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台湾のサトウキビ品種育成の現状ならびにサトウキビ野生種の自生状況

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最終更新日:2017年2月10日

台湾のサトウキビ品種育成の現状ならびにサトウキビ野生種の自生状況

2017年2月

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター

作物開発利用研究領域 主任研究員 境垣内 岳雄

主席研究員 樽本 祐助

技術支援センター業務第1科 科員 羽生 道明

【要約】

 台湾糖業研究所を訪問し、台湾のサトウキビ育種の現状について情報を得た。台湾の主要品種は多収が特徴の「ROC10」や「ROC16」であり、このうち、「ROC16」は台湾のサトウキビ野生種を交配に利用した品種であった。台湾には多様なサトウキビ野生種が自生し、育種素材として有望であると考えられた。

はじめに

 台湾は日本最西端の沖縄県与那国島から、わずか約110キロメートルの距離に位置する。気候は全土とも亜熱帯気候に分類され、温暖な気象条件を生かして中南部ではサトウキビが栽培されている。

 台湾の工業化が進み、また、農産業においても、砂糖中心から他の品目への多角化が図られた後は、サトウキビ生産量が減少し、直近の2014年期では54万トンの生産量となっている(図1)。

図1 日本と台湾のサトウキビ生産量の推移

 一方で、最盛期には1000万トンを超えるサトウキビの大生産国であり、台湾では優れたサトウキビ育種研究が行われてきた。このため、1960年代後半から2000年代前半まで、台湾における最大のサトウキビ研究機関である台湾糖業研究所から日本の甘味資源振興会に交配種子が導入されてきた。この種子から、「農林3号(NiF3)」、「農林4号(NiF4)」、「農林5号(NiF5)」、「農林8号(NiF8)」、「農林18号(NiTn18)」、「農林19号(NiTn19)」、「農林20号(NiTn20)」、「農林32号(KTn03-54)」の8品種が育成された(表1)。特に、「農林8号」がわが国の主要品種として広く利用されていることは、ご承知の通りである。以上のように、台湾との連携はわが国のサトウキビ育種の発展に大きな貢献をしてきた。

表1 台湾交雑種子から育成されたサトウキビ品種

 交配種子の導入が終了して以降、交流が停滞していたが、沖縄県農業研究センターの()(れい)(しん)氏らが2015年に沖縄・台湾技術交流推進事業で台湾糖業研究所を訪問したことにより、育種研究者間の交流が再開した。これを契機とし情報交換を進めるため、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構農研機構国際室の「海外機関との連携強化のための活動・調査」費を活用して、2016年9月21日、22日の2日間、台南市にある台湾糖業研究所を訪問した。今回の訪問の主な目的は、台湾における品種育成の動向ならびに台湾糖業研究所が有する育種素材の情報を収集することであった。

 台湾は東アジアの中で有数のサトウキビ野生種(以下「野生種」という)の自生地であり2)、3)、また、「Tainan」など日本にはない大型の野生種の自生地でもある。このため、野生種について、重点的に議論を行うこととした。

 訪問に当たっては、台湾糖業研究所のTso-Lin Cheng博士、Jian Chang博士、Yung-Sung Chang場長、Li-Shang Chen博士にご丁寧なご案内をいただいた。また、TSK エンジニアリング台湾の早乙女智紀氏、元放射線育種場長の永冨成紀博士ならびに沖縄県農業研究センターの伊禮信氏からは、渡航前に台湾の糖業ならびに遺伝資源に関する情報をいただいた。本文に入る前に、感謝の意を表したい。

1.台湾のサトウキビ生産の概要

 台湾糖業公司は台湾で唯一の製糖企業であり、台湾糖業研究所はその砂糖部門に属する研究機関である。台湾糖業公司、台湾糖業研究所ともに本部は台南市にある(図2)。なお、台湾糖業公司は1990年代から経営の多角化を進め、現在では、砂糖部門に加え、観光業部門、石油販売部門、畜産部門などの8部門に分かれている。

図2 台湾糖業研究所ならびに製糖工場の位置

 FAOSTATによると、2014年期の生産量は54万トンであり、生産量は日本の約半分である。また、収穫面積は約8000ヘクタールであり、このうち約8割は台湾糖業公司の自社()(じょう)である。製糖工場は中部の()()工場((うん)(りん)県)と南部の(ぜん)()工場(台南市)の2カ所にある(図2)。1日当たり圧搾量は各工場とも約2500トンであり、操業は例年、12月から翌年3月までの4カ月にわたり行われている。

 作型は、ほぼ全てが夏植え−株出し体系であり、新植は18カ月、株出しは
12カ月の栽培期間となる。株出し回数は1〜2回と少ない。なお、日本と同じく、近年、ハーベスタの普及が急速に進んでいる。主要な病害は黒穂病、わい化病、さび病などであり、日本での病害と類似していた。なお、黒穂病について、台湾では過去に三つのレース(TW1TW2TW3)の存在が報告されるが4)
現在、圃場で発病が認められるレースはこのうちTW3である。

2.台湾のサトウキビ品種育成

 台湾の育成品種には古くは「F」が付されていたが、1979年以降は「ROC」が付され、「ROC28」までが育成されている。現在の主要な栽培品種は収量性に優れる「ROC10」、「ROC16」である。

 ROC品種の中で特徴的なものは、「ROC16」、「ROC23」、「ROC24」である。図3の系譜図が示すように、「ROC16」、「ROC23」は台湾のサトウキビ野生種「66S82」の後代であり、また、「ROC24」は同じく台湾のサトウキビ野生種「66S60」の後代である。近代の製糖用品種の成立には野生種が関わっていることは広く知られているが5)、「ROC16」、「ROC23」、「ROC24」は製糖用品種・系統と3回交配をしたBC2世代であり、野生種のゲノム割合が高い品種と推察される。なお、「ROC24」と比較すると「ROC16」や「ROC23」の方が収量性に優れるが、これは利用した野生種の違いによるものとのことだった。

図3 ROC16、ROC23、ROC24の系譜

 サトウキビ交配は(へい)(とう)県の(ぼん)(たん)育種場で行われており(写真1)、年間の交配数は300400穂である。1990年代後半までは約20倍の育種規模を誇っていたが、生産量の減少に伴い、現在の交配数となっている。育種目標は収量、糖度に重きを置き、その次に耐病性を重視していた。このため、特に、多収性を示す「ROC10」や「ROC22」が重点的に利用されていた。

写真1 萬丹育種場のサトウキビ交配母本

 育種のプログラムとしては、()(しゅ)(T0)、実生選抜(T1)、栄養茎選抜(T2からT4)、地域適応性試験(T5)、品種登録試験(T6)に分かれており、萬丹育種場で交配ならびに初期選抜が行われた後、各地での評価が行われるシステムとなっていた。なお、実生選抜の供試数は約2万個体である。交配は、実績のある交配(economical)、組み合わせ能力検討用の交配(trial)、導入遺伝資源の交配(test)の三つに分けられており、現在は前者二つを中心に交配が行われている。

 育種目標について議論したところ、新植で10アール当たり10トン以上、株出しで同6トン以上の収量を得ることが目的であり、多収性に最も大きな関心があった。一方で、日本で挙げられるような、多回株出し能力については優先順位が低く、現在の株出し回数でも安定して多収になる品種を育成したいとのことだった。

3.台湾に自生するサトウキビ野生種

 台湾は世界各国で育種に利用されてきた野生種「Tainan」の自生地であり、また、Lo and Sunの報告3)などでは、台湾全土に自生地が存在することが知られる。また、Changらの報告6)では、台湾の野生種には草丈や茎径に変異があり、太茎で1.3センチメートルの茎径を有する野生種の存在も示されている。わが国には耐病性のほか、越冬性7)や高Brix8)など特徴的な野生種が存在するものの、細茎のものが大半であり、収量性を向上させるためには大型の野生種を導入することが非常に重要となる。


 今回の訪問では、屏東県()(こう)(きょう)から北上して、台南市(なん)西(せい)区まで車で野生種の自生地を訪問した(図4)。道中で多くの野生種を発見したが、特に、印象の深かった2カ所を紹介したい。

図4 訪問したサトウキビ野生種の自生地域

 写真2は屏東県里港郷の河川敷の野生種群落である。見渡す限りの巨大な群落であり、日本からの訪問者3名とも大いに驚いた。また、草丈も日本の野生種と比較すると、かなり大型であり、育種素材として有望であると考えられた。

 

 また、写真3は台南市楠西区のサトウキビ野生種の群落である。こちらについては川の中州に自生していること、また、台湾最大の()(ぶん)ダムのすぐ近くにあり、海岸から40キロメートル以上離れた内陸にも大きな群落があることに驚いた。

写真2 里港郷(屏東県)の巨大なサトウキビ野生種群落

写真3 曽文ダム近く楠西区(台南市)のサトウキビ野生種群落

 日本の野生種は自生地が太平洋沿岸に点在していることから、栄養茎で自生地を拡大してきたと考えられる。一方で、台湾では栄養茎での拡大では説明がつかないような、巨大な群落であること、また、楠西区のような内陸で比較的標高の高い地域にも大きな群落があることから、栄養茎に加えて、種子での自生地の拡大も少なくないと推察される(永冨博士からの私信)。

 上記論文の著者のYung-Sung Chang氏によると、台湾の野生種は形態ならびにDNAマーカーにより、大きく4群に分けることができ、今回訪問した里港郷や楠西区の野生種は台湾西海岸を中心に分布する、比較的大型な野生種のタイプであろうとのことだった。今回は確認できなかったが、台湾南部にはさらに大型のタイプの野生種も存在するとのことであった。台湾の野生種の多様性を目の当たりにし、育種素材として大きな可能性を感じた。

おわりに

 今回の訪問で、台湾のサトウキビ育種研究者から多くの情報を得ることができた。現在、日本のジーンバンクで保有している台湾品種は「ROC20」までであることから、まずは「ROC21」以降の品種を導入し、育種素材として活用することが日本のサトウキビ育種にとって重要と考えられる。このうち「ROC23」、「ROC24」は図3の通りBC2世代であり、台湾の野生種の特性を色濃く残していると考えられるため、特に、優先度の高い品種である。

 さらに、台湾の野生種は多様な環境で自生し、群落も巨大であることを確認した。一方で、台湾糖業研究所には、過去に収集された野生種は保存されていなかった。育種基盤の強化に必要な遺伝資源であるため、今後の展開方向について検討していきたい。

参考文献

1FAOSTAT http://www.fao.org/faostat/en/#data/QC

2Panje, R. R. and Babu, C. N. (1960) Studies in Saccharum spontaneum distribution and geographical association of chromosome numbers」『Cytologia 25pp. 152-172.

3Lo, C.C. and Sun, S. (1968)Collecting wild cane in Taiwan」『Proceedings of International Society of Sugar Cane Technologists13pp.1047-1055.

4Lee, C. S., Yuan, C. H. and Liang, Y. G. (1999)Occurrence of a new pathogenic race of culmicolous smut of sugarcane in Taiwan」『Proceedings of International Society of Sugar Cane Technologists23pp. 406-407.

5Daniels, J. and Roach, B. T.(1987)Taxonomy and evolutionIn D. J. Heinz (Ed.)Sugarcane improvement through breedingpp.7-84. Amsterdam: Elsevier.

6Chang, Y. S., Hsiao Y. C. and Huang W. L. (2013)Germplasm collection and agronomic traits analysis of Saccharum spontaneum L. in Taiwan」『Crop, Environment and Bioinformatics 10pp. 98-110.

7Ando, S., Sugiura, M., Yamada, T., Matsuta, M., Ishikawa, S., Terajima, Y. Sugimoto, A., and Matsuoka, M.(2011)Overwintering Ability and Dry Matter Production of Sugarcane Hybrids and Relatives in the Kanto Region of Japan」『Japan Agricultural Research Quarterly45pp. 259-267.

8Sakaigaichi, T., Terajima, Y., Matsuoka, M., Terauchi, T., Hattori, T. and Ishikawa, S. (2016) Evaluation of the juice brix of wild sugarcanes (Saccharum spontaneum) indigenous to Japan」 『Plant Production Science19pp. 323-329.

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