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米国とメキシコの砂糖産業とその動向

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最終更新日:2023年6月9日

米国とメキシコの砂糖産業とその動向

2023年6月

調査情報部 峯岸 啓之、山ア 博之

【要約】

 世界有数の砂糖生産国である米国、メキシコの両国では、近年の単収の向上や遺伝子組み換え品種の導入、生産者への指導などにより砂糖産業の技術革新や仕組みそのものに変化が生じている。また、両者の間では、砂糖をめぐる貿易摩擦が生じてきたものの、現在はUSMCA下において、米国はメキシコ産砂糖を優先的に輸入することで国内の安定供給を図っている。メキシコは米国向けに砂糖を安定的に輸出することで、一定の収益を確保している。そのため、米国の状況に変化が生じない限り、引き継ぎ現状が維持される可能性が高い。一方で、メキシコの民間では、国や米国からの需要に応えるだけの生産活動ではなく、より自らが発信力をもって取り組んでいきたいという意識が垣間見えた。

はじめに

 米国とメキシコは世界有数の砂糖生産国である。米国は旺盛な国内需要を賄うために国内生産の不足分をメキシコなどの近隣国から輸入する一方、メキシコは輸出の多くを米国市場に仕向ける関係にある。近年、両国の砂糖産業は単収の向上や遺伝子組み換え(GM)品種の導入、生産者への指導などにより砂糖産業の技術革新や仕組みそのものが変化してきている。また、メキシコが米国市場への輸出比率を高めるにつれ、両国間ではたびたび貿易摩擦が生じてきた。

 そこで、本稿では米国とメキシコの砂糖産業の動向を見通すとともに、今回、メキシコの生産者団体などを訪問し、現在の貿易をめぐる動向についてインタビューした内容を報告する。

 なお、特段の断りがない限り本稿中の年度は砂糖年度(10月〜翌9月)であり、砂糖に係る数量は粗糖換算である。為替レートは、1米ドル=135.13円、1メキシコ・ペソ=8.44円(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中の平均為替相場」の2023年4月末日TTS相場)を使用した。

1 米国のサトウキビとてん菜の生産動向

(1)サトウキビ

 米国のサトウキビ生産は、主に南部のフロリダ州、ルイジアナ州およびテキサス州で行われている(図1)。米州本国以外ではハワイ州で生産されてきたが、高コスト経営や環境規制の強化などにより工場が閉鎖し、同州での生産は2017年以降行われていない。また、過去10年間の栽培面積は30万ヘクタール強を維持しているが、単収の向上により生産量は増加基調にある(表1)。これは、高収量品種の開発と導入、機械による収穫作業の効率化が挙げられる。フロリダ州に次いで収穫量の多いルイジアナ州では、品種の開発や収穫機などへの投資が増えている。また、収穫量が最も多いフロリダ州は、冬場の気温が比較的高く土壌中の有機物が多いため、生育期間を長くとることができる。2022/23年度のフロリダ州のサトウキビ収穫量は1718万トンと、全米の52%を占めると見込まれている(図2)。
 








 
 米国農務省(USDA)の集計によると、13/14年度以降のサトウキビの平均買取価格はおおむね上昇傾向にある(図3)。USDAは砂糖プログラム(Sugar program)(注1)の中で、融資を受けた業者が生産者に対して一定の買取価格以上の支払いを義務付ける「価格支持融資」という制度を設けており、それによる効果も一定程度発生しているものと考えられる。
 
(注1)USDAが運用する米国の砂糖制度で、具体的な施策は、「価格支持融資」「販売枠の設定(OAQ)」「関税割当枠の設定」「バイオエネルギー生産者向け原料柔軟化プログラム」である。なお、本文で記した価格支持融資とは、商品金融公社(CCC:Commodity Credit Corporation)が、製糖事業者に対して砂糖を担保に融資する制度(利用は任意)で、砂糖価格の下落局面では、製糖事業者は現金による返済ではなく、担保砂糖の没収(質流れ)によって、返済義務が免除されるというもの。
 
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(2)てん菜

 米国のてん菜生産は、北部および西部の11州で輪作の一部として行われており、ミシガン州以外はすべてミシシッピ川以西の州である。これら西部の州では、乾燥した土壌が多いことから、かんがいによる生産が多い。過去10年間の収穫面積はおおむね45万ヘクタール前後を、収穫量は平均で3300万トン台を維持しており、単収は1ヘクタール当たり70トン程度である(表2)。収穫量が最も多いのはミネソタ州で、2022/23年度の収穫量は1108万トンと見込まれる(図4)。またミネソタ州と隣接するノースダコタ州を併せた地域は米国最大のてん菜栽培地域であり、22/23年度では全米のてん菜生産量の54%を占めると見込まれる。両州の州境にまたがるレッド・リバー・バレー(Red River Valley)は、1990年以降にてん菜の栽培地として大きく台頭した。この地域では、冬の期間が長いことから10月に収穫されるてん菜の貯蔵に適しており、てん菜の処理期間の平準化による工場の効率的な稼働を可能としている。また、近年はGM品種の導入による単収の向上から生産量が増加している。GM品種に対する消費者からの否定的な声は聞かれるものの、その高い生産性から生産者の導入率は95%程度と高い。

 USDAの集計によると、過去10年間のてん菜の平均買取価格は減少から横ばいで推移している(図5)。サトウキビと同様に政府により砂糖プログラム(Sugar program)を通じ、生産者に対して一定の金額以上の支払いが義務付けられている。
 









 
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2 メキシコのサトウキビの生産動向

 メキシコは、国内32州のうち15州でサトウキビを生産しており、その生産地域は沿岸部の海抜数メートルから、内陸部の標高1300メートル付近まで広がっている(図6)。過去10年間の収穫面積はおおむね80万ヘクタール程度、収穫量も平均5300万トン台で推移しており、単収は1ヘクタール当たり70トン弱である(表3)。サトウキビの生産量が最も多い州はメキシコ湾沿岸のベラクルス州であり、2021/22年度は2225万トンと国内生産量の5割弱を占めている(図7)。次いで太平洋沿岸のハリスコ州、内陸部のサン・ルイス・ポトシ州が同1割強と続き、これら上位3州で国内生産量全体の7割弱を占める。サトウキビの生産には現在18万5000人が従事しているとされており、また、収穫面積は80万ヘクタールと日本の約34倍であるが、歴史的な背景(注2)などから生産者1人当たりの収穫面積は平均4ヘクタール程度と小さい。
 
(注2)詳細については『砂糖類・でん粉情報』2019年5月号「苦難が続くメキシコの砂糖産業〜対米通商交渉を中心に〜」(https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_001969.html)を参照されたい。
 









 また、同国のサトウキビ生産地は全体的に水源が不安定であり、かんがいが可能な圃場(ほ じょう)はサトウキビ栽培面積の3割にとどまるなど、サトウキビの生産は雨季の降水量に左右される。しかし、近年は製糖企業などの指導や支援によりスプリンクラーや放水ポンプの導入が徐々に進んでいる地域もある(写真1)。一方で、メキシコでも労働者不足は深刻な問題とされ、近年は高学歴化などを背景とした職業選択の自由度が高まったことや付加価値の高い作物(テキーラの原料となるリュウゼツラン、アボカド、ベリーなど)への転作などにより、サトウキビ生産の人員確保が困難であるという。また、機械化が進まず依然として焼き畑と手刈りが主流であることから、サトウキビ関連の生産者連合(UNC:Unión Nacional de Cañeros A.C.)では、労働力不足を解消する手段として、収穫機の導入を推進するため、その性能を評価するプロジェクトを開始している。このプロジェクトでは、これまでタイから9台の収穫機を輸入し、さまざまな地域や条件下で実地試験を行っている。
 

 2005年以降、同国のサトウキビ価格は「サトウキビの維持可能な発展に関する法(LDSCA:Ley de Desarrollo Sustentable de la Caña de Azúcar)」に基づき、毎年、全国サトウキビ開発委員会(CONADESUCA)によって算定される。サトウキビ代金は「精算前(preliquidación)」「最終精算(liquidación final)」「最終調整(ajuste final)」の三段階で支払われ、基準となるサトウキビ取引参考価格を算出した上で、サトウキビ生産者にはその価格の57%が支払われる(注3)。この10年間でその基準となるスタンダード糖の参考価格は上昇傾向にあり、22/23年度は1トン当たり1万5170.14ペソ(約12万8036円)となっている(図8、写真2)。
 
(注3)詳細については『砂糖類・でん粉情報』2015年7月号「メキシコの砂糖需給および政策の動向」(https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_001141.html)を参照されたい。

 
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コラム1 メキシコのサトウキビ生産者支援とエタノールの可能性


 メキシコでは、製糖企業や生産者団体がサトウキビ生産者への指導や援助に積極的に関与している。製糖企業は、生産者が同国の土地が持つ潜在的な生産性や可能性を生かしきれていないと感じている。これまで、生産者により良い栽培方法を提案しても、生産者は自身の従来のやり方に固執し、聞き入れてもらえないことが多く、製糖企業は頭を悩ませてきた。生産者の中には、科学は魔術と同等であり、理解のできないことや目に見えないことは信じられない人もいるという。しかし、製糖企業のたゆまぬ努力と指導により、近年は指導を受けるメリットについて生産者の理解も得られてきている。

 製糖企業であるPantaleon社は、オランダに本部を置く国際NGO団体Solidaridadとドイツに本社を持つ化学メーカーBAYER社と協力し、自社の製糖工場にサトウキビを出荷する小規模農家3672者を対象にした慣行農法の改善プログラムを実施している。このプログラムはMAS-CAÑA IIと呼ばれ、小規模サトウキビ農家の持続可能性、回復力、生産性を向上させることを目的としている。また、指導の一環として地域生産者を招いた報告会を開催しており、生産者自身による成果報告も行われている(コラム1−写真1、2、3)。同社は小規模経営で、比較的変化に対して寛容な生産者を選定し、自社の提案する土壌改良方法や害虫管理方法などを生産者の許可を得て試験的に導入している。身近でなじみのある近隣生産者の成功体験は、周りの生産者への大きな刺激となり、その地域の生産技術のレベルを底上げすると同社の指導員は述べている。
 









 また、農家への指導や支援をはじめ、地域市場の活性化や持続可能性を追求するための活動をしているSolidaridadは、製糖工場やサトウキビ生産者によるBonsucro認証取得のための支援を実施している。Bonsucro認証とは、サトウキビ生産に関して生物多様性の保全、人権、労働安全に配慮していることを認証する国際規格で、メキシコは会員数と認証数が最も伸びている国の一つである。

 同団体に対し、同国のサトウキビ増産の可能性を踏まえてエタノール生産の見通しについて聞いたところ、国としてエタノールへの関心は低いとされているが、今後、適正な指導や土地開発を進めれば、サトウキビ増産の可能性は十分にあり、SDGsへの取り組みが世界的に展開される中で、ブラジルやインドに匹敵するポテンシャルを秘めていると述べた。
 

3 米国とメキシコの砂糖生産と世界的位置付け

 国際砂糖機関(ISO:International Sugar Organization)の報告によると、2021年の世界の国別砂糖生産量で米国は第5位、メキシコは第8位である(表4)。両国ともこの数年間は一定水準の生産量を維持しており、米国では7000トン強から8000トン弱、メキシコでは6000トン程度の砂糖を毎年生産している。

 また米国は、21年の世界の国別甘しゃ糖の生産量では第8位、てん菜糖では同第3位である(表5、6)。メキシコは、甘しゃ糖のみを生産しており、同年は第5位と、米国を上回る生産量となっている(表5)。
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4 米国とメキシコの砂糖産業の動向

(1)米国の需給動向

 図1の通り米国には45カ所の製糖・精製工場があり、うち21カ所はてん菜糖関連の工場である。サトウキビは生産地に近い工場で製糖され、精製の工程は港湾または主要都市の近くにある8カ所の精製工場で行われる。また、米国は粗糖の輸入もしているため、精製工場は港湾に隣接していることが多い。近年では、製糖工場に精製機能を追加する投資が行われ、より効率的に精製糖を市場に投入する動きが増えている。

 国内の砂糖消費量は10年間で上昇傾向にあるが、これは国民の間での健康志向の高まりから、異性化糖に対する批判的な見方が強まっていることが理由として挙げられる。そのため、異性化糖に代わる甘味料として、天然素材である砂糖への評価が高まりつつある(表7)。

 輸出入の状況を見ると、米国で生産される砂糖の多くは国内向けであり、輸出に仕向けられる量は非常に少ない。22/23年度に輸出される精製糖は3万2000トンと見込まれ、その多くはカナダ、中国および日本向けに輸出される。

 一方で輸入は粗糖が大半を占めており、米国は約40カ国に対して砂糖の輸入関税割当枠を設けている。各国への割当量の枠は国内需要に応じて変動し、生産国の生産量や輸出余力などを元に算出されるが、ドミニカ共和国、ブラジルおよび豪州が主要な供給国となっている。また、USMCA(旧NAFTA)(注4)の下では、メキシコからの砂糖(粗糖および精製糖)の輸入枠が別の枠組みで設けられており、輸入関税は無税となっている。また隣国であるメキシコは地の利を生かし輸送費を安く抑えられることなどを背景に、USMCAの下において米国による砂糖買取価格に対し収益性が比較的高くなっている。19年の粗糖の輸入量を見ると、メキシコが最大の供給国であり、ブラジル、ドミニカ共和国および豪州がこれに次ぐ状況にある。
 
(注4)米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA:United States–Mexico-Canada Agreement)。北米自由貿易協定(NAFTA)の近代化を目的にその内容の見直しが行われた結果、NAFTAに替わる新たな貿易協定として創設された。
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(2)メキシコ

ア 需給動向

 メキシコには49カ所の製糖・精製工場があり、うち12カ所が精製糖である(財政的問題から操業停止の1工場を含む)。メキシコ政府は、累積債務を抱えていた製糖工場を2001年に国有化し、同年に設立した砂糖産業収用企業基金(FEESA)により管理・運営を行ってきた。その後、段階的に工場を民間企業へ売却し、15年に実施された入札の結果、国営の製糖工場はなくなり、現在FEESA自体も廃止されている。

 メキシコ国内で生産された砂糖の約7割が国内で消費されており、約3割が輸出されている。同国では14年1月に糖類を含む飲料に対して課税する「砂糖税」を導入したが、砂糖の消費量はおおむね年間450万トン程度で推移しており、課税効果はかなり限られたものとなっている(表8)。輸出入の状況を見ると、輸出は米国が主な仕向け先であり、輸出量全体の4割(年間100万トン程度)を占めている。近年は米国以外にも輸出先を広げており、欧州や中南米、アジア向けも増えつつある。一方、輸入については一部米国などからの実績はあるものの、わずかな数量にとどまっている。
 

イ 企業の取り組み

 サン・ルイス・ポトシ州にあるPlan de Ayala工場では、サトウキビの供給が可能な11月から翌5月の間、24時間稼働することで生産性と効率性を高めるとともに(1時間当たり300トンのサトウキビを圧搾)、工場の稼働エネルギーはサトウキビの残渣(ざん さ)であるバガスを燃焼することで賄うなどのコスト削減を図っている(写真3)。

 また、タマウリパス州に位置するタンピコ港の周辺には製糖企業であるPantaleon社が保管庫を保有している。ここでは主に米国向けの砂糖が保管されており、純度99.2度未満の粗糖が積み上げられている。これらの砂糖はタンピコ港で大型クレーンによりばら積み貨物船(バルクキャリア)に詰め込まれ、米国に輸送される(写真4)。

 
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コラム2 ピロンシージョ

 
 ピロンシージョ(piloncillo)という砂糖をご存じだろうか。ピロンシージョとは、サトウキビの絞り汁を煮詰め、円錐台形の木型に流し固めてブロック状にした含みつ糖で、メキシコでは500年以上の歴史がある伝統的な砂糖である。味わいは日本の黒糖に近く、中南米をはじめ、世界には同様の含みつ糖が存在し、チャンカカ、ラパドゥーラ、パネラなど地域によって名前が異なる。メキシコではサン・ルイス・ポトシ州が主産地で、国内生産量の約6割を占めており、スーパーマーケットなどで販売されている。


 ピロンシージョは未精製であるため、ミネラルやビタミンを多く含み、伝統的なメキシコ料理に素朴な風味をもたらすユニークで複雑な甘味料であると紹介される。また、無添加であることから、近年の健康意識の高まりを受けて、改めて注目を集めている。

 ピロンシージョは非常に硬く、調理の際にはおろし金ですり下ろしたり、ナイフで削ったりしなければならない。メキシコの食生活に深く浸透しており、チョコラテやチャンプラード(Champurrado)と呼ばれるチョコレートドリンク、また、同国の伝統料理であるオアハカ料理など広く利用される。


 
 

5 米国とメキシコの砂糖貿易の動向

 メキシコからの輸入量は米国の砂糖輸入量全体の4割強を占めているように、米国とメキシコは相互に自国の砂糖産業に大きな影響を及ぼす存在である一方、両国の間には、価格や関税などの取り決めについてたびたび摩擦が生じていた。

 その発端はNAFTA(現USMCA)である。米国は、国内産業の保護を目的に長年、自由化の対象から砂糖を除外してきたが、NAFTA交渉において、両国は段階的な自由化に合意した(表9)(注5)
 
(注5)当初、米国はメキシコに対し、NAFTA発効1年目の1994年から98年まで年間2万5000トンの関税割当量を設定。2000年には15万トンに引き上げ、以降は毎年10%ずつ枠を広げながら、08年からの完全自由化を予定していた。
 

 
 しかし、発効8年目となる2001年にNAFTAの付帯文書を根拠に米国が関税割当量を引き下げたのに対し、メキシコが取った対抗措置が世界貿易機関に違法と認定され、その結果、08年の完全自由化までの間、メキシコは米国の対応を受け入れざるを得ない状況となり、米国によるメキシコ産砂糖の輸入管理が続いた。

 08年の完全自由化後、米国側の輸入に関する制限は対立の対象とならなくなったものの、双方でサトウキビが豊作となった13年には完全自由化を背景に、メキシコは大量の国内余剰分を米国に輸出した。その結果、メキシコ産砂糖の輸入が米国内の砂糖価格を引き下げることとなり、米国の砂糖プログラムが適切に機能しない状況が発生したことから、両国で貿易政策をめぐる争いが再び激化した(注6)

 その後、メキシコ政府は米国に対して新たな通商交渉を行うことを提案し、17年6月にメキシコが大幅に譲歩する形で合意に達した。20年の再協議の際に両国で条件を改めて確認をしたものの特段の変更はなく、米国市場関係者の間では、米国が実施している砂糖プログラムの中で唯一管理できなかったNAFTAのメキシコ産砂糖の輸入が、17年の合意により量および金額の面で管理できるようになったと評価を得ている。その後のメキシコ産砂糖の輸入状況を見ると、年間100万トン前後で推移している状況にある。さらに、NAFTAでは精製糖の輸入割合が30%と規定されていたため、精製糖の輸入量も抑制されていたことがわかる。USMCAによる両国の合意は25年まで有効であるが、全体的には以前のような軋轢(あつ れき)が生じる可能性は低いとみられている。

 そこで本章では、両国の砂糖貿易の近況について、メキシコの砂糖関係団体を訪問し、インタビューした内容を報告する。
 
(注6)これまでの米国とメキシコの衝突については、『砂糖類・でん粉情報』2019年5月号「苦難が続くメキシコの砂糖産業〜対米通商交渉を中心に〜」(https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_001969.html)を参照されたい。

(1)全国サトウキビ開発委員会(CONADESUCA)

 同委員会は、サトウキビ関連産業に関する政策実行や調整を主管する政府機関であり、国内の砂糖産業に関する統計データも多く取り扱っている。米国の砂糖買取価格に対し同機関は、USMCA下で粗糖1ポンド当たり21セント(注7)(約28円)、精製糖同23セント(約31円)と高い価格で取引が交わされており、隣国で輸送コストも安いことから、現状、米国は良い取引相手ということである。また米国は、ブラジル産砂糖に対して高い関税を課しているため、ブラジルからの輸入が実質的に困難であることもメキシコにとって有利な点としている。現状は2025年までメキシコに対してダンピングや罰則規定などが設けられているものの、現在の米国の買取価格に対し一定の理解を示していた。
 
(注7)1ポンドは約453.6グラム、セントは1米ドルの100分の1。

(2)サトウキビ関連の生産者連合(UNC)

 同組織は、国内のサトウキビ生産者を支援するために設立された組織であり、6万人の生産者が所属している(所属生産者の栽培面積は国内の44%となる35万ヘクタール)。インタビューの際には、米国の砂糖買取価格よりも、メキシコ政府の支援が少ない状況に苦言を呈していた。特に、政府はLDSCAに基づき、砂糖産業全体の発展に向けた目標戦略・方針となるサトウキビ産業国家プログラム(PRONAC)の中で7300ペソ(6万1612円)をサトウキビ生産者に支給しているが、これはあくまでも生産者の生活を支えるものであり生産のための支援ではないことを主張していた。また、肥料や燃料の高騰が続く中で政府からの直接的な支援はなく、企業や工場の融資などが生産支援となっている状況であると述べていた。

(3)全国砂糖・酒類産業商工会議所(CNIAA)

 製糖企業からなる業界団体で、CONADESUCAの委員でもある(他に民間はUNCと全国サトウキビ生産者連合〈CNPR〉)。米国との関係やその他産出国の需給状況などを考えると、政府援助があり価格を低く抑えられるブラジルやインドは脅威であり、輸出では太刀打ちできないとした。このため、メキシコの砂糖産業については現状維持が最適解としつつも、やはりUSMCA締約国である米国にはより高い価格で輸出したいとした。これは米国以外へ輸出する場合、米国の3分の1から2分の1程度の価格で取引されるため、メキシコにとってうまみがないことが背景にある。例年米国では、10月から11月にかけて砂糖が不足傾向となるが、その時期にメキシコでも同様に砂糖が不足するため、この時期はメキシコ以外の国から砂糖を調達している。そのため、同期間を念頭にメキシコから米国向け輸出が速やかに可能となるような在庫確保策と仕組みを構築できれば、より高値で砂糖を販売できる可能性があり、現在その検討を進めているという。

おわりに

 米国はサトウキビの単収増加やGMてん菜の導入により、砂糖の生産量が増加基調にある。一方で、異性化糖に対する批判的な見方が強まりつつあることから、これに代わる甘味料として砂糖の需要は増加してきている。メキシコでは、かんがい施設や収穫機の新規導入、製糖工場や生産者団体を中心とした営農指導などにより、習慣的な生産からの脱却を目指した活動や生産の仕組みそのものを変えていこうとする動きがみられる。

 また、砂糖をめぐる貿易摩擦を繰り返してきた両国ではあるが、政府支援により価格を抑えられるブラジルやインド産砂糖輸出の脅威はあるものの、メキシコにとって他国産に対する高関税に守られた米国市場向けは、USMCAの下で安定した取引が行われている状況にある。さらに、現状は25年まで本協定によりダンピングや罰則規定などの制約が設けられているものの、メキシコとしては現在の米国の買取価格には、安定的に出荷でき、一定の収益が確保される現状に納得している部分も多く、米国の状況に大きな変化・変動が生じない限り、引き続き現状が維持される可能性が高い。

 その一方で、民間では生産活動に改善の余地があると認識している。また、国の支援が限られている中で、習慣化された農業からの脱却や米国の需要が足りなくなる時期への輸出検討など、国や米国からの需要に応えるだけの生産活動ではなく、より自らが発信力をもって取り組んでいきたいという、意識改革を垣間見ることができた。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272