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和三盆糖蜜を使ったラム酒製造の試み

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最終更新日:2023年2月10日

和三盆糖蜜を使ったラム酒製造の試み

2023年2月

美馬産業株式会社 代表取締役 美馬 宏行

はじめに

 「和三盆」という言葉は多くの方がご存じだと思います。ただその中で、京都の和菓子などをイメージする方が多いように、それが香川県と徳島県のごく一部の地域で作られている砂糖であるということを知っている人が、果たしてどのくらいいるのでしょうか。

1.和三盆糖の原材料

 和三盆糖づくりに用いられるサトウキビは、、(ちく)(とうと呼ばれる品種(Saccharum sinense)で、一般的なサトウキビ(Saccharum officinarum)よりも茎径が細く、従って採れるジュースの量も少ないため、一見製糖には不向きなようにさえ思える品種です(写真1)。

 そしてこの品種は、歴史をさかのぼると17世紀に中国から琉球・奄美に渡り、18世紀末頃薩摩(さつま)藩から讃岐に流出したとの説が有力で、今では香川県と徳島県の一部地域でのみ栽培されています。

 この二つの地域では和三盆糖をつくる製糖所が数軒あります。江戸時代からほとんど変わらない製法を守り続ける製糖所から、時代の流れの中で機械化や効率化を行い大規模に製造する製糖所まで、一口に和三盆と言っても同じ味わいのものは二つとありません。
 
 

2.和三盆糖ができるまで

 一般に、和三盆糖の製造過程は大きく4段階に分けることができます。

 まずサトウキビの搾汁。サトウキビの収穫時期である11月の終わりから12月にかけて、短期間で1年分の量を搾り切ってしまいます(写真2)。これは収穫時の切り口からの酸化による品質の劣化を防ぐためで、この時期が製糖所の中で最も忙しい時期と言われています。
 
 
 続いて搾ったサトウキビジュースを炊いて煮詰める作業。ここで煮汁から丁寧に灰汁(あく)を取り除くことで雑味のないすっきりとした味わいになります。煮詰めたものを冷やして結晶化させたものを「白下(しろした)(とう)」と呼びます。

 こうして出来上がった白下糖は、職人さんたちの手によって板の上で「研ぎ」とよばれる砂糖の粒子を細かくする工程を経ることで、糖(みつ)が抜けやすくなります(写真3)。

 そして石の重りをつるす「押し船」というテコの原理を応用した機具を用いて、白下糖から糖蜜を抜く「分蜜」という作業を行います。

 この「研ぎ」と「分蜜」の工程を5回ほど繰り返して、褐色の白下糖から真っ白な和三盆糖が生まれます。ちなみにこの分蜜の工程は日本酒の酒搾りの技法を応用して生まれたもので、日本酒づくりでいうところの日本酒と酒粕がそれぞれ糖蜜と和三盆糖にあたります。

 機械で遠心分離させた純度の高いグラニュー糖(分蜜糖)と違って、人の手によって分蜜を行いわずかに糖蜜分が残ったのが和三盆糖(含蜜糖)です。そしてその糖蜜の抜け具合は各製糖所によって異なり、それがその製糖所の和三盆糖の色味や味わいの違いとなって現れます。それは単純に研ぎと分蜜の回数を増やせばいくらでも糖蜜が抜けていくというものではなく、さまざまな要因が折り重なって各製糖所の個性を表しています。

 大きく分けると、香川県のものは白く味わいもさっぱりとしていて、徳島県のものは少し黄みがかった色合いで糖蜜の風味をより強く感じることができます(もちろんどちらが良い悪いというわけではありません)。
 
 

3.ラムづくりのきっかけ

 私が今回のラムづくりに至ったきっかけ、それは妻との出会いです。私たち夫婦は2015年に結婚しました。そして妻の実家は、香川県の和三盆糖製造の老舗、三谷製糖羽根さぬき本舗(以下「三谷製糖」という。写真4)でした。結婚当初、義父である三谷製糖の当主、三谷昌司氏より和三盆糖の作り方を伺う機会がありました。

 そこでは江戸時代からほとんど変わることなく職人さんたちが先述の工程のほとんどを手仕事で行い、丁寧に和三盆糖を作っていることを知ることができました。

 各工程を教えていただいた最後に、押し船によって分蜜された糖蜜が一カ所の大きな(かめ)に集められているのを目にしました。そこで私が「この糖蜜はこの後、何かに使いますか」と聞くと、義父は「お菓子や料理に使うこともあるが、それでも余ったものは廃棄している」と答えてくれました。その瞬間に酒好きな私の頭の中に「糖蜜=ラム」という考えが浮かびました。米どころにおいしい日本酒があるように、日本各地に地のものを生かした焼酎があるように、世界的にみても、製糖業で栄えた地域には必ずと言っていいくらいにラムがあります。なぜ今まで和三盆糖で栄えた香川県と徳島県にラムが無かったのか、不思議にさえ思えてくるほどに必然の組み合わせなのです。

 義父を相手にそんな話をして、半ば強引にラムづくりに糖蜜を使わせてもらう口約束を取りつけました。ここから私のラムづくりが始まりました。
 

4.ラムができるまで

 糖蜜を発酵させて蒸溜するとラムができる。理屈では分かっていましたが、それはあくまで理屈であって、実際にラムを作るとなるとそう単純な話ではありませんでした。

 「蒸溜(じょうりゅう)器ってどこで売っているのだろう」そんな初歩的な疑問にすら満足に答えを出すことができず、さらには、(1)製造に必要な設備、知識や経験を備えた人材が必要(2)年間の最低製造数量が6000リットルを下回ってはいけない(3)作ったラムを扱ってくれる酒屋さんから取引承諾書をもらわなければならない−など、一体いくらの資金と時間があれば一からラムを作ることができるのか、調べれば調べるほどに現実とのギャップが大きく、自社製造は途方もない夢だと感じました。

 そしてある時、地元香川の老舗酒造である西野金陵株式会社(以下「西野金陵」という)さんが三谷製糖さんの白下糖を使った梅酒をつくっていることを知り、ハッとしました。それは何とも都合がいいことに、私の会社である美馬産業株式会社で取り扱う染料や薬品の販売の事業において、昔から深いお付き合いがあった西野金陵さんでした。

 それはまさにパズルのピースがはまるような感覚でした。「自社製造が無理なら委託製造でもいいのではないか」そんな考えから染料担当の営業の方から何とか酒造部門の方にコンタクトをとり、ラムづくりの構想を伝えたところ「他でもない三谷製糖さんとの取り組みなら」ということで、2019年4月に委託によるラムの製造がスタートしました。

 実際のラムづくりは理屈通りにシンプルで、糖蜜を発酵に適した糖度まで希釈し、酵母菌を投入・攪拌(かくはん)して発酵を待ちます。通常の発酵期間が2〜3日でアルコール度数が4〜8%と言われているところ、10日程度の期間で12〜13%程度の(もろみ)を得ることができました(写真5)。
 
 次に発酵した醪を蒸溜器に投入し、ボイラーで発生させた蒸気で温め、水とアルコールの沸点の差を利用してアルコール分を取り出します。

 西野金陵の多度津工場にある蒸溜器は減圧式のもので、器内の圧力を下げ、水の沸点を60度程度にすることで蒸溜器の底が焦げ付くのを防ぎ、40〜50度台で効率よく香気成分とアルコールを取り出すことに成功したのです。

 こうして出来上がったラムは、ほのかに日本酒を感じさせるような甘い香りを放つ優しいものに仕上がりました(写真6)。

 一から自分たちですべてを作ろうとすると到底たどり着くことができなかったであろうポイントに、計画着手からおよそ半年足らずで到達できたのはすべて、他でもない西野金陵さんの協力のおかげであることは明らかでした。
 

5.馬宿蒸溜所

 2019年9月に試作品1号が完成し、地元のバーや都会のラム専門のバーでテイスティングをしていただき、まだまだ改良の余地はあるものの、大まかな方向性については大丈夫だと確信を持つことができました。

 そこから2020年には、クラウドファンディングを活用しホワイトラムを熟成させる樽を購入、また翌21年には、かつて日本酒の仕込みに使われていた木桶を改修し、木桶で糖蜜を発酵させるラムづくりにチャレンジするなど製造面ではさまざまな条件の下で、発酵や蒸溜を試行し、販売面ではコロナ禍という思うような販売活動ができない逆境のなか、クラウドファンディングなども活用しながら少しずつ販路を広げてまいりました(写真7、8)。
 
 
 
 そして2023年4月、香川県東かがわ市(うま)宿(やど)に、和三盆糖蜜を原材料とした純国産ラム専門の蒸溜所である「馬宿蒸溜所」をオープンします(図)。

 ここでは単純にラムを作るだけではなく、地元で育ったサトウキビから和三盆糖を作り、その製糖過程で発生する副産物でラムを作るという一連のサイクルを、実際の製造現場や展示物などを通して知っていただけるような観光エリアの整備も計画しています。

 この蒸溜所が、地元東かがわの地域の魅力をより多くの人に知っていただくきっかけの一つになれば幸いです。
 

これから

 私たちが今作っているのは「ホワイトラム」といって無色透明のお酒です。しかし一般にラムと聞けば、琥珀色の甘いお酒を想像される方が多いと思います。これはウィスキーと同じように、樽に詰めたお酒が長い年月の熟成期間を経て木の色や香りがラムに移ったものです。

 私たちのラムづくりはまだ始まったばかりですが、これから先何十年と気が遠くなるような長い時間を経ることで、和三盆を思わせるような優しい甘さを感じられるおいしいラムづくりを目指していきます。
【参考資料】
・三谷製糖羽根さぬき本舗ホームページ〈https://wasanbon.com/〉(2023/1/6アクセス)
・馬宿蒸溜所ホームページ〈https://www.umayado-distillery.com/〉(2023/1/6アクセス)
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272