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災害時に役立つ!真心を込めたスイーツ缶詰の世界

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最終更新日:2022年12月9日

災害時に役立つ!真心を込めたスイーツ缶詰の世界

2022年12月

 











 
公益社団法人日本缶詰びん詰レトルト食品協会公認
缶詰博士 黒川 勇人
 「甘いもの」という言葉がある。相手の好みを知りたい時に「甘いものは好きですか?」と聞いたりする。若い頃は、そう聞かれると「あまり好きじゃない」と答えていた。甘いものよりは塩辛いものが好きだった。それが、年を取るごとに変わっていき、今ではすっかり“甘いもの大好き人間”になってしまった。「いくら何でも変わりすぎだろ!」と自分で突っ込みたくなるけど、おそらく若い頃も甘いものが好きだったのだ。でも、それよりも食べたいものが他にあったというだけで。

 よく食べるのは、クッキーなどの焼き菓子やチョコレート、ケーキ、まんじゅうなど。出張に行けば、必ずその地方名産の菓子を買ってくる。そんな生活だから、家にはたいてい甘いものが常備してあるけど、たまには買い忘れることもある。そんな時には缶詰の甘いものを食べている。意外に思われそうだが、さまざまな菓子類、デザート類が缶詰になっているのだ。

 中でも和菓子の缶詰の歴史は古くて、フルーツみつ豆と水ようかんは1930年代に商品化されている。今から90年も昔のことだ。他にも、栗の甘露煮やわらび餅など、ロングセラーを誇る缶詰が存在する。そして、この10年ほどで新たに登場してきたのが洋菓子系の缶詰だ。それが「スイーツ缶詰」である(写真1)。


 
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1 革新的なスイーツ缶詰

 ところで、僕が初めて食べたケーキの缶詰は、米国製のカップケーキ(チョコレート味)だった。「ケーキの缶詰とは珍しい!」と喜んだけど、食べてみるとモソモソ、パサパサしていて食べにくかった。チョコレートの風味もほとんどせず、評価はイマイチ。いや、イマサンだった。おそらく、焼き上げたケーキを缶に入れて、缶内の空気を抜いてから密封。その後、殺菌のために缶ごと加熱したのだろう。そのやり方は、缶詰の製造方法の基本だから、間違ってはいない。しかしケーキは二度加熱されたためにダメージを受け、風味と食感が失われたのだ。

 それから十数年が経って、日本で革新的なケーキの缶詰が誕生した。焼いたケーキを使うのではなく、“生”の生地を缶に入れて密封し、殺菌の熱を利用して蒸し焼きにする製法である。最初に登場したチーズケーキは、中心部がねっとりしていて、まるでレアチーズケーキのようだった。ふたの裏側やケーキの周囲に焼き色がついているのは、缶内で蒸し焼きにした証しだ。次に登場したのはカップケーキで、全体がしっとりしており、パサついた感じはまったくしない。チョコレートやメープルなどのフレーバーも豊かで、かつて食べた米国製のカップケーキとの違いに驚いた。

2 サバ缶と同じ製法

 ふと気がついたのは、それらケーキの缶詰の製法が、サバやイワシ、サンマなどの青魚の缶詰と同じということ。青魚の缶詰は、基本的に生の切り身を缶に詰め、味付けのための調味液(水煮なら塩水、みそ煮ならみそだれ)を注いで、中の空気を抜いてから密封する(図)。その後、殺菌のために缶ごと加熱するわけだが、その熱によって魚は骨まで柔らかく煮え、同時に調味液が中まで染み込むことでおいしくなる。
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 さらに重要な点は、DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)、カルシウムなどの魚の栄養素が缶内にとどまっていることだ。魚の缶詰が栄養豊富と言われるのは、まさにこの製法のおかげなのだ。

 同様に、缶内で蒸し焼きにしたケーキの缶詰も、生地が持っていた水分や油分、香りの成分がどこにも逃げていない。フタを開けるまで、いわば焼きたての風味が保たれているのだ。なんと素晴らしい発想だろう!

 しかし、商品化までの道のりは長く、試作は300回以上も行われ、完成には約2年の年月が掛かったという。

3 難しい製法に挑む訳

 例えばカップケーキを製造する場合、生地に配合するベイキングパウダーの種類や量で、生地の膨らみ方が変わる。一般的なケーキなら許される範囲でも、缶詰の場合は膨らみ過ぎれば缶が変形するし、最悪の場合は破裂してしまう。また、膨らみ方は生地を混ぜるスピードでも変化する。材料の配合比率でも変わるし、缶内の真空の度合いでも変わるというから大変だ。ふっくらしていて、かつ食べ応えのある固さに調整するために、いく通りもの条件を組み合わせて最適解を探るという、途方もない努力を重ねたのだ。

 今では数社の缶詰メーカーが、さまざまなスイーツ缶詰を製造している(写真2)。あんことカカオを混ぜ合わせた和洋折衷のスイーツがあったり、豆乳を使ったプリンがあったりと、それぞれ独自の工夫があるが、共通するのは缶内で生地から調理していること。開発に労力と時間がかかる方法を、あえて選んでいるわけだが、それはなぜか?

 スイーツ缶詰が日本で発展を遂げたのは、2011年に起こった東日本大震災がきっかけだ。あの震災で、被災地には全国から支援物資が届いたが、その中に「甘いもの」はなかった。おそらく、送る側は栄養面や保存性を重視していて、嗜好品を送るという発想がなかったのだろう。

 ところが、東日本大震災から3年が経った頃、実際に避難生活を送った人から、こんな話が出てきた。「あのとき、本当は甘いものが食べたかった」と。精神的に辛い生活が続く中で、ふと無性に食べたくなったのが甘いものだという。嗜好品と言われればそれまでだけど、もしひと口でも食べられたら、どれだけ気持ちがホッとすることか。甘いものにはそんな力があるのだ。

 その被災者の話を聞いた缶詰メーカーがチーズケーキの缶詰を開発し、それが端緒となって、複数のメーカーがスイーツ缶詰を手掛けるようになった。常温で長期保存できる缶詰なら、いざという時のために備蓄できるからだ。とはいえ、おいしくなければ商品は売れない。それでは世の中に普及せず、災害時に役立たないことになる。だから各メーカーは、缶内調理という難しい製法に挑んで、おいしさをとことん追求している。

 日本のスイーツ缶詰には、ただ甘いものが入っているだけじゃない。真心も込められているのである。
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このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画調査グループ)
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