ガーデンビートはオリゴ糖原料作物になりうるか:てん菜との関係から考える
最終更新日:2022年3月10日
ガーデンビートはオリゴ糖原料作物になりうるか:てん菜との関係から考える
2022年3月
北海道大学 大学院農学研究院 教授 久保 友彦
北海道大学 大学院農学院 修士課程1年 早川 諒
北海道大学 大学院農学研究院 教授 森 春英
【要約】
てん菜はショ糖とラフィノースの原料作物であるが、二つの含有量を同時に向上させるような改良を施すことはできない。てん菜と近縁のガーデンビートについて、これまでに成分に着目した研究は行われていない。てん菜の祖先植物が持っていたであろうオリゴ糖を駆使して生存を図るという性質がこちらにより強く残されているとすれば、これを活用した新たな作物開発の可能性が考えられる。
はじめに
ガーデンビート(写真)は、テーブルビートとも呼ばれる根菜(注)で、流通する際にはビーツと称することが多いようだ。よく知られているガーデンビート品種では、握りこぶし大か、それよりやや小さな赤いカブのような根を収穫する。西洋文化圏ではごく普通の野菜であり、ボルシチなどの伝統料理の材料としても知られている。最近ではアスリートのパフォーマンス向上をうたったサプリメント(パウダーやジュース)としても出回るようになった。ある調査によれば、その市場規模は年5%ずつ大きくなっており、今後拡大傾向は続くと見込まれている1)。
(注)ガーデンビートの利用部位は根ではなく、胚軸である。しかし、本稿では便宜的に、地下部、あるいは根としている。
ガーデンビートの根は甘い。製糖原料であるてん菜とガーデンビートは植物学的には同種(学名はいずれもBeta vulgaris L.であり、以下「B. vulgaris」という)であるから、甘みの主成分はショ糖であることは容易に想像できるし、実際にショ糖が検出される2)(以下、5も参照)。これに加えて、てん菜にはショ糖以外にもラフィノースのようなオリゴ糖が含まれているが、ガーデンビートにショ糖以外のどのような糖が含まれているのか、詳しく調べた研究例はほとんどない。この問題提起に対し、てん菜をB. vulgarisの代表とみなせば調査は間に合っており、あえてガーデンビートを調べる必要はない(少なくとも価値のある研究とは思えない)、という意見はもっともである。果たしてガーデンビートに含まれる糖の調査には成果が期待できないのか、以下に検討を試みる。
1 ガーデンビートとてん菜
ガーデンビートとてん菜は同一植物種であるが、両者はどのような関係にあるのだろうか。まずガーデンビートであるが、一口にガーデンビートといっても根の形や色の異なるさまざまな品種がある。しかしながら、用途としてはいずれも根菜なので、それらを一つのグループにまとめ、ガーデンビート品種群としておく3)。用途に応じて品種をグループ化するという考え方に基づくなら、てん菜は製糖原料というグループである。これをてん菜品種群とする。このように考えると、ガーデンビートとてん菜は品種群が異なる、ということができる。同様に、B. vulgarisの用途の異なるグループとして、フダンソウ品種群(スイスチャードを含む、用途は葉菜)と飼料ビート品種群(用途は家畜飼料)をおくことができる。これら四つの品種群は、植物学的にはいずれも同一種・同一亜種(学名はB. vulgaris L. ssp. vulgaris;ssp.はsubspecies)である(表1)。品種群を超えた交配(例、ガーデンビートとてん菜の交配)は容易であるから、品種群間に生殖的隔離障壁はない。
2 ガーデンビート品種の多様化とてん菜の誕生
表1の四つの品種群のうち、歴史的に最初に成立したのはフダンソウ品種群である4)。これは、現在も地中海沿岸やヨーロッパの大西洋岸を中心に分布している野生植物ハマフダンソウ(学名はB. vulgaris L. ssp. maritima (L.)Arcang.)から選抜されて出来上がった可能性が極めて高い。ガーデンビートはフダンソウ品種群から派生したと考えられている。古代ローマ人や古代エジプト人がB. vulgarisらしい植物の地下部を利用したという記録を残しているが5)、これが現在のガーデンビートの直接の祖先になったかどうかははっきりしない。一方、ガーデンビートはトルコ、イラン、およびイラクを含む中東地域が起源で、そこからヨーロッパに伝播したという説がある6)。実際、トルコにはフダンソウとガーデンビートの共通祖先と思われるB. vulgaris植物が現存するという7)。
ガーデンビート(もしくはその祖先)は地中海の東岸を通り抜けてヨーロッパ中に広まり、その後各地でローカル品種が誕生したようだ。ガーデンビート研究の第一人者であるウィスコンシン大学(米国)のゴールドマン教授は、伝播したガーデンビートが多様な品種へと分化する過程においてそれぞれの地域で先に栽培されていたフダンソウとの交雑があったのではないかと考察している8)。これを踏まえ、著者らはヨーロッパを中心に古いガーデンビート品種を多数集め、DNA塩基配列に基づきそれらの遺伝的な関係を調べた9)。その結果、ヨーロッパでガーデンビート品種が最も多様化していることを突き止め、さらにそれまでフダンソウあるいはハマフダンソウに固有と考えられていた特徴的なDNA塩基配列を持つガーデンビート品種がヨーロッパから見つかることを発見した。おそらく、ガーデンビートはフダンソウやハマフダンソウの遺伝子を取り入れながら遺伝的に多様化していったと思われる。
この多様化プロセスが飼料ビートの誕生にも寄与した可能性は高い。例えば、18世紀にドイツの農学者が飼料ビートはガーデンビートとフダンソウの交雑に由来するという説を唱えている6)。飼料ビートからてん菜の原型が誕生したことはよく知られている10)ので、歴史資料からはガーデンビートがこれら二つの地下部利用型品種群の起源であるといっていいだろう。このことは、著者らの行ったミトコンドリアDNA塩基配列の調査からも裏付けられている11)。
3 てん菜のショ糖含有量はなぜ向上したのか
飼料ビートにショ糖が含まれていることが発見されたことを契機に、てん菜の生みの親であるアハルトはバラエティーに富んだ飼料ビートのショ糖抽出試験を繰り返し、良好な結果を示す品種を見つけようとした。これが現在のてん菜の原型となった10)。その後、ナポレオンの大陸封鎖によりショ糖の価値が大幅に上がるとてん菜の改良は加速し、形態的な特徴や搾汁液の分析に基づいて選抜が繰り返され、ショ糖の含有量は当初の7%から、18%を超えるまでに向上した12)。
飼料ビートを選抜するだけでショ糖の含有量が向上するのか?この疑問は研究者によって繰り返し提起されている。そもそも、ガーデンビートやてん菜が甘味成分を持つのはなぜだろうか。これは、祖先植物に由来する性質と想像されている。ガーデンビートやてん菜の祖先と思われる野生植物ハマフダンソウは、海岸に生息している。海水にさらされるような塩ストレスや浸透圧の変化に直面すると植物はさまざまな機構を駆使して生存を図るが、適合溶質といわれる物質を蓄積して浸透圧を調整するのもそうした機構の一つである。ショ糖は、そうした適合溶質の一つであり13)、実際ハマフダンソウの中から高濃度でショ糖を蓄積するものが見つかっている12)。そのため、初期のてん菜品種「Imperial」の育成には高濃度でショ糖を蓄積するハマフダンソウとの交雑が関与したのではないかという説がある12)。
高いショ糖蓄積量の達成には、いくつの遺伝子が関わったのだろうか。てん菜とフダンソウ、あるいはガーデンビートとの交雑を行って、その子孫のショ糖含有量を調べた実験によれば、比較的少数の遺伝子が高い蓄積量に関与するという14)。この見解は現在でも大きくは変わらないが、調査の難しさもあり、詳しいことは分かっていない。しかしながら、ショ糖含有量を(大きく、あるいはわずかに)向上させる遺伝子がどこかに複数あって、それらが選抜の繰り返しにより集積されたことは強く示唆される。アハルトが試験していた研究材料がすでに飼料ビートとフダンソウの雑種であったとする説15)を唱える研究者もいるが、その含意は飼料ビートの中にそうした遺伝子がすべて用意されていたとは考えにくいのでそうした遺伝子は他の品種群に由来するのではないか、である。以上のように、遺伝変異(ここではさまざまな遺伝子が用意されていること)がなければショ糖含有量の向上は望めない。
4 てん菜のオリゴ糖
ラフィノースはてん菜から得られる代表的なオリゴ糖16)で、ショ糖(グルコース-フルクトース)にガラクトースが付いた形の三糖類である(図)(ガラクトース-グルコース-フルクトース)。ラフィノース合成はまずUDP-グルコースとmyo-イノシトールからガラクチノール合成酵素(GolS)を介してガラクチノールが作られるところから始まる。続いて、ガラクチノールからラフィノース合成酵素(RafS)を介してショ糖がガラクトシル化され、ラフィノースとmyo-イノシトールが得られる17)。
ラフィノースは幅広い植物種から見つかり、一般的にストレス耐性に関与するという18)。実際、GolSやRafSをコードする遺伝子は低温や塩ストレスに応答して発現量が増大する。てん菜から見つかったRafS遺伝子については、塩ストレスに対しては発現上昇が顕著ではないが、低温にはよく応答して発現上昇することが明らかにされている17)。
ラフィノースはショ糖の結晶化を妨げる作用があるためてん菜製糖においては邪魔者扱いされている上に、1959年には「商業的価値はない」とまで断言されている物質であった19)。ところが、時代が下ってラフィノースの利用法やプレバイオティクスに関する理解が進むと、その価値は飛躍的に向上し、ついには日本甜菜製糖株式会社がてん菜糖みつから工業的に取り出すことに成功し、製品化に至った。市場のオリゴ糖製品の多くは酵素変換により製造されている20)のに対し、てん菜ラフィノースは天然由来であることが特徴である。
てん菜ラフィノースはショ糖生産の副産物という位置付けであり、ラフィノース原料に特化した品種は作られていない。もしラフィノースの需要が飛躍的に高まるなら、そのような品種が望まれることになる。てん菜のラフィノース含量には品種間差が認められ、それには比較的少数の遺伝子が関与していると考えられている21)から、ラフィノース含量を高めるような品種改良は原理的には可能であろう。
現在てん菜からショ糖とラフィノースのみが分離精製されているが、てん菜にラフィノース以外のオリゴ糖が含まれることはすでに確かめられている22)。さらに、てん菜の祖先植物であるハマフダンソウがショ糖やオリゴ糖を駆使してさまざまなストレスに耐えてきたとしたら、未同定のオリゴ糖が発見される可能性もあるだろう。現在は顧みられていないそうしたオリゴ糖が、ショ糖やラフィノースがそうであったように、将来は急速に価値ある物質に化ける可能性は否定できない。問題は、てん菜を調べるだけでB. vulgarisのオリゴ糖の種類をすべて明らかにしたことになるのか、およびてん菜には十分な遺伝変異(ここではラフィノースやその他のオリゴ糖の含量を向上させるさまざまな遺伝子)が期待できるのかである。
5 ガーデンビートの成分に遺伝変異はあるか
遺伝子解析技術は日進月歩であり、多くの農作物のDNAが調べられるようになった。てん菜やその他のB. vulgaris植物も例外ではない。それらのDNA解析結果によれば、てん菜と飼料ビートが遺伝的に近い関係にあることが確かめられている。興味深いのはガーデンビートで、この品種群はてん菜や飼料ビートとは異なる独自の遺伝子を持つ極めて多様なグループであることが示唆されている6)。このことは、ガーデンビートがフダンソウやハマフダンソウの遺伝子を取り入れながら多様な品種を生み出し、そのごく一部が飼料ビートとして選ばれ、さらにはそこからてん菜が誕生したというこれまで考えられていたシナリオに沿うようにみえる。従って、てん菜は根部利用型B. vulgarisの遺伝的多様性(遺伝子のレパートリー)のごく一部しか反映していないが、ガーデンビートはそれを補完できると予想される。一方、根部利用型に限定せずにB. vulgaris全体の遺伝変異を把握しようとすれば、ハマフダンソウやフダンソウを含めた調査が必要である。しかしながら、根が太らないことは、分析や、その後の応用展開の障害になるかもしれない。その意味では、まずはガーデンビートについて成分の多様性を調べてみるのがよかろう。
そこで、著者らはガーデンビートにはてん菜には見られないオリゴ糖に関する遺伝変異が存在する可能性を検討している。ここでは、いくつかの遺伝資源を分析した予備的な実験結果を紹介する。
材料として、ジョージアとギリシャのガーデンビート在来品種、および飼料ビートを供試した。分析装置にDIONEX ICS-5000+(Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)を用いた。0.5ミリモル毎リットルグルコース、ガラクトース、フルクトース、スクロース、メリビオース、ラフィノースおよびスタキオースを標準とした。
試料は10倍希釈した後に、0.45 マイクロメートルディスポーザブルメンブレンフィルターユニット(アドバンテック、東京)を用いてろ過して、試料チューブ(Thermo Fisher Scientific)に移した。このうち10 マイクロリットルをオートサンプラ(Thermo Fisher Scientific)によりカラムに注入した。分析カラムにCarboPac PA1(φ0.4×25 cm, Thermo Fisher Scientific)、検出にパルスアンヒドロメトリ検出器を用いた。流速は分速1ミリリットル、カラム温度はセ氏30度とし、溶離液には40ミリモル毎リットルNaOHを用いた。以上の手順(HPAEC-PAD)により、3種の試料内に含まれる糖類を定性分析した。
結果の概要を表2に示す。3種の試料すべてにおいて、グルコースやフルクトースをはじめとする単糖および二糖が見られた。これらに加え、ジョージアの在来品種ではラフィノースが、飼料ビートではラフィノースおよびスタキオースが見られた。
おわりに
今回紹介した、ガーデンビートにてん菜には見られないオリゴ糖に関する遺伝変異が存在する可能性についての検討はスタートしたばかりである。表2は予備的な実験データに過ぎないが、ガーデンビートにはオリゴ糖含量について多様性がある可能性を強く示唆している。このことから、ガーデンビートのオリゴ糖作物としてのポテンシャルには期待できるだろう。一方、四糖以上のオリゴ糖については、今のところ見つかっていない。現在、在来種を中心とするガーデンビート51品種の糖分析を進めており、新規のオリゴ糖発見を目指している。
【引用文献】
1)Zamani H, et al.(2021)Critical Reviews in Food Science and Nutrition. 61(5):pp.788-804.
2)早川諒、鹿俣陽平、久保友彦(北海道大学大学院農学院)、未発表データ
3)Lange W, et al.(1999)Botanical Journal of the Linnean Society. 130:pp.81-96.
4)McGrath JM, Panella L(2019)Plant Breeding Reviews. 42:pp.167-218.
5)Biancardi E(2005)in Genetics and breeding of sugar beet(ISBN 1–57808-366-4).pp.3-9.
6)Galewski P, McGrath JM(2020)BMC Genomics. 21:pp.189.
7)Ford-Lloyd BV, Williams JT(1975)Botanical Journal of the Linnean Society. 71:pp.89-102.
8)Goldman IL, Navazio JP(2008)in Vegetables I (ISBN 978-0-387-72291-7).pp.219-238.
9)Kanomata Y. et al.(2022)Genetic Resources and Crop Evolution. 69:pp.271-283.
10)独立行政法人農畜産業振興機構「お砂糖豆知識[2001年5月]」〈https://sugar.alic.go.jp/tisiki/ti_0105.htm〉
11)Yoshida Y. et al.(2012)Biologia Plantarum. 56:pp.369-372.
12)独立行政法人農畜産業振興機構「お砂糖豆知識[2001年6月]」〈https://sugar.alic.go.jp/tisiki/ti_0106.htm〉
13)Hasegawa PM, Bressan RA(2000)Annual Review of Plant Physiology and Plant Molecular Biology. 51:pp.463-499.
14)McGrath JM(2005)in Genetics and breeding of sugar beet (ISBN 1-57808-366-4).pp.119-122.
15)Fischer HE(1989)Euphytica. 41:pp.75-80.
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17)Kito K, et al.(2018)Journal of Plant Biochemistry and Biotechnology. 27:pp.36-45.
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22)Abe T, et al.(2012)Chemistry Central Journal. 6:pp.89.
23)菊地裕人(2008)「てん菜の有効利用−日本甜菜製糖(株)の取組−」『砂糖類情報』(2008年3月号)独立行政法人農畜産業
振興機構
〈https://sugar.alic.go.jp/japan/example_01/example0803a.htm〉
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