運動時のエネルギー代謝と糖質制限食
最終更新日:2021年5月10日
運動時のエネルギー代謝と糖質制限食
2021年5月
滋賀県立大学 人間文化学部 生活栄養学科 運動栄養学研究室 東田 一彦
【要約】
スポーツ栄養学の歴史は、糖質摂取とともにあるといっても過言ではないほど、糖質に関する研究は多い。しかし、昨今ではその糖質の摂取量を制限することがブームとなっている。実験動物から得られた研究結果とは異なり、アスリートが糖質制限(低糖質・高脂肪食)をしても、多くの場合は劇的にパフォーマンスを高める効果は期待できなさそうである。
はじめに
専門書のみならず、商業誌においてもたびたび取り上げられる「糖質制限」は、もはや一過性の流行ではなく、市民権を得た言葉となっている。この流行は、一般人だけでなく、糖質摂取量がパフォーマンスを大きく左右するアスリートにおいても同様である。本稿では、運動時のエネルギー代謝について概説し、糖質制限がこれほどまでに流行するに至った背景と、糖質制限が運動時のエネルギー代謝やパフォーマンスに与える影響について、最新の研究成果を含めて紹介する。
1.運動時のエネルギー代謝
運動を行うには筋肉を収縮させる必要がある。筋肉の収縮にはエネルギー源となるアデノシン三リン酸(ATP)を利用するが、もともと筋肉に蓄えられているATPは非常に少ない。そのため、運動を行いながら常に筋肉の中でATPを再合成する必要がある。筋肉には大きく分けて三つのATP再合成機構が存在することが知られている(図1)。
(1)ATP-PCr系
ATP-PCr系では、骨格筋に貯蔵されているクレアチンリン酸(PCr)の分解によるエネルギーを利用してATPを再合成する。この系は一つの酵素の反応で進むので、非常に速い速度でATPを再合成することができる。そのため、ATP-PCr系は、急速なATPの供給が必要となる短距離走や瞬発的な運動時の主要なエネルギー供給源となる。しかし、筋肉内に貯えられているPCrの量も非常に少量なので、ATP-PCr系を最大限に利用したとしても7〜8秒間しか運動を持続できないと考えられている。
(2)解糖系
解糖系では、糖質を摂取することで生成され、筋肉に蓄えられたグリコーゲン、または血液中から取り込んだグルコースを分解することでATPを再合成する。ATP-PCr系と解糖系のATP再合成の反応には酸素を必要としないため、これらは無酸素性エネルギー供給機構とも呼ばれる。解糖系の反応が高まり、グリコーゲンやグルコースの分解が極度に高まると、乳酸が蓄積し始める。俗に言われる「乳酸が溜まってきた」は、解糖系を利用したATPの再合成が高まっていることを意味している。
(3)有酸素系
内臓脂肪や皮下脂肪などの脂肪組織で分解された脂肪酸、筋肉内に貯蔵されている中性脂肪から供給される脂肪酸、さらに解糖系で合成されたピルビン酸などがミトコンドリア内で酸化される過程でATPを再合成する経路を有酸素系と呼ぶ。酸素を利用してATPを合成するエネルギー供給機構であるため、有酸素性エネルギー供給機構とも呼ばれる。この経路は、安静時や長時間運動時の主なエネルギー供給源となる。
(4)運動強度・運動時間とエネルギー供給系の関係
上述した三つのエネルギー供給系は、運動の強度と時間によりそれぞれの貢献度が変化する。図2は、各エネルギー供給機構の貢献度を模式的に示している。短距離走のような高強度で短時間の運動では、ATP-PCr系や解糖系が中心となる。反対に、ウォーキングやジョギングのように強度が低い運動の場合は、長時間に継続することが可能である。そのような場合では有酸素系のエネルギー供給機構が主なエネルギー源となる1)。
次に、具体的に運動時のエネルギー源の貢献度を見てみよう(図3)。通常の歩行のような低強度運動中では、血液から取り込まれた脂肪酸や筋肉に貯蔵している中性脂肪などが主なエネルギー源となっている。一方、運動強度が上がり、ジョギングのような中強度な運動中では、筋グリコーゲンの利用割合が上昇している。さらに強度が高いランニングのような高強度な運動になると、筋グリコーゲンが主なエネルギー源となる2)。また、中強度以上の運動では、筋グリコーゲンが枯渇した時点で疲労困憊に至ってしまい、それ以上運動を継続できなくなってしまう。この時点では、もう一つのエネルギー源である脂肪は内臓などにたっぷりと貯蔵されているにもかかわらず、である。実際のスポーツ場面では、全力運動、つまり超高強度な運動と低強度の運動が組み合わさっている場合が多いが、アスリートだけでなく、一般の人が行う運動であっても糖質がいかに重要なエネルギー供給源であることがお分かりいただけるだろう。
このような研究成果をもとに、スポーツ栄養学では、エネルギー源としての糖質に着目した研究が多く行われていて、いつ、どれくらいの量の糖質を摂取するとパフォーマンスの向上やリカバリーに効果的か、ということが明らかになってきている。具体的な糖質の摂取量については、他の総説を参考にしていただきたい3)。
2.スポーツパフォーマンスと糖質制限食の歴史
上述したように、スポーツ栄養学の発展によって、高い運動パフォーマンスを発揮するためには、いかに糖質が重要な要素であるかが明らかにされている。では、一般人のボディメイクではなく、アスリートが行う糖質制限という考えはどのようにして生まれ、現在の流行に至ったのであろうか。この流行の一つの要因となっているのが、運動によって筋グリコーゲンを低下させ、さらに筋グリコーゲンが低い状態で就寝するという、Train-Low, Sleep-Lowという栄養補給法・トレーニング法が挙げられる。これは、食事とトレーニングの組み合わせにより、意図的に筋グリコーゲンが少ない状態を作り出すことで、トレーニング効果を高めることができる、という研究成果に基づいている4、5)。
一方、この方法よりも前に、糖質制限の火付け役となった研究が存在し、現在でも形を変えて引き継がれている。それは、糖質とならび、運動時のもう一つの主要なエネルギー源である脂質を大量に摂取することで、筋グリコーゲンを使う代わりに、脂質をエネルギー源として利用する、という発想である。この着想の一つの元となったのが、北極圏で見られるそりを引く犬の食餌である。そり犬はクジラやアザラシの肉など、糖質摂取含量が非常に少なく、脂肪を多く含む食餌、つまり糖質制限食を日常的に摂取している。糖質摂取量が少ないそり犬の持久性運動パフォーマンスが非常に高いことに着目し、実験動物やヒトを対象に低糖質・高脂肪食の摂取が運動パフォーマンスに及ぼす影響の検証が行われた。著者が確認できた、低糖質・高脂肪食摂取と運動パフォーマンスとの関係についての最初の研究では、脂質のエネルギー比が83〜85%であり、糖質の摂取量が極端に低い食事を用いていた6)。研究に参加した被験者は、この食事を4週間摂取したのちに運動能力を測定している。その結果、運動パフォーマンスが低下した被験者がいたが、著しく向上した被験者もいたことから、平均値を見た場合、運動パフォーマンスは変化しない、つまり低糖質・高脂肪食を摂取しても運動パフォーマンスは低下しない、という結論であった。この研究は1980年代に発表されたが、筋グリコーゲンに注目が集まっていたスポーツ栄養学に一石を投じる斬新な研究であった。
この研究を皮切りに、高脂肪食、つまり糖質を制限した食事と運動パフォーマンスや運動時のエネルギー代謝に関する研究が活発に行われた。脂質エネルギー比が78%の低糖質・高脂肪食を5週間摂餌した動物(ラット)の研究では、糖質の摂取量が少ないために筋グリコーゲン量が減少したが、運動継続時間が飛躍的に向上したことが報告されている7)。さらに、運動トレーニングと低糖質・高脂肪食摂取を同時に行った場合、トレーニングもしくは低糖質・高脂肪食摂取単独よりもさらに高い運動パフォーマンスを発揮したことも報告されている8)。これらの結果から、実験動物においては、低糖質・高脂肪食摂取は運動パフォーマンスを高めると考えられる。低糖質・高脂肪食摂取によってこのような適応が引き起こされるメカニズムとしては、脂肪を多く摂取することで、筋肉が脂肪を利用する能力が高まった結果、筋グリコーゲンの利用が抑制される(筋グリコーゲンの節約効果)からであると考えられる。
動物実験での結果から、低糖質・高脂肪食摂取による脂肪利用の高進が、ヒトでも運動パフォーマンスを向上させるのではないか、という仮説のもとさまざまな研究が行われた。動物実験で得られた結果と同様に、ヒトにおいても低糖質・高脂肪食の摂取によって、筋肉の脂肪を利用する能力が高まり、運動中の脂質酸化量(脂肪を利用した量)が高まることが明らかとなった。しかし、肝心の運動パフォーマンスは、他の動物で報告されているような劇的な向上はほとんど報告されていない。研究によっては、ヒトにおいてはパフォーマンスが悪化するケースも報告されている9)。実験動物で得られた研究結果が、ヒトを対象にした場合には結果再現できない、ということはよく見られることである。ヒトで低糖質・高脂肪食を摂取した場合に運動パフォーマンスの向上が見られない原因としてはいくつか考えられる。
一つ目は、体重の増加がある。脂肪を多く摂取することで骨格筋の代謝適応が引き起こされるには、数週間単位の時間がかかると考えられている。長期間にわたり高脂肪の食事を食べていると摂取カロリー過剰となり、体重・体脂肪の増加が起きてしまう。
もう一つの要因としては、脂肪を利用する能力が高まった代償としての、糖質を利用する能力が下がることが挙げられる。上述したように、糖質を無酸素的に分解し、ATPを再合成する経路は、高強度運動時には非常に大切なエネルギー源となる。運動強度が高まると必要となるエネルギー量も増加するため、糖質を利用する能力が下がってしまう低糖質・高脂肪食摂取では、急激なエネルギー需要に対応できず運動パフォーマンスが低下してしまうと考えられる。
3.糖質制限と運動パフォーマンスに関する近年の発展
最近では、さらに極端な糖質制限、いわゆるケトジェニック食(注1)がスポーツの分野にも導入され始めた。いわゆる糖質制限食では、少ないながらも糖質が含まれている。一方、ケトジェニック食では糖質含量を可能な限りそぎ落とすことで、体内でケトン体(注2)が合成される状態にする。アスリートだけでなく、スポーツ愛好家からも注目されているケトジェニック食であるが、運動パフォーマンスに与える影響を厳密な方法で調べた研究はそれほど多くはない。また、報告されている持久力や筋力などの研究結果は一貫していないものが多い。ただし、半年以上にわたりケトジェニック食を摂取したウルトラマラソン選手を対象にした研究では、高糖質食を摂取したアスリートに比べて、脂質量が高くなることも報告されている10)。このように、非常に長時間にわたって試合が行われるような競技においては、低糖質・高脂肪食やケトジェニック食が効果的な場合があるかもしれない。
これまでに紹介した、低糖質・高脂肪食やさらに極端なケトジェニック食の研究では、目覚ましい運動パフォーマンスの向上、という結果にはつながっていないが、これらスポーツ栄養学研究の発展は、新たなサプリメント(エルゴジェニックエイド(注3))の創出につながっている。ケトジェニック食では、糖質をほとんど含まない食事を摂取することで、体内でケトン体を合成することが重要なステップであるが、この代謝適応を飛び越えて、ケトン体自体を口から摂取する、という方法まで検討が行われている。2016年に最初のケトン体摂取と運動パフォーマンスに関する研究が発表されて以来11)、いくつもの研究が、特に持久性運動を対象に発表されている12)。研究結果としては、パフォーマンスが高まった、というものから、変化なし、むしろケトン体摂取で低下した、というように一致した見解は得られていないのが現状である。
(注1)ケトン体の生成を高めるような低糖質・高脂肪の食事。ケトン食とも呼ぶ。
(注2)肝臓での脂質酸化が著しく高まることで産生されるアセトン、アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸の総称。心臓や脳、骨格筋などでエネルギー源として利用される。
(注3)運動能力やパフォーマンスの向上が期待できる物質。
4.その他糖質制限が身体に及ぼす影響
現在では糖質制限はアスリートだけでなく、一般の人にとっても身近なものになっている。特に、手軽に減量ができる、という理由からテレビ、雑誌やソーシャルネットワーキングサービス(SNS)などで広まった背景があるのではないだろうか。確かに、食事内容を細かく気にするよりも、糖質源(白米、パン、うどんなど)を食べない、という単純明快な方法は、継続して実施する上で重要である。糖質制限食と健康的な食事による減量効果を比べた研究では、どちらも効果に差はない、という結論が多く報告されている13)。数年のうちに、この糖質制限のブームは去るかもしれないが、現時点では糖質の摂取量を制限することが、他のダイエット法と比べて特に効果があるわけでないので、無理をして糖質制限をするメリットは多くないといえるだろう。
糖質制限と運動パフォーマンスについては上で述べたが、これらの研究成果として、糖質制限とスポーツに関して新しい関係が分かってきたこともある。糖質を含めエネルギー摂取量を制限した状態で激しい運動をすると、筋肉からIL-6というホルモンの分泌が高くなる。IL-6は、食事から摂取した鉄の吸収を妨げるホルモン、ヘプシジンを増やす働きがあるので、鉄の吸収を悪くすることで貧血につながる可能性が最近になって分かってきた(図4)14)。貧血は鉄の摂取不足が主な原因、ということは知られているが、鉄を十分に摂取していてもエネルギー摂取量が足りないことで鉄の吸収を妨げてしまう可能性がある。このように糖質制限は、パフォーマンスに直接影響するだけでなく、コンディショニングにも影響を与える食事であることが分かってきた。
おわりに
本稿では、糖質制限が流行している背景となった研究成果を取りあげ、パフォーマンスに関する最近の研究結果を紹介した。エネルギー源という観点から見た場合には、糖質はパフォーマンスを左右する重要な要素である。そのため、特別な目的もなく糖質の摂取量を制限するということは、パフォーマンスとコンディショニングの観点からは良いとは言えない。一方で、脂肪を利用する能力が高まる、細かいことを考えずに減量に取り組めるなど、確かに糖質摂取量を制限することで得られるメリットがないわけではない。自分のパフォーマンスを高めるために糖質摂取量を変化させる、という試みは、わずかな差を埋めるために日々激しいトレーニングを行っているアスリートが採用できる一つの方法である。しかし、その場合に気を付けるべきなのは、糖質を制限したために起こるエネルギー摂取不足に陥らないことである。エネルギーの消費量と摂取量のバランスが崩れるとさまざまな弊害が出てくる。しかし、自分がどれだけエネルギーを消費していて、どれくらいエネルギーを摂取する必要があるか、ということが分からない場合が多いと思われる。糖質をはじめとする食事の内容を見直す場合には、栄養素の摂取量の計算や具体的な献立の作成を行うことができる専門家(スポーツ栄養士など)のサポートを受けながら行っていただきたい。
【参考資料】
1)Fox E.(1979)『Sports Physiology』Philadelphia, Saunders.
2)Romijn, J.A., et al.(1993)「Regulation of endogenous fat and carbohydrate metabolism in relation to exercise intensity and duration」『The American journal of physiology』265(3 Pt 1): pp. E380-E391.
3)清野隼(2017)「アスリートにおけるパフォーマンス向上につながる糖質摂取」『砂糖類・でん粉情報』(2017年8月号)独立行政法人農畜産業振興機構
4)Pilegaard H et al.(2002 May 15)「Influence of pre-exercise muscle glycogen content on exercise-induced transcriptional regulation of metabolic genes」『J Physiol』541(Pt 1)pp.261-71.
5)Marquet L et al.(2016 Apr)「Enhanced Endurance Performance by Periodization of Carbohydrate Intake: “Sleep Low” Strategy」『Med Sci Sports Exerc』48(4)pp.663-72.
6)Phinney SD et al.(1983 Aug)「The human metabolic response to chronic ketosis without caloric restriction: preservation of submaximal exercise capability with reduced carbohydrate oxidation」『Metabolism』32(8)pp.769-76.
7)Miller WC et al.(1984 Jan)「Adaptations to a high-fat diet that increase exercise endurance in male rats」『J Appl Physiol Respir Environ Exerc Physiol』56(1)pp.78-83.
8)Simi B et al. (1985)「Additive effects of training and high-fat diet on energy metabolism during exercise」『J Appl Physiol』(1991 Jul)71(1)pp.197-203.
9)Helge JW.(2002 Sep)「Long-term fat diet adaptation effects on performance, training capacity, and fat utilization」『Med Sci Sports Exerc』34(9)pp.1499-504.
10)Volek JS et al.(2016 Mar)「Metabolic characteristics of keto-adapted ultra-endurance runners」 『Metabolism』65(3)pp.100-10.
11)Cox PJ et al.(2016 Aug 9)「Nutritional Ketosis Alters Fuel Preference and Thereby Endurance Performance in Athletes」『Cell Metab』24(2)pp.256-68.
12)Margolis LM et al.(2020 Mar 1)「Utility of Ketone Supplementation to Enhance Physical Performance: A Systematic Review」『Adv Nutr』11(2)pp.412-419.
13)Noto H et al.(2013)「Low-carbohydrate diets and all-cause mortality: a systematic review and meta-analysis of observational studies」『PLoS One』8(1)pp.e55030.
14)Ishibashi A et al.(2020 Jun)「Effect of low energy availability during three consecutive days of endurance training on iron metabolism in male long distance runners」『Physiol Rep』8(12)pp.e14494.
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