生産者と派遣労働者を取り結ぶ人材派遣会社K社は、札幌に拠点をおき、役員1人、通年従業員3人を抱え、登録する派遣労働者は男614人(うち調査時点前1年間で実際に派遣されたのは195人)、女554人(同232人)に達する。2021年の売り上げは約1億3600万円を記録している。
K社は2020年の創業であるが、K社代表の農業派遣との関わりは、2013年に別会社にて農業派遣部門のマネージャーとして従事していた時点にさかのぼる。当時の勤務先の買収(M&A)後も、引き続き農業関連派遣を担当し、その後2018年に新会社(建設業請負)創業、続いて2020年に農業関連の人材派遣会社K社を立ち上げた。これらの経験をもとに代表は、現在の派遣先である農業生産者や農産物集出荷施設、彼らと派遣労働者の間への介在に当たって、以下のような点を意識している。
まず生産者に対しては、契約が適正に履行されているかを入念に確認している。かつて生産者の中には、契約時間より延長して作業させる、農業経験の浅い派遣労働者を使用するに当たっての危険性認識が甘い、あらかじめ申請していた内容と異なる作業を実際には担当させる(契約と異なる工程の担当や追加、機械操作)など、派遣労働者に危険や不利益を及ぼしかねない事態がままあった。その他、過去には生産者による優秀な派遣労働者の引き抜き行為、あるいは派遣労働者が不快に感じる言動などがあったという。派遣労働者からの訴えや、K社代表自らが頻繁に作業現場を見回る中での気付きをもとに、苦情・要望を生産者に申し入れて対応を求め、改善が見込めない場合は派遣を打ち切ってきた。その結果、最大17〜18件あった生産者への派遣を、10件に絞り込んだ。一方で、天候などの事情で派遣依頼が直前になることは、農業生産の特性上仕方ないと認識している。K社の側でも作業時期が近くなると派遣依頼がないか生産者に確認するが、生産者に対して発注の期限を厳しく設けようとはしない。そのため、生産者からの派遣依頼およびその後のK社の調整は派遣時期直前にまでおよび、農繁期=派遣の集中する時期には、K社も調整のため多忙を極める。
派遣労働者に対しては、作業班やシフトの編成の工夫が必要となる。一つの作業班は、経験の長い者1〜2人と未経験者、計4人程度で構成されることが多い。一つの班に経験者が多いと「船頭が多すぎ」(K社代表)て非効率になるという。シフトは、生産者や集出荷施設からの派遣要請時期・期間を基礎に、個々の派遣労働者の顔ぶれ(彼らの経験、生産者や他の労働者との人間関係、居住地や現場への移動手段の有無)を考慮しつつ、都度計画する。その調整が複雑でかつ作業日直前にまで続くのは、上述の通りである。
K社は、単に労働力を調達しマッチングするだけでなく、実際の作業場面においても一定程度関与する。これに当たり、生産者・派遣労働者双方から互いの評価を細やかに聞き取り、あるいは作業を目視するなど、現場での状況把握に務めていることは、K社が両者からの信頼を得る鍵となっている。K社代表が、点在する現場に頻繁に足を運ぶのもそのためである。
一方で、K社では派遣労働者の新規登録時の「敷居」は下げており、登録応募要件や提出書類はごく簡易となるよう目指している
(注4)。かつて農業派遣労働者には、作業中に逃走するといった、勤労意欲や契約履行への意識の欠如が懸念される状況もあったが、今日では、労働者として一定程度
陶冶された者が農業に参入する例が増え、その心配は軽減されたという。同時にこれは、日本経済に派遣労働という雇用形態が一般化したこと、彼らが農業にも深く入り込むことなったことの、現れでもあるだろう。
(注4)ただし派遣登録希望者が70歳以上の場合、十分な面接によって体力や人物を確認し、登録を判断している。逆に、それより若い希望者については、基本的には登録段階で断ることはなく、派遣先での作業実践に基づき継続可能かを判断する。