沖縄県では正月などの年中行事や健康祈願、子孫繁栄のための仏壇へのお供え物として今日まで食べられている菓子がある。沖縄県は、言わずと知れた全国を代表するサトウキビの生産地でもあり、離島においても重要な基幹産業となっている。現在も含蜜糖工場が県内に8カ所あるなど黒糖が身近な環境にあり、そういった影響から黒糖が使われた菓子が数多く存在する。本節では昔から庶民に親しまれてきた菓子について紹介する。
(1)チンビン
チンビンは小麦粉と黒糖を水で溶いたものを薄く焼き、巻いた菓子である。味や見た目は黒糖風味のクレープである(写真8)。
旧暦5月4日は、沖縄では「ユッカヌヒー」と呼ばれる日で、かつて年1回の玩具市が開かれ、子供の成長や健康を願って、子供たちにおもちゃを買い与え、チンビンを仏壇にお供えする風習があった。
(2)ムーチー
ムーチーは、一般的にはもち粉に水を混ぜて砂糖や黒糖で味付けし、
月桃(注6)の葉で包んで蒸して作る(写真9)。
旧暦の12月8日(新暦で令和4年は1月10日)はムーチーの日といわれ、仏壇や火の神
(注7)にムーチーを供えて子供の健康祈願と厄払いをする。
かつては餅を蒸した後のお湯を冷めないうちに裏戸や門にまいて厄を払う習慣があった。ムーチーのころはムーチービーサ
(注8)といわれる寒さが到来する。沖縄県の1〜2月の平均気温は17度と暖かいように思われがちだが、風が強いため寒く感じる日もある。
(注6)ショウガ科の植物で花や葉に香りがあり、山林原野のほか沖縄県の公園や民家などで見られる植物。
(注7)沖縄県では家の守護神とされている。
(注8)ビーサとは沖縄の方言で「冷え」「寒さ」の意味で使われる。
(3)サーターアンダーギー
丸い球形の一方がぱっと開き、口を開いたような形をしている揚げ菓子で、サクッとした食感が特徴である(写真10)。
約500年前、王家の料理人が中国に渡り、「
開口笑」という菓子パンのレシピを持ち帰って作ったことが起源になったといわれている。そのため、サーターアンダーギーは主に祝い菓子としてよく使われる。
沖縄の方言で「砂糖」をサーター、「揚げる」をアンダーギーと言い、これらを合わせてできた名称であるといわれている。
(4)三月菓子
長方形の揚げ菓子で、味はサーターアンダーギーに近い(写真11)。
沖縄の旧暦3月3日は伝統的な「女の子の節句」で、女の子のいる家庭で作られる「三月御重」に詰められたことから名付けられたものとされている。この日は、三月御重を持って浜辺に行き、会食や浜遊びを楽しむ日とされている。
(5)ナットゥンスー
お正月のお茶菓子として親しまれているみそ味の餅で、上にピーナッツを飾り、月桃の葉が敷かれている(写真12)。みそと月桃の香りに胡椒に似た沖縄の香辛料であるヒハツの辛みが加わった餅である。
かつては、お歳暮として料亭の常連客に贈られていたといわれている。
(6)ふちゃぎ
ふちゃぎは楕円形の餅の表面にゆでた小豆をまぶした餅で、本来の味付けは小豆をゆでる際の塩のみであるが、現在では甘く味付けされているものも売られている(写真13)。小豆の香りとほのかな甘みが感じられ、餅の白は月を小豆は星を表し、小豆の多さは子孫繁栄を願うものであるといわれている。
名前の由来や作り始めた経緯などは不明であるが、十五夜(旧暦8月15日)の供え物として用いられており、ふちゃぎを火の神と仏壇にお供えし、家族の健康を願う。その後、家族で月見をしながらふちゃぎを食べるのが習慣である。
十五夜は旧暦の8月15日に行う行事で、以前は月に農作物の豊作を感謝し、今後の豊作を祈願したり、月を見て今後の農作物が豊作か不作か占いをしたといわれる。
(7)タンナファクルー
黒糖、小麦粉、卵で作るシンプルな焼き菓子であり、ふわっとした食感で黒糖の香りと甘みが引き立っている(写真14)。琉球王国で食べられていたくんぺんの代用品として作られた焼き菓子であり、庶民に食べられており、形はくんぺんと同じように円形である。
名の由来は、首里に住んでいた
玉那覇さんが初めて作ったといわれていることによるものとされている。
(8)天妃前まんじゅう、山城まんじゅう、のまんじゅう(注9)
那覇には、三大まんじゅうとして「天妃前まんじゅう」「山城まんじゅう」「のまんじゅう」が挙げられる。これらは地域の人々に長年にわたり愛されている。
天妃前まんじゅうは、那覇市久米にあった天妃宮
(注10)の前の店が販売していたことが名前の由来で、はったい粉(大麦や裸麦を煎って粉にしたもの)に黒糖を加えたあんを、薄い皮で包み月桃の葉を敷いて蒸して作っている(写真15)。
山城まんじゅうは、あんを小麦粉のうすい皮で包み、月桃の葉に載せて蒸して作られる(写真16)。はったい粉も使っているため皮はモチモチしており、あんの甘さは控えめで上品な味である。
のまんじゅうは、発酵させた厚い皮であんを包み月桃の葉に載せて蒸し、文字通り「の」の字を朱書きしている(写真17)。他のまんじゅうよりも皮が厚いため、皮とあんのそれぞれの味わいを感じることができる。昔から沖縄では祝い事には「の」の字を記し、縁起物として扱われている。
(注9)のまんじゅうは、ぎぼまんじゅうの登録商標です。
(注10)航海の安全を祈る場所として15世紀半ばごろ那覇市久米に建てられたが、第二次世界大戦により焼失し、1975年に同市若狭に再建された。