食品ロスの伝道師として
最終更新日:2022年6月10日
食品ロスの伝道師として
2022年6月
株式会社office 3.11 代表取締役 井出 留美
食品ロス削減は、SDGsの目標12番、ターゲット3(12.3)で「2030年までに捨てられる食料を半減」とする数値目標が立てられている(図1)。食品ロス削減が及ぼす影響について、主なものを三つ挙げてみる。
1 経済的影響
京都市を例にみると、家庭由来の食品ロスは、一世帯当たり年間約6万円分(処理費用含む)(1)であり、これに全国の世帯総数(2)を乗じると、約3兆1100億円になる。また、農林水産省と環境省は、毎年、食品ロスの推計値を発表している。2021年11月30日に発表した最新値は、年間570万トンであった(2019年度)。この570万トンのうち、46%が家庭由来、54%が事業系由来である。事業系ロスによる損失推計額は約3兆6500億円、日本全体では家庭由来を含めると約6兆7500億円となる。世界の食品ロスによる経済的損失は、社会的・環境的コストを織り込んだ場合は2兆6000億米ドル(3)(約335兆円〈2022年5月16日現在のレート〉)であり、日本の国家予算の3.1倍にのぼる(4)。
2020年9月、公正取引委員会は、コンビニエンスストア1店舗当たり、年間468万円(中間値)分の食料を廃棄していると発表した(ちなみに民間給与所得者の平均年収は433万円(5))。全国にコンビニエンスストアは5万5000店舗以上ある。この廃棄額の背景には売れ残り分を原価に含めず、加盟店が損失の80%以上を負担する「コンビニ会計」の存在がある。これが健全な経済と言えるだろうか。食品を捨てることは、食品の価値以上のものを捨てることである。家畜を育て、稲や野菜を栽培するにも、運送にも、多くの人手とエネルギーが使われる。食品ロスは、それらの経済活動を丸ごと無駄にする。2022年3月に環境省が発表した一般廃棄物の処理コストは2兆円を超えている。日本のごみ焼却率は80%近くと、OECD加盟国のうちダントツに高い一方、リサイクル率は非常に低い。
2 環境的影響
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2021年2月、世界で排出される温室効果ガスのうち、8〜10%は食品ロスに由来し、21〜37%は食料システムから排出されたと推定している。2021年3月付「Nature」では、食料システムからの排出は25〜42%と推計された。たとえ今すべての化石燃料の使用をやめても、食料システムからの排出量だけで、今世紀半ばには、地球の気温上昇はパリ協定の目標である上限1.5度を超える(2020年11月発行「Science」)と予想されている。
世界中の食品ロスを仮に一つの国に例えると、中国、米国に次いで、世界第3位の温室効果ガスの排出源となる。温室効果ガスは、気候変動を悪化させ、異常気象は農畜水産物の生産を困難にし、自然災害による世界の経済損失は400兆円を超える。地球温暖化を逆転させる方策100位までを集めた「ドローダウン」プロジェクトでは、「食品ロス削減」は第3位となった。
グローバル化した現代の食品産業において、われわれの食べる食品は世界の食料システムとつながっている。世界のある場所での食品の需要は、何千キロも離れた土地の開拓を促す。アマゾンや東南アジアの熱帯雨林が焼き払われ、大豆やパームヤシの大規模農園が開拓される。環境に負荷をかけて農作物を栽培し、高所得国に運ばれたそれらが、結局食べられることもなく捨てられている。食料自給率37%(カロリーベース)の日本は、食料の60%以上を海外からの輸入に頼っている。また、日本の「フード・マイレージ(注1)」は一人当たり6628トン・キロメートル(2016年)であり、米国(2001年1051トン・キロメートル)やフランス(同1738トン・キロメートル)の4〜6倍である(図2)。「エコロジカル・フットプリント(注2)」をみると、世界中の人が日本に住む人と同じ生活をするには、地球が2.9個必要ということになる(2017年現在)。
(注1)食料の輸送量と輸送距離を定量的に把握することを目的とした考え方。食品の生産地と消費地が近ければフード・マイレージは小さくなる。
(注2)地球の環境容量を表す指標。通常は生活を維持するのに必要な一人当たりの陸地および水域の面積として示される。
3 社会的影響
国連食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所のチャールズ・ボリコ所長(2020年当時)は、次のように話した。「食品ロスによる世界の経済的損失は2兆6000億ドル。そのお金が使えたら、どれだけの学生が奨学金で進学できたでしょう。どれだけ雇用が創出されたでしょう。どれだけ多くの学校、病院を作ることができたでしょう。私たちは食品ロスによって何かを失っているのです。」食品ロスは、われわれが受けられたはずの医療や教育、福祉、雇用などの機会を奪っているのである。
まだ十分食べることができる食品を捨てることは、経済的に困窮している人の食の機会を奪うことでもある。2021年の東京五輪では、ボランティア向け弁当が13万食、1億1600万円分が処分された(2021年12月に実際は30万食だったと公式発表された)。食べられない人に渡したらどうかと署名運動が起こり、関係者は6万人の署名を組織委員会に提出したが、許可されなかった。コロナ禍で10万人以上が雇い止めとなり、今も東京都庁前では毎週400〜500人が食料配布の列に並んでいる。SDGsの理念は「誰ひとり取り残さない」だが、今日の食べ物に困っている人たちがいる。世界では8億人以上の人たちが食料不安や飢えに苦しんでいる。
4 自然資本あってこその持続可能な食料システム
英国WRAP(注3)は食品ロス削減に1ドル投資すれば、14ドルのリターン(利益)が見込めると試算した。英国で小売業界の3番手だったテスコを世界第3位にまで成長させた元経営者のテリー・リーヒー氏は、著書で自然資本を大切にし、経営と両立させる重要性を述べた。自然資本とは、海から得られる魚介類、牧場で得られる肉や牛乳、農場で得られる野菜や果物など、自然環境から得られる資源を指す。自然資本から得られるサービス価値は世界のGDPの2倍、年間124兆8000億米ドルと試算された(6)。SDGsの「ウェディングケーキモデル」では、最も重要な土台に自然環境が位置し、その上に社会、経済がある(図3)。食品ロス削減は自然資本を持続させることである。自然に対する謙虚さを今こそ取り戻すべきではないか。これまでの大量生産・大量販売・大量廃棄の「リニアエコノミー(直線型経済)」から、適量を作って売り、消費し、捨てない「サーキュラーエコノミー(循環経済)」に移行すべきだと考える。そのために、世界各国で、食品ロス削減の取り組みが始まっている。食品ロス削減は、経済・環境・社会の面から鑑みて、持続可能な食料システムを実現するために必須の取り組みなのである。
(注3)気候変動と食品ロス削減に取り組む英国の非営利団体。Waste& Resources Action Program(廃棄物・資源アクションプログラム)
5 砂糖・でん粉と食品ロス
大手コンビニ加盟店に取材をした際、クリスマスケーキの販売量を増やすため、社員や店にノルマが課せられていたことを伺った。例えばクリスマスケーキは、丸型のホールのケーキを1人50個という場合もあるという。売り切れず川に流していた時代もあったそうだ。
今ではそれが無くなったかというと、そんなことはない。お笑い芸人でごみ収集員の滝沢秀一氏に取材した際には、クリスマス前の時期には家庭ごみとしてよく捨てられており、半分くらい食べ残されているものも多いと語っていた。
首都圏で食品のリサイクルを行う工場には、クリスマス前の時期、1日400〜500キログラムのケーキが、ケーキ工場や百貨店、スーパーなどから、食べられることなく運ばれてくる。内容は、ショートケーキやチョコレートケーキ、チーズケーキ、モンブラン、紅芋タルト、ケーキの土台となるスポンジケーキなどである。この工場では、2017年度の1日平均受入量が32トンだったが、クリスマスケーキが大量に運ばれた日の受入量は34トンと平均を上回る量となった。
すべてのケーキ製造業者や販売業者がこのように処分しているわけではない。筆者の行きつけのケーキ店は「売り切れごめん」型だ。朝一番に行けばショーケースにぎっしり並んでいるが、閉店間際に行くと、ほとんどガラガラになっている。だから、欲しいものを買いたければ朝一番に行くか、予約するか、どちらかだ。
食品の中で廃棄が多い一つがパンだ。筆者は食品メーカーに14年以上勤め、その後フードバンクに3年間勤めたが、パンはコンビニエンスストア、スーパー、メーカー、パン専門店などすべての業態で廃棄が多い傾向にあった。日本のパンで国産小麦を使っている割合はたった3%に過ぎない。海外から大量のエネルギーとコストを使って輸入し、捨てているわけだ。
だが、すべてのパン製造業者がパンを捨てているわけではない。筆者は2015年「捨てないパン屋」を知った。以前は毎日ごみ袋2杯分のパンを捨てていたが、2015年秋からはパンを1個も捨てていないという。広島のブーランジェリ・ドリアンの田村陽至氏は、モンゴルで羊の解体、ヨーロッパでパン作りの修行を経て、長年かけて「捨てないパン屋」になった(写真)。今では田村氏のところに修行に来て独立開業したパン屋が6軒以上になっている。保存性の高い「焼きたてよりも、日が経つほどに香り立つパン」を製造するほかにも、捨てないパン屋にはたくさんの工夫がある。ぜひ、多くの方にこの秘訣を知ってほしい(7)。
6 食品ロスの伝道師として
筆者が食品ロス問題に初めて取り組んだのは14年前の2008年だった。当時、広報責任者として勤めていた食品メーカーの米国本社から、「日本にもフードバンクがあるから、余剰在庫を寄付したらどうか」と話があり、社長と一緒に、フードバンクのNPO法人であるセカンドハーベスト・ジャパンの代表と渉外担当者に会ったのがきっかけだった。2011年の誕生日に東日本大震災が起こり、会社の代表として商品を支援食料として手配する中で、「避難所の人数に少し足りないから配らない」「同じ食品だけどメーカーが違うから(平等じゃないから)配らない」といった理由で、せっかくの支援食料が配られずだめになることがあった。海外からの支援食料を手配しようとしても、たらい回しにあってできなかった。未曾有の大震災に遭い、「本当に伝えるべきことは何か」を考え、会社を退職して独立した。するとセカンドハーベスト・ジャパンから「会社を辞めたのなら、うちの広報をやってくれないか?」と頼まれ、3年間、同法人の広報責任者を務めることになった。その後は、完全に独立して今に至っている。食品メーカーの立場として食品ロスのことを知り、フードバンクの立場として食品ロスと貧困問題について知った。フードバンクには、メーカーだけでなく、スーパー、コンビニなどの小売業界や、食品関連事業者以外の事業者、農家生産者など、さまざまなところから食品の寄付があり、日本の食品ロスの縮図を見るようだった。
5歳で「食」に関心を持ってから、大学の食物学科に進み、社会に出て数十年経った今でも食の仕事に就くことができている。たまたま巡り合った「食品ロス」の問題。それに対して、自分が務めてきた広報業務での経験や知識を生かすことがかなった。食品ロスの解決は壮大なテーマだが、命ある限り、微力ながら貢献していきたい。
井出 留美(いで るみ)
【略歴】
食品ロス問題ジャーナリスト。ライオン株式会社、JICA海外協力隊、日本ケロッグ合同会社などを経て独立。食品ロス削減推進法成立のきっかけを作った。著書に『食料危機』(PHP新書)『あるものでまかなう生活』(日本経済新聞出版)『賞味期限のウソ』(幻冬舎新書)『捨てないパン屋の挑戦』(あかね書房)他。第二回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門、Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018、令和2年度食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。
【参考文献】
(1)京都市「京都市の生ごみデータ」 令和元年(4人家族を想定)
(2)厚生労働省「令和元年国民生活基礎調査の概況」 全国の世帯総数
(3)2005〜09年の食料価格に基づくFAOの推定値
(4)2022年度予算107.6兆円
(5)国税庁「令和2年度民間給与実態統計調査」
(6)『Global Environmental Change』2014
(7)井出留美(2021)
『捨てないパン屋の挑戦 しあわせのレシピ』 あかね書房 168pp.
(第68回 青少年読書感想文全国コンクール課題図書に選出)
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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