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持続的なてん菜生産を目指して

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最終更新日:2021年2月10日

持続的なてん菜生産を目指して
〜直播栽培の普及による省力的な生産体系へ〜

2021年2月

札幌事務所 小島 康斉

【要約】

 北海道のてん菜生産については、経営の大規模化によって1戸当たりの経営面積が拡大傾向にある中で、移植栽培に比べて労働力の軽減が図れる直播(ちょくはん)栽培の割合が、平成22年の12.0%から令和2年には31.2%と年々増加の一途をたどっている。直播栽培は、収量の安定化に向けたさらなる技術開発と普及が期待されており、本稿では北海道の畑作の状況とともにてん菜の直播栽培を中心に生産を取り巻く現状と今後の動向について報告する。

はじめに

 てん菜は、輪作を基本とする北海道の畑作農業において、麦類、豆類、ばれいしょと並ぶ基幹的作物であり、畑作物の安定生産、砂糖の価格調整制度の維持、農業経営の安定化を図るために毎年度、北海道内の農業団体が「畑作物作付指標面積」を設定し、需要の動向に即した計画的な生産を目指している。

 しかし、近年は生産者の高齢化や労働力不足により、多労作物であるてん菜は敬遠されがちであることから、実績面積が同団体の定める指標面積を大幅に下回っているため、生産の効率化による労働負担の軽減が求められている。

 てん菜生産においては、収量の安定化を担保するために移植栽培が主軸であることは言うまでもないが、生産者の高齢化および農家の経営規模の拡大といった全道に広がる農業環境の変化によって、省力的な生産が可能で、経営規模の拡大にも適する直播栽培への転換が進んでいる。

 加えて、てん菜の生産現場では、農業機械の普及開発や狭畦(きょうけい)密植栽培(以下「狭畦栽培」という)など新たな技術の発達により持続的な生産体制を目指しており、さまざまな取り組みがなされている。

 本稿では、北海道を取り巻く畑作の状況とともに、てん菜の生産体制やそれを踏まえた今後の動向を報告する。

1.北海道の畑作の現状

(1)農業の概要

 北海道の耕地面積は令和元年現在、114万4000ヘクタールと全国の26.0%を占め、農業産出額は1兆2593億円で全国の13.8%を担っている。

 そのうち畑作については、全国の畑面積の36.8%を占める41万7200ヘクタール、畑作物産出額の33.2%を占める1627億円であり、わが国最大の畑作物の供給地となっている。

 一方、北海道の畑作農家戸数(販売農家)は全国的な傾向と同様に減少傾向にあり、平成17年の1万2266戸から30年は7000戸と17年に比べて約6割にまで減少している(図1)。

 畑作農家戸数が減少する中で、1戸当たりの経営面積は年々増加傾向にある。平成12年からの推移では、5ヘクタール未満、5〜10ヘクタール層の割合が減少する一方、20〜30ヘクタール層以上は増加傾向にあり、特に30〜50ヘクタール層の割合は、12年の10.7%から27年には17.6%まで増加しているなど、生産現場において1戸当たりの経営面積の拡大が如実に進んでいる状況にある(表1)。

 

 

(2)機械化の取り組み

 経営面積の拡大に伴い、1戸当たりの農業用機械の所有台数も増加の一途をたどっており、トラクターにおいては平成2年の1.4台から27年には3.08台と複数台の所有が定着している。その他、普通型コンバインや各種ハーベスタ(収穫機)も同様に増加していることから、農作業に使用する機械の普及が顕著となっている(表2)。

 このような経営面積の拡大や機械の普及といった状況において、北海道の輪作体系の基本作物に目を向けると、小麦、大豆、ばれいしょ、てん菜における10アール当たりの投下労働時間は、ばれいしょでは、ほぼ横ばいとなっているが、その他3作物については、減少傾向にある(表3)。

 特に、移植作業や収穫作業、病害虫の防除など栽培管理に多くの時間を要し、労働時間が4作物で最も高いてん菜においては、直播栽培の普及による春作業の減少や移植栽培における全自動移植機の普及などにより平成30年は12.6時間となり、17年と比べて労働時間が2.9時間短縮(18.7%減)されている。

 

 

(3)生産費と粗収益

 基本輪作4作物の生産費(全算入生産費)は、投下労働時間に比例して小麦、大豆、ばれいしょ、てん菜の順に高くなっている。直近の平成30年の労働費は、小麦の5137円(生産費比8.1%)に対して、てん菜は2万1460円(同20.2%)であることから、生産費に対して労働費の占める割合が高いのが特徴である(表4)。てん菜の労働費は他作物と比べると依然として高い傾向にあるが、27年からは投下労働時間の減少とともに労働費も減少傾向にある。

 なお、てん菜は他作物と比べて肥料代が掛かることから、物財費も高い傾向にある。

 一方、投下労働時間や生産費が掛かるとされているてん菜であるが、粗収益や所得は他3作物と比較すると最も高い(図2)。統計的に見ると平年作における10アール当たりの販売額は6万6000円と、小麦の2万円の3.3倍となり、経営安定対策など交付金を上乗せした最終的な粗収益は11万1000円に上る。粗収益から経営費を引いた最終的な所得は3万2000円であることから、高所得が得られる作物であると位置付けられている。

 

 

(4)スマート農業の取り組み

 こうした中で近年、北海道内ではスマート農業への関心や取り組みが加速しており、GPS(全地球測位システム)ガイダンスシステム(以下「GPS」という)や自動操舵装置といった先進的な技術が取り入れられている。

 令和元年度時点で、北海道内のGPSは、2520台(全国の74%)、自動操舵装置は、1990台(同83%)となっており、大半のシェアを北海道が占めている(表5)。

 GPSと自動操舵装置はトラクターで併用される場合が多く、GPSにより得られた位置情報とハンドル操作を自動化できる自動操舵装置によって、正確でより効率的に圃場(ほじょう)管理が行える。

 具体的には、作業幅の重複の減少や搭載画面を用いた作業軌跡の可視化のほか、夜間の作業にも有効である。また、等間隔に設定したラインをトラクターが正確に走行するため事前のマーカー立て作業が不要となり、的確な播種(はしゅ)や施肥、農薬散布により損失を減らすことができる。

 

2.北海道におけるてん菜生産の現状

(1)てん菜の生産状況

 北海道内では、令和元年度で農業従事人口が平成17年度に比べて33.2%減の8万7900人、そのうち65歳以上の比率が42.8%となるなどの労働力不足、生産者の高齢化が進んでいる。こうした状況下において、てん菜の作付け農家戸数および作付面積は、てん菜に比べて労働時間が少ない他作物への作付け転換などにより年々減少しており、直近の令和2年には6793戸において、5万6749ヘクタールの作付けとなり、元年と比べて作付面積はわずかに増加したものの、2年続けて5万7000ヘクタールを割り込んでいる。畑作経営の安定のために輪作体系の維持は欠かせないことから、その中核を担うてん菜の作付け維持・拡大は喫緊の課題である。

 一方、1戸当たりの作付面積の推移は、平成22年の7.31ヘクタールから令和2年には8.35ヘクタールにまで増加しており、1戸当たりの生産規模の拡大が進んでいる(図3)。

 

(2)てん菜の直播栽培の状況

 てん菜の栽培は、移植栽培が主流で、前述のとおり労働力不足による省力化や経営面積の規模拡大などの生産体制の変化によって、年々直播栽培が増加している。

 直播栽培のメリットは、春先の育苗作業を必要としないため、圃場への苗の運搬も不要であることなど複合的な事由が挙げられるが、最大のメリットは移植作業に係る作業時間を削減し、移植機など機械の導入や管理費用への投資を抑えることを可能にしていることである。これらが結果として労働力の確保や生産費の削減につながり、気候の条件などによる地域間での適性有無はありつつも、令和2年の全道の直播栽培面積は1万7725ヘクタール(直播率31.2%)を記録した(図4)。


 
 移植栽培で必要となる3月頃からの育苗作業は、てん菜生産の中でも最も労働時間を要するが、自動散水機などの機械化に加えて、近年では播種作業を複数人で行うなど共同化の流れが進み、育苗作業の投下労働時間は、平成28年の10アール当たり3.02時間から30年には同2.58時間まで減少している。

 また、移植作業の投下労働時間も同様に、全自動移植機などの普及が要因となり28年の同2.51時間から30年には同2.25時間まで減少している。

 一方、収穫作業にかかる労働時間は横ばいで推移しており、1戸当たりの経営面積が増加している中で、受委託制度を活用した多畦収穫機の普及が期待されている(表6)。
 

 
 直播栽培は、北海道全域で増加しているが、主産地であるオホーツク地域および十勝地域では、浸透度合いが異なり、その他の地域では急速に普及拡大している現状にある。

 十勝地域は、道内でも大規模経営体がより多く存在する地帯であり、小麦、豆類、ばれいしょ、てん菜の4作物が基本輪作体系にあることから、豆類を除いた3作物での輪作体系を基本としているオホーツク地域に比べて輪作作物が多い。そのため、個々の作物に合わせた作業がより多く求められ、限られた労働力で適期の作業を行う必要がある。とりわけ、てん菜の直播栽培の播種作業は、ばれいしょの作付け前の4月中下旬から5月上旬にかけて行えることから、作業重複を避けられる点で大きな省力化につながる。

 そのため、十勝地域の平成22年と令和2年の直播栽培面積を比較すると、2518ヘクタール(直播率9.4%)から8828ヘクタール(同35.6%)と3倍以上に拡大している(図5)。
 

 
 一方、直播栽培は、移植栽培と比較して1〜2割程度の根重および糖量減や風害による苗の損傷を受けやすいことがデメリットとして挙げられることから、導入に際して圃場適性を考慮する必要がある。

 オホーツク地域は、特に春先に同地域特有の南西風が吹き風害の恐れがあることから、地区によっては慎重な見極めが必要である。このような気候的条件の制約や3輪作が基本のオホーツク地域では、令和2年の直播栽培の作付面積は4076ヘクタール(同17.6%)にとどまっている。

 空知地方を含む道央地域および渡島・胆振地方を含む道南地域では、令和2年の作付面積はそれぞれ4439ヘクタール、4386ヘクタールである。過去10年では、両地域とも多少の増減はありながらも4000〜5000ヘクタールの作付面積の規模を維持しているが、直播栽培の作付面積の割合は増加しており、2年は道央地域が2527ヘクタール(同56.9%)、道南地域が2294ヘクタール(同52.3%)となり、直播栽培が拡大している。

 道南地域や道央地域は、米や野菜を主体とした農業が展開され、水稲の転作作物として、てん菜の作付けに取り組んでいる。比較的中規模の経営体が多く点在し多品目の農作物を作付けしていることから、移植栽培に費やす時間的制約および専用機械などの投資を抑えるために直播栽培が浸透していると考えられる。

 このように地域ごとの特性はあるにせよ、てん菜の移植栽培から直播栽培への転換は、労働負担の軽減が背景にある。前述で述べたとおり、移植栽培に比べて収量の低下や自然災害などに弱いことが直播栽培の課題として挙げられているが、それ以上に労働力の確保が課題となっているてん菜生産においては、今後さらに増加していくものと考えられる。

3.てん菜の安定生産を目指して

 古くから、北海道の基幹的作物と位置付けられるてん菜の生産を維持拡大していくために、生産者、JA、糖業各社、行政および研究機関など多くの関係者によって、安定生産に向けた取り組みが行われている。国内だけではなく、海外の技術を取り入れた狭畦栽培もその一例である。

 北海道のてん菜栽培農家の多くは、作業機や他作物との兼ね合いから(うね)幅66センチメートルでの栽培が一般的であるが、近年直播栽培を中心に畦幅を50センチメートルに狭めて栽培する狭畦栽培を取り入れ、圃場に多くの本数を確保して移植栽培との収量格差の改善を図る一方、海外の大型作業機による播種作業や収穫作業の省力化を目指した取り組みがなされている(写真1)。

 また、地帯性により、特に春先の強風による風害や、発芽不良が懸念され直播栽培が難しい地区においては、移植栽培での省力化が取り組まれている。その一つとして、津別町管内において移植での狭畦栽培を取り入れ、6畦全自動移植機および6畦収穫機を用いたスマート農業の実証試験が行われており、大きな注目を浴びている。

 こうした動きは、国内の農機具メーカーにも波及しており、新たな大型機械の開発を進めているなど、実用化に向けて技術開発が進められている。しかし、大規模機械の投入には複数の生産者による作業受委託組織などの設立が前提となることや機械取得には多額の資金が必要なことなど組織体制の構築やコスト面が課題となる。さらに、栽培管理においては従来の畦幅とは異なることから狭畦栽培向けに改良する必要があるなど技術面においても課題が残る。

 

おわりに〜今後に向けて〜

 てん菜は、北海道の畑作農業の輪作体系を維持する上で重要な位置付けを占めているが、他作物と比べて多くの労働力を要する作物でもある。加えて、生産者の高齢化、担い手の減少、経営規模の拡大などが進む中、労働力の確保は、長期的な課題として取り組まなければならない事項であり、てん菜生産においても、さらに省力的な生産が求められていくことは言うまでもない。生産者は、限られた労働力で農地を循環させ、輪作体系を維持していく必要があるが、てん菜の作付面積が減少し続けている今日にあっては、直播栽培がこれからのてん菜生産を支えていくものになるだろう。

 てん菜生産を支えていくためにも今後は、直播栽培と移植栽培のおのおのでより具体的な収益性の検証が求められ、多くのデータに基づき、両者の労働生産性の検討をさらに行っていくことが必要であると考える。また、他作物に比べて管理作業が多い作物であるため、防除作業の効率化や病害虫に強い品種の改良などもますます進められていくだろう。

 業界関係者は今後の展望について、「今後もてん菜の直播栽培は増加していくだろう」とすると同時に、「さらなる作業の省力化を図るために、組織化し、受委託制度によって外部からの労働力を調達し作業を一元化することによって、持続的なてん菜生産が可能となる。」と話す。一方「コスト面を考えると、受委託制度は、海外からの大型機械の導入および組織での保有が大前提となることから、比較的大きな集団を形成することが求められ、収支の分岐点の見極めが必要である。」としている。

 こうした動向を受け、当機構においても、関係者と連携しながら、今後のてん菜生産の動向を注視していきたい。
(参考文献)
1)北海道農政部生産振興局農産振興課「北海道の畑作をめぐる情勢」(令和2年11月)
2)北海道農政部生産振興局農産振興課「てん菜生産実績」(平成22年〜令和2年)
3)一般社団法人北海道農産協会(2020)『てん菜糖業年鑑2020』
4)農林水産省「砂糖及びでん粉をめぐる現状と課題について」(令和2年9月)
5)辻博之(2018)「北海道畑作の大規模化における課題と今後の展望」『農作業研究』53巻1号pp3-13. 日本農作業学会
6)北海道農政部生産振興局農産振興課(2020)「北海道スマート農業総合推進事業委託業務スマート農業導入事例調査報告書(公表版)」(令和2年3月)
7)「特集 スマート農業導入を考えるヒントに」『農家の友』令和2年8月号pp21-34.公益社団法人北海道農業改良普及協会
8)一般社団法人北海道てん菜協会(現:一般社団法人北海道農産協会)(2020)「高品質てん菜づくり講習会テキスト」(令和2年2月)
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