十勝地方における畑作物の生産性向上と収量変動要因について
最終更新日:2018年4月10日
十勝地方における畑作物の生産性向上と収量変動要因について
2018年4月
地方独立行政法人北海道立総合研究機構 十勝農業試験場 場長
(現 カルビーポテト株式会社 馬鈴薯研究所 参与) 柳沢 朗
【要約】
てん菜、ばれいしょ、秋まき小麦では春の気温が高めで、6月から7月の日射量が多いと収量にはプラスであり、逆に夏期の高温は、収量を低下させる。多収栽培を考える上では、地域のポテンシャル収量や目標収量と現状の収量とのギャップを問題として捉えて、収量低減要因を網羅的に把握し、それらの解決を図ることが肝要である。収量は、土壌条件、気象条件、作物・品種の特性、栽培管理が互いに影響し合った結果である。
はじめに
北海道の十勝地方は、国内で最も畑作農業の大規模化が進んでいる地域である。かつて豆類中心の栽培が続いていたが、農家経営の安定化のために寒冷地作物であるてん菜、ばれいしょ栽培が徐々に増加していき、1970年代後半からは国の食糧政策変更などもあり、小麦の栽培が拡大し、いわゆる畑作4品による輪作体系が確立してきた。近年は、畑作物の価格低迷もあり、長いも、にんじん、スイートコーンなどの園芸作物の栽培が増加しているが、畑作物が主体であるのは変わらない(
図1)。
この間、土壌改良や基盤整備、品種、栽培法の開発・改良などにより、畑作物の単収は増加してきたが、近年その伸びが鈍化している(
図2)。
十勝地方は元来、不良な土壌が多く、また、年間の日照時間は長いものの、オホーツク海高気圧などの影響により、夏期の日照時間が他の地域より短く、極端な低温や連続降雨による冷害や雨害の発生することもある。このような不良条件を先人たちのたゆまぬ努力と技術開発により、困難を克服し、今日の大規模畑作農業が築かれたのである。しかし、農家戸数および農家人口の減少が十勝地方でも進んでおり、さらなる大規模化と省力・省人化、自動化技術などへの対応が必須となっている。
現在、さまざまな農業情勢変化の下で農業における生産性向上が大きな課題となっているが、畑作物の生産量が最も多い十勝地方の収量向上の推移と気象要因による収量変動について検討することは、これからの技術開発を考える上でも、また、さらなる生産性向上に向けた栽培技術を考える上でも非常に重要である。
1.てん菜の気象要因による収量変動
てん菜の栽培品種は、導入品種がその大半を占めている。製糖を目的とするてん菜では、品種の耐病性や収量、根中糖分が少しでも優れていれば、生産者および製糖会社にとっての利益となるため、品種交替が頻繁に行われ、一品種の平均栽培期間は7年である(1988年から十勝地方で栽培され、既に新品種に置き換わった38品種平均)。
気象要因によるてん菜収量への影響を検討するため、1981年から2015年の十勝管内てん菜収量 (農林水産省「作物統計」)、根中糖分(てん菜協会「てん菜の生産実績」)と気象庁の帯広アメダス観測値を用いた回帰分析より、主な収量変動要因について解析を行った。てん菜収量、根中糖分は、過去の知見と同様に4月下旬〜7月上旬の平均気温と7月上旬〜10月上旬の最低気温とそれぞれ有意な相関関係が認められた。また、収量と6〜7月の日射量、9〜10月の最高気温と4月中旬〜7月中旬の積算降水量との間にも有意な相関関係が認められた(
図3)。
てん菜の収量性向上は、品種改良の成果でもあるが、収量変動を考える場合には、新品種導入効果を除いた形で検討する必要がある。てん菜優良品種認定のための調査結果を用いて、品種別栽培面積と収量・根中糖分の標準対比により潜在的な収量性を推察した(
図4)。これらの値により、「モノホマレ」対比による補正収量、補正根中糖分を計算し、それらに影響を及ぼす要因について検討した。補正値は、毎年「モノホマレ」を栽培していれば得られると仮定した値でもある。
夏期がかなり高温であった1994年、2010年を除いた33年間で4項目(4月下旬〜7月上旬平均気温、6〜7月日射量、4月中旬〜7月中旬積算降水量、9〜10月最高気温)を説明変数とし、補正収量を目的変数とした重回帰分析を行った結果、寄与率=0.91が得られた(
表1)。1981〜2015年のうち湿害のひどかった1983年を除いた34年間で7月上旬〜10月上旬の最低気温と9〜10月の日射量を説明変数とし、補正根中糖分を目的変数とした重回帰分析を行った結果、寄与率=0.90が得られた(
表2)。なお、9〜10月の日射量の根中糖分への影響は、補正値との間で有意となった項目である。
以上のことから、てん菜の生産性に影響を及ぼす主な気象要因が明らかとなり、それぞれの気象要因による影響を気象平年値からの値と比較し、収量および根中糖分の変動値を算出して、てん菜糖量への影響を推測することができた(
図5)。
2.ばれいしょの気象要因による収量変動
十勝地方のばれいしょ品種は、生食用「男爵薯」「メークイン」、加工用「トヨシロ」、でん粉原料用「コナフブキ」の面積が多く、以前に栽培されていた「農林1号」「紅丸」「エニワ」が、ほぼなくなり、「スノーデン」「きたひめ」が増加したが、過去20年では主要品種の割合に大きな変動はない(
図6)。
ばれいしょ収量に及ぼす気象要因について、てん菜と同様に解析を行った。なお、ばれいしょについては、上記の状況から1981年から2015年のばれいしょ平均収量(農林水産省「作物統計」)をそのまま用いた。
1981年から2015年におけるばれいしょ平均収量と気象要因の関係では、4月中旬〜6月上旬の平均気温、6〜7月の日射量とそれぞれ有意な正の相関関係が認められた。また、4月下旬〜7月下旬の積算降水量、7〜8月の平均気温と有意な負の相関関係が認められた(
図7)。これら気象要因による収量変動を検討するため、湿害や干ばつ害による収量低下がみられた1981年、1983年、1985年、2009年、2015年と別の要因と思われる収量増加がみられた1992年を除いた29年間で、収量を目的変数として重回帰分析を行った。その結果、寄与率=0.86が得られた(
表3)。収量に与える影響の程度を各要因による収量変動推定値として
図8に示した。
3.畑作物の生育に及ぼす気象要因と収量変動
十勝地方のてん菜収量とばれいしょ収量では比較的高い相関関係が認められる(
図9)。これは、前述の通り時期に多少の差はあるものの、収量に影響を及ぼす気象要因が似ていることにも関係する。春先の気温が高いとてん菜では初期生育が優れ、葉が畝間を覆う時期が早くなる。ばれいしょでは、茎数、地上部重、ストロン数、いも数、いも重など収量決定までの過程が多く、品種の熟期も異なるため、一概には言えないが春から初夏にかけての生育促進は収量に有利に働くと考えられる。
なお、てん菜、ばれいしょと秋まき小麦収量との間にもばれいしょとてん菜ほど高くはないが、有意な相関関係が認められる(
表4)。ここでは詳細は省くが、秋まき小麦では起生期〜
出穂期ごろの気温が高く、逆に成熟期間中(6月中旬〜7月下旬)の気温が低く、出穂期前後以降(6〜7月)の日射量が多いと収量が高くなる。
十勝地方では、5〜6月の日射量が多く、初期生育を良好にし、早めに葉面積を拡大すること、また、地上部の生育が最も盛んとなる時期に最適な葉面積および望ましい受光体勢を維持することが重要であると考えられる。一方で高温、特に夜間の最低気温が高くなると呼吸などによる消耗が大きく、収量にはマイナスとなる。過繁茂は光の遮蔽と呼吸によるロスを大きくし、また、病害を増加させる。
秋まき小麦では茎数を極端に増加させてしまったり、倒伏させてしまうと子実の充実が悪くなり、高温や寡照の場合は収量が大きく低下する。そのため、適正な播種と越冬後の施肥など栽培管理による生育量コントロールが非常に重要である。ばれいしょにおいても過繁茂や倒伏は、収量低下の原因となる。
なお、豆類(大豆、小豆)では春から秋の気温が高いと収量は高くなり、大豆では他と同様に6〜7月の日射量が多いと収量が高くなる傾向にある(柳沢未発表)。
降水量の影響は、土壌環境の良否にも影響されるため、不良土壌の割合の多い地域では降水量によるマイナスの影響が大きくなる。また、十勝地方の沿海山麓部では内陸部と比べ、春先の気温が低く、 6〜7月の日照時間が短く、収量的にはやや不利となる。
4.これからの多収栽培
以上見てきたように、畑作物収量は気象の影響を大きく受けるものの、主な気象要因による影響は、根菜類では最大でも15〜25%程度である。ただし、降雨の影響による湿害や干ばつ、生育不良、過繁茂や倒伏、病虫害や冷害、穂発芽などの障害が重なると収量は大きく低下する。また、pHや土壌硬度、有効土層深などの土壌の理化学性も収量変動に大きく影響する。さまざまな不良要因は、気象条件が厳しいときほどその影響が大きくなる。収量の地域間差や圃場間差は大きく、収量変動要因は土壌環境や他の要因も含めて総合的に検討することが重要である。
多収栽培を考える上で、「基本技術の励行」は、言葉通り基本である。多収農家への聞き取り調査では、必ずと言っていいほど基本技術励行が確認されている。基本技術は、これまでの経験則や開発された新技術が適応され、その効果が実証されてきたものの積み重ねである。
低コストで効率的、実践的な多収栽培では、それぞれの地域の収量ポテンシャルがどの程度であるか、それぞれの圃場での過去実績はどうであったか、不良条件や収量が上がらない要因にどのようなことが考えられるかを深掘りし、把握することがまずは必要である。
地域の収量ポテンシャルとしての最高収量(あるいは目標収量)と個々の圃場の収量に差があるのであれば、それは「問題」として捕らえることができる(いわゆる「現状」と「目標」のギャップ)。収量向上は、言ってみれば問題解決であり、個々の要因は、問題解決のための課題である。基本技術の励行を怠っていたり、さまざまな状況により、実践できなければ、それらはそのまま収量低下のリスク要因となる。
「目標収量」設定、収量変動要因の網羅的な把握、適正な栽培管理技術の実行と検証を行うことが、収量向上やコスト低減に必ず結びつく。問題・課題を見える化してPDCAサイクルに落とし込むことが肝要である。
今後は、センシング技術による生育量の把握や将来実用化される気象予測技術を組み合わせ、生育予測と収量予測と行い、それらに基づき可変施肥技術などを利用して、ムリ、ムダ、ムラのない栽培技術に発展していくことが望まれる。新品種開発と栽培法の改良、先進技術の応用、時代を先取りした生産体制の確保など技術開発ならびに生産支援体制の構築は引き続き重要である。
気温や降水量の変動は益々大きくなると考えられ、土作りを基本とした透排水性・保水性、有効土層深、物理性や化学性の改善や気象変動に強い畑作り、栽培技術が求められるが、これらの脅威をチャンスとして捕らえ、地域の関係者が協働してさらなる生産性向上を図ることができれば、十勝地方に限らず産地としての強みと優位性をますます大きくすることができる。
参考資料
柳沢朗(2015)「北海道における畑作物の生産性向上 1.十勝地方の小麦収量とその変動要因」『日本作物学会北海道談話会会報』(56)pp.100-101
柳沢朗(2016)「北海道における畑作物の生産性向上 2.十勝地方におけるてんさい収量とその変動」『日本作物学会北海道談話会会報』(57)pp.60-61
柳沢朗(2017)「十勝地方における気象要因による馬鈴しょの収量変動を考える」『日本作物学会北海道談話会会報』(58)pp.70-71
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