てん菜生産における省力化に向けた取り組み
最終更新日:2017年2月10日
てん菜生産における省力化に向けた取り組み
〜日甜美幌地区四ヶ町村甜菜振興対策協議会〜
2017年2月
【要約】
北海道美幌町などでは、日甜美幌地区四ヶ町村甜菜振興対策協議会が製糖企業や関係企業などと連携して、てん菜生産を推進しており、JAの共同育苗施設を活用した取り組みが行われている。施設利用率は増加傾向にあり、今後もてん菜生産の下支えをしていくことが期待される。
はじめに
てん菜は、他の畑作物に比べて単位面積当たりの収益性が高く、北海道畑作の輪作体系を維持していくために重要な作物である一方、投下労働時間が他の作物に比べて2〜3倍と高く、昨今の離農の進展による1戸当たり作付面積の増加と相まって労働力不足が顕在化しつつある(
図1)。
投下労働時間の長さは、移植栽培における育苗作業に起因することから、労働時間短縮への対応として近年、直播栽培への転換が進んでいる。しかし、直播栽培は、育苗作業を伴わない反面、移植栽培に比べ収量性に劣ることから、移植栽培における育苗の省力化に向け、地域ぐるみでの取り組みが見られる。
北海道の東部、オホーツク総合振興局管内では、日本甜菜製糖美幌製糖所(以下「美幌製糖所」という)にてん菜が出荷されている美幌町、津別町、北見市常呂町、大空町東藻琴(以下「日甜美幌地区」という)を区域とするてん菜農家の広域地域連携組織である日甜美幌地区四ヶ町村甜菜振興対策協議会(以下「協議会」という)が、美幌製糖所など関係者と連携し、共同育苗施設を核とした農作業の省力化に取り組んでいる(
図2)。
本稿では、協議会の構成団体で共同育苗施設を運営する美幌町農業協同組合(以下「JAびほろ」という)の取り組みを紹介する。
1.美幌町の概況
美幌町は、オホーツク海から約30キロメートル内陸に位置し、中央部に網走川、美幌川など大小60の川が流れ、アイヌ語の「ピポロ=水多く大いなるところ」が町名の由来とされている。経営耕地面積は9622ヘクタールで、麦類とてん菜で半分以上のシェアを占め、畑作の一般的な体系として、麦類、てん菜およびばれいしょの輪作が行われている(
図3)。農家戸数360戸のうち、約73%を占める261戸がてん菜を生産しており、美幌町においててん菜が重要な作物となっている。
2.協議会の取り組み
(1)協議会の概況
協議会は、日甜美幌地区内のJAや農家などから構成されている(
図4)。
協議会は、かつて美幌製糖所と原料取引価格などを交渉する農家代表の役割を果たしていた。しかし、砂糖の価格調整制度の改正に伴い、農家に取引価格の保証をしていた最低生産者価格が廃止され、市場の需給を反映した取引価格を形成するため原料の販売価格を全道で共同計算する方式に移行することとなったことなどを受け、平成18年ごろから、てん菜の生産振興と安定生産を目指すため、協議推進団体へと大きく舵を切った。
現在の主な協議会の取り組みは
図5の通りである。協議会では、てん菜の生産から輸送までの各作業ごとに課題を抽出し、課題解決に順次取り組んでいる。
(2)省力化の取り組み
育苗作業は、前述したようにてん菜栽培の中で最も投下労働時間を必要とする。この育苗作業は、床土の採取、移植用の紙筒(ペーパーポット)への土詰め、播種、苗ずらし、根切りの工程で進むこととなるが、ペーパーポットに土を詰め播種したもの(以下「播種ポット」という)の一冊の重量は60キログラム余りにも達し、すべての工程を1人では行うことが困難である。このため、パート従業員などを活用する農家も少なくない。
しかし、近年、農家の高齢化に加え、地域人口の減少によりパート従業員の確保が難しいことなどを理由に、てん菜生産を敬遠する動きが広がっている。そこで、協議会は平成22年、人手不足を補い農家の負担軽減を図るため、構成団体であるJAの共同育苗施設を拡充、新設する取り組みを始めた。
このうち、津別町農業協同組合(以下「JAつべつ」という)と常呂町農業協同組合(以下「JAところ」という)については、既存施設の拡充を行った。具体的には、両JAともに、1系列であった播種ポットの製造ラインを2系列化したほか、JAつべつは、農家が施設に出向き播種ポットの引き取りを行っていた形態を、ハウスへの搬入までを行うように変更したことで、農家の負担軽減へとつなげている。
また、JAびほろは27年、これら両JAの成果を踏まえて、新たに共同育苗施設を建設した。同施設は、3系列で播種ポットを製造するなど、先行2JAより高い生産能力を有しており、日甜美幌地区の中核的な苗の供給機能を果たしていくことが期待されている。
3.JAびほろの取り組み
(1)施設の経緯
協議会が協議推進団体へと大きく舵を切った平成18年当初、JAびほろは、共同育苗施設を有しておらず、一部の農家は隣接したJAつべつの共同育苗施設を利用していた。このような中、JAびほろも、管内の労働力不足の解消に向けて動き出し、27年3月に共同育苗施設の完成に至った。
共同育苗施設の整備に当たっては、建設用地および建設費用の確保が課題であったが、建設用地については、美幌町の支援を受け、町有地が無償で貸与され、建設費用については、農林水産省の強い農業づくり交付金を活用することができた。
(2)共同育苗施設の運営
ア.施設の概要
平成27年3月に完成し、28年3月に本格稼働した当該施設の外観は、一見すると工場のようである(
写真1)。
3系列の製造ラインを持ち、1日当たりの播種ポットの製造能力は3000〜3600冊である(注)。 また、病害に強い健全な苗を生産するため、焼土殺菌装置を有している。
繁忙期である播種ポット製造時には約80名の人員が必要となるが、周年で稼働していないことから、大半は近隣の建設業者や運送業者を雇用している。
知識・技術の習得など従業員の教育については、協議会からの情報提供、美幌製糖所からの技術指導、他JAの共同育苗施設での研修などを行っている。
(注)当施設では、日本甜菜製糖株式会社が製造しているペーパーポットを使用している。このペーパーポットは、1冊当たり1400個の紙筒が連結しており、10アール当たりの苗の作付け本数を7200本とすると、発芽不良の分も考慮し、1日当たり50〜60ヘクタール分の播種ポットが製造される計算になる。
イ.農家との契約形態
農家は共同育苗施設から苗の供給を受ける場合、JAびほろと5年間の基本契約を締結する必要がある。契約期間内の使用播種ポットの減少が契約数の1割を超える場合や期間中に利用中止する場合は、施設の固定費の一部を負担しなければならない。現在の利用者は94名で、約750ヘクタールの作付面積に相当する苗の供給を行っている。
育苗におけるJAびほろの業務の範囲は、種子の調達から農家が指定するハウスに播種ポットを搬入するところまでであり、それ以降の育苗管理は農家が行う仕組みである(
写真2)。
播種ポット1冊当たりの販売価格は、施設運営に係る収支が常に均衡するよう実費相当分(約2200〜2300円(税別))に設定している。
ウ.健全苗の生産のために
播種ポット製造工程は
図6の通りである。
まず、育苗土づくりを前年の5〜7月にかけて行う。播種ポットに使用する育苗土は、根張りが良くなるように、黒土、川土、火山灰をそれぞれ2:2:1の割合で混ぜ合わせて使用している。
その後、土ふるい装置で夾雑物を取り除いた上で、焼土殺菌装置に通し、約80度の熱で焼いている。この焼土殺菌の工程により、雑草や病害菌が死滅し、病害などの抑制によるてん菜の増収効果が期待される。
次に、焼土殺菌した原土に、石灰、モミ軽(米のもみ殻をすりつぶして加水したもの)、ピートモス(注)を混ぜて、この状態で焼土保管室に保管する。石灰はpH調整、モミ軽とピートモスは、土の軽量化、根張りを良くするために行われている。育苗土づくりの時期には覆土に使用する土についても製造を行っている。
播種ポット製造は3月に開始され、焼土保管室で保管していた育苗土に再度、モミ軽、ピートモスを加えて、肥料を混ぜ合わせ、3系列で製造している。製造ラインには、土入機、土詰機、自動播種機、覆土機があり、1系列当たり22秒で播種ポット1冊の製造が可能とされている。製造した播種ポットは、1パレット(30冊)単位で農家指定のハウス内へ搬入、設置している。全工程を通した土のロスは7%程度となっている。
(注)ミズゴケ類などが堆積してできた泥炭を粉砕などしたもので、土に混ぜることで保水性、通気性などを向上させる効果がある。
コラム 共同育苗施設の利用で経営面積を維持
〜美幌町のてん菜農家 戸田準一氏〜
JAびほろのてん菜共同育苗施設が本格稼働した平成28年から施設を利用している戸田準一氏から、今回さまざまな話を聞くことができたので紹介する。
戸田氏は、美幌町内でてん菜、ばれいしょ、小麦の畑作経営を行っている。主な労働力は、本人と奥さんの2人で、作付品目および面積は、てん菜10ヘクタール、ばれいしょ8ヘクタール、小麦8ヘクタールの計26ヘクタールであり、面積規模を縮小することなく経営を維持している。
戸田氏は、以前は近隣の酪農家など10人ほどに手伝いを求めて、てん菜の播種を行っていた。播種にかかる直接作業時間は1日半ほどであったが、事前の準備も含めると手間はそれ以上にかかっていた。現在では、てん菜の苗をすべて共同育苗施設で調達しており、労働時間の短縮および労働負担の軽減につながっている。
戸田氏は、てん菜栽培においては、さまざまな工夫を行っており、その一つが定植のタイミングである。このタイミング次第である程度の収量が決まると考えており、定植の目安としては、葉が6〜7枚ほどの50日齢としている。その日齢であれば、定植後に低温となっても大幅に枯れることはないと言う。また、共同育苗施設の利用により、一斉播種が可能となり、苗の均質化が図られるようになった。
また、すべての圃場で毎年土壌診断を行い、分析の結果、不足している養分のみを施肥している。てん菜へのリン酸施肥量は一般的に使用されている量の4分の1程度に抑え、小麦は窒素のみを施肥、ばれいしょはリン酸を施肥しない圃場もある。その成果もあり、肥料代を農家平均の半分程度に抑えつつも、町内の平均的な収量を確保できている。
戸田氏には2人の息子がいるが、戸田氏の後を継ぐかは未定とのことである。そのような状況を踏まえ、トラクターへのGPSガイダンスシステムの導入やパソコンを活用した情報の収集・管理による経営の効率化に取り組んでいる。現状以上の労働力確保が見込めない中で、このような工夫により経営面積の維持に努めており、てん菜共同育苗施設の利用もそのような考えに基づくものと思われる。
さまざまな挑戦を行う戸田氏の今後のさらなる活躍に期待したい。
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4.成果と今後の課題
協議会の取り組みにより、日甜美幌地区におけるてん菜共同育苗施設の利用は大きく伸びてきており、共同育苗施設を利用したてん菜作付面積は平成21年の580ヘクタール(全体の9%)から28年には2025ヘクタール(同35%)まで増加した(
図7)。25年から27年までは横ばいだった共同育苗施設の利用率が、28年に11ポイントも向上しているのは、JAびほろの共同育苗施設が新設された影響が大きい。
また、全体の作付面積においても、離農や天候不順などによる不作の影響などにより14年以降減少傾向にあったものの、26年以降はやや増加傾向にあり、共同育苗施設の利用による作業外部化が背景にあると考えられる。そのため、今後も施設の利用は増加を見込んでおり、作付面積拡大の下支えに寄与していくであろうと、日甜美幌地区の関係者は分析している。
一方、今回訪れたJAびほろの共同育苗施設では、より高品質な播種ポット製造のための技術の向上および育苗土の確保が課題となっている。育苗土に用いる黒土については、農地の転用時などにスポット的に買い付け、今後2年分は確保しているが、その後も安定的な確保が必要となる。
さらに、稼働時の人員確保も重要な課題であり、引き続き町内外の企業と連携を取っていきたいとしている。
おわりに
北海道は、わが国の農業産出額の1割強を占め、都道府県別では常に1位であるが、そのような北海道においても、農家の高齢化は徐々に進展し、労働力の確保が難しくなっている現状がある。今回取材したてん菜共同育苗施設を作らせたのは、そういった現状に対する地域関係者の危機感と地域農業を維持しなければならないとする熱意であったと思われる。既存の施設、補助事業、知識・技術、人材などを活用しながら、取り組みは着実に進められ、日甜美幌地区内てん菜生産の3割を下支えするまでになった。
協議会は、育苗作業の外部化のほか、苗の定植や収穫、輸送に関する課題解決に向けて取り組んでおり、こうしたてん菜生産全体に対するパッケージとしての取り組みの成果が期待されるところである。
最後に、ご多忙の中、今回の取材にご協力いただいた日本甜菜製糖株式会社美幌製糖所の皆さま、美幌町農業協同組合の皆さまおよび戸田準一さまにこの場をお借りして御礼申し上げます。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713