沖縄本島南部における作業受託の若き担い手
「農業生産法人有限会社大農ファーム」の取り組み
最終更新日:2020年2月10日
沖縄本島南部における作業受託の若き担い手
「農業生産法人有限会社大農ファーム」の取り組み
2020年2月
【要約】
大農ファームの代表取締役である新垣智也氏は、農業経験がないながらも農業生産法人の代表取締役となり、人に教わる姿勢を大事にしながら知識とネットワークを構築し、法人の経営安定化に成功した。また、従業員の雇用環境を整え、高い技術力の従業員を確保することで、地域の信頼を獲得し、地域における作業受託の中核的な担い手となっている。
はじめに
近年、生産者の高齢化や労働者不足により、作業受託組織の役割は年々重要なものになっている。一方で、作業受託組織は、作業が収穫時期に集中し、年間を通じた従業員の雇用や経営の安定化が難しいことなどが課題となっている。
また、本稿で取り上げる沖縄本島南部は、比較的小規模な農家が多く、小さな圃場が点在していることから、機械の作業効率が悪く、収穫作業を請け負う受託組織が育ちにくい環境にある。
このような中、沖縄県南城市の農業生産法人有限会社大農ファーム(以下「大農ファーム」という)は、さとうきびの収穫だけでなく、株出し管理や植え付け作業など、年間を通じてさまざまな作業を受託するとともに、自社でさとうきび生産を行うことで、従業員の雇用と経営の安定化を図っている。
本稿では、大農ファームの取り組みを紹介する。
1.南城市の農業の概況
南城市は沖縄県の那覇市から約13キロメートルの距離に位置する(図1)。南城市の位置する沖縄本島は、亜熱帯海洋性気候に属し、年平均気温は22〜23度で、年間を通じた寒暖差が少ない。那覇市を基準とした年間降水量は約2000ミリメートルと多いが、梅雨や台風の多い時期以外は降雨量が少なく干ばつに悩まされることもある。
南城市の農業産出額は57億8000万円で、そのうち畜産が約6割を占め、中でも酪農と養鶏業が盛んである(図2)。次に、野菜が盛んであり、さとうきびを含む工芸農作物は全体の5%程度と、県全体の20%程度と比べて少ない。一方、農業経営体数では、さとうきび生産は兼業農家が多いことから工芸農作物が最も多くなっており、同市においてさとうきびは重要な作物となっている。
2.南城市におけるさとうきび生産
南城市は、畜産が盛んなため農業産出額に占めるさとうきび生産の割合は低いものの、平成30年産のさとうきび生産量は1万7650トンと、本島では、八重瀬町、糸満市に次ぐ、さとうきびの主産地となっている。しかし、生産者の高齢化に加え、近年の気象条件の変化や病害虫の発生に伴う単収の低下による販売収入の減少と相まって、離農する生産者が増加していることから、同市のさとうきび収穫面積は減少傾向で推移している(図3)。
また、地域別のさとうきび農家の経営規模別農家割合を見ると、経営規模が30アール未満の比較的小規模な農家の割合は、宮古島市や石垣市では1割程度であるのに対し、南城市は兼業農家が多いこともあり、56.6%と半分以上を占めている(表1)。
収穫作業の機械化については、農家の高齢化に伴い機械収穫への需要が高まっており、平成21年産では13.9%であった機械収穫率は、30年産では49.5%と半分に迫っている(図4)。ただし、一つ一つの圃場が狭いことに加え、圃場が点在していることから、ハーベスタの圃場間の移動に時間がかかるなど、作業効率が悪いこともあり、宮古本島や八重山本島などの離島ほどは進んでいない。
機械による収穫作業を担う受託組織の重要性は年々高まっている一方、受託組織は、人材確保や経営の安定化が難しいといった課題がある。
また、南部地区さとうきび生産振興対策協議会によると、沖縄本島南部地区において、株出しは収穫面積の8割程度を占めるのに対し、収穫後に株出し管理を行っている生産者は自力と作業委託を合わせて約4割であり、さらに心土破砕を行っているのは約1割だと推定している(表2)。手刈り収穫を行っていた生産者が、ハーベスタによる収穫に切り替えた場合、サブソイラーを使って畑を耕すなどといった管理方法に変える必要があるが、急速な機械化に、生産者の圃場管理技術が追い付いておらず、今までの管理方法を踏襲しているため、単収低下の原因にもなっているという。
このような中、従業員の通年雇用を実現し、従業員の技術力向上に力を入れることで、地域における作業受託の中核的な担い手となっている大農ファームの取り組みについて紹介する。
3.大農ファームの概要
(1)経営の概況
大農ファームは、さとうきびの生産と作業受託などを行う農業生産法人であり、売上高の約80%が受託収入、約15%がさとうきび販売収入、残りがかんしょ販売収入となっている。従業員は、常勤が5人、繁忙期にだけ勤務する非常勤が6人の計11人となっている(表3)。
大農ファームは、代表取締役である新垣智也氏(32歳)の父親が、平成13年に農業生産法人として設立した。新垣氏は、23年に父親の後を継いで代表取締役となったが、もともと農業に従事しておらず、会社を継ぐ前はサービス業に従事していた(写真1)。父親が健在の時、父親に会社を手伝いたいと言ったこともあったが、父親からは「もうからない農業を若者がやるべきではない」と断られたという。しかし、23年に父親が急逝し、大農ファームの今後について話し合いが行われた際に、「自分が継ぐしかない」との思いから、一念発起して大農ファームの代表取締役となった。
会社を継承した当時は、常勤の事務員が1人、非常勤のアルバイトが3人という体制であり、農業に詳しい人が1人もいなかったため、完全にゼロからのスタートとなった。継承前は、収入の大部分を受託料が占め、年間1000万円程度の売り上げがあったが、新垣氏が継承してからは、農業を知らない若者には任せられないと多くの顧客が離れ、売り上げは同200万円程度にまで減少したという。そのため、継承して間もなく赤字に転落し、厳しい経営状況が続いた。
新垣氏は、とにかく勉強するしかないと、沖縄県農業改良普及センターや関係機関に足しげく通い、セミナーや会合などにも積極的に参加した。また、近隣の生産者に、分からないことを恥ずかしがらず、教えてもらうつもりで積極的に訪問することで、徐々に信頼関係を構築し、作業を委託してもらえるようになったという。
また、受託できる作業を増やすために、補助事業などを活用して新しい機械を導入しようと試みたものの、継承したばかりのころは、申請書の作成方法など分からないことが多く、補助事業に応募してもなかなか承認してもらえなかった。そのため、関係機関が主催するセミナーや会合などに積極的に参加し、ネットワークを広げることで、活用できる補助事業について情報が得やすくなり、機械の導入を進めることができるようになった。機械の増加に伴い作業受託量も増加してきたことから、従業員を徐々に増やしていった。なお、補助事業を活用した作業機械の導入において、自己負担分は全て法人の資本でまかない、借入れは行っていない。
(2)作業受託
大農ファームが受託する作業は、さとうきび生産に係る収穫(写真3)、植え付け、株出し管理、施肥、砕土・畝立て、野菜生産に係る砕土・畝立てなどである。受託面積は、推計で80ヘクタール以上に上る。
常勤の従業員5人は、全員オペレーターとして受託作業を行うとともに、さとうきび生産など、大農ファームの全ての仕事をこなす。作業の申し込みは直接生産者から連絡が来るようになっており、従業員を指名して申し込みがあるという。大農ファームでは、従業員がそれぞれ顧客を持てるようにしており、顧客の人数に応じてボーナスを支払うなど、顧客満足度の向上につながるような作業を行うようインセンティブを与えている。作業の受託については特に営業活動を行っているわけではなく、生産者の高齢化や同社の作業実績に対する信頼の獲得に伴い、生産者側から作業依頼が増加し、繁忙期には全てに対応できないほどの依頼があるという。
受託料金は、継承前から変えておらず、効率的に作業することで同じ料金を維持している。
委託者は、さとうきび生産者に限らず、野菜生産者からも砕土や畝立てなどの作業受託があり、売り上げの7割がさとうきび生産者、3割が野菜生産者によるものである。南城市では、オクラとインゲンの生産が盛んであり、それらの野菜生産者からの作業依頼は、さとうきびの繁忙期と重ならないため、年間を通じて安定した作業量を確保できるという。
南城市のさとうきびの圃場は、1筆当たりの面積が比較的小さいため、機械作業の効率性が悪いといった課題がある。そのため、小さい圃場は、他の圃場の作業日に併せて行うようにし、作業の効率化を図っている。
(3)さとうきび生産
大農ファームでは、売り上げの大部分を受託料金が占めているが、経営を安定させるためにさとうきびの生産も重要だとして、自社で10ヘクタールの農地を所有している。そのうち7.7ヘクタールでさとうきび生産、2.3ヘクタールでかんしょ生産を行っている。また、さとうきび生産を行うことで、販売収入が得られるだけでなく、自社の圃場で従業員の研修を行うことができる点でも重要だという。
現在は、さとうきび生産の拡大に力を入れている。一般的には、離農しても自分の土地は人に貸したくないという人が多いといわれるが、新垣氏は、近隣の生産者との信頼関係をしっかりと構築できていることから、離農する生産者から土地を借りてほしいという依頼が来るという。圃場を増やすことで、収入や作業量が増加すれば、さらに従業員を増やすことができると、さらなる規模拡大を目指している。
(4)従業員の確保と技術力向上
大農ファームの経営において特筆すべき点は、常勤の従業員を5人雇用している点である。作業受託が中心の生産法人では、年間を通して作業量が安定しないことから通年雇用が課題となっているが、大農ファームでは、さとうきびに関しては、収穫だけでなく、植え付け、施肥、株出し管理など受託する作業を増やすことで作業量を安定させている(図5)。また、さとうきびの作業が少ない時期に、野菜生産者からの作業を受託したり、自社でさとうきびおよびかんしょの生産を行うことで、年間を通じて作業量を確保している。また、雨天時はハウスの中で補植用の一芽苗作りをするなど、可能な限り作業の平準化に努めている。
大農ファームは、農業では珍しい、繁忙期を除く土日祝日休みを採用している。それは新垣氏が目指す理想の会社を追求した結果であり、休みのイメージがない農業において、しっかりと休日を確保することで、労働環境の向上につながり、人を採用する際も有利に働くという利点がある。また、作業受託を中心とする農業生産法人において常勤で5人を雇用するのは多いように感じるが、この5人を採用したのもここ3年間でのことである。5人の従業員を抱えるだけの作業量や収入をしっかりと確保し、経営を安定させることができているのは、新垣氏の努力と経営力の高さを物語っている。
常勤の5人は、新垣氏が直接交渉して従業員になってもらった人達であるが、いずれもさとうきびの生産に携わっていた者はいない。前職は、土木、建築業、養豚業などとさまざまであるが、関係団体のセミナーや会合を通じて形成したネットワークを活用し、大型機械が操作できるなど、大農ファームの業務に生かせるスキルを持っている人に直接勧誘を行った。さとうきび生産に携わったことがない人ばかりであるため、自社の圃場で研修を行ったり、関係機関の開催する研修会に参加させるなどして、技術力向上を図っている。
また、従業員を通年で雇用することは、技術力の高い人材を確保する上でも重要だとしている。さらに、従業員の技術が向上することで、新垣氏が業務の多くを従業員に任せることができ、新垣氏自身は、関係機関のセミナーなどに積極的に参加し、知識向上や人脈を広げることができる体制を構築できているという。
新垣氏は、従業員を雇用する上で、従業員が家族を養っていけるだけの給与水準を確保したいと考えており、給与の引き上げはなかなか難しい課題であるものの、福利厚生の一環として、従業員に自社の圃場を貸与している。従業員は、借りた圃場で好きな農作物を作ることができ、自社の機械も自由に使用可能であり、収穫したものから得られる販売収入は、全て従業員のものとなる。これは、従業員の収入の増加だけでなく、農作物を生産する上での知識の向上やインセンティブにもつながっている。
このように、新垣氏は、従業員が働きやすい環境を整え、従業員のやる気を引き出すことで、技術力の高い従業員を確保し、さらには顧客からの信頼を獲得することで、経営の安定化を図っている。
(5)課題と今後の展望
作業受託における課題としては、依頼のあった生産者に言われた通りにしか作業を行っていない点だという。例えば、収穫作業のために圃場に機械を入れると踏圧により土壌が固くなるため、サブソイラーなどを使って畑を耕す必要があるが、生産者の中にはそのことを理解しておらず、手刈りと同じ管理方法しか行っていない者もいるという。
また、自社のさとうきび生産における課題としては、さとうきびの品質向上を挙げている。農業生産法人として、地域の模範となるような品質の高いさとうきびを作りたいという思いは強いが、顧客の作業受託を優先しているため、自社の圃場は後回しになり、適期に栽培管理ができていないという。
新垣氏は、今後の目標として、収入源を増やすためにも自社圃場の拡大を目指すとともに、さとうきび以外の農作物の生産も拡大することで、経営の安定化を図っていきたいと考えている。また、さとうきびの単収を上げるためにどのような圃場管理を行ったらいいかを生産者にアドバイスし、機械収穫にあった栽培管理方法に変えていくことで、地域全体の単収の向上を図っていきたいと考えている。
そして、まだ構想段階ではあるものの、さらに従業員を増やし、いずれは「農家による、農家のための人材派遣」を理念に、技術力の高い従業員を農家に派遣する事業を新たに行っていきたいと意気込んでいる。
おわりに
新垣氏は、農業経験がない状況から農業生産法人の代表取締役となり、売り上げが激減して苦しい経営状況に陥りながらも、人から教わる姿勢を大事にし、知識の向上とネットワークの構築を図ることで、今では5人の常勤従業員を抱えるまでに経営を拡大・安定化させ、地域の作業受託における中核的な担い手となっている。それは、新垣氏が理想とする会社を農業で追求し、働きやすい環境を整えることで、技術力が高い従業員を確保し、地道に地域の信頼を確保してきたことが実を結んだからこその結果である。新垣氏は、さらなる規模および事業の拡大に意欲的であり、今後の展開が楽しみである。
農業における後継者不足が課題となっている中、若くしてゼロから農業に飛び込み、目覚ましく活躍している新垣氏の姿は、異業種からの新規参入者の増加や後継者不足を解消するために大いに参考になると思われる。
最後に、お忙しい中、今回の取材に当たりご協力いただいた大農ファームの新垣智也さまおよび南部地区さとうきび生産振興対策協議会の當眞正徳さまに、この場を借りて心より感謝申し上げます。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272