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沖縄本島中部地区におけるさとうきび単収増加の取り組み

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最終更新日:2019年8月9日

沖縄本島中部地区におけるさとうきび単収増加の取り組み

2019年8月号

沖縄県 農林水産部 営農支援課
 農業革新支援室 主任技師 川之上 昭彦

【要約】

 沖縄本島中部地区におけるさとうきびを取り巻く情勢は、担い手農家の高齢化や都市化の進展により生産量が減少傾向にある。このような中でも、沖縄県農業研究センターによるかん水効果やかん水量について画期的な研究成果が報告されたことから、前任地の中部農業改良普及センターで中部地区さとうきび生産振興対策協議会を中心にJA、製糖工場など関係機関と連携し、中部地区において地下ダムなどかんがい施設を活用し、雨待ち栽培から積極的なかん水による単収向上を目指してかん水技術の普及に取り組んだ。

1.沖縄本島中部地区の概要

 沖縄本島中部地区は、沖縄本島の中で北はうるま市、沖縄市、読谷村(よみたんそん)から南は浦添(うらそえ)市、西原(にしはら)町までの4市3町3村からなる。県庁所在地の那覇市と隣接する浦添市などは都市化が著しく、また、宜野湾(ぎのわん)市、北谷(ちゃたん)町、嘉手納(かでな)町、沖縄市は普天間(ふてんま)基地や嘉手納基地など米軍基地と隣接する地域であることも特徴である。地域の面積は県の12.4%に当たる2万8332ヘクタールであるが、耕地面積は県の約6.6%の2531ヘクタールとなっている。県の総人口の43.3%に当たる約61万5000人が暮らし、総農家戸数は2797戸、1戸当たり耕地面積は0.9ヘクタールと小さい。


 中部地区の農業基盤整備の状況は、平成29年度実績見込みで水源整備率50%(県計62%)、畑地かんがい整備率39.3%(同48.7%)、圃場(ほじょう)整備率56.8%(同62.1%)と整備が遅れているものの、読谷長浜ダムや()(かつ)地下ダムなどの水源から、畑地かんがい整備が進みつつある(表1)。

 
 農業(耕種)は、さとうきびの他、花き類、葉タバコ、ニンジン、オクラ、紅芋、マンゴーの生産が盛んである。

 

 地域のさとうきび栽培の状況は、平成29/30年期収穫面積が約566ヘクタール、生産量3万297トン、さとうきび作農家数1430戸となっており、1戸当たり収穫面積は約0.4ヘクタールと小さい。圃場も狭小で機械化に向かない地区もあり、機械収穫面積率は県計76%に対して47.6%となっている。

 さとうきび産地としては小さく、高齢農家が多いながらも、沖縄本島唯一の製糖工場があり、さとうきび農業機械作業受託を行う県内第1号の農業生産法人が設立されている。他にも中部地区さとうきび生産振興対策協議会(以下「協議会」という)が事務局を担う「さとうきび井戸端ゆんたく塾」が定期的に開催され、リーダー的農家が知識の習得や技術の向上を目指して学習会や視察研修会を行うなど、研究熱心な生産農家の多い地域である。

 

2.さとうきび栽培におけるかん水の位置付け

 沖縄県におけるさとうきびは、古くはアジア諸国との貿易交易品として、近年では換金作物として発展してきた。さとうきび栽培の経緯は、毎年のように常襲する台風による被害が比較的少ないことに加え、小さな島々で水資源が限られた中、干ばつ被害に比較的強い作物であったことも大きな要因の一つであり、このような経緯から、さとうきび栽培にかん水をするという意識は薄かった。しかしながら、干ばつの年の減産は大きいため、生産性向上や安定生産に向けた栽培指導やかんがい施設整備も進んできている。以前の指導方針は、ロール現象(注)が起き始めてから関係機関で干ばつ対策会議が開催され、かん水の対策が行われているような状況であった。しかし、ロール現象が起きてからでは生産回復までに時間がかかるため、近年になりロール現象が起きる前にかん水を行うという指導方針に進展してきた。
 
 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター(以下「農研機構生研センター」という)の「攻めの農林水産業の実現に向けた革新的技術緊急展開事業」の支援を受け、平成27年に沖縄県農業研究センター宮古島支所の砂川喜信研究主幹(当時)らが、かん水の効果に関する研究成果として日伸長速度の計測により、梅雨明けから1週間の晴天で生育停滞が始まることを確認するとともに、1週間以内にかん水を開始することでかん水区では高い茎長の伸びを維持できることを報告した(図1、2)。

 それを裏付けるように、28年度には沖縄県農業研究センター作物班の比屋根真一研究主幹(当時)が、さとうきび圃場での蒸発散量の推計値と、梅雨明けから7月の平年降水量が、蒸発散量より少なく人為的にかん水が必要であることを報告した(図3)。

 特に、砂川研究主幹がかん水区と無かん水区の生育比較を約1カ月間定点カメラで撮影し、かん水の効果を記録した動画は、さとうきび農家だけでなく、生産指導を担っている職員の常識を覆す、かん水効果を如実に表す内容であった。この動画が農業研究センター宮古島支所からさとうきび担当普及員に公開され、各地の講習会・研修会などで使われるようになり、かん水への取り組み気運が飛躍的に高まった。

 (注)干ばつなどで水不足の状態になると、水分の蒸発を抑制するため、通常は光を受けるために開いている葉がくるりとロール状になり、1枚の葉が針金のようにとがった状態になる現象。

 

 

 

3.中部地区での取り組み

(1)平成29年度

ア かん水効果実証展示ほの設置
 ゆがふ製糖株式会社(以下「ゆがふ製糖」という)が平成28年度さとうきび産地確立緊急支援事業により導入した移動式スプリンクラーを活用し、協議会、ゆがふ製糖、沖縄県中部農業改良普及センターらが共同でジャーガル土壌と島尻マージ土壌(注)の圃場2カ所にかん水効果実証展示ほを設置した。かん水は梅雨明け1週間以内から開始し、週1回の生育調査を実施した。

(注)沖縄本島中部地域には肥沃(ひよく)なジャーガルと呼ばれる土壌と乾燥しやすい島尻マージ土壌、さらに酸性の国頭マージ土壌の3土壌が分布している。

(ア)展示ほ設計内容

・圃場場所:うるま市与那城(よなしろ)(ジャーガル土壌)、勝連(かつれん)(島尻マージ土壌)(与勝地下ダム土地改良区受益地区)
 

・作型および品種:ジャーガル圃場…株出し、農林8号

           島尻マージ圃場…株出し、農林28

・設置内容:1筆の圃場にかん水区と自然かん水区を設けて比較調査

・かん水方法:移動式スプリンクラーによるかん水

・かん水間隔およびかん水量:4〜5日間隔、10アール当たり1日12〜15トン(目安)

 

・調査内容:生育期…茎数、茎長(週1回)

        収穫期…茎数、茎長、茎径、ブリックス(12月15日)
 

(イ)結果

a.気象など

 梅雨明けは平年並みの6月22日で、4日後の6月26日からかん水を開始した。その後干ばつ傾向が続き、9月14日ごろに台風18号が接近するまでまとまった降雨がなく、その間16回、2圃場で計440トンのかん水を行った。生育調査は6月22日から9月7日までの週1回、計12回行った。

b.かん水期間の伸長量
 茎の伸長量は、ジャーガル土壌圃場でかん水区159.7センチメートル、自然かん水区79.5センチメートル、島尻マージ土壌圃場でかん水区148.5センチメートル、自然かん水区81.1センチメートルといずれの土壌においてもかん水区が大きかった(表2)。

 

 

c.収量予測調査
 12月15日に行った収量調査では、茎数は、圃場により異なったが、茎長と茎径についてはかん水区が大きく、予想収量もジャーガル土壌圃場で10アール当たり2.9トン、島尻マージ土壌圃場で同4.1トンの増加が見られた(表3)。


 
d.展示ほの活用
 かん水効果を実感してもらうため、地区内外から展示ほの視察を受け入れた。関係機関と協力し、調査や現地検討会を行うことで、共通認識を深めることができた。

 
また、協議会では、展示ほ結果を基に、経営収支予測を含めた中部地区版のかん水啓発チラシ(図4)を作成し、さとうきび生産組合総会など多くの生産者が集まる機会に配布・講習することでかん水技術の普及を図った。
 

 

(ウ) 次年度につなぐ課題

・降水量は年次変動が大きいことから複数年の調査が必要

・効率的効果的なかん水方法および資材の検討

 

・かんがい設備未整備地区でのかん水方法の検討

・かん水と併せた排水対策

 

・より多くの生産農家に対するかん水実施の意識啓発および普及

イ かん水技術講習会など技術の普及に向けた取り組み
 

(ア)かん水技術についての講習会は、「さとうきび井戸端ゆんたく塾」「中部地区さとうきび競作会表彰式」をはじめ、各生産組合においても開催した。平成29年度に開催した講習会は、計10回に上った。
 

(イ)29年度展示ほ結果と30年度展示ほ計画は、中部地域さとうきび増産プロジェクト会議でも報告し、関係機関の情報共有を図った。

(2)平成30年度

ア かん水効果実証展示ほの設置
 平成29年度に示した次年度につなぐ課題を引き継ぎ、協議会を中心に、関係機関が協力してかん水効果実証展示ほを設置した。協議会が29年度さとうきび等生産性向上緊急対策事業を活用し、点滴かん水実証のため必要資材を導入し、30年度に追跡調査を行った。展示ほは、かん水効果などを展示するものと、かんがい施設未整備地区での低コストかん水方法を展示するものの2種類をうるま市内に9カ所設置した。

(ア) かん水効果等実証
a.展示ほ設置内容 

・設置場所:うるま市屋慶名(やけな)(与勝地下ダム土地改良区内)、うるま市上原(うるま市与那城宮城島上原土地改良区内)

・作型および品種:屋慶名圃場…株出し、農林22号

            上原圃場…株出し、農林8号

・設置内容:1筆の圃場を4区に分け、かん水の有無、サブソイラによる心土破砕の有無の組み合わせで比較調査(図5)

・かん水方法:点滴チューブによるかん水


・かん水間隔およびかん水量:週1回、10アール当たり1日20トン(目安)
 

・調査内容:生育期…茎数、茎長(週1回)

        収穫期…茎数、茎長、茎径、ブリックス(12月20日)

b.結果
  ・気象など
 平成30年は年明けから干ばつ傾向が続き、梅雨入りは平年より23日遅い6月1日ごろで、梅雨明けは平年並みの6月23日と短い梅雨となった。梅雨明け後は適度な降雨に恵まれ、かん水回数は3回、総かん水量は各圃場で10アール当たり60トン程度となった。
 
 ・かん水期間中の伸長量

 茎の伸長量は、屋慶名圃場では各区で差は見られなかった。上原圃場では、かん水区で166センチメートル程度であったのに対して、無かん水区では147センチメートル程度と、かん水効果が確認できた。心土破砕による排水対策については、今回確認することはできなかった(表4)。

 ・収量予測調査
 9月29〜30日に接近した台風24号、10月4〜5日に接近した台風25号の相次ぐ襲来により葉身裂傷、梢頭部折損、倒伏などの被害があり、かん水効果について明確な差を見いだすことはできなかった。


(イ)かんがい施設未整備地区での低コストかん水方法の事例展示
a.展示ほ設置内容
・設置場所:うるま市与那城宮城、うるま市与那城伊計、うるま市石川
 

・かん水方法:自然流下による点滴かん水(圃場にパレットなどで台座を組み、その上にタンクを設置し、高低差を利用)(写真1)。
 

・かん水間隔およびかん水量:降雨のない間隔、1日当たり3トン換算(展示ほ設置を受託した農家が労力に合わせてかん水)

(ウ)結果の活用
 
かんがい施設未整備地区でのかん水方法の一事例として近隣農家に見てもらうことができた。地区内外の生産組合の現地検討会や視察研修を受け入れ、地区内関係機関からの展示ほ設置要望に応えるとともに、より広範囲な地域でかん水技術普及の取り組みを広げることができた(図6)。

(エ)次年度につなぐ課題
・点滴チューブの巻き取り回収については、試行錯誤しながらトラクタのPTO(注)動力を活用した巻き取りなども可能だと確認できたことから、点滴チューブの耐用年数などの確認。

・30年度は萌芽期・発芽期および有効分げつ期の降雨が少なかったことからかん水方法と作業性の検討。

・より多くの生産農家に対する広報・普及活動。

(注)PTO:Power Take Offの略。作業するための動力をエンジンから取り出す装置。

  

 

(3)平成31年度から

 筆者は平成31年4月より中部農業改良普及センターのさとうきび担当から現農林水産部営農支援課に異動することになり、31年3月まで関係機関と協力して31年度に向けた取り組みに携わった。 


 酸性土壌で低単収の国頭マージ地域ではかん水技術と組み合わせて、製糖工場から出るバガス焼却灰を活用した酸度矯正による増収効果の実証に向け取り組んでいる。中部地区は製糖工場から近いため、焼却灰の輸送コストも比較的安価で酸度矯正ができるのではないかと考えられる。北部地区でも同地区にある本部(もとぶ)町の採石場で商品化に向かない微細な(せき)(れき)を活用した酸度矯正の取り組みが行われている。こうして地域資源を有効に活用した関係機関の取り組みと情報共有の輪が広がりつつある(図7)。 

 

4.2年間の取り組みを振り返って

(1) 前述2のかん水の位置付けでも記載したが、沖縄県農業研究センターから出されたかん水効果の研究成果と指導資料としての動画により、さとうきびの生産指導に当たる関係者の意識が変わったことが指導体制の強化につながった大きな要因である。改めて、身内ながら功績をたたえたい。

 また、数字やグラフだけの指導資料より、画像や動画が農家に強いインパクトを与える上、情報が伝わりやすいということを実感した。筆者自身も農業研究センターから定点カメラを借りて設置したり、ドローンで上空からの画像を撮ったりしたが、活用に向けてはさらにスキルの習得が必要であると感じた(写真2)。
 

(2)中部地区における関係機関の連携の良さと、知識豊富で指導力の高い関係者に恵まれたことも取り組みを進めていく上で非常に重要であった。ゆがふ製糖農務部長はいつも冷静な判断の下、的確な指揮・アドバイスをする上、指導員も知識豊富で農業機械操作に優れることに加えて、関係機関との調整力や指導力も高い。協議会の指導員は、長い指導員経験で培った知見も豊富で、特に、関係機関だけでなく農家との調整力も高い。JAの指導員・支店担当者も協力的で、関係者間で意見交換を行う中でさまざまなアイデアが生まれ、取り組みが深まったと感じている。

(3) さとうきび生産組合の組織の維持・発展に携わった方々の力も取り組みの普及に大きな役割を担ったと感じる。さとうきび生産組合は、平成18年度に「砂糖の価格調整に関する法律及び独立行政法人農畜産業振興機構法の一部を改正する法律」が成立し、生産者に対する政策支援の仕組みが変更されることを受けて、急きょ全地区においてさとうきび生産農家で組織する組合として設立された。当初は、甘味資源交付金の特例要件としての組織であったが、一斉防除などの取り組みを実施する組織に機能が強化され、それぞれの生産組合事務局の努力などにより、出荷反省会や総会、現地検討会、視察研修会などの組織活動が維持されてきた。そのことで生産農家を対象とした講習会や現地検討会の設定をスムーズに執り行うことができたと感じている。

 

5.これからのさとうきび生産に向けて

 さとうきび生産の担い手農家の高齢化は著しい。収穫面積の減少もさることながら、農家戸数の減少に歯止めがかからない。一部では規模拡大に取り組む担い手農家も増えているが、大多数は高齢で労働力が乏しい。この課題については以前から把握されており、軽労化に向け機械化が進み、さとうきびの管理作業も簡素化が一般的になってきている。その流れは止めようもないが、省略して良い作業と、やらなければいけない作業とがあるため、仕分けが必要であると考える。


 筆者が考える必須作業は、施肥・培土、かん水、除草である。これらのような作業については、生産性の向上効果も高いが、経費や労力もかかるため、受託体制の構築の検討が必要だと考える。オペレーターなどの人材確保が困難なため、地域で協力して行う昔ながらの取り組みも見直すべき時が来ているのかもしれない。「スマート農業」にも大きな期待をしているが、地域の宝であるさとうきびを守るため農作業受託体制や、必要資材の導入などを進め、かん水や除草作業が施肥と同程度のスタンダードかつ重要な作業だと生産農家に認識されるよう、さまざまな場面でその効果について技術の浸透を図っていきたい。

 最後に、これまで素晴らしい関係職員や研究熱心な担い手農家に囲まれて仕事ができたことに感謝申し上げます。

このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272