科学的根拠を基に「砂糖と健康」を考える
最終更新日:2020年11月10日
科学的根拠を基に「砂糖と健康」を考える
2020年11月
【要約】
精糖工業会は砂糖と健康に関する正しい知識を広めることを目的として、2017年10月より「『砂糖と健康』研究プロジェクト」を設置した。本稿では、これまでに手掛けた「WHO糖類摂取ガイドラインの解説」および「砂糖のグリセミックインデックス」の2テーマについて概説する。
はじめに
日本人は元来健康への関心の高い国民であるが、その意識はますます高まる一方である。
食生活と健康は密接に関係しているが、最近はとりわけ糖質や砂糖に注目したものが多く、「糖質制限」「糖質ゼロ」「砂糖不使用」といった言葉を多々目にするようになった。その背景には、糖質や砂糖は「太る」「虫歯の元」「血糖値を上げる」「糖尿病になる」などの原因と考えられていること、つまりは生活習慣病への懸念材料として捉えられていることが浮かび上がってくる。
こうした情報はさまざまなメディアで取り上げられているが、それらの中にはその信頼性や根拠に疑問を感じるものも散見される。そこで精糖工業会は、砂糖に関するさまざまな情報に関して、科学的視点から調査研究を実施し、砂糖と健康に関する正しい知識を広めることを目的として、2017年10月に本プロジェクトを設置した。
活動開始以来、本プロジェクトでは「WHO糖類摂取ガイドラインの解説」および「砂糖のグリセミックインデックス」の二つのテーマを掲げて取り組んできた。本稿では、この二つのテーマの取り組みについて概説する。
1.WHO糖類摂取ガイドラインの解説
WHO糖類摂取ガイドライン(正式名:Guideline: Sugars intake for adults and children)1)は、2014年にガイドライン案が示され、パブリックコメント募集を経て翌2015年に正式に公表された。このガイドライン案が示された時に、マスコミなどで非常にセンセーショナルに取り上げられたことを、ご記憶の方も多いことと思う。
本ガイドラインでは、三つの推奨事項が示されている。
・WHOは全生涯を通して、フリーシュガー(注1)の摂取を減らすことを推奨する。(強い推奨)…以下「推奨(1)」と表記
・成人および小児の両方において、WHOはフリーシュガーの摂取量を総エネルギー摂取の10%未満に減らすことを推奨する。(強い推奨)…以下「推奨(2)」と表記
・WHOは、さらに、フリーシュガーの摂取量を総エネルギー摂取の5%までに減らすことを提案する。(条件付き推奨)…以下「推奨(3)」と表記
(注1)フリーシュガーの定義を図1に示した。
これら推奨事項の内容は、一般消費者への影響や今後の国内栄養政策への反映の可能性などの観点から、砂糖業界やその関連業界に多大な影響を与えると考えられた。そこで精糖工業会では、まずガイドラインの本文やその根拠となる論文の内容について確認する作業を行った。さらに本ガイドラインの内容がどのような科学的根拠に基づいているのかを明らかにし、公表することが重要であると考え、駒澤女子大学の西村一弘教授(東京都栄養士会会長)に本ガイドラインの調査研究と解説を依頼した。その結果は、日本栄養士会雑誌の2020年8月号に「WHOガイドライン(2015)“成人と小児における糖類の摂取”の解説」と題する論文として掲載されている2)。本章では同論文に基づいて、その内容を紹介する。
(1)WHO糖類摂取ガイドライン設定の背景と目的
糖質が健康に及ぼす影響が議論される中で、2003年にWHO/FAO合同専門委員会は、「フリーシュガー摂取を総摂取エネルギーの10%未満にする」というガイダンス3)を発表している。
本稿で取り上げるWHO糖類摂取ガイドラインは、過去に報告されたさまざまなエビデンスについて系統的な文献調査(システマティックレビュー、以下「SR」と表記)を行い、新たなWHOガイドライン策定プロセス4)に基づいて上記のガイダンスを更新したものである。
SRのテーマには、「肥満」と「虫歯」の二つが選ばれた。「肥満」は、さまざまな生活習慣病の危険因子であり、また「虫歯」は世界で最も多く発生している生活習慣病であり、その治療コストや社会的ハンディキャップが多大であるとの特徴を持つ。その二つのテーマについて系統的な文献調査が実施され、それぞれ一つのSR論文5)、6)としてまとめられている。各SRの流れを図2に示す。
(2)肥満のSR論文5)
ア.SRの結果
この論文では、成人を対象とした研究と小児を対象とした研究に分類して検証が行われた。
成人の研究からは、フリーシュガー摂取量の増減によって体重が変化する傾向が見られた。その一方で、総エネルギー摂取量を同一とした条件でフリーシュガーの摂取量を増減させても、体重は変化しないという結果が得られた。小児の研究からは、加糖飲料の摂取増と肥満リスク増の関係について確証が得られた。
なお、フリーシュガーの摂取量を増減させたことによって起こり得る食生活の変化の影響を取り除くことが困難であったために、成人・小児の一連の研究からは、フリーシュガーの摂取量と体重の増減との明確な用量依存的関係は見出されず、推奨(2)および推奨(3)の数値目標の根拠となるエビデンスは得られなかった。
イ.SR論文著者の考察
自由な食生活を送る人々において、フリーシュガーや加糖飲料の摂取量は体重増加の決定因子であるが、総エネルギー摂取量を同一とすれば、砂糖などの糖類を他の炭水化物に置き換えても体重変化は起こらない。
このことから、フリーシュガーの摂取量の違いによる体重の変化は、フリーシュガーを含む食品の取りすぎにより、1日当たりの総エネルギー摂取量が過剰になることによると考えられる。フリーシュガーを含む食品はエネルギー密度の高いものが多く、また飲料形態のものは満足度が低く、必要以上に飲食されてしまうことがその原因ではないかと論文著者は見解を示している。
また、フリーシュガーの摂取を減らすよう周知することで、どの程度肥満のリスクが減少するかは、長期継続した研究がほとんどないため、今回のSRからは推定できないものの、肥満のリスクを考えるとフリーシュガー摂取量について助言することは合理的であると述べている。
(3)虫歯のSR論文6)
ア.SRの結果
フリーシュガーの摂取と虫歯の程度の間には、正の相関があった。フリーシュガーの摂取量を総エネルギー摂取の10%以上にすると、10%未満のときより虫歯が増えるという用量関係性が、さらに同5%未満にすると、10%未満のときより虫歯が減るという用量関係性が示された。
イ.SR論文著者の考察
生涯を通して糖類摂取量を減らすことは虫歯のリスクを減らすことになる。糖類摂取量を総エネルギー摂取の10%未満とする効果に関するエビデンスの質は中程度であり、同5%未満という摂取量に関しては、対象となる3件の論文が国民調査をベースとする生態学的研究であることなどから、エビデンスの質は非常に低いと判断された。
全体的に、本SRのエビデンスの多くは小児に関する研究論文であった。しかし、虫歯の原因は小児と成人で同じであり、また、小児から成人までひとつながりの進行性の疾患であることから、小児の結果は成人にも適用できると、論文著者は述べている。
(4)エビデンスの評価と推奨の策定
先に示した肥満と虫歯に関するエビデンスを個々に評価し、次にそれらを統合した全体的な結果が評価され、さらに推奨を導入する際のメリットとデメリットのバランスを加味しながら、推奨の内容とその強度が決定された(図3)。
その結果、推奨(1)の「摂取を減らす」は肥満と虫歯に関するエビデンスの全体の評価結果等から「強い推奨」とされ、推奨(2)の「総エネルギー摂取の 10%未満に減らす」は虫歯に関する中程度のエビデンスなどから「強い推奨」、推奨(3)の「総エネルギー摂取の5%までに減らす」は、虫歯に関する非常に低いエビデンスなどから「条件付き推奨」とされた。
(5)三つの推奨のポイント
各推奨のポイントを整理してみると、以下の通りとなる。
・推奨(1)「フリーシュガーの摂取を減らすことを推奨する」は、フリーシュガーの増減が体重や虫歯に影響するエビデンスに基づいている。ただし、既存のエビデンスはフリーシュガー摂取量が増加しても総エネルギー摂取量が増加しなければ、体重は増加しないことを示した。
・数値目標である推奨(2)「フリーシュガーの摂取量を総エネルギー摂取の10%未満に減らすことを推奨する」、および推奨(3)「5%までに減らすことを提案する」は、フリーシュガーの虫歯への影響に関するエビデンスが根拠である。特に推奨(3)は、非常に質の低いエビデンスが根拠となっていることから、「推奨する」ではなく「提案する」という抑制的な表現が使われている。
・フリーシュガーの摂取量と体重変化に用量関係性があることを示す既存のエビデンスはなかった。
(6)世界と日本の状況の比較
上記のように、本ガイドラインのフリーシュガー摂取に関する三つの推奨は、肥満と虫歯に関するエビデンスに基づいて策定されたものである。ここで世界と日本における肥満と虫歯の状況を比較したい。
肥満については、世界中の先進国では成人の肥満が、また、経済の発展が著しいアジアやアフリカの国においては小児の肥満が問題視されており、WHOはこれらの改善を各国に訴えている。一方日本においては、中高年の男性の肥満傾向もさることながら、近年増加傾向にある若年女性のやせ、および高齢者の低栄養による運動機能障害が栄養政策上の問題となっており、他の国とは事情が異なる部分がある。
また、本ガイドラインの推奨(2)および推奨(3)の根拠となった虫歯に関しては、世界的に12歳児の虫歯が増加しており、加糖飲料の摂取量増加に口腔衛生の対応が追い付いていない結果であると推測できる。一方、歯磨きや定期的な歯の健康診断などが普及した日本では、1980年代をピークに現在まで小児の虫歯の数および比率は減少しており、現在では親世代、祖父母世代の子ども時代と比較しても半減していることが明らかになっている7)。
以上のように、本ガイドラインの背景にある世界各国の肥満や虫歯の諸問題は、日本の実情に合致しない部分が多いと言える。
2.砂糖のグリセミックインデックス
近年、グリセミックインデックス(GI)に関する情報が増えつつある。それらは健康やダイエットからの観点で語られるものがほとんどであるが、GIの本来の意味を知らない一般消費者も多いように見受けられる。また、砂糖のGIの値もメディアごとにばらつきがある。
そこで、一般消費者に対して砂糖の正しいGIを伝えることを目的として、砂糖のGIに関する調査を実施し、その結果を「月刊フードケミカル」2020年6月号に寄稿した8)。
(1)グリセミックインデックスとは
食物中の炭水化物は、消化酵素でブドウ糖などに変換されて吸収される。この吸収されたブドウ糖は、血液に乗ってさまざまな臓器に運ばれ、エネルギー源として機能する。血糖とは、この血液に含まれるブドウ糖のことである。
炭水化物はさまざまな食品に含まれる栄養素であるが、血糖値の上昇に及ぼす影響は、食品ごとに異なる。GIとは、それぞれの食品に含まれる炭水化物が血糖値を上昇させる能力を評価する指数であり、食品が血糖に与える影響の大小を比較する際に利用されている。
GIの測定法は、国際標準化機構(ISO)によって国際規格「ISO 26642: 2010」9)として定められている(図4)。基準食(ブドウ糖)および試験食を摂取後2時間の血糖値の変化から各々の血糖値曲線下面積(AUC)を計算し、基準食に対する試験食のAUC比を百分率で表したものがGIである。
なお基準食に白パン(white bread、日常的な「食パン」と同等)を用いた報告もあり、その際にはブドウ糖基準よりも高めのGI値が示されることから、食品のGI値を比較する際には、基準食が同じであるか否かを確認することが必要である。
(2)砂糖のグリセミックインデックス
豪州・シドニー大学の研究グループは、さまざまな食品のGI値に関する論文を網羅的に収集・検証し、得られた知見10)を基にデータベース(https://www.glycemicindex.com)を構築している。そこではさまざまな食品のGI値の調査結果が無償公開されている。
この研究グループは、健常者を対象として実施された6件の臨床試験データ11)~14)から、砂糖のGIを65±4(平均±標準誤差)と報告している10)。これら6件の中には砂糖のGIを84と報告する研究14)も含まれており、報告値に幅が認められた。
GI試験においては、同じ被験者で複数回の試験を行ったときの値の変動(個人内変動)が大きいことが報告されており15)、GIの再現性はそれほど高くないと思われる。従って、できるだけ複数の臨床試験のGI値を集めて、それらの平均値を得た方が信頼性は高いと考えられる。シドニー大学が採用したショ糖に関する6件の臨床データは、被検者数が少ないなど現在の国際規格の基準を満たさない点はあったものの、6件の平均であることより、この値の信頼性は高いと考えられる。GIの国際規格では、食品を低GI(≦55)、中GI(55〜70)、高GI(70<)の三つの等級に分類している。これに当てはめると、GIが65の砂糖は中等級に分類されることになる。
砂糖はあくまでも調味料であり、その摂取量はおのずと限られるものではあるが、GIが70前後とされる白米や食パンといった主食と比較しても、同程度かやや低めであることが分かる。
GIは指標として分かりやすく、GIを意識した食生活は比較的実践しやすそうである。それが一般消費者にもGIが注目される理由であろう。
しかしながら、その効果に関しては,糖尿病の予防効果がある程度期待できるものの、決して万能なものではないこと16)、また糖尿病患者が低GIの食品を選択することの有効性は認められなかった、との報告も多く、日本糖尿病学会も現時点では糖尿病患者の食事療法に積極的に取り入れるような十分な根拠はない、としている17)ことには留意したい。
おわりに
上記の2テーマに取り組む中で、科学的根拠の基となる論文やガイドラインなどの原典に当たることの大切さをわれわれは実感した。原典には科学的根拠が得られるまでの過程のみならず、結論を読んだだけでは分からない背景も記されている。
砂糖は甘味料としてのみならず、さまざまな調理効果をもたらすことが知られている。われわれ日本人の健康と長寿を支えてきた和食にも、さまざまな形で砂糖が利用されており、おいしさや栄養のみならず、見た目の美しさにも関わる役割を砂糖は担っている。四季に応じた多彩な食材を使うところも和食の大きな特徴であり、これらをおいしく楽しく食べるために使われることも、砂糖の重要な役割であるといえるのではないだろうか。
本プロジェクトを通して、砂糖を活用して健康と両立した食生活を皆さまにお楽しみいただけるよう、われわれもさらに努力する所存である。
参考文献
1)World Health Organization (2015)「Guideline:Sugars intake for adults and children」〈http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/149782/1/9789241549028_eng.pdf〉(2020/10/8アクセス)
2)西村一弘(2020)「WHOガイドライン(2015)“成人と小児における糖類の摂取”の解説」『日本栄養士会雑誌』63(8)pp.447-453.
3)World Health Organization (2003) 「Diet, nutrition and the prevention of chronic diseases」『Report of a Joint WHO/FAO Expert Consultation』〈http://whqlibdoc.who.int/trs/WHO_TRS_916.pdf〉(2020/10/8アクセス)
4)World Health Organization(2014)「WHO handbook for guideline development, 2nd edition」〈https://apps.who.int /iris/ handle/10665/145714〉(2020/10/8アクセス)
5)Te Morenga L, et al. (2013)「Dietary sugars and body weight: systematic review and meta-analyses of randomised controlled trials and cohort studies」『BMJ』346, e7492〈https://doi.org/10.1136/bmj.e7492〉(2020/10/8アクセス)
6)Moynihan PJ, et al. (2014)「Effect on caries of restricting sugars intake: systematic review to inform WHO guidelines」『J. Dent. Res.』 93(1), pp8-18.
7)文部科学省(2018)「学校保健統計調査-平成29年度(確定値)の結果の概要 2.調査結果の概要」〈http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2018/03/26/1399281_03_1.pdf〉
8)精糖工業会「砂糖と健康」研究プロジェクト(2020)「砂糖と健康に関するエビデンス:砂糖と肥満,グリセミックインデックス」『月刊フードケミカル』36(6), pp86-90.
9)International Organization for Standardization (2010)「ISO 26642:Food products ? Determination of the glycaemic index (GI) and recommendation for food classification」
10)Atkinson FS, et al. (2008)「International Tables of Glycemic Index and Glycemic Load Values: 2008」『Diabetes Care』31, pp2281-2283.
11)Lee BM, et al. (1998)「Effect of glucose, sucrose and fructose on plasma glucose and insulin responses in normal humans: comparison with white bread」, 『Eur. J. Clin. Nutr.』52, pp924-928.
12)Matsuo T,(2003)「Estimation of glycemic response to maltitol and mixture of maltitol and sucrose in healthy young subjects」『香川大学農学部学術報告』55, pp57-61.
13)Walker ARP, et al. (1984)「Glycaemic index of South African foods determined in rural blacks--a population at low risk of diabetes」『Hum. Nutr. Clin. Nutr』38C, pp215-222.
14)Yang YX, et al. (2006)「Glycemic index of cereals and tubers produced in China」『World J. Gastroenterol』12(21), pp3430-3433.
15)Vega-Lópes S, et al. (2007).「Interindividual Variability and Intra-Individual Reproducibility of Glycemic Index Values for Commercial White Bread」『Diabetes Care』30, pp1412-1417.
16)佐々木敏(2018)『データ栄養学のすすめ』女子栄養大学出版部
17)日本糖尿病学会(2019)『糖尿病診療ガイドライン2019』南江堂
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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