焼酎のGC-MS分析を行った結果、主要香気成分であるエステル類やアルコール類は、サンプル間ならびに年次変動が大きく品種間差は見られなかった(表3)。これらの化合物は酵母の代謝産物であることから、サトウキビ品種による直接の影響は少ないことが示された。一方、メイラード反応生成物(以下「MRPs」という。2-フランメタノール、ベンジルアルコール、ピラジン、HDMF)は、NiF8、Ni15、RK97-14の順に多い傾向が見られた。ピラジン類はナッツ様やチョコレート様の香気を有し、黒糖焼酎の特徴香気成分であることが報告されている
13)。ベンジルアルコールや2-フランメタノールは焙煎香と表現され、コーヒーなどの香気成分として知られている
14)。HDMFは甘く、キャラメル様の香気を有し、われわれが過去の研究で黒糖焼酎に含まれることを報告している
15)。これらのMRPsは黒糖にも含まれることから、品種別黒糖の香気成分についても調べることにした(表4)。その結果、黒糖焼酎中のMRPsと黒糖中のMRPs含量には高い相関が見られ(R=0.59〜0.70)、黒糖中のMRPsが直接黒糖焼酎に持ち込まれていることが示唆された。
MRPsと同様に、β-ダマセノンについてもNiF8およびNi15で高く、RK97-14で低い結果が得られた。β-ダマセノンは甘くリンゴのコンポートのような香りを持つ成分であり、芋焼酎にも含まれる成分である。サツマイモ中に前駆体が存在し、発酵・蒸留を経ることでβ-ダマセノンが生成することが報告されている。黒糖中にβ-ダマセノンが検出されなかったことから、黒糖焼酎においても発酵・蒸留を経ることで生成すると考えられた。
ワインのオフフレーバーとしても知られるグアイアコール
16)については、NiF8に多く含まれており、Ni15には少ないことが分かった。黒糖にもグアイアコールが含まれていたものの、黒糖中と黒糖焼酎中の含量に相関が見られなかったことから、発酵・蒸留過程でも生成していると考えられた。
またバルサム(樹脂)臭を有する桂皮酸エチルについてもNi15で低い傾向が見られた。桂皮酸エチルは酵母のリパーゼによってフェノール酸から生成される
17)。サトウキビにおいてもいくつかのフェノール酸誘導体が含まれていることが知られている
18)。今後、サトウキビ中の桂皮酸誘導体含量と焼酎中の桂皮酸エチル含量の関係性について調べる必要がある。
GC-MS分析の結果を見ると、焼酎中の個々の香気成分はそれぞれの香味の特徴と対応していないことが分かる。例えば、RK97-14は比較的果実香が強いにもかかわらず、果実香に寄与するエステル類やアルコールに差は見られなかった。また、黒糖様や甘香が強かったNi15においても、MRPsやβ-ダマセノンはNiF8の方が高い傾向が見られた。そこで、各焼酎の官能評価の点数とそれぞれの香気成分の相関を調べ、香気に寄与する成分を一から洗い出すことにした。その結果、乳酸エチル含量と甘香および黒糖様の香気には、正の相関が見られることが明らかになった(R=0.52、0.50)。また有意差はないものの、Ni15は他の品種に比べて乳酸エチル含量が高い傾向が見られた。乳酸エチルは甘くミルク様の香気を有していることから、黒糖焼酎の甘い香気に寄与している可能性がある。乳酸エチルは、発酵中に酵母によって乳酸とエタノールから生成されるが
19)、黒糖中の乳酸量と焼酎中の乳酸エチル量には相関が見られなかったことから、今後乳酸エチルの生成メカニズムについてさらなる研究が必要である。
一方、グアイアコールは、甘香や黒糖様の香気と負の相関が見られ(R=-0.70、-0.59)、黒糖焼酎の特徴的な香気をマスキングする可能性が示された。以上より、Ni15から得られた焼酎の甘香や黒糖様の香気が強くなったのは、乳酸エチルやグアイアコールなどが複合的に寄与していると考えられた。