国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター
畑作物研究領域 主任研究員 境垣内 岳雄
作物開発利用研究領域 研究員 梅田 周
国際農林水産業研究センター 熱帯・島嶼研究拠点 主任研究員 寺島 義文
沖縄県農業研究センター 研究企画班 研究員 下地 格
国内に自生するサトウキビ野生種の評価を進め、重要病害の黒穂病に抵抗性を有する素材を見出した。また、抵抗性のある国内野生種を利用することで黒穂病抵抗性に優れる交配後代系統群を得ることができた。野生種との種間交配系統群は茎径やBrixなどの農業特性に変異があるため、黒穂病抵抗性に加えて、農業特性が製糖利用に適した素材を選び、品種開発を進めることが重要と考えられる。
現在の製糖用サトウキビ(Saccharum spp. hybrid)は、栽培起源種である高貴種(Saccharum officinarum)と近縁種属植物の交配により成立している(Daniels and Roach 1987)。近縁種属植物のうち、サトウキビ野生種(Saccharum spontaneum、 和名:ワセオバナ、以下「野生種」という)は特に重要であり、株出し能力、耐病性、不良環境適応性などを強化する育種素材として認識されている。
わが国でも、「Glagah Kloet」を中心として海外の長大型野生種を利用した育種が進められてきた。飼料用サトウキビ品種の「しまのうしえ」(境垣内ら2014)のような例外があるものの、わが国の保有する海外の長大型野生種を利用した交配では、栽培で最も懸念される黒穂病への抵抗性が劣る系統が高頻度で生じる。このため、黒穂病抵抗性が一つの大きな課題となり、野生種との交配後代系統(以下「種間雑種系統」という)から製糖用に利用できる品種は現在のところ育成できていない。国内にも野生種は自生するが、海外野生種と比べて草丈や茎の太さ(以下「茎径」という)が小さいこと、また、出穂時期が早く栽培品種と交配しにくいことなどから、国内野生種の育種利用はほとんど進んでこなかった。この国内野生種について、育種素材としての評価を進め、黒穂病抵抗性の強化に繋がる研究進展を得たので、本稿にて報告する。
野生種はインド北部を起源とし、南アジア・東南アジアを中心に熱帯・亜熱帯地域から温帯まで広く分布する(Panje and Babu 1960)。わが国では、1980年代から永冨博士らにより精力的な野生種の探索・収集が開始された(永冨ら1984)。その後も農業生物資源ジーンバンク事業などを活用して、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センター(以下「九州沖縄農業研究センター」という)を中心とするサトウキビ研究者が、野生種の探索と収集を継続してきた(
写真1)。この結果、現在では近畿地方を除き、南西諸島から関東までの太平洋沿岸の各地に、国内野生種が自生することを確認している。なお、SSRマーカーによるDNA多型解析の結果、国内野生種は南西諸島の野生種群と九州本土・本州の野生種群に大きく分けられることが示唆されている(境垣内ら2015)。
黒穂病は糸状菌である黒穂病菌(
Sporisorium scitamineum)によって引き起こされ、
罹病したサトウキビは茎の先端から黒色の鞭状物を生じる(
写真2右下(4))。鞭状物は薄い膜に覆われており、この膜が破れることで中の胞子を飛散させ、病害の範囲を拡大させていく(山内1989)。黒穂病に罹病すると生育不良で収量が低下するため、黒穂病抵抗性は主要な育種目標の一つとなっている。
これまで、「Glagah Kloet」のような海外の長大型野生種との交配では、黒穂病に弱い種間雑種系統の出現頻度が高いことを経験してきた。加えて、1993年に「生物多様性条約」が発効されて以降、海外から遺伝資源を取得することは容易でなくなった。このため、これまで利用が限られていた国内野生種に狙いを絞り、黒穂病抵抗性の育種素材の探索を行った。
国内野生種の黒穂病抵抗性の評価では、南西諸島の野生種群を対象とし、沖縄県収集14点、鹿児島県奄美地域収集16点の合計30点を供試した。黒穂病菌の接種は有傷接種で行い、供試個体数と黒穂病の病徴である鞭状物の発生した罹病個体数から罹病率を算出して抵抗性を評価した(
写真2)。なお、使用した黒穂病胞子は沖縄本島の罹病株から採取した(採取した大部分の品種は製糖用品種「農林9号」)。
図1で示すように、南西諸島に自生する野生種群には接種検定による黒穂病罹病率に大きな差異が認められた。また、西表島や徳之島などで収集した野生種は、収集地域が近い場合でも野生種間で抵抗性程度に大きな違いがみられた。
交配親となる野生種の黒穂病抵抗性の違いが後代系統群の黒穂病抵抗性に及ぼす影響を明らかにするため、製糖用品種「農林8号」を共通の母本とし、
図1で黒穂病に抵抗性であった「西表15」および罹病性であった「西表37」を父本として後代系統群を作出し、それぞれの黒穂病罹病率を調査した。この結果、「農林8号」×「西表15」の後代群(n=22)では、「農林8号」×「西表37」の後代群(n=20)より黒穂病罹病率の中央値が有意に小さく、黒穂病抵抗性の後代系統が生じる頻度が高かった。なお、データは示さないが、地上部乾物重は両群に有意差はなく、収量性には違いがなかった。
このように新たに見出した黒穂病抵抗性に優れる国内野生種を交配親に用いることは、効率的に黒穂病に強い種間雑種系統を作出する上で大きな利点がある。なお、
図1および
図2の結果の詳細については、「Sakaigaichi et al.(2018)」を参照していただきたい。
九州沖縄農業研究センターではサトウキビの多用途利用に向けた研究を進めている。国内野生種の素材探索で見出された「西表8」を用いて、「農林8号」×「西表8」の雑種第1代(F1)の集団から、黒穂病抵抗性に極めて優れ、多収の飼料用サトウキビ品種「やえのうしえ」を2018年に育成した(品種登録出願番号33006)。
製糖用サトウキビの栽培では株出し回数の増加やハーベスタ収穫の拡大が進んでおり、生産環境の変化に対応した株出し多収性が重要な育種目標となっている。野生種は株出し能力や不良環境耐性を強化する育種素材であることから、今後は、見出した黒穂病抵抗性の国内野生種を、サトウキビの主たる用途である製糖用品種の育成に活用していくことが求められている。
Rao et al.(1973)で示されたように、野生種は一般的に高貴種や栽培種と比較して糖度が低い。このため、F1系統は“高貴化”と呼ばれる、糖度の高い品種・系統との交配を繰り返して、製糖利用に十分な糖度まで高めるプロセスが必要となる(Bremer 1961)。また、国内野生種の茎径はススキと同程度であり、製糖用サトウキビ品種と比較すると極めて細い。糖度を高めるためだけでなく、茎径を大きくするためにも、F1系統は茎径の大きい製糖用品種・系統との交配が繰り返される。
製糖用育種での国内野生種の効率的な活用に向けて、著者らの研究グループで連携して、国内野生種を利用したF1系統群について、黒穂病抵抗性に加えて、糖度(Brix)や茎径など農業形質の評価を実施したので、結果を以下に紹介する。
研究材料として、「農林8号」を母本、「西表8」を父本とするF1集団を作出し、九州沖縄農業研究センターにおいて、株出しでの生育の良さおよび予備的な接種検定による黒穂病抵抗性を基に、F1集団の中から5系統(「KY09-6078」、「KY09-6092(やえのうしえ)」、「KY09-6097」、「KY09-6194」、「KY09-6203」)を選抜した。上記の5系統の交配親が「農林8号」と「西表8」であることは、トヨタ自動車株式会社で実施されたマイクロアレイによるDNA解析からも確認されている。
これらのF1の5系統について、沖縄県農業研究センターにおいて特性検定に準じた方法で黒穂病抵抗性を評価した。また、九州沖縄農業研究センターが所在する鹿児島県種子島および国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(以下「国際農林水産業研究センター」という)が所在する沖縄県石垣島において、交配親(「農林8号」、「西表8」)とF1の5系統を含めた7品種・系統について、茎数、茎径、1茎重、Brixなどの農業特性を評価した。試験はジフィーポットで養生した苗を2017年3月に
圃場に定植し(試験区は5反復の乱塊法で設置)、同年11月に収穫調査を行った。
F1の5系統ともに黒穂病罹病率は0%であり、既存の製糖用品種の中で最も抵抗性が優れる「農林28号」と同程度以上の黒穂病抵抗性を有していた(
図3)。
上記のとおり、選抜の過程で九州沖縄農業研究センターでの予備的な黒穂病接種検定を経ているものの、通常の製糖用品種育成で多くの系統が罹病性と評価される黒穂病特性検定において、極めて良好な結果が得られたことは著者らも大きな驚きであった。このように、見出した国内野生種を利用することは、わが国の種間交配育種の進展に大きく寄与するものと期待される。
農業特性については、温帯に属する種子島、亜熱帯に属する石垣島という離れた地域で評価を行った。
図4が示すように両地域ともに共通した特性が確認され、特に、茎径、1茎重、Brixでは有意な正の相関関係が認められた。
図4では黄色のシンボルで「農林8号」を、赤色のシンボルで「西表8」を示しているが、5つのF1系統群の農業特性(茎数、茎径、1茎重、Brix)は両親の測定値のほぼ中間に位置した。系統数は5つと少ないが、この中でもF1系統群間の農業特性に大きな変異が認められた(
図4)。特に、緑色のシンボルで示した「KY09-6203」は、F1系統としては茎径、1茎重、Brixが比較的高い水準にあり、他のF1系統群と比較して、製糖用品種「農林8号」の農業特性に近かった。
繰り返しになるが野生種を利用した種間交配系統は、製糖用品種に仕上げるために、糖度や茎径など農業特性の改良を目的とした戻し交配が必要となる。本稿の「KY09-6203」をはじめとして、国内野生種から優れた黒穂病抵抗性を受け継ぎ、かつ、糖度などの農業特性が製糖利用に適した種間交配F1系統を中間母本として見出し、重点的に活用していくことが今後の効率的な育種に向けて重要と考えられる。
元国際農林水産業研究センターの杉本明博士、九州沖縄農業研究センターの服部太一朗博士、樽本祐助博士からは、本稿の作成において貴重なご助言をいただいた。また、「農林8号」×「西表8」のF1系統群の親子鑑定は、トヨタ自動車株式会社のご支援を得て実施したものである。ここに記して感謝の意を表す。
参考文献
1)Daniels, J. and Roach, B. T. (1987) Taxonomy and Evolution. In Heinz, D. J. ed.『Sugarcane improvement through breeding』 pp.7-84. Elsevier, Amsterdam.
2)境垣内岳雄、寺内方克、寺島義文、服部育男、松岡誠、杉本明、服部太一朗、樽本祐助、田中穣、石川葉子、伊禮信、氏原邦博、下田聡(2014)「黒穂病抵抗性に優れ多収の飼料用サトウキビ品種「しまのうしえ」の育成」『九州沖縄農業研究センター報告』(62) pp.41-52.
3)Panje, R. R. and Babu, C. N. (1960)「Studies in Saccharum spontaneum distribution and geographical association of chromosome numbers」『Cytologia』(25) pp.152-172.
4)永冨成紀、大城良計、仲宗根盛徳(1984)「南西諸島におけるサトウキビ遺伝質の探索;第1、2次調査」『沖縄県農業試験場研究報告』(9) pp.1-27.
5)境垣内岳雄、岡田吉弘、田中穣、樽本祐助、服部太一朗、早野美智子(2015)「SSRマーカーによる国内サトウキビ野生種の分類」『日本作物学会紀事』 84(別1)p.234.
6)山内昌治(1989)「サトウキビ黒穂病の発生生態ならびに防除に関する研究」『沖縄県農業試験場特別研究報告』(3) pp.1-102.
7)Sakaigaichi, T., Terajima, Y., Matsuoka, M., Irei, S., Fukuhara, S., Mitsunaga, T., Tanaka, M., Tarumoto, Y., Terauchi, T., Hattori, T., Ishikawa, S. and Hayano, M. (2018) 「Evaluation of Sugarcane Smut Resistance in Wild Sugarcane (Saccharum spontaneum L.) Accessions Collected in Japan」『Plant Production Science』DOI: 10.1080/1343943X.2018.1535834
8)Rao, K. C., Lalitha, E. and Natarajan, B. V.(1973)「Juice quality and fiber in certain clones of Saccharum species and hybrid canes」『Indian Sugar』(22) pp.925-931.
9)Bremer, G. (1961)「Problems in breeding and cytology of sugar cane」『Euphytica』(10) pp.59-78.