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グリーンテクノロジーに基づくインドのサトウキビ栽培技術

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最終更新日:2019年7月10日

グリーンテクノロジーに基づくインドのサトウキビ栽培技術
〜国際会議「Sugarcon-2019」参加報告〜

2019年7月

ミトポンサトウキビ研究所(Mitr Phol Sugarcane Research Center) 渡邉 健太

【要約】

 世界のサトウキビ大国では大規模化、機械化が唱えられる中、世界第2位の生産国であるインドではいまだ小規模農地で労働集約的な栽培が行われている。2019年2月にインド最大のサトウキビ産地ウッタル・プラデーシュ州で開催された国際会議「Sugarcon-2019」では、グリーンテクノロジーの考えに基づく、インドならではの気候や環境に適した興味深い栽培技術が数多く発表された。

はじめに

 インドはブラジルに次ぐ世界第2位のサトウキビ生産国かつ世界最大の砂糖消費国であるが、サトウキビ農家数は600万人、1農家当たりの平均栽培面積は0.8ヘクタールと小規模な栽培を行っている生産者が多い。また、年によって生産量、収穫面積の変動が大きく、砂糖輸入国にも輸出国にもなることから(図1)、同国のサトウキビおよび砂糖生産は世界の砂糖需給に大きな影響を与え得る。インドでは、政策の転換により圧搾液から直接エタノールの生産が行えるようになったこともあり、サトウキビをはじめとする甘味資源作物への関心が再び高まっている。現在、あらゆる産業で持続可能性が叫ばれていることもあり、甘味資源作物の生産、加工、高付加価値化に関するグリーンテクノロジー(注1)発展の機運が高まっている。こういった状況を受け、設立20周年を迎えた「糖業関連研究奨励学会(Society for Sugar Research and Promotion, SSRP)(注2)」は、2019年2月16〜19日、インド北部ウッタル・プラデーシュ州の州都ラクナウ市に位置するインドサトウキビ研究所(Indian Institute of Sugarcane Research, IISR)において、国際会議「Sugarcon-2019」を開催するに至った(写真1)。「製糖業および関連産業の持続可能な発展に向けたグリーンテクノロジー」というテーマの下で開かれた本会議では、各国の研究機関が推進するグリーンテクノロジーについて多くの発表が見受けられた。インドを含む発展途上国は世界全体の砂糖生産の7割を担うと言われており、今回紹介された技術は特にこれらの国々の経済や社会、環境プログラムの発展に対して大きな影響を与えることが予想される。ここでは、今後のインドのサトウキビ栽培の要となるであろうグリーンテクノロジーについて、会議最終日に訪れたThe Seksaria Biswan Sugar Factory Limited社(注3)(以下「Seksaria Biswan社」という)のモデル()(じょう)や会議参加者から得られた写真を交えて紹介する。

(注1)より少ない投資でより多くの利益を得ることが可能な環境負荷低減技術。緑の技術。
(注2)科学知識および改良技術を通した糖業ならびに関連産業の持続的な発展を目的として1999年に設立された学会。インド、ニューデリーに本部を置き、国内外の学会開催や国際誌発行の他、製糖業に関連するコンサルタントや国内の関連施設を回るツアーも行っている。
(注3)ウッタル・プラデーシュ州シータープル県に位置する、同州で最も古い協同組合(Cooperative Sector)工場。1932年に1日当たり圧搾能力400トンの工場から製糖事業を開始し、現在の原料処理能力は1日当たり7500トン、発電量は32メガワット。2007年には1日当たり6万5000リットルのエタノールを生産可能な工場も導入。工場の管轄地では4万2000ヘクタールの畑で10万人近い農家がサトウキビ栽培に従事しているが、その半数以上は栽培面積0.5ヘクタール以下の小規模農家。

 

 

1.品種
−ワンダーケーン Co 0238−

 ウッタル・プラデーシュ州をはじめとする亜熱帯インド地域(北部、西部地域。以下「亜熱帯地域」という)は同国内で主要なサトウキビ産地であるが、熱帯インド地域(中部、南部地域。以下「熱帯地域」という)と比較して単収、砂糖回収率が低いこともあり、栽培面積の割にはサトウキビおよび砂糖生産量が低い(注1)という問題を抱えている。この地域は4月から6月にかけては高温、乾燥となるが、冬季には低温と霜害の影響を受けるため、サトウキビの生育旺盛期間は実質的には4〜5カ月に限られている。従って、同地域で一般的に原料の圧搾が始まる10月には収穫茎が十分に熟し切っていないことも多く、砂糖回収率が低い一因となっている。こういった背景から、サトウキビ育種研究所(Sugarcane Breeding Institute, SBI)がCoLk 8102とCo 775をかけ合わせ、早熟性品種として2009年にリリースされたのがCo 0238である(写真2)。2006年から2008年にかけて亜熱帯地域7カ所で行われた試験では、試供品種のうち単収1位(1ヘクタール当たり81.08トン)、糖度5位(18%)、糖収量2位(同9.95トン)という成績で、全項目で標準品種として用いられたCoJ 64よりも優れた結果を残している。高収量かつ高糖度であるため、農家と工場双方から好まれ、加えて乾燥、塩、低温といったストレスに強く、倒伏耐性も有している。また、同地域で大きな問題となっている株出し時の減収程度も小さく(Co 0238:4.66%、CoJ 64:41.29%)、高収量を維持できることから、株出し栽培にも適した品種である。

 

 このような理由から、Co 0238はワンダーケーン(驚異のサトウキビ)と呼ばれ、近年亜熱帯地域を中心に爆発的に栽培面積を増やしている(図2)。Co 0238を導入したウッタル・プラデーシュ州の20地区ではその他24地区と比べ、平均して単収が1ヘクタール当たり2.7トン高いことが報告されている。また、視察で訪れたSeksaria Biswan社の管轄地ではCo 0238を使用している農家の割合が特に高く、栽培面積の90%が同品種によって占められている。同社工場では数年前に亜熱帯地域では当時歴代最高となる砂糖回収率12.40%が記録された(注2)。こういったニュースを受け、熱帯地域へも同品種が導入されることとなった。このように熱帯地域に亜熱帯地域向けの品種が導入された例はインドのサトウキビ栽培史の中で初めてのことだと言う。2017/18年期には国内計150万ヘクタールでCo 0238が栽培されることとなり、これは単一のサトウキビ品種が占める面積としては同国史上最大となった。

(注1)同地域で砂糖生産量が低い理由として、含蜜糖の製造に回される原料の割合が高いことも挙げられる1)
(注2)2019年4月5日、ウッタル・プラデーシュ州ビジノール県に位置するBajaj Hindusthan Sugar Limited社Bilai工場にて国内最高の砂糖回収率となる14.01%を記録したというニュースが報じられた2)。同工場においてもやはり3年前から既存品種をCo 0238などの新品種に置き換えており、砂糖回収率向上の主要因となったようだ。

 

2.栽培

(1)植え付け

 インドでは幅90センチメートル、深さ10センチメートルのV字型の畝に三芽苗を植え付ける方法(図3)が一般的である。これは多くの苗を投入することで原料茎数を高め、高単収を確保するためだと考えられる。一方で、この植え付け方法には▽多くの種苗を必要とする▽畝幅が狭く農機の利用が困難▽植え溝が浅いため成長に伴いサトウキビが倒伏する−といった問題もあり、以下に示す通り慣行法に代わる植え付け方法が考案されている。


 
ア.深溝植え(Trench planting)
 インドでは機械化推進の兆しもあり、畝幅を120〜150センチメートルに広め、30〜45センチメートルのU字型の溝に苗を植え付ける深溝植えが推奨されている(図4)。畝幅を広めることで栽培管理に農機を利用することができ、また深溝に植えることで強風や暴雨によるサトウキビの倒伏も防ぐことができる。養水分の利用効率も高まり、株出し栽培も良好となる。栽植密度が低下したことによる茎数の減少は茎重の増加によってカバーできるため、結果として収量は慣行法と比べて増加する。2016/17年期のウッタル・プラデーシュ州では40%以上の面積で深溝植えが用いられ、平均で1ヘクタール当たり4トンの増収を達成している。
 

 
イ.輪形穴植え(Ring-pit planting)
 専用の機械を使用し、直径75センチメートル、深さ45センチメートルの大きな輪形の穴を105〜180センチメートル間隔で開け、そこに数十の種苗を人力で環状に配列する植え付け方法(図5、写真3)。一穴につき最大でも30母茎のみを残して栽培する。インドやパキスタンなど一部のサトウキビ生産国を除いて見ることができない一風変わった植え付け方法であるが、慣行法と比べ費用対効果が高く、2〜3倍の増収も可能である。特に干ばつ害や塩害の発生する地域、起伏した土地などで適している。




 
ウ.畝間灌漑(かんがい)揚床(あげどこ)植え(Furrow irrigated raised bed (FIRB) planting)
 
11月ごろに50センチメートル幅の揚床にコムギを2〜3条植えし、2〜3月にかけて揚床の間に走っている30センチメートル幅の溝にサトウキビを植え付ける方法。サトウキビ植え付け前のコムギへの灌水は溝に行うことで灌漑水を節減できる。コムギ栽培後にサトウキビを輪作した場合と比較し長期間サトウキビを生育させることができるため、コムギ収量を下げることなくサトウキビ収量を30%増加させることができる。

 エ.一節苗栽培技術(Cane node technology)
 節部分のみを切り出した一芽苗を発芽促進剤に浸漬し、苗床で5〜6日育苗後、圃場へ移植する方法。節部分のみを種苗に利用するため、三芽苗と比べ植え付けに必要な苗の量を8割程度削減することができる。さらに、発芽率向上、発芽に要する期間の短縮、生育(そろ)い良好といった効果もあり、10%以上の増収が可能となる。

(2)灌水

 他のサトウキビ生産国同様、インドでも灌水は最も重要な栽培管理のひとつであり、多くの州で水ストレスによる被害が確認されている。サトウキビの年間要水量は亜熱帯地域で1600〜2300ミリメートル、熱帯地域では2000〜3500ミリメートルと言われ、栽培期間中は亜熱帯地域では6〜8回、熱帯地域では30〜40回もの灌水を行う必要がある。従って、以下に示すような限られた水資源を効率的に利用する技術が必要とされている。
 
ア.とばし畝間灌漑(Skip furrow irrigation)、交互畝間灌漑(Alternate furrow irrigation)
 インドでは畝間に掘った幅45センチメートル、深さ15センチメートル程度のV字型の溝に水を引き、灌水を行う畝間灌漑(Furrow irrigation)が主流な灌漑方法の一つであるが、溝を二畝ごとに掘るのがとばし畝間灌漑である(図6)。片側のみであるがすべての畝に対して灌水でき、灌水を行わない畝間分の水量を節約することができ、慣行法と比べ灌漑水量を35〜40%削減することができる。また、似た方法に交互畝間灌漑がある。これは、二畝ごとに灌水を行うという点ではとばし畝間灌漑と同じだが、全ての畝間に溝を引き、灌水を行う畝間と行わない畝間を毎回切り替えるという点で異なる。亜熱帯地域では25日ごとに4〜5回程度、雨季の始まりまで灌水を続ける。

 

イ.点滴灌漑
 40センチメートルまたは60センチメートル間隔で穴の開いたチューブをサトウキビの畝間に設置し、チューブから水を滴下して灌水する方法。一穴から排出される水量は1時間当たり2〜8リットル。地表面にチューブを配列する方法(Surface drip irrigation)と地中にチューブを埋設する方法(Subsurface drip irrigation)がある。灌漑水量を40〜50%削減することができ、また液肥を用いれば灌漑を通して施肥を行う(Fertigation)ことも可能である。一度設置したチューブは新植と4回分の株出しを合わせ5年間継続して使用することができる。点滴灌漑は国によって推奨されており、導入コストの8090%を補助する制度もある。

ウ.トラッシュマルチング
 株揃えをし灌水を行った後、圃場脇に集めておいたトラッシュ(1ヘクタール当たり8〜10トン)を畝間に敷き詰め、土壌からの蒸発を抑える方法。マルチング後は害虫の発生を防ぐため上から殺虫剤を散布する。一畝とばしでマルチングを行う方法(Skip furrow trash mulching)もあり、他作物の間作や雑草管理はトラッシュのない畝間のみに対して行う。灌漑水量を40%削減することができる。

(3)施肥

ア.バイオ肥料
 
窒素固定細菌(Gluconacetobacter属、Azotobacter属、Azospirillum属)やリン溶解菌(Aspergillus awamori、Pseudomonas striata、 Bacillus polymyxa)などサトウキビの生育を促進する微生物は、単離・同定後、製品化され、栽培に積極的に用いられている。バイオ肥料を使用すれば、サトウキビの収量を維持しつつ化学肥料の使用を抑えることができるだけでなく、さらなる増収を見込むことも可能である。窒素固定細菌およびリン溶解菌は同時施用が可能であり、またトラッシュなどの有機物と組み合わせて使用することが推奨されている。

 イ.活性リンカリウム塩(Potassium salt of active phosphorus, PSAP)
 
活性リンカリウム塩(以下「PSAP」という)は触媒作用により活性化されたリンにカリウムを添加したリン酸・カリ肥料である。一般的に施用したリン酸は土壌中のアルミニウムや鉄と結合すると難溶態となりサトウキビに吸収利用されにくくなる。しかし、PSAPは水に非常に溶けやすく(1リットルの水に1.8キログラムのPSAPを溶かすことが可能)、どのような種類の土壌にも吸着されないため、サトウキビの根や葉が容易に吸収することができる。病害虫などの生物的ストレスおよび干ばつや温度などの非生物的ストレスのどちらにも効果があり、あらゆる環境下で収量を1.3〜1.6倍に、砂糖回収率を0.3〜1.0%増加させる効果があるという。1ヘクタール当たり10〜12キログラムのPSAPを、2〜4回に分けて葉面散布する方法が推奨されている。インドでは多くの研究機関によってPSAPの効果が科学的に証明されており、PSAPを1ヘクタール当たり7.5キログラム葉面散布すると、基準施肥量からリン酸、カリ肥料を25〜50%削減してもなお、単収および糖度の向上が確認されたとの報告もあった。さらに、PSAPの施用技術を確立したIsha Agro Sciences社は、中部マハラシュトラ州のモデル圃場で、単収の世界記録1エーカー当たり160トン(1ヘクタール当たり約400トン)を樹立したことを報告した(写真4)。こういった試験結果にも後押しされ、現在一般農家へのPSAPの普及が進んでいる。流通しているPSAPの商品名はProPhiterである。

 

(4)間作

 間作とは2種以上の作物を同時期に同じ場所で栽培する手法である。インドでは土地利用効率を高めるため古くからさまざまな作物の間作が行われている。特にサトウキビは群落形成までに3〜4カ月という長い期間を要するため、生育初期段階に空いている畝間を利用し、短期間で収穫可能なマメ科作物や野菜などが栽培されることが多い(写真5)。間作の主な利点としては▽間作した作物から得られる利益▽畝間に発生する雑草の抑制▽土壌の物理性改善▽マメ科作物による窒素の供給—である。会議では、マメ科作物との間作により、可製糖率(Commercial Cane Sugar, CCS)および株出しの単収が増加するという報告があった(表1)。

 

 

3.インドにおけるてん菜栽培

 本社をベルギーに置くSESVanderHave社は、てん菜の育種、種子生産および販売を行う、世界を先導するてん菜種子会社である。50カ国以上を対象に、各地域の需要に応じた360もの品種を取り揃えており、年間10万粒×150万セットのてん菜種子の販売を行っている。一般的にてん菜栽培は中高緯度地域の寒冷地に限られているが、同社は熱帯地域へのてん菜導入を実現するため、「熱帯ビート(Tropical Beet)」と呼ばれる干ばつ、高温、多雨、熱帯病害虫に対して抵抗性を有する品種を作出した。サトウキビと比較した場合のてん菜導入のメリットは▽生育期間が短い(サトウキビ:12カ月、てん菜:4〜5カ月)▽要水量が小さい(1キログラムの砂糖を生産するために必要な水量 サトウキビ:4.0m3、てん菜:1.4m3)▽単位面積当たりの糖収量およびエタノール収量が高い(サトウキビと比較し、てん菜は1.25倍)▽耐塩性を有する(インド南部に分布する強塩性土壌でも栽培可能)−などである。つまり、短期間かつ少ない水資源でより多くの収益をもたらすことが可能となる。また、サトウキビ同様、収穫(ざん)()の葉や搾汁残渣のパルプを有機物として畑に還元したり、家畜飼料として利用することもできる。砂糖やエタノールを生成する過程で生じた糖蜜やビナス(エタノール蒸留廃液)も同様である。てん菜収穫後は同じく生育期間の短いソルガムを輪作することが推奨されている。この栽培体系により、畑の利用効率と工場の稼働率を向上させるだけでなく、土壌()(よく)度の低下や病害虫発生リスクの増加といった、同じ作物を栽培することで起こる連作障害を回避することもできる。同社は、2009/10年にインド農業研究所(Indian Agricultural Research Institute, IARI)と協力し国内各地での適応性検定試験を行うなど、てん菜栽培を精力的に推進しているようだが、実際にインドでどの程度てん菜が栽培されているのか、会議の中で具体的なデータは示されなかった。

4.農家への技術移転の成功例

 DCM Shriram Consolidated Limited社(以下「DSCL社」という)は1997年に製糖業を開始し、現在ではウッタル・プラデーシュ州に四つの工場を持つ大規模製糖企業である。2000以上の村落に住む20万人の農家と16万7000ヘクタールのサトウキビ畑を有し、4工場合わせた1日当たり圧搾能力は3万8000トン、年間圧搾量は400万トンに及ぶ。バガスをもとに150メガワットの電力を生み出すコージェネレーション(熱電併給)システムを有し、同社工場の稼働と全国電力網への電力供給に利用している。うち1工場ではエタノール製造も行っており、1日当たり15万リットルを生産している。このように大規模かつ多様なビジネスを展開しているDSCL社であるが、着目すべきは農家への技術移転を積極的に行い、成功へと導いている会社であるということだ。その方法は、まず各分野の専門家7人が普及員300人に各技術を伝授した後、普及員たちが村落に出向き、地域農家の指導を担当するという仕組みになっている。5000以上のモデル圃場が利用され、実践を交えた講習会形式で行われるため、指導の効果は非常に高い(写真6)。同社では主に、深溝植え、点滴灌漑、新品種Co 0238の導入など前述したグリーンテクノロジーの他、堆肥利用や機械化なども推進している。また、管轄地域ではバーンハーベスト(注)を行わせず、トラッシュはすべてマルチングや堆肥づくりに利用させている。従来よりバーンハーベストを行っていた農家を説得するのは大変だったようだが、各地域の方言を話せる普及員を派遣し農家に親近感を持たせること、そして辛抱強く時間をかけて指導することが技術移転を確実に行うポイントであるという話を伺った。このような地道な努力のかいもあり、DSCL社は直近3年間で管轄地域の単収を30%増収することに成功している。
 

(注)畑に火入れを行い、梢頭部や葉身などのトラッシュをあらかじめ焼却して収穫する方法。

 

おわりに

 冒頭でも述べたように、インドはサトウキビ生産量世界第2位、砂糖消費量第1位のサトウキビ大国であるが、他の大国のそれとは異なり、小さな農地に多くの労働力を投下し土地生産性を高める、いわゆる集約農業を展開している。その中には人力での植え付けやマルチング、他作物との間作など、大規模化・機械化を唱える現代の風潮とは逆行するような技術も見られたが、インドが自国のサトウキビ生産のため、独自に発展させた技術としては高く評価できるのではないかと思う。これまでインドの製糖業や砂糖に関する政策についての詳しい報告はあったものの、サトウキビ栽培に関する情報はあまり見当たらなかったので、このたびグリーンテクノロジーをはじめとするインドの栽培技術について知ることができたことは、筆者自身にとっても非常に有益であった。インドのサトウキビ産地は熱帯地域と亜熱帯地域に大別することができるが、気候の違いが単収や砂糖回収率にも大きな影響を与えているように、地域によって栽培方法や適正品種も異なっている。今回は亜熱帯地域であるウッタル・プラデーシュ州を訪れたわけだが、次回はぜひともインド中部や南部を訪問し、熱帯地域のサトウキビ観察も行いたい。

 
 会議では、植え付け方法や灌水方法などの基礎栽培学的な研究が多く見受けられたことが特徴的で、本報告で紹介したグリーンテクノロジーの中には決して新しいものだけではなく、中には数十年前から提案されているものもあったほどだ。会議の中ではこのような技術を長期的に試験した発表もあったことに疑問を持ち、あるインド人研究者にその必要性について尋ねたところ、「同じ栽培方法であっても、その年の気候や栽培地域によって、また使用する品種によって結果は大きく変動する。たとえ類似した試験であっても毎年行うのがわれわれ栽培学研究者の役割だ」と当然のように返答された。一見すると同じ内容の試験を繰り返し行うなど非効率的な研究方法だと捉えられなくもないが、まさにそれこそが膨大な数の研究者を有するインドならではのアプローチであり、新たなグリーンテクノロジーを生み出す原動力となっているのではないかと考えられた。会議中の彼らからは、自身の発表に対する自信、他者への積極的な意見・質問などが観察され、議論好きなインドの国柄がうかがえた。筆者にとって初めてのインド訪問だったが、エネルギーに満ちあふれた人々と触れ合い、研究へのモチベーションを高める非常に良い機会となった。

【参考文献】

1)河原壽、廣垣幸宏(2007)「インドの砂糖産業事情(砂糖編その2)」『砂糖類情報』(2007年7月号)独立行政法人 農畜産業振興機構

2)Chini Mandi(2019)「Bilai mill breaks all records of sugar recovery rate」『Indian Sugar News April 5, 2019』https://www.chinimandi.com/bilai-sugar-mill-breaks-all-record-of-sugar-recovery-rate/

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