業の効率化に寄与することがうかがえた。完治氏の指導を受ける息子たちや新規就農者が立派な担い手として自立・独立する頃には、周囲にもより多くの新たな担い手が登場し、完治氏が望む姿になっていることを期待したい。

写真10 さとうきび畑が広がる笠利町節田地区

3.沖縄県宮古島市におけるさとうきび生産の単収向上の取り組み
− 平成27/28年期沖縄県さとうきび競作会農林水産大臣賞 上里豊一氏 −

(1)宮古島市の概況
 宮古島は沖縄本島から南西の海上約300キロメートルに位置し、宮古列島で最大の島である。山岳部は少なく、おおむね平たんで低い台地状の地形となっている。周辺離島を含めた宮古島市の総面積は204平方キロメートル、人口約5万4000人で、そのうち農業就業人口は5872人となっている。

 


 宮古島市の平成25年度農業産出額は140億2900万円で、品目別ではさとうきびが66億8200万円と最も多く、次いで肉用牛が25億4000万円、葉タバコが22億8900万円となっている。収穫面積もさとうきびの4550ヘクタールが最大で、次いで葉タバコ563ヘクタールとなっており、さとうきびが地域の基幹作物となっていることが分かる。また、さとうきび農家戸数は、過去10年ほど漸増傾向にあり、27/28年期は前年と比べて150戸増の5279戸となった。農業機械の導入による省力化が、農家戸数の維持や新規就農へつながっているとみられる。

 平成27/28年期の宮古島市内のさとうきび生産量は、生育旺盛期に降水量が少なかったことや複数の台風の影響があったものの、生育後期には気象条件に恵まれたことから、32万4389トン(前年産比7.7%増)と、前年産から2万トン以上の増産となった。近年のさとうきび生産量は約30万トン程度で推移し、県全体の約4割を占めている。なお、宮古島市では株出し栽培の収穫面積が5年ほど前から拡大している。この背景には、効果的なフィプロニル粒剤が普及したことでハリガネムシによる食害が減り、株出し栽培をしやすくなったことや、株出し管理機の導入が進んだことが挙げられる。

 宮古島の降水量は平年値で2000ミリメートルを超えるものの、大きな河川や湖沼がなく、地表に水源が乏しいため、かつては大規模な干ばつの被害を受けることもあった。そこで地下水を農業用水として活用するため、地下ダムの建設が行われた。地下ダムとは、水が浸透しやすい琉球石灰岩の地層を地中壁で縦に区切ることで、それまで海に流出していた地下水を地層中に蓄えられるようにしたものである。平成10年に福里ダム、砂川ダムが完成し、井戸からポンプで地下水をくみ上げることで、受益面積8160ヘクタール(宮古島の耕地面積の約9割)に及ぶ大規模なかんがいが可能となった。



(2)上里氏の経営概況
 上里豊一氏(73歳)の圃場は宮古島市の平良地区に位置する。同地区は宮古島市内でもさとうきび栽培が盛んな農業地帯となっている。宮古島の土壌は、島尻マージと呼ばれる琉球石灰岩土壌が広く分布しており、保水力に乏しいため干ばつの影響を受けやすいが、近年はかんがい施設の設置や圃場整備も進展しており、営農環境が向上している。

 上里氏は3.5ヘクタールの農地を保有し、栽培面積の内訳は、さとうきび3.2ヘクタール、ドラゴンフルーツ0.3ヘクタールとなっている。

ア.就農のきっかけ
 上里氏はもともと地元で公務員として働いていたが、定年退職を機に、平成15年から家業の農業を始めた。当初は父親がさとうきびを栽培し、上里氏本人はドラゴンフルーツ栽培のみに携わっていたが、翌年からさとうきびの栽培も始め、20年からは父親の後を全面的に引き継ぎ、さとうきび主体の経営に切り替えた。就農当初から父親の営農方法を見て、栽培の工夫の必要性を感じただけではなく、そのためのアイデアも持っていたという。

イ.さとうきび生産実績と競作会での受賞
 平成27/28年期さとうきび生産量は284.4トン、収穫面積は2.7ヘクタール、単収は10アール当たり10.4トン(全作型平均)と、平良地区平均の同6.7トンや宮古島市(注)平均の同6.8トン、県平均の同5.7トンよりも高い(図8)。さらに競作会用の圃場では、春植えで同16.3トンと非常に高い単収を実現し、平成27/28年期沖縄県さとうきび競作会で農家の部第1位となり、農林水産大臣賞を受賞した。

(注)宮古島市は、伊良部島を除く。

 



 

ウ.複合経営を行う理由
 上里氏がドラゴンフルーツとの複合経営を行っている理由は、第一に、植え付けや管理、収穫といった作業が、さとうきびの収穫時期から外れるため、年間の労働力配分を考慮した際に都合が良いことが挙げられる。また、露地栽培が可能なため、施設に係る費用や手間がほぼ無いことも利点である。その他、5月から10月にわたって数回開花・結実するので、仮に一度台風の被害にあっても、しばらく待てばまた収穫出来るようになることも、台風が多いという地域性に適しているからである。

エ.労働力の確保
 農作業は基本的に上里氏がほぼ1人で行っている。奥さんが手伝うこともあるが、雇用はせずに家族経営で成り立つよう配分を行っている。作業機械については、必要に応じて購入や買い替えを行い、動力噴霧機、耕運機、株揃え機、ミニバックホウなどを自己資金で調達した。最近では平成27年12月に50馬力の大型トラクターも購入している(写真12)。
 

写真12 上里氏が保有する大型トラクター

(3)単収向上に向けた取り組み

ア.圃場に適した品種の選定

 上里氏は自らの圃場に適した品種を見いだすため、さまざまな品種を試して選定を行っており、現在では農林21号と農林25号を栽培している。そのうち、総合的に最も適していると考えているのが農林21号である。この品種の特性としては、茎径が太く、一茎重が重いことが挙げられる。新植の際の発芽率が良くないことが欠点であったが、後述する調苗の工夫で発芽率を90%以上へ向上させることに成功した。株出し栽培にも適しているが、黒穂病や梢頭腐敗病には比較的弱いと感じているため、株出しの回数は2回から3回を目安としている。

 農林25号は干ばつに強く、安定した収量が期待できる。ただし伸びすぎるため、倒伏性が高い。そのためハーベスタでの収穫には不向きだが、手刈りには適していると見ている。競作会で受賞したときの高い単収は、この農林25号の圃場で記録したものである。

イ.堆肥と緑肥を活用した土づくり
 沖縄県農林水産部が作成している「さとうきび栽培指針」(平成26年3月発行)によると、さとうきび圃場への堆肥の施用量は夏植えで10アール当たり4.5トン、春植えで同3.0トンとされている。一方で、上里氏は新植の際に約10トンと、2倍以上の堆肥を施用している。浅めのロータリー耕で整地した圃場に、堆肥を均一に散布してから深耕し、さらにロータリー耕をかける。この作業は、春植えの場合は収穫後3月中旬まで、夏植えの場合でも4月中旬までをめどとしている。堆肥施用は、新植時の一度のみで、株出し前には行っていない。

 さらに夏植えの場合は、クロタラリアを主体としたマメ科の緑肥も活用している。上里氏は緑肥を100日以上育て、その後フレールモアで切り刻み、土になじむまで3〜4回ロータリー耕をかける。クロタラリアの高さは当初は1メートルほどだったが、近年は土壌が肥沃になったこともあり、2〜3メートル程度にまで伸びるようになった。なお、春植えの場合は緑肥の生育期間が充分に取れないため、堆肥のみとしている。

ウ.発芽率を上げる調苗()・植え付け
 農林21号と農林25号は主に自家採苗を行っている。発芽率を高めるため、調苗(ちょうびょう)には特に気を配っており、その手法は一般的なものとは異なる。

 一般的な調苗の手順では、前もって剥葉(はくよう)しておいたさとうきびを切り倒し、調苗したものを袋詰めするが、上里氏は芽を守るため剥葉せずに切り倒し、調苗したものを、苗同士の摩擦や重みを避けるため、袋詰めせず箱に収める。その後、発芽を促すためシートで保温し、1日2回以上水をかける。

 植え付ける際も、芽の保護を心掛け、苗を移し替えたりせずに、苗箱を直接植え付け機に積んで植え付ける。このように摩擦や重みから徹底して芽を守ることで、発芽率を上げることを心掛けている。

 なお、植え付けと同時に効果的な殺虫剤であるフィプロニル粒剤を10アール当たり6〜9キログラム、7〜10日後に尿素系除草剤であるDCMU水和剤を100グラム散布している。株出し栽培の場合は、新植時に比べ雑草が繁茂しやすいため、徹底した雑草対策を行わなければならない。特に近年はノアサガオ(琉球アサガオ)に悩まされており、2,4PA液剤(除草剤)を1カ月に1回程度の間隔で2〜3回散布している。イネ科の雑草の場合も1カ月に1回程度の間隔で除草している。

エ.追肥と中耕・培土
 植え付け後、追肥と中耕・培土、高培土を実施している。畦間の中耕は除草を主な目的としており、培土は地上部の保持や雑草の抑制が目的である。上里氏は1カ月から2カ月の間隔を置いて、株出しと春植えの場合は2回、夏植えは3回の追肥を行っており、初回は複合肥料を10アール当たり30〜40キログラム、その後は緩効性肥料同40キログラムを施肥している。

 平均培土は分けつが3〜5本になった頃、高培土は仮茎長が60〜70センチを超えた頃から実施している。いずれも分けつ茎に培土がかからないことを心掛けている。

オ.かんがい施設を利用したかん水
 沖縄県では、梅雨明け後のさとうきび生育旺盛期に干ばつとなる年が多く、夏季に十分な土壌水分を確保することが収量の安定化にとって肝要である。前述の通り、宮古島は地下ダムを水源としたかんがい施設の整備が進み、上里氏が所有している圃場でも一部を除いて圃場整備が完了しており、スプリンクラーも設置されている。ただし、スプリンクラーは場所によって散水量にムラが生じることがあるため、上里氏は点滴チューブを設置している(写真13)。

写真13 かん水用の点滴チューブ

 宮古島では地区ごとにかん水を利用できる日が指定されており、上里氏も週に1回の指定された日に10アール当たり30〜40立方メートルのかん水を行っている。かん水は10月までには終了する。

(4)今後の経営方針
 作型割合は年によって大きく異なるが、平成27/28年期については、夏植えが約6割、株出しが約4割、28/29年期は9割以上を株出しとしている。これまでは多収を目指し夏植え中心に行ってきたが、大型ハーベスタでしか収穫できないことや、その伴走車の踏圧により株出しの萌芽が不安定になることが懸案であった(写真14)。そのため、今後は春植えから数回の株出しを行う方針とし、中型や小型のハーベスタ使用により踏圧を低減しつつ、毎年の収穫面積の増大を図ろうとしている。
 

写真14 圃場出入り口付近のさとうきび(踏圧の影響を受けやすく茎長が比較的短い)

(5)まとめ
 上里氏は農業を始めたときから色々なアイデアを出しては試行錯誤を繰り返し、その過程で、品種の選定、堆肥と深耕による土づくり、効果的な除草、追肥の時期と量など、自分の圃場に適した方法を見いだしてきた。毎年同じ作業内容で済ませるのではなく、常に変化を加えようとする姿勢が、競作会で受賞するほどの高い単収に結びついたと言える。限られた労働力と耕地面積で、より経営を安定、向上させたこうした取り組みが今後の見本となるのではないだろうか。
 

おわりに

 産地では、担い手を含む労働力不足とそれに起因する耕作放棄地の増加など安定供給を阻害する課題を抱えている。このため、生産性の向上、作業効率の改善、収量安定・省力化につながる技術や機械の導入、共同利用体制または作業受委託体制の整備・育成などの取り組みをこれまで以上に柔軟かつ積極的に取り入れ、活用していくことが重要となっている。同時に、その変化に対応できる担い手をいかにして確保・育成するかといった視点も忘れてはならない。

 本稿で紹介した生産者は、いずれも基本技術を忠実に施行しつつ、メリハリをつけた作業計画により高い生産性を実現しており、その蓄積を土台に、新たな取り組みを展開することによって、さらに技術に磨きをかけている姿勢が見られた。刻々と変化する今の時代においても基本に忠実であることが何より大切であり、地道な努力を積み重ねるという姿勢こそが、それらの打開に向けた第一歩になると思料するところである。

 また、紹介した個々の事例が経営安定、省力化、労働力確保などを目指す生産者の参考となり、てん菜およびさとうきびの安定生産につながることを期待したい。

 最後に、今回の調査にご協力いただきました西野繁様(北海道北見市)、榮完治様(鹿児島県奄美市)、上里豊一様(沖縄県宮古島市)および北海道糖業株式会社、富国製糖株式会社、沖縄製糖株式会社など関係者の皆さまに改めて御礼申し上げます。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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