鹿児島県
熊毛地域の種子島は、国内の主要なサトウキビ生産地としては最北に位置する。奄美地域や沖縄県に比べて気温が低く、サトウキビの生育期間も短いため糖度水準は低い。しかし、土壌の保水性に優れるため茎伸長に有利であり、収量水準は高かった。すなわち、種子島といえば、「糖度は低いが多収な地域」として位置付けられていた。
しかし、種子島では多収が続いていた2005/06〜2009/10年期以降、単収が減少傾向にある(図1)。栽培農家戸数はピーク時の2004/05年期から2018/19年期の14年間でほぼ半減した(図2−a)。収穫面積も、多収で収益性が良かった時期は増加基調にあったものの、単収が減少傾向に転じてからはその後の回復が見られず、不作が続いた直近の5年間では毎年100ヘクタール以上のペースで急減している(図2−b)。1戸当たり収穫面積は同じく14年間で約1.7倍となり、限られた担い手が機械化、大規模化により生産を維持している状況がうかがえる。
種子島では長期にわたって「農林8号」が主要品種であり、2004/05年期には収穫面積のほぼ全て(98.1%)を占めていた(図3)。その後、早期高糖性の「農林22号」の普及に伴って「農林8号」の割合は漸減したものの、2012/13年期まで島内の約8割以上で栽培されてきた。しかし、経営の大規模化や収穫の機械化などが進行していく中で、「農林8号」を取り巻く生産環境は大きく変化した。すなわち、収穫と植え付けが重なり初春の作業競合が著しくなることによる株出し管理の遅れや株出しでのマルチ未設置の常態化、機械収穫時の株引き抜きによる損傷や欠株の増加、新植する余力がないためやむを得ず株出しを続けてしまう
圃場の増加など、「農林8号」の萌芽不良を招き、株出し単収の減少を助長する状況が生じている。そのため、近年では「農林18号」の株出し多収性が再評価され、それまで2〜3%台で推移していた同品種の収穫面積が急増している(図3)。しかし、「農林18号」は旺盛な茎伸長が要因で倒伏が発生しやすく、収穫時の作業性に劣る点が指摘されている。このような種子島の厳しい状況を背景として、株出し多収かつ機械収穫しやすい新たな品種に対するニーズはこれまでになく高まっていた。
他方、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構という」)九州沖縄農業研究センター(以下「九沖農研」という)では、国内のサトウキビの単収が減少傾向を示すようになる以前から、株出しで安定多収となる品種開発の重要性を指摘し、その実現に向けてサトウキビ野生種(
Saccharum spontaneum L.)を活用した育種に取り組んできた。そして、最近、種子島における株出しでの収量性に極めて優れる「はるのおうぎ」を育成し、共同育成者である国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(以下「国際農研」という)と品種登録出願した。
「はるのおうぎ」には、生産量が低迷している種子島において、生産回復の起爆剤として強い期待が寄せられている。本稿では、「はるのおうぎ」の本格普及に向けて、その適切な利用を促進するため、同品種の来歴、諸特性および栽培上の注意点などについて紹介する。