糖質制限よりもスローカロリーの実践
最終更新日:2017年9月11日
糖質制限よりもスローカロリーの実践
2017年9月
武庫川女子大学 国際健康開発研究所 講師 森 真理
【要約】
糖質はエネルギーになる栄養素として重要であるが、身体の健康を意識して摂取を制限する人が増加している。そこで、糖質を正しく理解して、身体に負担を与えない「スローカロリー」という食べ方・考え方を説明する。
地道な取り組みを重ね、常にスローカロリーの考え方が実践できる食環境が構築されることを期待している。
はじめに
健康維持や肥満予防に、糖質の摂取を制限する人が増えている。糖質は、三大栄養素の一つである炭水化物の一種で、脳や身体のエネルギーになる重要な栄養素であり、身体に負担を与えず、効率良くエネルギーが産生できる利点がある。そういった重要な栄養素は摂取を制限するより、自分に合った正しい摂取方法を理解するのが賢明であるため、その例について紹介する。
1.糖質の種類
糖質は糖を主成分とする物質の総称で、1分子の糖で構成されている単糖類(グルコース、フルクトース、ガラクトース)、単糖類が2分子で二糖類(スクロース:ショ糖、マルトース:麦芽糖、ラクトー ス:乳糖)、単糖類が2〜10分子程度でオリゴ糖、多数で多糖類(でん粉、グリコーゲン、セルロースなど)に分類され、炭水化物から食物繊維を除いたものである(
表)。それぞれの構造によって性質が違い、身体に入った際の働きに違いもあり、さまざまな作用の報告がなされている。
2.なぜ、糖質の摂取を制限するのか
世界保健機関(WHO)の報告によると、アジアを含む世界各国で生活習慣病がまん延し、有効な対策をしなければ2025年までに世界の糖尿病人口は7億人以上に達すると予測されており、世界的にそれらの予防対策が重要課題となっている1)。 特にアジア人は、BMI(注)が低くても、2型糖尿病の発症が増えるなどの報告2、3)があるように、日本人は糖尿病になりやすい体質とされている。そのため、内臓脂肪をため込まないような食べ方または血糖値を上げない食べ方の一つとして、「糖質制限」が注目されているように思う。
(注)BMI(Body Mass Index)は、体重(kg)÷(身長(m))2 で算出される値。
3.糖質は制限すれば良い?
では、糖質制限は有効なのか。これについては、多くの見解がある。糖尿病患者は、医療手段として薬やインスリンの投与によって血糖値をコントロールすることも可能であるが、糖質の摂取を控えて血糖値の上昇を抑える食事療法が有効である。
しかし、糖尿病と診断されないまでも、糖尿病になるリスクが高い者については、どうだろうか。もし、肥満者であれば、腹部の内臓脂肪を落とすよう指導されるほか、血糖値の急激な上昇(グルコーススパイク)につながる早食いなどの食べ方が習慣化している場合、インスリンの分泌量に影響し、脂肪をためやすく、炎症反応から血糖値を高めてしまう可能性もあるため、食べ方を見直すよう指導される。内臓脂肪を落とす手段として、糖質の摂取を一定期間制限することは有効だと思われるが、肥満予防のために糖質制限を継続することについては、さまざまなリスクが考えられる。
そもそも体重は、活動エネルギーより摂取エネルギーが上回れば増える。摂取エネルギーは、脂質、炭水化物、タンパク質の三大栄養素からなり、体格や生活活動量に見合ったエネルギーをバランス良く摂取することができれば、体重への悪影響はないと考えられる。そして、摂取後の消化、吸収、代謝を考えると、炭水化物(糖質)が一番身体に負担を与えないエネルギー源といえるので、それを制限するという食べ方は、ある意味、もったいないように思う。また、炭水化物の摂取を制限するダイエットは短期では脂質の摂取を制限するより効果があった4)としても、長期ではリバウンドの報告もある5)。 また、脂肪を糖に変える過程でケトン体が生じるが、このケトン体が血管内皮細胞機能を障害するという知見もある6)。
4.糖質の取り方のコツ『スローカロリー』とは
糖質を摂取すると体内の消化酵素で消化され、単糖類の形で消化吸収される。摂取する糖質の形が消化されにくい構造であれば、単糖類に消化されるまでの時間を要し、血糖値の上昇は穏やかになる。
例えば、米に含まれるでん粉にも、アミロースやアミロペクチンという種類があるが、もち米のようにアミロペクチンが多いと消化吸収が早く、人間の消化酵素で分解しにくいアミロースが多いと消化吸収が遅いことが分かっている
7)。また、砂糖はグルコースとフルクトースの2糖類であるが、グルコースとフルクトースの2糖類でも、パラチノースという糖は結合の仕方が違うため(
図1)、糖負荷試験において腸で吸収されるまでの時間が長い(
図2)。また、パラチノースは、同時に摂取する糖質もゆっくり消化吸収されるとの報告がある。それに比べて、清涼飲料水に含まれるグルコースとフルクトースが結合していない異性化糖では、糖質の消化吸収が早いためインスリンの分泌量も多い。要するに、糖質といっても、その構造によって消化吸収の早さに違いがあり、血糖値の上昇が緩やかな糖質を選んで食べる食べ方も、「スローカロリー」と呼ぶ。
5.スローカロリーの実践方法
血糖値が上がりにくい食べ方として、「ベジタブルファースト」が有名だが、これは食物繊維が豊富な野菜を先に食べることで、その後に食べる糖質の消化吸収を穏やかにするという理論である。それ以外にも乳製品やお酢を、糖質を摂取する前に食べることも、血糖値が上がりにくい食べ方だと分かっている。
血糖値が上がりにくい食べ方=スローカロリーの考え方のコツを
図3にまとめた。
図3を見ると、スローカロリーは新しい考え方の概念であるかのように思われるが、実は私たち日本人が昔から実践している「主食、主菜、副菜をバランス良く取り、ゆっくりそしゃくして食べる」という食べ方に似ている。また、ご飯を食べる量と糖尿病の関係を懸念する研究報告もあるが、主食のご飯を常に副菜である野菜や海藻、キノコ類や主菜と一緒によくかんで食べると、それほどリスクがあるとは考えられない。ただし、同じご飯食であっても、生活活動量が多くないにもかかわらず、少しの漬物や味の濃いおかずで、ご飯を何杯も食べる食習慣は問題があるように思う。
スローカロリーの実践法には、食後の運動習慣が挙げられている。これは、運動をして筋肉を動かすことで血中の糖質が使われるからであり、インスリンを介さず血糖値を下げる方法として注目されている
8、9)。
6.スローカロリーの食環境の構築を目指して
栄養で生活習慣病のリスク軽減効果を検証する研究に関わるうちに、若い世代の食事の取り方に問題を感じ、中高生の食育健診を始めた。見た目は健康でも、血糖値が高めであったり、高脂血症であったりするなどの問題を有する生徒がいることが分かったからである10)。ただ、子どもたちが食育を理解しても、子どもたちを取り巻く食環境が良くなければ、子どもたちへの食育は成功しないと考えている。このため、学校の食堂の献立改善は、食育には欠かせない取り組みである11)。
これと同じことが大人でも言える。生活習慣病のリスクの高い者でも、外食を利用する場合に、その人に合った献立を選ぶことができれば、健康リスクは上がらない。そういった意味で、糖尿病リスクの高い日本人に対し、スローカロリーの食べ方がいつでも実践できる食環境が整えられていることが必要である。
その取り組みの一環として、現在、京菓子協同組合の京菓子講師倶楽部の協力の下、スローカロリーの考え方に基づいた京菓子(和菓子)の開発・製造を進めている。具体的には、京都の老舗京菓子店が実際に販売する京菓子について、使われている甘味料の一部をゆっくり消化吸収される糖に置き換えた(写真1〜4)。ただし、和菓子は全般的に糖質の割合が多い食べ物であることから、糖尿病患者およびそのリスクの高い者にあっては、医師と相談の上、喫食してほしい。
また、料理に使用する砂糖をゆっくり消化吸収される糖に置き換えると、血糖値の上昇が緩やかになると報告されているので、砂糖が多く使われる料理の一つ、すき焼きにもスローカロリーの考え方に基づいた糖を使い、身体に優しい料理を提供しようという取り組みを同じく京都で実施している。地道な取り組みではあるが、外食産業のプロの料理人との協力が進めば、スローカロリーの考え方に基づく献立をあらゆる場所で提供できる可能性がある。将来的には、生活習慣病のリスクのある方でも、気にせず外食が利用できるような食環境になることを期待している。
7.スローカロリーに期待すること
三大栄養素の一つである糖質は、脳や身体のエネルギーになる栄養素といわれ、体内での消化吸収、代謝を考えても、身体への負担が少ない栄養素である。しかし、世界的規模で糖尿病の罹患率が急増している現状を受け、糖質が悪者であるかのような印象を与えており、糖質を制限しなければならないような風潮があるが、摂取したエネルギーの分だけ消費をすれば糖質を摂取することに問題は全くない。ただし、その食べ方については注意が必要で、主食だけ、糖質だけ、甘い物だけという食べ方が日常的に続くようであれば、血糖値を高めてしまう可能性もある。このため、日常的にスローカロリーの考え方を意識することが重要である。また、常にスローカロリーの考え方が実践できる食環境が構築できれば、糖尿病をはじめ、さまざまな生活習慣病のリスクの低減につながるため、利用者も安心して糖質を摂取することができるのではないかと考える。
参考文献
1)Eurosurveillance editorial team(2012)「WHO LAUNCHES THE WORLD HEALTH STATISTICS 2012」 17(20)
2)Kodama K、et al(2013)「Ethnic differences in the relationship between insulin sensitivity and insulin response: a systematic review and meta-analysis」『Diabetes Care』36(6)pp.1789-96.
3)Elizabeth L. T、et al(2017)「Racial and Ethnic Disparities in Diabetes Screening Between Asian Americans and Other Adults:BRFSS 2012–2014」『Journal of General Internal Medicine』32(4)pp.423–429.
4)Shai I、et al (2008)「Weight Loss with a Low-Carbohydrate, Mediterranean, or Low-Fat Diet」『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』359(3)pp.229-241.
5)Schwarzfuchs D、et al (2012)「Four-Year Follow-up after Two-Year Dietary Interventions」 『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』367(14)pp.1373-1374.
6)Kanikari‐Marie P、Jain SK (2015)「Hyperketonemia (acetoacetate) upregulates NADPH oxidase 4 and elevates oxidative stress, ICAM-1, and monocyte adhesivity in endothelial cells.」『Cell Physiol Biochem』35(1)pp. 364-373
7)森英樹ら(2017)「炊飯方法の異なる日本型高アミロース米品種「越のかおり」米飯摂取時の血糖応答反応についての検討―二重盲検無作為化クロスオーバー試験―」『第20回日本病態栄養学会年次学術集会』
8)Richter EA、Hargreaves M (2013)「Exercise GLUT4 and skeletal muscle glucose uptake」『Physiol giocal Reviews』93(3)pp.933-1017.
9)Rockl KS、Witczak CA、Goodyear LJ (2008)「Signaling mechanisms in skeletal muscle: acute responses and chronic adaptations to exercise」『IUBMB Life』60(3)pp.145-153
10)Mori M、et al (2012)「Low birth weight as cardiometabolic risk in Japanese high school girls」『The Journal of the American College of Nutrition』31(1)pp.39-44.
11)森真理ら(2008)「もっと野菜が食べたい。高校生による食堂メニュー改善プロジェクト(平成19年度農林水産省食育モデル民間団体実践活動事業)」公益社団法人兵庫県栄養士会
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