ホーム > 砂糖 > 各国の糖業事情報告 > BCG経済モデルに基づくタイの新しいサトウキビ産業〜第2回甘しゃ・糖国際会議2023参加報告〜
最終更新日:2024年5月10日
Klanarong Sriroth「Diversification of sugarcane biorefinery process: Production of biological water and dietary fibers(サトウキビにおけるバイオリファイナリー過程の多様化:飲料水と食物繊維の生産)」
本章では会議の最初の特別講演を飾ったKlanarong Sriroth博士の発表内容について紹介したい。Sriroth博士は糖だけでなくでん粉の加工利用にも博識であり、筆者がタイ勤務時代に所属していたミトポンサトウキビ研究所の所長を務めていた傍ら、カセサート大学農産業学部の准教授も兼任されていた。Sriroth博士はまず、砂糖に対して肥満や糖尿病、心臓病などの原因となっているという誤った認識があり、その認識から砂糖が世界的に問題視されてしまっていること、また洪水や干ばつによるサトウキビの減収、肥料価格の高騰、労働力不足による機械化の必要性、バーンハーベスト(注1)によるPM2.5の増加などサトウキビ生産を取り巻く状況は年々悪化していることについて触れた。このような状況を打破するには、砂糖よりも付加価値の高い製品を持続的に生産する必要があると述べた。
(注1)畑に火入れをし、梢頭部や葉身などをあらかじめ焼却してから収穫する方法。対して火入れを行わない収穫方法をグリーンハーベストという。
(1)渡邉健太「Smart farming for sugarcane cultivation in Japan: Current status and perspectives(日本のサトウキビ栽培におけるスマート農業:現状と展望)」
近年、日本ではサトウキビ農家の高齢化および後継者減少に伴う労働力不足により、特に植え付けや収穫といった労働力を要する作業の機械化が急速に進んでいる。一方でプランターやハーベスタを操作できるオペレーターの数は限られており、機械化に対応した新たな生産システムの構築とオペレーターの確保が喫緊の課題となっている。また、これまでサトウキビ生産に関するさまざまな研究開発が行われてきたにもかかわらず、日本のサトウキビ単収は長期にわたって向上が見られず、また台風や干ばつといった気象災害に強く左右され非常に不安定であり、世界の単収との差は開くばかりである。
このような課題を先端技術の導入やデータ解析によって解決するべく、2019年よりわれわれは南大東島においてサトウキビスマート農業プロジェクトを実施している。プロジェクトの概要に加え、農業機械の自動操舵、微気象観測ポストの設置・データ配信、微気象データに基づく遠隔かん水装置の利用、ドローンやモバイル近赤外線糖度計を利用したサトウキビの成育・品質のモニタリング、GISベース営農支援システムの運用といったスマート農業技術(詳しくは既報8)を参照)について会議で報告したところ、予想に反して大きな反響が得られ、発表は好評であった。ブラジルやタイではかなり以前から当分野の研究は進んでおり、おそらく個々の技術で見ればより進んでいる研究もあったのだろうが、さまざまな技術を用いて多方面からサトウキビ生産に関する諸課題を解決しようという試みは珍しかったのかもしれない。また、本会議のテーマ「Smart farm」と内容が合致していた点も評価が高かった要因だと思われる。発表後に質問も多く寄せられたので、以下に何点か例を記したい。
(ア)インド:インドでも今後機械化を進めていきたいが、これまで一般的に用いられてきた
90センチメートルの畝幅を変更するのは難しい。どのように農家の考えを変えたらよい
か。
(イ)豪州:小さな島でプロジェクトを実施しているが、豪州のハーベスターを導入する
チャンスはあるか。
(ウ)インドネシア:モバイル糖度計はすでに市販されているのか。そうだとすれば価格は
どのくらいか。
会議の発表ではポジティブな結果のみを報告したが、これらの技術の中にはすでに生産者に利用していただいているものもあれば生産法人や一部の大規模農家に利用が限定されるもの、研究段階からなかなか進んでいないものなどがあり、生産者への普及や他地域・他作物への応用に向けては技術間にかなり差が見られるのが現状である。このように確立した技術や構築したシステムをどうすれば実際に生産者に使っていただけるかという点に関しては他国のスマート農業研究者も頭を悩ませており、今後の課題となっている。
(2)野間口智「Analysis of relationship between climate factors and sugarcane yield in Tanegashima Island, Kagoshima, based on the farmer’s yielding data(収穫実績に基づく鹿児島県種子島における気象要因とサトウキビ単収との関係の解析)」
サトウキビ栽培の北限ともいわれている種子島において、過去18年間の気象データと収穫実績を解析し、より精度の高い収量予測モデルを作成しようと試みた。栽培期間を初期(2〜4月)、中期(5〜7月)、後期(8〜10月)に分割し、期間ごとに収量やその構成要素と気象データとの関係を調査したところ、後期の気温と単収、中期の気象データと有効茎数との間に関係が認められた。また、初期の分げつ数は単収にあまり影響を与えないことがわかった。これらのパラメーターを用いた重回帰モデルを作成したところ、高い精度で単収の予測が可能であることが明らかになった。また、最高分げつ数を制限するような施肥管理を行うことで単収の向上が可能だと考えられた。
質疑応答では、わざわざ新しいモデルを作成しなくとも先行研究の例があるのではないかという厳しい意見も見られたが、フィジーの研究者からは実際のデータを見てみたいという嬉しい申し入れもあった。フィジーでは台風が頻発するほか、全域で天水栽培が行われているため干ばつ被害を受けやすい一方で、豪雨の際には洪水に見舞われることもある。単収はおおよそ10アール当たり5トンだが、気象の影響を受け年次変動が大きいため、正確な収量予測が必要ということであった。このように日本同様の課題に取り組んでいる国もあり、貴重なディスカッションを展開することができた。