Bean to bar:サステイナブル・ チョコレートへの挑戦
最終更新日:2021年12月10日
Bean to bar:サステイナブル・ チョコレートへの挑戦
2021年12月
アマモス・アマゾン株式会社 代表取締役
特定非営利活動法人クルミン・ジャポン 代表理事
武田エリアス 真由子
1.Bean to bar とは?
(1)高まるチョコレート人気
チョコレート人気が加速している。全日本菓子協会の統計1)によると、チョコレートの小売金額は2004年から2010年までは年間4000億円程度で推移していたが、2011年から上昇傾向となり、2020年には5470億円に達している(図1)。市場拡大の背景には、カカオの健康効果への注目がある。カカオポリフェノールやテオブロミンなどカカオ豆の成分は、動脈硬化予防や美容、抗ストレス効果、ガン予防に効果があるとされ、さまざまな研究が進んでおり、かつては「虫歯になる」「太る」「おいしいけれど控えなければいけない」と認識されていたチョコレートが、むしろ高カカオチョコレートに限っては積極的に摂取する食品へと変貌しつつある。実際、民間企業が20代以上の日本人4000人を対象に行った2020年の調査2)によると、17.4%の人がチョコレートを食べる主な理由に「健康にいいから」と回答しており、よりカカオ成分の高いハイカカオチョコレートや後述するBean to bar チョコレートへの関心の高まりが、市場の伸びをけん引している。
(2)Bean to barチョコレートとは?
チョコレートの質は、「発酵プロセス(注1)」「カカオの遺伝子(注2)」「テロワール(注3)」の影響が大きいといわれ、ワインのように品種や産地によってフレーバーもかなり特徴が出てくる。しかし、従来チョコレート大企業は豆の品質よりも、より安く、より大量に購入できる産地を求め、結果さまざまなカカオ豆を混ぜて砂糖や香料、植物油、乳化剤などを加えることで、均一のチョコレート“製品”を生産してきた。
ところが近年、そのフレーバーの違いに注目した新しいチョコレート「Bean to bar」の流れが生まれている。Bean(カカオ豆)からBar(チョコレート:多くの場合板チョコである)まで一貫してこだわりを持って作られるチョコレートで、『エクアドル産 82%』など、カカオ豆の産地にこだわり、そのフレーバーを生かすためカカオの含有量が多かったり、他の原料が砂糖のみであったりする。砂糖へのこだわりも強く、オーガニックシュガーなど栽培方法や風味により厳選された砂糖を一貫して使ったり、あるいは、カカオに合った砂糖をチョコレートごとに選び、組み合わせを楽しませてくれたりするメーカーもある。
Bean to barは2000年代中頃、コーヒーのサードウェーブの流れに次いで米国で生まれた動きである。発祥の地である米国では2007年に10ブランドに満たなかったものが、2016年には150以上のブランドが生まれるほどに拡大した3)。その流れはヨーロッパや日本、カカオ生産国にまでも広がり、2019年には世界中で800ほどのブランドが存在しているという。その成長スピードは、大量生産型チョコレートの2倍以上だと言う専門家もいる。
Bean to barチョコレートはその値段も従来のチョコレートと一線を画し、50グラムで1000円以上することも一般的である。原料であるカカオも従来の先物取引銘柄であるフレーバーの質を問わないコモディティ・カカオ市場ではなく、質にこだわるファイン・カカオ市場から調達される。ファイン・カカオとコモディ・カカオとでは市場間で2〜3倍の価格差があることも珍しくない。この価格差は、質のよいカカオ生産に求められる仕事量に寄与するところももちろんあるが、Bean to barメーカーたちが目指すビジネスモデルを反映している側面も強い。Yakah(2017)4)の研究によると、Bean to barメーカーが事業を始める背景には、従来のカカオサプライチェーンとは異なる価値を生み出したいという動機も多いという。Cadby(2020)5)が世界の100のBean to barメーカーに行った調査によると、カカオ豆を購入する際に最も重要な要素として、29%が「倫理的調達」を挙げており、「乾燥豆の質」(42%)に次いで多い回答となっている(図2)。
注1:収穫したカカオ豆を発酵・乾燥させる工程。カカオ豆は、適切に発酵させないとチョコレートの原料とならない。
注2:カカオの品種はまだ研究途上にある上、他家受粉であるため「品種」での分類が難しい。
注3:生育地の地理、地勢、気候などその土地特有の生育環境が作物に与える特徴。
(3)貧困削減と環境保全への配慮
従来型のカカオサプライチェーンは非常に多くの中間業者で成り立っており、流通コストが何重にもかかる構造となっている。CNNジャパンによると、販売されるチョコレート価格のうち、カカオ農家に支払われるのは3%のみだと言う6)。また、世界最大のカカオ産地であるコートジボワールでは、かつて国土の25%が熱帯雨林だったが、現在は4%未満にまで激減しており、その減少には環境配慮に欠けた無秩序なカカオ生産の拡大が大きく影響していると言われている。さらに西アフリカ・カカオ産業における児童労働の問題も、国際社会を挙げての努力もあり改善が見られるものの、まだまだ根絶には至っていない。コモディティ・カカオ市場においてカカオの品質を評価する観点は、生産性と病気への耐性が主要となっているのが現状である。
一方、Bean to barメーカーは農家やコミュニティとのつながりを重要視し、農家の置かれる状況やカカオの生育環境について理解しようとする。できる限り農家への支払いを増やすことを目指し、現地の雇用や産業育成まで見据える。森林破壊、化学肥料や農薬の過剰使用による環境破壊を伴わないことや、児童労働フリーであることを重要視し、トレーサビリティーに配慮を払う。カカオの価値を多面的に評価し、生産性だけでなく、生態系にとって重要かつ個性ある味わいをもつ希少種カカオを守るため、少量でも価値をつけて購入することもある。実際、CadbyによるBean to barに使用されたカカオ豆の産地調査(対象:1439種Bean to bar)によると、世界のカカオ豆生産量の約半数を占める西アフリカのコートジボワールとガーナはそれぞれたった1.53%と2.22%しか使用されておらず、約65%のBean to barはカカオの原産地近隣である中央・南アメリカ産のカカオを使用しており、カカオを評価する軸の違いが見て取れる。
(4)カカオ農家と消費者をつなぐ
貧しい小農が大半を占めるカカオ農家とは対象的に、チョコレート業界は非常に寡占的な業界である。Ferrero、Mars、Cadbury、Mondelez、Hershey、Nestleの6社が“ビッグ6”と呼ばれ、1980年後半以来世界市場の大半を占めている(アメリカの市場の77%をMars、Mondelez、Hersheyの3社が占めている)。世界的な大資本相手に教育もまともに受けられていない小農たちは、圧倒的に不利な立場に甘んじるしかすべがなかった。
そこでBean to barメーカーはこれまで圧倒的にWIN-LOSEの関係だった従来のカカオサプライチェーンの構造から脱却し、あらゆる段階において、WIN-WINの関係を目指している。Cadbyの調査によると、Bean to barメーカーの75%は従業員10名以下からなる小規模事業者であり、一度に購入できる量はそれほど多くない。さらに上記のような配慮を払うとなると、当然生産コストは上がり、その価格は消費者価格に反映せざるを得ない。Bean to barメーカーにとってその価格差の背景を消費者に説明し、価値に転換することは経営上不可欠であると同時に、存在意義ともなっている。消費者のチョコレートの背景に関する理解促進をミッションとして掲げているメーカーは多く、農家からの買取価格などの情報をオープンにしているケースは少なくない。このようにBean to barチョコレートは、熱帯雨林に暮らすカカオ農家と消費者の双方向に対話的なコミュニケーションを取ることで、これまで遠く離れていた二者をつなぐ役割も期待されている(写真1)。
2.アマゾンの森と人々の暮らしを守るチョコレート
(1)アグロフォレストリーとBean to bar
ここで、筆者が実施しているブラジル・アマゾナス州で生まれたBean to barチョコレートプロジェクトの実例を紹介したい。ブラジルは世界の約8分の1の森林を有する一方で、世界一森林減少の著しい国である。アマゾン地域の大規模森林破壊の主な原因は、大規模伐採(違法含む)、牧場開発、大規模農場開発であるが、ブラジル法定アマゾン地域の約45%の森林が集中しているアマゾナス州南部では、「森の番人」である農民が、現金収入を求めて街へ移住したことが森林破壊を悪化させている7)8)。
さらに、近年農業への先行き不安から違法な金採掘に従事する者が急増しており、水銀汚染の懸念も高まっている。農民達の大半は、暮らし慣れた森を離れて街に移住することも、貴重な食料源であり生活の基盤である川を汚すことも望んでおらず、経済的困窮ゆえに選ばざるを得ない状況にある。
そこで、環境保全型農業による農民の収入向上が、アマゾンの森や川の保全を担保するとし、2008年より遷移型アグロフォレストリー(二次林の植物遷移を模倣して有用植物の時系列栽培を行う農法。森林生態系を積極的に模倣、活用しながら農家にとって経済価値の高い植物を栽培することで、森林保全と収入向上の両立が期待される)の普及が進められている。同時に、アマゾンのように市場アクセスが極端に悪い地域においては、効果的に収入向上につなげるには、高付加価値化と適切な流通が欠かせない。
そこで、鍵となる高付加価値換金作物として目をつけたのがカカオである。実はカカオはもともと、その性質上アグロフォレストリー方式と相性が良い。そのため、世界の多くの地域でアグロフォレストリーによるカカオ栽培が熱心に推進されており、アグロフォレストリーカカオを原料として採用するBean to barも非常に多い。
カカオの生育には、強烈な熱帯の日光から実を守るシェードツリーが必要であること、土中に大量の水分が必要であること、熱帯植物の多くがそうであるように受粉に虫が必要な虫媒花であることなどからも、多種多様な樹木と混植することはメリットが多い。また、カカオの木は落葉が多いため、他の作物の良い肥料にもなる9)。その上、世界的に需要が伸びており、また、カカオ豆は適切に乾燥させれば1〜2年は保存できることからも、非常に広範な範囲にまばらに暮らし、市場アクセスが極端に悪い多くのアマゾン農家でも販売することができる。さらに、原産地に近いこの地域では伝統的に育てられている作物であり、世界的にも貴重な野生種も存在する(写真2)。
(2)「農家と自然が主役」のチョコレート
アマゾンの熱帯雨林で生産されたカカオは、アマゾナス州で製造される唯一のチョコレート「Na’kau」の製造工房と協力し、州都マナウスにて製品に仕上げている。工房メンバーと共に発酵トレーニングや環境教育、チョコレート開発も行っており、これまで遠く離れていた生産者と加工者の距離が縮まった(写真3)。これまで農家にとっては豆を販売した後のプロセスが全く見えなかったカカオが、チョコレートになって彼らの元に返ってくるようになった。カカオの発酵プロセスによるチョコレートの味の違いを、農家自身が身をもって味わう経験は、彼らのモチベーションを大きく高めた。「Na’kau」のパッケージには、カカオ農家の顔が印刷され、“農家と自然が主役”のチョコレートであると掲げている(写真4)。また、消費者向けのイベントでは、チョコレートができるまでの背景やチョコレートを食べることでいかにアマゾンの森林保全につながるかを丁寧に説明している。初めて自分の顔が印刷されたチョコレートを見た農家の一人は、「今までの努力が報われた」と涙を浮かべた。
現在、本プロジェクトにおける農家への発酵カカオ豆1キログラムに対する支払い額は約3.5ドルであり、世界的に見ても高い水準である。農民たちが街で仕事を見つける際、多くの場合法定最低賃金しか稼げないが、プロジェクトに参加する農家のカカオおよびその他アグロフォレストリー作物からの収入は軽くその2倍以上に達している。農家からの期待も市場ニーズも徐々に高まってきており、2016年に1行政区から始まった取り組みが今では7市まで広がり、参加農家や買取量も10倍以上に拡大している。活動の詳細は、当社ホームページに掲載しているので参照いただきたい。
https://www.ama-ama.co.jp/
おわりに
チョコレートの原料であるカカオが育つ熱帯雨林は気候変動緩和の要であり、同時に気候変動の影響を最も受けやすい地域である。チョコレートをおいしく食べ続けるためには、熱帯雨林とそこに暮らす農家の暮らしをどう守っていくかを真剣に考えていかなければならない。Bean to barチョコレート市場の成長はその答えの一つとなるかもしれない。
参考文献
1)全日本菓子協会 e-お菓子ネット.https://www.eokashi.net/index.html(2021年11月4日最終アクセス)
2)株式会社プラネット–チョコレートに関する意識調査
https://www.planet-van.co.jp/pdf/fromplanet/fromplanet_127.pdf(2021年11月4日最終アクセス)
3)Dandelion Chocolate(2017).Making Chocolate:From Bean to Bar to S’more. Clarkson Potter
4)Yakah, E. (2017).Linking bean-to-bar to sustainable entrepreneurship, Jyväskylä University School of Business and Economics, Master’s thesis
5)Cadby J. 2020. Defining Craft Chocolate and Specialty Cacao:Standards, Trade, Equity, and Sustainable Development(クラフトチョコレートおよびスペシャリティーカカオを定義する:標準、取引、公平性、持続可能な開発).Ph.D. thesis at the University of Tokyo Department of Global Agricultural and Life Sciences.
6)CNNジャパン ココアノミクス――チョコレート産業の包みの中は?
https://www.cnn.co.jp/special/interactive/35044562.html(2021年11月4日最終アクセス)
7)定森徹(2017).『抵抗と創造の森アマゾン―持続的な開発と民衆の運動―』現代企画室 第3章 アグロフォレストリー 人と森が共生する農業
8)小池洋一、田村梨花(2017)『抵抗と創造の森アマゾン―持続的な開発と民衆の運動―』現代企画室 pp.101–124
9)佐藤清隆・古谷野哲夫(2011).カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン―神の食べ物の不思議 幸書房
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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