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てん菜直播栽培の安定化技術と海外最新技術

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最終更新日:2018年10月10日

てん菜直播栽培の安定化技術と海外最新技術

2018年10月

地方独立行政法人北海道立総合研究機構 農業研究本部
企画調整部地域技術グループ 主任主査 稲野 一郎

【要約】

 てん菜の出芽率を確保するには毛管水を種子へ供給できる環境が必要であり、砕土率を高め、()(しゅ)時の表層鎮圧および耕運時の中層鎮圧が有効である。初期生育段階の風害は、麦類の被覆作物をてん菜の播種前または同時播種することによって、被害を軽減できる。肥料の分施技術の実証を行った結果、慣行基肥窒素割合7割に対し、基肥窒素3割、残りを2葉期に施肥することで糖量が上回る傾向にあった。

はじめに

 てん菜の生産地である北海道の販売農家1戸当たりの平均経営耕地面積は、2015年時点で23.7ヘクタールであったが、2030年には同32.4ヘクタール(対2015年比137%)に規模拡大することが予測されている1)。一方、平成27年に閣議決定された「新たな食料・農業・農村基本計画」では、37年度の生産努力目標として、てん菜では62万トン(精糖換算量)が掲げられ、生産努力目標を達成するための克服すべき課題として「(ちょく)(はん)栽培の収量の向上および安定化」が示されており、生産量の確保および規模拡大に向けて現状からなおいっそうのコスト削減を図ることが必要とされている。

 近年のてん菜栽培の歴史をひも解くと、1970年代から生育の安定および収量の向上が期待できる紙筒移植栽培が普及し、1995年には全体の97.7%を占めるに至った2)。その後は、農家人口が減少に向かうことに伴い、省力化が可能な直播栽培が増加した。北海道立農業試験場(現:北海道立総合研究機構 農業研究本部)は、1998年から直播栽培の安定化を目的とした試験に取り組み、2003年に試験結果を取りまとめ、播種や収穫に関する技術および(きょう)(けい)栽培など新たな知見を加え、「てん菜直播栽培技術体系」を示した。また、十勝農業試験場は、てん菜直播栽培における初期生育障害の原因と対策を2001年に、慣行の全量作条施肥に替わる全層施肥法と分施法の有効性を2003年に示し、これらを取りまとめた「てん菜直播栽培マニュアル2004」を北海道てん菜協会が2004年に発刊した。このマニュアルを基にした普及活動の結果、2015年の全栽培面積に占める直播栽培面積(直播率)はほぼ2割に達し、現在も増加傾向にある(図1)。ただし、地域によっては1割以下のところもあり、初期生育の不安定性を理由に直播導入をちゅうちょする生産者が多い。この原因は出芽率が不安定なこと、本葉展開前の風害や霜害、ソイルクラスト(土壌の硬化)などの自然災害に弱いことが挙げられる。このうち、霜害については今のところ解決策がない。ソイルクラストは降雨後に晴天が続くことで発生し、土壌が硬化して出芽率が低下する。北海道立農業試験場はソイルクラスト形成時の出芽障害の軽減対策(2007年)と風害の発生要因と軽減対策(2010年)を取りまとめた。ここでは、これらの試験成果に加え、これまでに得られた知見や海外の栽培技術について紹介する。

図1 てん菜全栽培面積に占める直播率の推移

1.砕土整地法と播種鎮圧法

(1)播種時の基本技術

 てん菜の種子は直径5mmのコーティング種子である。てん菜の目標出芽率は、欠株があった時には近傍の株が肥大化し収量の補償作用があるため、85%に設定している。発芽させるためには、種子が土壌中の毛管水を吸水する環境を作る必要がある。砕土状態が不良であれば、種子と土粒子間の空隙が大きくなり、毛管水の上昇が断たれ、種子への水分供給が劣る。このような現象は砕土性の劣る粘質系土壌で多い。解決策として砕土状態を改善し、播種機の鎮圧力を高めることで、種子と土粒子間の空隙を小さくし、毛管現象の促進によって出芽率を向上させることが必要である。播種機後部の鎮圧輪は従来の230mm幅から115mm幅の狭幅鎮圧輪に変更することで播種機の鎮圧力が高まり、特に粘質系沖積土での出芽率向上効果が高かった(図2)。また、砕土率(土塊径20mm以下の割合)を90%以上にすることで出芽率85%を達成できた(図3)。

図2 狭幅鎮圧輪による出芽率向上効果

図3 土塊径20mm以下の割合と出芽率の関係

(2)中層鎮圧耕法

 さらに発芽率を安定させるには、種子周辺と深さ10〜20cm(中層)の土壌硬度を高めることで毛管水の上昇を促すことが有効である(図43)。播種機後部の鎮圧輪で種子周辺部の土壌硬度を高めることができるが、深さ10〜20cmの土壌硬度を高めることはできない。しかし、ハローパッカ(写真1)と鎮圧力の大きいホイールローラかツースパッカローラを装着したダウンカットロータリハロー(写真2)の組み合わせ(中層鎮圧耕法)で可能となる。粘質な低地土の場合、出芽率85%を達成するために砕土率90%とするにはアップカットロータリによる低速作業を余儀なくされるが、中層鎮圧耕法では、慣行法より砕土率が小さくても出芽率85%を確保できるので砕土整地時間が4〜6割短縮可能である。

図4 中層鎮圧概念図

写真1 ハローパッカ

写真2 ツースパッカローラ装着ロータリハロー

2.直播栽培におけるソイルクラストおよび風害軽減対策

(1)ソイルクラスト対策

 ソイルクラストの発生しやすい条件として以下のことが考えられている。腐食の少ない細粒質の低地土(粘土質の土壌)▽てん菜播種後の降水量が多いとき、また降雨強度が強いとき(短時間の強い雨)▽播種前の砕土が細かいほど発生しやすく、硬いソイルクラストになりやすい。この条件下で表層が硬くなると、土壌中で発芽しても土壌表面に子葉が展開できない。ソイルクラストが発生した場合、ソイルクラストクラッシャの施工で被害を軽減できる(写真3)。しかし、ソイルクラストの形成が進むと、その効果は低いので、ソイルクラストが完全に形成される前に施工する。また、施工 時期が遅れるとてん菜が損傷を受けるため、施工のタイミングが肝要である。土壌中に有機物が多いとソイルクラストの発生リスクが小さくなることがわかっており、根本的にクラスト対策を行うのであれば、有機物の継続的な施用が必要である。

写真3 ソイルクラストクラッシャ(北海道糖業株式会社提供)

 ドイツでは、環境保全型農業の一つとしてカバークロップによるマルチ栽培が行われており、2012年以降、プラウを使用した従来耕法より栽培面積が多くなっている。この栽培法の目的はエロージョン(土壌流出)とクラスト(土壌表面の硬質化)の対策である。前作に緑肥(シロカラシ・ライ麦)を栽培し、越冬させ枯れた緑肥を簡易耕で地表部に残し、(ざん)()を切断できる特殊なコールタが装着された播種機(写真4)を利用する栽培法である。

写真4 マルチ栽培用播種機

(2)風害対策

 4月から5月にかけて発達した低気圧がサハリン付近を通過するときに10m/s以上の強風が観測される。この強風によって、てん菜やばれいしょの()(じょう)から飛散した土粒子が初期生育段階のてん菜に損傷を与える。被害を軽減するために被覆作物(エン麦・小麦・大麦)をてん菜播種前もしくは同時に播種することを試みたところ、被覆作物は地表の風速・風向を変える作用を示すとともに、土粒子のバリアとなり、風害を軽減できた4)

 被覆作物の播種方法は、整地前散播方式と畦間条播方式がある5)6)。整地前散播方式は、てん菜播種の整地前に麦類をブロードキャスタなどで10アール当たり5キログラム播種し、その後は慣行の整地・播種作業を行う。畦間条播方式は施肥カルチベータに覆土装置を取り付けるか(写真5)、麦類播種ユニットを装着した播種機(写真6)を利用する7)。てん菜が生育すると麦類は被覆作物としての役目を終えるので、除草剤で殺草する。十勝農業試験場で行った試験では、麦類播種ユニットを装着した播種機の方が整地前散播方式より土壌飛散量が少なく被害指数も小さかった。
 さらに、深耕爪カルチを用いて土塊を畦間地表に上げて、てん菜に風が当たりにくい畦形状を作る方法もある。ただし、土壌が乾燥し、施工深さが足りないと土壌が盛り上がらないこともあるので、施工時期、施工深さに留意する。

 海外の状況を見てみると、米国や欧州では労働時間と生産コストの削減を目的にストリップティレッジ(部分耕)が行われるようになってきた8)9)。この耕運法では帯状に耕運する部分と前作残渣が残る未耕運部分ができる。残渣はエロージョンを少なくし、地表近くの風速を小さくすることで風害を防ぎ、土壌水分の維持や易耕性・排水性を高めることが実証されている10)

写真5 改良施肥カルチベータよる麦類播種

写真6 麦類播種ユニット装着播種機

3.施肥方法の改善

 「てん菜直播栽培マニュアル2004」で低ストレス型施肥法として全層施肥法と分施法の有効性を示している。2016年から2017年に分施法の有効性を確認するため、東胆振地域で現地実証試験を行うとともに分施に関するアンケート調査を行った。マニュアルでは播種前整地時あるいは播種時に混和する方法(全層施肥法、作条混和施肥)あるいは分施(窒素の3分の1を基肥として作条施用し、残りは2葉期まで施用)とすることが明記されている。

 東胆振地域では、生産コスト削減と労働力不足に対応した作付け体系が求められており、てん菜直播率が7割を超えている。東胆振に分布している火山性放出物未熟土は保水性、保肥力が小さく、養分も少ないため施肥窒素量を多く必要とする。そのため、低ストレス型施肥法の全層施肥や分施を取り入れている生産者が多い。現地実証試験の分施体系処理は、推奨されている2葉期施肥のほか、2葉期+5葉期施肥を取り入れて、生育・収量差を検討した。基肥窒素割合は、生産者慣行区で5割、分施区(「2葉期」、「2葉期+5葉期」)で5割とした。試験区間において有意な差は認められなかったが、「2葉期」区で糖量がやや高い傾向にあった(表1)。

表1 分施法が糖量に及ぼす効果

 アンケートの有効回答戸数は49戸であった。基肥施用方法は全層施用が6割を占め、濃度障害を低減する技術が浸透していた(表2)。また、分施を取り入れている農家は8割以上あり、分施回数は1回が多かった。一方、基肥窒素割合は70%以上が多く、基肥重視が大勢を占めていた。マニュアルでは、窒素量の3分の1を播種時の作条施用としているが、実態としては全層施肥と組み合わせることで基肥割合を増やしているようである。アンケート調査結果を基に基肥窒素割合と糖量との関係を図5に示す。基肥窒素割合が大きいほど糖量のばらつきが大きいが、小さいと糖量が高位安定化する傾向にあった。生育期の降水量に左右されるが、保肥力の小さい土壌では分施窒素割合を大きくすることで収量の安定化につながることが推測された。

表2 アンケート調査結果

図5 基肥窒素割合と糖量の関係

4.収穫方法

 てん菜の収穫機は国産1畦用の利用が多く、掘り上げたてん菜を収穫機後部のタンクに積載し、土場や枕地まで運んで積み上げる。掘取り刃は1対のショベル型ブレード(写真7)であり、標準刃のほか、石礫(せきれき)地用、粘質土・石礫地用が用意されている。収穫時の移植てん菜の形状は直径が大きく根長が短いが、直播は移植に比べ細長い形状である(図6)。ショベル型は土と一緒にてん菜をすくい取るので、直径の大きい移植栽培に適する。一方、海外製収穫機は揺動型シェアかオペルホイール(写真8)でてん菜を挟み上げるため、根長の長い直播栽培向きである。海外製収穫機の収穫損失を小さくするため、播種は左右にばらつかないよう一直線上に播種する必要があり、縦型の播種盤を有した播種機を用いている。国産収穫機で標準刃を用いて直播てん菜を収穫するとき、掘残し損失を少なくする作業速度は6.8km/hが上限である。

写真7 ショベル型ブレード刃

図6 栽培方式によるてん菜の形状

写真8 輸入収穫機掘り取り方式(左:揺動型シェア 右:オペルホイール)

おわりに

 てん菜は北海道畑作地帯の4年輪作体系を維持する上で重要な作物である。輪作は病害虫や雑草の発生を抑え、作物の生産力を向上させる。一方、北海道の転換畑地帯では小麦の連作による病害の発生が問題となっており、新たに輪作体系の中に直播てん菜を組み込むという動きが出てきている。転換畑において湿害を受けやすいてん菜を栽培するには、暗きょなどの基盤整備やサブソイラなどによる排水機能の改善をした上で取り組む必要がある。

 交付金の増額が望めない状況下では、てん菜栽培面積を維持する上で1戸当たりの規模拡大や直播の導入が不可欠となっており、今後は北海道の土壌・天候に適応したさらに低コスト・省力的な栽培法を模索する必要がある。

【参考文献】
1)北海道立総合研究機構農業研究本部(2018)「2015年農林業センサスを用いた北海道農業・農村の動向予測」『北海道立総合研究機構農業試験場資料』(42)pp.15-19.
2)北海道てん菜協会(2016)『てん菜糖業年鑑2016』pp.9-15.
3)稲野一郎、大波正寿、鈴木剛(2007)「直播てんさいの出芽率向上に関する研究」(第3報)『農業機械学会誌』69 (3)pp.59-66.
4)大波正寿、稲野一郎、鈴木剛、梶山努(2006)「テンサイ直播栽培における被覆作物利用による風害軽減効果」『育種・作物学会北海道談話会会報』(47)pp.61-62.
5)大波正寿、稲野一郎、鈴木剛、梶山努(2007)「テンサイ直播栽培における風害軽減を目的とした被覆作物栽培方法」(第1報 麦類の整地前散播方式)『てん菜研究会報』(49)pp.23-26.
6)大波正寿、稲野一郎、梶山努(2011)「テンサイ直播栽培における風害軽減を目的とした被覆作物栽培方法」(第2報 麦類の畦間条播方式)『てん菜研究会報』(52)pp.7-10.
7)大波正寿、稲野一郎、原圭祐、岸田佳剛、伊藤泰明、吉田邦彦、白旗正樹、梶山努(2012)「テンサイ直播栽培における風害軽減を目的とした被覆作物栽培方法」(第3報 麦類を同時に播種する方法)『てん菜研究会報』(53)pp.8-12.
8)Nis Lassen(2012)「Strip-tillage and sugar beet seed」pp.130-131.73rd IIRB congress proceedings
9)Veit Nübel,Klaus Bürcky(2012)「Strip till sugar beet at Südzucker」pp.134-135.73rd IIRB congress proceedings
10)Fied Hermann,Wilhelm Claupein(2010)「Strip tillage – A new cultivation technique for sugar beets」pp.39-40.72nd IIRB congress proceedings
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