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3つの病害抵抗性を集積したてん菜品種「北海みつぼし」

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最終更新日:2017年1月10日

3つの病害抵抗性を集積したてん菜品種「北海みつぼし」

2017年1月

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
北海道農業研究センター 畑作物開発利用研究領域  
テンサイ育種グループ長 田口 和憲

【要約】

 2016年に品種登録された「北海みつぼし」は、黒根病、褐斑病およびそう根病の3病害に複合病害抵抗 性の新品種で、特に黒根病抵抗性は普及品種の中で最も強いランクである。黒根病が多発しやすい排水不良畑を中心に作付けすることで病害の発生による収量低下を回避でき、てん菜の安定生産が期待できる。

はじめに

 極東の島国である日本は、夏には太平洋から南東の風が吹き、冬には大陸方面から北西の風が吹く。 このような季節風(モンス−ン)は春から秋にかけて梅雨や台風をもたらし、その影響が北海道へ及ぶことがしばしばある。そのような年は、元来ヨーロッパの乾燥冷涼な気候に適した作物であるてん菜が苦手とする高温多湿な環境になる。

 2016年は観測史上例がない4つの台風が北海道へ上陸・接近し、とりわけ台風10号の影響による多雨は北海道に甚大な農業被害を及ぼした。てん菜では、河川の氾濫などによる流亡、排水不良畑では長期滞水による湿害や黒根病も多発し、過湿な状態が長く続いたため適期防除が行えず褐斑病も拡大するなど、大きな爪痕を残した。

 北海道におけるてん菜の栽培の歴史はおよそ100年くらいだが、近年は多雨、乾燥、高温、低温など極端な夏が多いようだ。広田らによると、北海道の夏季(6月〜8月)の気温は、年々変動が大きく、冷夏もさることながら、暑夏の頻度が近年は増加傾向にあることが指摘されている1)。記録的な低収となった2010年も、夏季が高温と多雨で褐斑病や黒根病が大発生し、1986年の糖分取引制への移行後に最低の収量となり、農家から製糖会社まで北海道のてん菜産業は大きな被害を受けた。今後は、高齢化や労働力不足により、より一層の省力化が望まれる中、近年の激しい気候変動に対しても頑健で、病害リスクを回避でき、安定栽培が可能な複合病害抵抗性品種の育成が期待されている。

 そこで、本稿では、農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター(以下「農研機構・北海道農研」という)とスイスの農薬・種子会社シンジェンタ社が共同育成し、2016年に品種登録された3つの主要病害に対する複合病害抵抗性の新品種「北海みつぼし」について紹介する。
 

1.育成背景と育成経過

 農研機構・北海道農研では、保有する遺伝資源の 中から褐斑病や黒根病に対する高度病害抵抗性を発見し、これらを積極的に品種改良に役立てることで 主要病害抵抗性を集積し、高温、多湿な環境においても収量低下が少なく、安定栽培が可能な複合病害抵抗性品種を開発することを目標に研究に取り組んでいる。

 「北海みつぼし」は、2006年に農研機構・北海道農研が育成した黒根病と褐斑病に対して高度抵抗性の種子親系統「JMS64」とシンジェンタ社のそう根病抵抗性の花粉親系統「L40200」との交配によって育成した単胚・二倍体の一代雑種品種である(写真)。

 2009年から2011年に「北海101号」の配付系統名で、北海道内各地での生産力検定試験ならびに病害抵抗性の評価試験を実施し、2012年に北海道の優良品種に認定され、2016年に種苗法に基づいて品種登録された。

写真 てん菜「北海みつぼし」の形態(収穫期)

2.「北海みつぼし」の特性概要

 表1は「北海みつぼし」を2009年から2011年にかけて道内5カ所の各地域における収量の生産性ならびに道内各地の適応性を検定するため、収量調査した全道3カ年の試験成績の平均値をまとめたものである。参考に、当時の北海道の主要な普及品種であった3品種(「かちまる」、「リッカ」、「レミエル」)と比較すると、「北海みつぼし」はやや根重型の傾向だが、糖量はこれらの比較品種とほぼ同程度である。病害虫が発生しないように管理された試験場や糖業の試験圃場ほじょうで実施した精密な品種比較試験でも、普及品種と比較して遜色のない生産力が認められた。

表1 「北海みつぼし」の収量調査試験の成績(2009年〜2011年)

 表2は、病害抵抗性および抽苔耐性の特性検定の評価結果をまとめたものである。「北海みつぼし」の褐斑病抵抗性は「強」で、褐斑病には強い品種である。根腐病抵抗性は「中」であり、とりたてて強い抵抗性ではないが、普及品種の大半が「弱」または「やや弱」の中では比較的強い方である。黒根病抵抗性は「強」であり、これは現在普及している品種の中では最高クラスに強い抵抗性である。そして、そう根病抵抗性は「強」であり、汚染畑においても収量低下を防ぐことができる。しかし抽苔耐性は「やや強」であり、これは一般の普及品種よりやや劣る特性である。

 よって、比較品種の特性と比べても、抽苔耐性に若干問題があるが、高度抵抗性が集積された特徴ある品種といえる。

表2 「北海みつぼし」の主要病害抵抗性および抽苔耐性(2009年〜2011年)

3.普及地域と栽培上の注意

 てん菜は、夏季が高温・多湿な気象条件では、黒根病、褐斑病が発生し、深刻な収量低下を招く。褐斑病は薬剤防除が可能だが、排水不良畑では適期に薬剤防除が行えない場合も多いため、抵抗性品種の作付けが有効である。一方、黒根病やそう根病は薬剤防除が困難な土壌病害であり、抵抗性品種の作付けが最も有効な対策になる。

 「北海みつぼし」は、黒根病、褐斑病およびそう根病と3つの主要病害に対する複合病害抵抗性品種である。「北海みつぼし」の最大の特徴は、黒根病抵抗性が最も強いランクの「強」であるので、黒根病が多発しやすい排水不良畑を中心に作付けすることで被害を軽減し、てん菜の安定生産への寄与が期待できる。

 「北海みつぼし」の普及上の注意点は、(1)抽苔耐性が現行の普及品種より弱い「やや強」であり、抽苔発生の懸念のある網走沿海部での作付けを避けること、(2)ペーパーポットへの早期播種はしゅや過度の低温による順化処理は避けること −の2点が挙げられる。

 なお、「北海みつぼし」は、農研機構・北海道農研とシンジェンタ社との共同育成プログラムで開発した一代雑種品種であり、種子の販売は北海道糖業株式会社より行われている。

4.病害抵抗性育種の今後の展開

 北海道のてん菜は、2015年産は多収年であったが、近年は不作が続いていた。特に2010年は、夏季の高温・多湿により黒根病および褐斑病が多発し、1986年に糖分取引制度に移行してから最低の収量であった。その結果、産糖量は約47万トンとなり、交付金対象となる64万トンを大きく下回るものであった。

 には、北海道てん菜の1997年から2014年までの20年間の作付面積当たりの主要病害発生面積と産糖量を示す。おおむね4〜5年に1度は、褐斑病や黒根病の多発による被害が出ており、いずれも夏季が多雨で高温の年である。人間の歴史を省みると、先人たちは幾度となく自然災害に襲われながらも、それらに対抗する技術を発達させて乗り越えてきた。しかし、褐斑病や根腐れで地上部を失ったてん菜畑を見るのは、本当に悔しい気持ちになる。

図 近年の北海道の作付面積と主要病害の発生面積(1997年〜2014年)

 てん菜の品種改良には長年月を要し、一代雑種の 親品種を1つ育成するのにも最低でも10年、さら にそれらを交配した一代雑種の中から多収で病気に強い品種を選抜、増殖し、農家の皆さまの手元に届 くまでには、さらに10年ぐらいの歳月が必要である。優良新品種の早期育成を図るため、従来の表現 型の変異に基づいた選抜に加え、黒根病抵抗性や褐斑病抵抗性などの高い病害抵抗性に関わる有用遺伝子型を日本の遺伝資源の中から発見し、これらを効率的に選抜するための「DNAマーカー」を開発した2)。農研機構・北海道農研では、このような特徴ある遺伝資源と専門の育種研究基盤を使って有用遺伝子の集積を効率的に進め、海外にある複数の種苗会社とも共同で日本の風土に適した高度病害抵抗性品種の早期育成プログラムも進めている。

 現在は、「北海みつぼし」の後継品種候補として、抽苔耐性を改良し、褐斑病抵抗性を強化した糖分型の「北海104号」を北海道の優良品種認定試験へ供試し、各地での適応性や特性を評価しているところである。栽培環境の大きな変化に対しても頑健に育ち、北海道の気候風土に適した多収と病害抵抗性を兼ね備えた先導的品種の育成を目指して、今後も新品種育成に取り組んでいく。

謝辞
 本品種は、農林水産省の新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業「分子育種技術を利用したスーパー耐病性品種の育成(課題番号18058)」(2006年〜2009年)の支援の下で、選抜・育成された品種である。

参考文献

1)広田知良ら(2011)「北海道における2010年の気象の特徴と農作物への影響要因」『北海道農業研究センター研究資料 691-13

2)田口和憲(2014)「遺伝資源の発見から品種育成までを網羅したテンサイ黒根病抵抗性の遺伝・育種学的研究」『育種学研究 16186-191

3)農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター(2012)「北海101号」『北海道農業試験会議(成績会議)資料』1-45

4)一般社団法人北海道てん菜協会(2015)『てん菜糖業年鑑』日孔社

5)黒田洋輔ら(2012)「テンサイ新品種「北海101号」の特性」『てん菜研究会報 531-7

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