英国の伝統工芸菓子 シュガークラフトの魅力
最終更新日:2022年9月12日
英国の伝統工芸菓子 シュガークラフトの魅力
2022年9月
修文大学短期大学部 シュガークラフト非常勤講師
齋藤 直美
はじめに
シュガークラフト、シュガーアート、シュガーデコレーションなど、日本ではいろいろな呼び名で表現されていますが、シュガークラフトとは、ドライフルーツがたっぷり入ったフルーツケーキをマジパン(注1)と砂糖のペーストで覆った英国では古くからあるケーキです(写真1)。そして、アイシング(注2)や砂糖の花できれいに装飾されたそのケーキは、英国の伝統工芸菓子でもあります。ドイツのシュトーレンとも似ていて日持ちするように作られており、18世紀頃から英国では、こうやって食料が少ない冬の時期にも甘いお菓子を少しずつ楽しめるように工夫をしていました。
今では生ケーキに押されがちですが、英国の植民地であった米国、豪州、南アフリカなど各地でデコレーションの技術を進化させ、一段と華やかになったシュガークラフトは今でも世界中で愛されているケーキです。
(注1)アーモンドと砂糖をローラーで何度も挽いてなめらかにしたペースト。
(注2)砂糖と卵白をクリーム状になるまで練り合わせたもの。
1 シュガークラフトとウエディングケーキの歴史
シュガークラフトは、現代のウエディングケーキの原型となっています。1840年に英国のヴィクトリア女王の結婚式の際にウエディングケーキとしてシュガークラフトの技法が初めて使用されました。その時のウエディングケーキはまだ段積みではなく、平べったい巨大な(直径90センチメートル、高さ30センチメートルほど)ケーキでした。このケーキには今のような砂糖のペーストではなく、すべてアイシングで装飾がされていましたが、あまり評判は良くなかったようです。
その後、ヴィクトリア女王の長女が結婚する時に今でもよく見る3段に積み上げられたウエディングケーキが登場しました。繊細な絞りが何重にも施されたそのケーキは当時大変な人気を呼び、一般庶民の憧れや上流志向の波に乗ってたちまち流行しました。
3段のウエディングケーキにはそれぞれ意味があり、一番下の段は、結婚式に参列してくれた人たちと幸せを分かち合う意味で切り分けて配られ、真ん中の段は、結婚式に出席できなかった人たちに幸せのお裾分けとして贈られました。そして、一番上の段は結婚1年目の記念日か、または、最初の赤ちゃんが生まれたときのお祝いとして食べられます(写真2)。
円柱型のケーキを何段にも積み上げていくケーキを最初に思いついたのは英国の菓子職人ウィリアム・リッチ氏です。ヒントとなったのはロンドンにある二千年もの長い歴史を持つセント・ブライト教会(注3)。リッチ氏は毎日この教会を眺めて仕事をしており、美しい教会の塔からウエディングケーキの形を思いついたのだと言われています。
(注3)花嫁(bride)の語源にもなったセント・ブライト教会。
「ケーキがそんなに長く保管できるの?」と思われるかもしれませんが、お酒に漬けたドライフルーツ、そして、昔は大変高価であった抗菌作用のあるスパイスと真っ白な砂糖をふんだんに使うことで、何年でも保存できるケーキが出来上がります。時間をかけて熟成することにより、焼き立てよりも全体がなじんでよりおいしく食べることができたのもこのケーキが人気になった理由です。
英国の女王エリザベス2世とフィリップ殿下をはじめ、チャールズ皇太子とダイアナ元妃、ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式でもこのシュガークラフトのウエディングケーキがお披露目されました。
2 シュガークラフト 〜歴史の中で生み出されたたくさんの技法〜
長い歴史をもつシュガークラフトは、いろいろな技法を組み合わせ作られるケーキです。
1840年代〜20世紀前半までは、ヴィクトリア様式と呼ばれるロイヤルアイシングを何重にも重ねて絞り装飾されるものが主流でした。20世紀半ば頃に、粘土状のシュガーペースト(注4)が開発されると、ケーキに塗られるアイシングはシュガーペーストが主流となりました。その後、トンビ・ペック氏によって開発されたフラワーペースト(注5)が登場し、装飾で飾られていたシルクの花は砂糖の花に変化していきます。
(注4)フルーツケーキをカバーしやすいように砂糖に卵白を加え、増粘剤を加えたもの。
(注5)砂糖で花を作るためにハリを出して、薄く伸ばすことができるように工夫された食用のペースト。
シュガークラフトにはたくさんの技法があり、数々のテクニックを組み合わせることで、世界で一番美しいケーキは仕上がって行くのです。ここに代表的な技法と特徴について紹介をしておきたいと思います(表)。また、そのテクニックの一つとして、ケーキの上に飾られるバラの作り方をご紹介します(図)。
3 シュガークラフトとの出会い
私がシュガークラフトと出会ったのは、28年前で、育児の真最中でした。もともとケーキを作るのが大好きだったこともあり、本屋へ行くと、料理やお菓子の本があるコーナーにいつも足を運んでいました。ある日、『入門シュガーケーキデコレーション』と題されたその本を手に取ると、ページをめくるたびに登場するカラフルでとても美しいウエディングケーキに私はたちまち心を奪われ、「このケーキは本当に食べられるケーキなの?」と、その場からしばらく動けなくなるほどの衝撃を受けました。
その日から毎日、この本を開いてはシュガークラフトの世界にワクワクしていたのを今でも覚えています。
4 英国での国際大会
その後、すてきなシュガークラフトの先生と出会い、師範資格を取得しました。その頃、偶然にも本場英国で行われるシュガークラフトの国際大会へ行くツアーをインターネットで見つけたのです。
初めての英国はピーターパンやくまのプーさん、パディントンなど数多くのお話が生まれたことにすんなり納得してしまうほど、そこは童話の挿絵を切り取ったようなかわいらしくキラキラした世界が広がっていました。このツアーで、今では世界的に有名なシュガークラフトの名匠である、ニコラス・ロッジ氏に直接講議を受けて、何もないところから自分のイメージしたものを形にする事や英国の自然の美しさを表現する方法を学び、初めて見る道具や技法にシュガークラフトの楽しさや奥深さを教わりました。そして、シュガークラフトに表現されるそれぞれの人種によって育まれてきた文化の違いや色の感覚、デザイン力に大きな感銘を受けました。
私が学んできたシュガークラフトは、まだまだごく一部ということを気付かされ、世界の発想力はもっと大きくて自由なものだということを知り、それは今後の私に大きく影響を与えるものとなりました。そして、シュガークラフトは私をさらに魅了していったのです。
その後、たくさんのシュガークラフト仲間とのご縁もあり、4年後には、憧れていた英国のシュガークラフト協会主催の国際大会にも出品し、うれしいことに金賞を受賞することが出来ました(写真3)。
そして今では、製菓の短大や専門学校で非常勤講師として学生たちにシュガークラフトの指導を行っているほか、愛知県豊明市に教室と豊川稲荷近くに店舗兼教室を構え、シュガークラフトの魅力を伝えています。
さいごに
シュガークラフトはどうしても湿気に弱く形が変わりやすいためディスプレイ用として樹脂粘土で作る事にも挑戦したこともあります。しかし、砂糖でできているペーストは温かみや優しさがあり手にしっくりなじむので、やはり私はシュガークラフトが合っていると思いますし、好きなんだと思います。
もうすぐ人生の半分をシュガークラフトと共に歩んできたことになりますが、100年以上も受け継がれてきたこのシュガークラフトの魅力をこれからも多くの方に伝えられるように作品作り、そして、講師業に力を入れていきたいと思っています。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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