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JA中札内村におけるてん菜生産性向上の取り組み

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最終更新日:2018年12月10日

JA中札内村におけるてん菜生産性向上の取り組み
〜栽培技術を浸透させ道内トップの単収を達成〜

2018年12月

札幌事務所 小峯 厚

【要約】

 JA中札内(なかさつない)村管内では、毎年、関係機関と生産者による畑作技術懇談会を開催し、てん菜栽培技術の高位平準化に努めている。また、生産者全体に栽培技術を浸透させるために、地域ごとの実績を共有することで共通認識を高めている。このような取り組みを進める中で生産者は基本的な栽培技術が重要だと意識し、同JA管内全体に良い波及効果を与え、てん菜の高い生産性を実現している。

はじめに

 てん菜は冷害に強く、北海道の畑作生産者の約2割が栽培しており、小麦、ばれいしょ、豆類とともに輪作体系を維持する基幹作物の一つとして位置付けられている。しかし、近年、生産者の高齢化や後継者不足により経営規模拡大が進展したことで、投下労働時間が多いてん菜生産は敬遠され、他品目への作付け転換が進んでおり、北海道のてん菜生産者戸数および作付面積はともに減少傾向にある(図1)。

 このような中、JA中札内村では、てん菜の生産量を維持するために栽培技術の向上を図ることで、単収は、全道平均を上回って推移するとともに、平成29年には道内第1位を達成した。

 本稿では、同JAが十勝農業改良普及センターや日本甜菜製糖株式会社中札内原料事務所と連携して開催している畑作技術懇談会における取り組みを紹介するとともに、29年に同JA管内トップの単収を上げた生産者、鎌田和志氏を紹介する。

図1 北海道のてん菜生産者戸数および作付面積

1.JA中札内村におけるてん菜生産の現状

(1)中札内村の概況

 中札内村は北海道東部に広がる十勝平野の南西部に位置し、人口3894人、1838世帯が暮らす小さな村である。北西は帯広市、東南は更別(さらべつ)村に隣接している。西は日高山脈(えり)()国定公園の一部であり、日高山脈を越えて新ひだか町に隣接している(図2)。日高山脈中央部を源とする札内川が村の中央を流れ、豊富な水資源に恵まれており、その流域には、7万1790ヘクタールの広大な農地が広がっている。中札内村の主要産業は、この広大な農地を活かした畑作農業であり、てん菜のほかに、ばれいしょ、小麦、豆類、えだまめやながいもなどの野菜を組み合わせた畑作経営や乳用牛、養豚、養鶏などの畜産経営が行われている。また、中札内村の気象は、夏季の平均気温は20度前後であるのに対し、冬季はマイナス10度近くまで下がり、寒暖差が大きいのが特徴である(図3)。北海道の中でも乾燥地帯で、冬季の降雨、降雪が少ない地域とはいえ、北海道の地理的条件を反映して11月から翌4月の6カ月間は積雪により農作業ができないため、農地での作業期間は短い。JA中札内村は、正組合員数208人(個人170人、法人38人)、准組合員数726人(個人689人、法人37人)を擁し、平成29年度の農業粗生産高は139億円となっている。

図2 中札内村の位置

図3 中札内村の気象

(2)JA中札内村のてん菜生産の現状

 JA中札内村管内の平成29年のてん菜生産者戸数は106戸と、7年から36戸減少するなど年々減少傾向にある(図4)。一方、作付面積は、1111ヘクタールと、7年とほぼ変わっていない。換言すると、1戸当たりの平均栽培面積が、7年には7.7ヘクタールであったものが、29年には10.5ヘクタールと、1戸当たりの経営規模拡大が進んでいる。

 また、11年までは、同JA管内すべての生産者で、安定した生産が可能である移植栽培を行っていたが、12年以降は、経営規模拡大に伴い(ちょく)(はん)栽培が増加し、29年の直播率は42.8%と全道平均23.7%を大きく上回った。一方、てん菜の生産量は、7年の5万5326トンに比べ29年は8万6998トン(平成7年比57.2%増)と大幅に増加している。

図4 中札内村のてん菜生産者戸数および作付面積

 同JA管内のてん菜の収量は、7年は10アール当たり5.03トンと道内平均10アールあたり5.45トンを下回っていたものの、9年以降は、土壌に石灰を投入するなど適正な土壌pHの確保に取り組んだことで、道内平均を上回って推移した(図5)。14年には、土壌pH調整剤であるライムケーキ(てん菜から砂糖を製造する過程の副産物)を散布するライムスプレッタを導入したことで、10アール当たり7トンを超える収量を初めて確保するとともに、全自動移植機を導入することで、適期に早期移植することが可能となった。18年には、化学肥料が高騰して生産費が増大するとともに化学肥料の施肥による効果も停滞したものの、村内の有機資源である堆肥や鶏糞などを有効活用することで土壌の改善に取り組み、23年以降、7年中6年は10アール当たり7トンを超える収量を安定して確保するとともに、29年には道内トップとなる10アール当たり7.83トンの収量を達成した。

図5 道内平均および中札内村の10アール当たりの収量の推移

2.JA中札内村におけるてん菜生産性向上の取り組み

(1)畑作技術懇談会の概要

 畑作技術懇談会は、てん菜、ばれいしょ、小麦、豆類などの畑作作物の栽培技術を普及することを目的に、JA中札内村、十勝農業改良普及センター、日本甜菜製糖株式会社中札内原料事務所の3者が毎年2月上旬に開催している。同懇談会は、以前から同JA管内の一部の地区で開催されていたが、平成9年から、全地区を対象に実施するようになった。29年には、村内を四つの地区に分けて開催され、約8割の生産者が出席している。

 なお、同懇談会は、てん菜を取り巻く情勢、当該年産のてん菜の生産実績、翌年産の作付けに当たっての栽培技術、病害虫対策などを周知する貴重な機会となっており、てん菜の生産性向上に寄与する技術普及に努めている。

(2)てん菜の栽培技術普及の取り組み

 てん菜の栽培において高い収量を上げるために重要なことは、定植までの事前準備である。同懇談会では、てん菜生産性の向上を図るために大切な栽培技術として、適正な土壌pHの確保▽堆肥や鶏糞などの有効活用▽早期定植▽湿害、風害対策−を取り上げている。それぞれの栽培技術の詳細については、次の通りである。

ア.適正な土壌pHの確保
 てん菜は低pHに弱い作物で、生育に適している土壌pHは、6.0〜6.5である(図6)。毎年、雨水の土壌浸透により石灰質が流亡することで土壌pHは低下する。土壌が酸性になると、土壌に含まれているアルミニウムが溶け出し、てん菜の根の生育を阻害する。また、アルミニウムなどがリン酸と結合し、てん菜が吸収できなくなることで、リン酸の欠乏症状となる(図7)。

 これらの対策としては、土壌診断を実施して適切な石灰を投入することで、土壌pHを適切な値に矯正できる。特に直播栽培は、移植栽培に比べて低pHに弱いことから、土壌pHを最低でも5.8以上に矯正することを勧めている。

図6 各作物の適正pH一覧

図7 てん菜の根の生育の阻害の要因

イ.堆肥や鶏糞などを有効活用
 ()(じょう)に堆肥を入れて土壌の団粒化が進むことで、水はけが良くなり、乾燥にも強くなる(図8)。また、堆肥は緩やかに分解され、徐々に養分を放出するため、無駄なく作物に養分を供給することができる。なお、堆肥は畑に対して投入するものであることから、てん菜だけでなく他の畑作物の生育にも良い影響を与える。

図8 有機物の施用による効果

ウ.早期定植
 てん菜の根重を大きくするためには、栽培期間を少しでも長くする必要があることから、早期定植は増収への近道となる。まず、てん菜の定植日を決め、逆算して()(しゅ)日や薬剤散布日などのスケジュールを決めれば、健苗育成につながる。生産者は、移植の際に雪が残っている場合には融雪材などを散布して圃場のコンディションを整えることで、あらかじめ決めたスケジュールどおりに移植することができる。なお、直播であっても早期播種は増収につなが る(注)

(注)直播の早期播種は霜害の発生により、初期生育不良のリスクを伴うことから、気象予報などの情報を十分考慮して行う必要がある。

エ.湿害、風害対策
 てん菜は水に弱い作物で、湿害が発生すると、初期生育に著しい生育停滞を招くとともに、黒根病などの発生につながり、収量の減少や生育後期には糖分低下の原因となる。圃場の排水不良の原因は、耕起や整地のときに地中の土が固まって耕盤層ができること、トラクターの踏圧により土壌が緊密化することなどが考えられる。

 対策としては、サブソイラやプラソイラによる心土破砕を行うことで、排水不良を防止する効果が期待できる(図9)。また、直播では、発芽後、強風で土が飛び被害を伴うため、播種するときに播種部に凹凸を作り飛んできた砂(じん)に直接当たらない対策が必要である(図10)。

図9 耕盤層の破砕による効果

図10 直播における風害対策

(3)栽培技術を浸透させるために

 これまで、畑作技術懇談会で取り上げているてん菜の栽培技術は、基本技術が中心であるが、これまでの自己の経験や勘に頼る生産者も多く、若手後継者や新規てん菜耕作者も含めたすべての生産者へ浸透させることが大切である。

 同懇談会では、生産者が村内の他の生産者に比べどの程度の成績を上げたのか把握できるように、生産実績を散布図にすることで視覚化し、配付している(図11)。散布図は、縦軸に糖分、横軸に収量を設定し、移植栽培と直播栽培をそれぞれ赤丸と黒塗りの丸で示しており、「高収量・高糖分の生産者」、「高収量・低糖分の生産者」、「低収量・高糖分の生産者」、「低収量・低糖分の生産者」の四つのカテゴリーに分けて検証することで、個々の生産者の課題を把握し、翌年度の栽培指導を行う上での参考として活用している。

図11 JA中札内村 平成29年産てん菜生産実績

 JA中札内村管内では、近年、栽培技術が高位平準化し、全道平均を大きく上回る単収を上げているものの、さらに収量や糖分を高める伸び代がまだ十分にあると考え、生産者個々の現状や実績に応じてカテゴリー分けし、目指すべき方向と領域ごとの改善レベルを明確化している(図12)。

 具体的には、「高収量・低糖分の生産者」は、無駄な肥料を減らすことですぐに改善できるため取り組みやすい。「低収量・高糖分の生産者」は、圃場の土づくりや輪作体系を再検討するなど、改善には数年必要で、やや難しいが改善は実現可能である。「低収量・低糖分の生産者」は、独自の栽培技術にこだわる生産者が多く、基本技術を実行しておらず、改善が最も難しく、要因分析から実践に移すまで時間を必要とする。

図12 領域ごとの改善レベル

 このように、毎年、生産者へ配付した生産実績を参考にして、次年度の営農計画を作成するとともに営農指導員を技量別に配置し、一体的な対応を心掛けた結果、生産者の収量が増加し、生産者全体の栽培技術を高いレベルへと押し上げてきた。

 また、同JAでは、就農したばかりの若手後継者・新規てん菜耕作者に対する熱心な営農指導を通じて、若手生産者が驚異的な好成績を上げることもあり、これを他の生産者に共有することで、経験豊富な生産者にも基本技術が重要だと再認識させるとともに波及効果によって同JA管内全体のてん菜生産力を高めてきた。

3.株式会社鎌田農園代表取締役鎌田和志氏の取り組み

(1)鎌田農園の概要

 株式会社鎌田農園(以下「鎌田農園」という)の代表取締役鎌田和志氏は、従業員が働きやすい環境を整えるため、平成26年1月に鎌田農園を設立した。同社は鎌田氏、妻、両親の家族4人のほか従業員2人に加え、6〜10月にかけては、パート従業員約15〜30人を雇用している。30年には、てん菜8ヘクタール、種子ばれいしょ6ヘクタール、小麦3ヘクタール、さやいんげん2ヘクタールといった輪作作物のほか、だいこん、にんにくを栽培している。

 平成29年産のてん菜生産は、作付面積9.54ヘクタール、生産量898トン、10アール当たりの収量は9.41トンと、JA中札内村管内トップの成績であった。

(2)鎌田農園におけるてん菜生産

 鎌田氏は、安定して高い収量を確保したいとの思いから、てん菜の生産はすべて移植栽培を行なっており、移植栽培により生育期間を長くすることで高い収量を実現している。鎌田氏は、「てん菜生産性の向上を図るためには、畑作技術懇談会でも取り上げられている早期定植、土づくりのための適正pHの確保や堆肥の投入、湿害対策といった基本的な栽培技術を忠実に実行することが大切」という。中でも早期定植を心がけており、移植日は4月中旬の可能な限り早い日を設定している。また、全地球測位システム(GPS)ガイダンスシステムと自動操舵システムが付いたトラクターを導入したことで、トラクターの運転技術に熟練していない従業員でも計画通りに無駄なく圃場を耕すことができるようになるとともに、神経を使うハンドル操作が軽減され長時間の作業が可能となった。加えて、夜間でも耕起作業ができるようになったことで、平成30年は、8ヘクタールのてん菜の移植作業を3日で終え、短期間で移植を完了することができた。

写真1 株式会社鎌田農園 代表取締役 鎌田和志氏

写真2 GPSガイダンスシステムが付いたトラクター

 播種日は、定植日から逆算し、定植日の約45日前に行っている。定植日を早く設定している鎌田氏は、中札内村のほかの生産者が3月に入ってから播種を行うのに対し、2月下旬には播種を開始する。同氏は、「雪が降り積もる厳しい寒さの中で育苗を行うため、暖房費などのコストや温度管理に手間がかかるなどのデメリットはあるが、少しでも早く移植することで高収量が期待できる」と語っている。

 苗づくりは温度管理が大切であり、現在は、自宅に隣接する育苗用のビニールハウスに、デジタル温度計を設置してモニターで温度管理を行っているが、同氏いわく、「昔は、毎日30分ごとにビニールハウスを見回っていたこともあり、生産者の中にはビニールハウスに畳を持ち込み、寝泊りして苗の温度管理をする人もいた」という。また、地域の生産者の間では、苗の移植前になると、お互いのビニールハウスを見学に行き、苗の出来を評価することで技術を磨いている。

 鎌田氏は、今後、農作業の機械化が進み従業員も経験を積んだことで、てん菜栽培面積を拡大したいとの思いはあるが、JA中札内村管内には耕作放棄地もなく、後継者がいる生産者も多いため、これ以上面積を広げるのは難しいと考えている。てん菜の栽培技術についても、すでに考えられることはすべて実行しており、結果も出している。余力があり、気持ちにゆとりがあるからこそ、次年度の農作業に全力で取り組めるというメリットもあると考えている。

おわりに

 近年、てん菜生産では、安定して収量を確保できる移植栽培から春作業の労働負担の少ない直播栽培へ移行する生産者も増加しており、収量の減少が懸念される。JA中札内村管内においては、生産者全体の栽培技術を磨くことで、直播率が道内平均を大きく上回るにもかかわらず、道内トップの成績を上げることができており、同JAの井川農産部長は、「移植栽培で高い収量を実現できている生産者は、直播栽培に移行しても結果を出している」という。

 同JA管内において、てん菜の高い収量を実現できている理由は、畑作技術懇談会で、収量の安定化に向けて繰り返し栽培技術の普及に努めるとともに、それぞれの生産者がてん菜の栽培にこだわりをもっている中で、生産実績を配付するなど、継続した生産実績の評価が栽培技術を浸透させるとともに、これらの取り組みを通じて得た知識を生産者がすぐに実行することで、組合員全体に良い波及効果が生まれ、生産者同士が切磋琢磨する環境づくりができていることにある。

 北海道全体におけるてん菜の生産者戸数および作付面積が減少する中で、てん菜の生産量を維持するためには、収量を増やすための取り組みが必要となる。今後も、同JA管内のてん菜生産性向上の取り組みが北海道のてん菜産地の見本となるよう期待したい。

 最後になりますが、お忙しい中、本取材にご協力いただきました株式会社鎌田農園代表取締役鎌田和志様、JA中札内村の井川晃博農産部長、日本甜菜製糖株式会社中札内原料事務所の菊地芳宏所長に厚くお礼申し上げます。

参考文献
1)JA中札内村「JA中札内村の紹介」(http://www.ja-nakasatsunai.or.jp/about/
2)日本甜菜製糖株式会社中札内原料事務所『畑作技術懇談会資料』
3)JA中札内村『てん菜実績報告書』
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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