スポーツと糖質〜アスリートの基本の食事〜
最終更新日:2024年7月10日
スポーツと糖質〜アスリートの基本の食事〜
2024年7月
順天堂大学医学部附属浦安病院 栄養科
公認スポーツ栄養士 小池(本多)ゆみえ
はじめに
昨今、炭水化物や糖質を制限する食事スタイルが良しとされているが、果たしてそうなのだろうか。糖質は体内で最優先に使われるエネルギー源であり、特にアスリートにとって、糖質の摂取の仕方はパフォーマンスや競技成績に影響する。本稿では、主にアスリートや運動をしている人がどのように糖質をとり、パフォーマンスや競技に生かしているかについてお話するが、「それならば、特に運動していない私には関係ないな」と思わないでいただきたい。普通の生活をしている人でも動き、活動している時には必ず糖質を使っている。もっと言えば、生きているだけでも絶え間なく糖質をエネルギー源として使っている。アスリートだけでなく、一般の人も糖代謝に問題がある人でさえ(特定の疾患を除き)誰しもが、とらねばならない不可欠な栄養素が「糖質」なのだ。
本年7月から9月にかけてパリ2024オリンピック・パラリンピックが開催される。わずか0.1秒を争うための戦略の一つに、糖質の摂取があることは間違いない。
1 公認スポーツ栄養士とは
公認スポーツ栄養士とは「スポーツ栄養の専門職」として公益社団法人日本栄養士会および公益社団法人日本スポーツ協会の共同認定による資格である。2008年より養成を開始し、2024年5月現在523人の公認スポーツ栄養士が全国で活動している。国家資格である管理栄養士がその先に目指す資格で、トップアスリートの栄養サポートだけでなく、クラブチームに所属するジュニア、部活動で運動に励む中高生、健康のために運動を行っている方(高齢者も含め)、身体活動の多い職能団体など幅広い対象に向けて栄養マネジメントを行っている。
2 アスリート(スポーツをする人)にとっての食事の役割・重要性
(1)トレーニングの一つである食事
今やアスリートは、栄養面の戦略なくしては最高のパフォーマンスを発揮することは出来ないと考えられている。今よりもっと上手に、速く、強くなりたければ、スポーツ栄養を考慮した食事をとり入れることは、どんなレベルの競技者にも決して無駄にはならない。試合前だけでなく、ベストコンディションの状態で練習を行えば、パフォーマンスが向上して競技成績にもつながるため、「食トレーニング」というように、日々の一食一食を大切にして身体づくりに生かしていくのだ。
(2)アスリート食の基本
アスリートの食事、といっても普通の食卓に並ばないようなワニ肉やカエル肉、秘境の地の果物など特別なものを食べているわけではなく、一般の人が食べているものと何ら変わらない。違いといえば、摂取する食事の量と「栄養フルコース型の食事」(図1)をとることである。一般の人は、(1)ご飯・パン・麺などの主食、(2)肉(牛肉・豚肉・鶏肉など)・魚・卵・大豆製品などの主菜、(3)野菜・いも・海藻・きのこなどの副菜(2品程度)を3食ともそろえ、(4)果物と(5)牛乳・乳製品は1日のうちで1〜2回食べると良いとされているのに対し、アスリートは(1)から(5)のすべてをそろえたパターンを毎食とることが望ましい。まさにこれがスポーツ栄養の基本食で、「栄養フルコース型の食事」と呼んでいる。必要な栄養素(糖質・脂質・たんぱく質・ビタミン・ミネラル)がバランス良くフルコースでとれる、というわけである。
(3)主食の糖質の重要性
この中で最も重要なのは主食である。ご飯やパン、麺などの穀類からは糖質が摂取でき、運動時のエネルギー源となる。部活動をする学生に「運動する時に一番重要な栄養素は何だと思う?」と尋ねると、多くの学生が「たんぱく質」や「アミノ酸」と答える。確かに筋肉合成にはたんぱく質が主な材料となり、筋肉を増やすことはパフォーマンス向上のために大切である。しかし、何よりもエネルギー源がなければ、その筋肉も動かないし、筋肉を増やしていくにもエネルギー源が必要である。車に例えるならば、糖質はガソリンの役割があり、どんなに立派な車体があっても、ガソリン無くしては走れない。近年、糖質が重要であるということはアスリートの間での共通認識となってきたが、ちまたのウェブサイトではたんぱく質重視・低糖質の記事がまだたくさんある。もちろん、糖質のとり過ぎは良くないし、たんぱく質は必要な栄養素であることは確かであるが、糖質はスポーツだけでなく、生命活動を維持する上でも重要なエネルギー源なので、糖質を恐れないでしっかり主食を食べてほしい。
私は日頃、大学病院の外来で栄養相談を行っているが、「体重を気にして炭水化物(糖質)はとらないようにしています」とおっしゃる患者さんは少なくない。「いやいやご飯の糖質は身体のガソリンになりますからとってくださいね」の問答を幾度となく繰り返している。どうしてご飯は太るのか?それは食べ過ぎるから!その一言に尽きる。
表1を見て、同じ100グラムで一番太らないものは何だろう?太ると身体に何が溜まるのだろうか?そう「脂肪」だ。太らないためには食事からの脂質を少なくすることが重要で、アスリートはエネルギー源となるご飯やうどんといった主食をしっかり食べ、高糖質・高たんぱく質・低脂質の食事で余分な脂肪をつけないように心がけている。ご飯を100グラム減らした代わりにおかずで豚ロース100グラムを食べると、カロリーは2倍に、脂質は76倍も多くなる。「糖質(主食)を減らして脂質(おかず)をとって痩せたい」というのはあべこべなダイエット方法なのである。何度も言うが、糖質は最優先に使われるエネルギー源なので、必要な量をとっていれば、真っ先に消費されて太ることはない。
また、どの運動強度でも糖質がエネルギー源として利用される。「有酸素運動は脂肪を燃焼する」とよく耳にするが、運動強度の低い有酸素運動でも半分は糖質がエネルギー源に利用されている。もっと言えば、糖質がなければ脂質もうまく使われないのである。そして、運動強度が高まるほど、糖質の利用割合は増えていく(図2)。
ではその必要な量とはどのくらいだろうか。アスリートの場合、1日に必要なエネルギーの6割以上は糖質からとることが望ましい。1日3000キロカロリー必要であれば、1800キロカロリーは糖質からとることになり、糖質は1グラム4キロカロリーなので450グラムの糖質が必要となる。すべての糖質をご飯から摂取すると仮定すると、ご飯1杯200グラムの糖質量は約75グラムなので1日6杯のご飯を食べることになる。運動時の糖質摂取量の目安は状況や個人により変わってくるので、表2にまとめたものを参考にしてほしい。
(4)スポーツと補食
アスリートは活動量が多いため、たくさん食べなくてはならないが、胃袋の容量は限られているため、食事だけではとりきれないエネルギーや栄養素を補食からとる必要がある。特に運動前後に糖質補給を目的とした補食の役割が重要である。運動時の主なエネルギー源は筋肉中にグリコーゲンという形で貯蔵されている糖質である。運動前にグリコーゲン量を高めておくことは持久力アップやパフォーマンス向上につながる。グリコーゲン量が少なければエネルギー不足から持久力低下につながり、またエネルギー源確保のために体内のタンパク質を分解するため、身体づくりにも影響してくる(図3)。
運動開始までに2〜3時間空いていれば、おにぎりやうどんのような脂質の少ないでん粉系の糖質の軽食をとり、1〜2時間前であれば、速やかに消化吸収できる糖類系(ショ糖やブドウ糖など)の糖質を摂取するとよい(図4)。早朝空腹で運動をすると、グリコーゲン量が少なく前述した体タンパク分解が生じ、また夕食から糖質補給がない状態で走るので低血糖も起きやすくなる。せっかくの健康のためのジョギングで最大限の効果が得られないのはもったいない。そして運動前には飴や砂糖の入った飲料、甘いゼリーなどの補食で糖質補給を心がけるとよい。さらに運動後は消費したエネルギー源を速やかに再補充することで、疲労回復につながる。食欲の低下がなければ、おにぎりやカステラ、ジャムパンなどの糖質摂取をお勧めする。運動前も後も共通して注意するポイントは糖質がとれて、かつ脂質の少ないものを選ぶことである。脂質が多いと糖質の吸収が遅れるため速やかに糖質を補給したいという補食の役割が生かせなくなってしまう。同じ菓子パンでもクリームパンよりジャムパンが補食には適しているのだ。運動前後の糖質補給はぜひやってみてほしい。足の運びが軽かったり、翌日の疲れが少なかったりといった効果を実感できるはずである。
この夏のパリ2024オリンピック・パラリンピックではトップアスリートたちがベストパフォーマンス発揮のために試合前、試合と試合の間、試合後と、量やタイミングを見計らって糖質摂取をすることだろう。
3 ジュニアアスリートや地域のスポーツクラブで活動する子どもたちの食育
(1)成長のための栄養を優先
ジュニアの世代は、スポーツをしている・していないにかかわらず、発育・発達のために食事はとても重要である。
小学生の長女の同級生の話であるが、サッカーをやっている男の子が細く痩せているのだとか。また、「朝食は野菜がない」や「トースト1枚のみ」などの話もよく耳にする。スポーツ栄養の前に、生きるためと成長するためのエネルギーと栄養素が足りているのか心配になってくる。発育・発達を後回しにして、パフォーマンスを上げることを第一にすると将来の健康を害する危険がある。成長期のジュニアアスリートには、まずは成長を最優先に考えた栄養管理が必要となる。成長期のエネルギー摂取の考え方として正しいのは、生きるため・生活のためのエネルギーが最優先で、その次に発育・発達のためのエネルギー、そして最後に運動のためのエネルギーの順で優先度を考えて確保する必要がある(図5)。しかし、練習量が多く、食事摂取量が少ないジュニアアスリートでは発育・発達のためのエネルギーよりも運動に使われる方が優先され、成長のためのエネルギーが後回しになっている(残っていない)子どもたちが少なくない。
ではどうすればよいのか。栄養バランスのとれた食事から過不足なくエネルギーと栄養素を摂取すればよい。言葉にすると簡単である。しかし、これがなかなか難しい。
まずバランスよくという点は、アスリートの食事でも述べた「毎食」主食・主菜・副菜をそろえた食事をとることである。主食の重要性は前述の通りで、主菜・副菜に関しては身近なところで学校給食が参考になると思う。食事量が足りているかどうか、問題なく成長しているかどうかを知るには、体重や身長から成長曲線を描いてみるとよい。身長が伸びているのに体重が増えていない、描いた線が横向きや下向きに変わった場合は食事量が足りていない可能性が高い。
(2)相対的エネルギー不足(REDs)
ジュニアアスリート、特に女性ジュニアアスリートで近年問題となっているのはREDs(relative energy deficiency in sport)といわれるスポーツにおける相対的エネルギー不足である。REDsとは2014年に国際オリンピック委員会(International Olympic Committee:IOC)の専門家委員会によって、利用可能エネルギー不足(注)にさらされたアスリートの健康やパフォーマンスに有害な影響を及ぼす症候群として提唱され、2018年にはコンセンサスリポートが出されている。エネルギー不足の状態が続くと、生体は健康維持の優先度の低い機能を抑制することで、エネルギー不足の状態に対応するようになり、特に成長期の場合、発育・発達に大きく影響してくる。REDsによる健康やパフォーマンスへの影響は図6を参照されたい。とりわけ、炭水化物(糖質)によるエネルギー摂取不足が懸念されている。また、女性だけでなく男性ジュニアアスリートにもREDsによる健康障害が起きることが分かってきている。
(注)摂取エネルギーから運動で消費されるエネルギーを差し引いたもの。
(3)朝食摂取の重要性
幼児期から学童期、思春期は食生活の確立に大変重要な時期である。正しい食習慣の確立のために、まずは朝食をしっかり食べることが重要である。昼は給食やお弁当、夜は家族みんなで食べるが朝ごはんは何かと忙しく大人でも簡単に済ませることが多い。成長期のアスリートはただでさえたくさんの栄養素やエネルギーをとらねばならないのに、朝食が乳酸菌飲料のみ、ご飯とふりかけのみのような食事では、足りない栄養素を残り2食でとらなければならなくなる。図7に簡単に取り入れられる朝食ちょい足しメニュー例を示したので参考にしていただきたい。今日の成長は今日にしかできない。明日まとめて今日の分も成長することはないのである。
子どもがスポーツをして体を動かすのは健康的に発育していくためにとても良いことである。しかしながら成長のためのエネルギーが不足し、スポーツをすることで成長と健康を犠牲にしているとしたら本末転倒である。3食しっかり栄養バランスの整った食事をとり、子どもが健全に成長しているか親がその評価をできるようになってほしい。
おわりに
先日子どものおやつを糖質オフで作っている動画をYouTubeで見かけた。子どものおやつは3食ではとりきれない栄養素やエネルギーを補うためのもの。とり過ぎがよくないのはもちろんだが、むしろエネルギー源である糖質をおやつでしっかり補給することは成長につながる。運動していればなおさら、糖質はとるべき栄養素である。大人にとっても子どもにとっても糖質は最重要栄養素である。不確かな情報に惑わされず、「適正な糖質摂取」が広まることを願っている。
参考文献
1)鈴木志保子(2018)『理論と実践 スポーツ栄養学』日本文芸社 224pp.
2)鈴木志保子(2008)『基礎から学ぶ! スポーツ栄養学』ベースボール・マガジン社 192pp.
3)寺田新(2017)『スポーツ栄養学:科学の基礎から「なぜ?」にこたえる』東京大学出版会 244pp.
4)公益社団法人日本栄養士会「未来のトップアスリートのための体感型スポーツ栄養セミナー2018」
5)ルイーズ・バーグ/ヴィッキー・ディーキン(2023)『スポーツ栄養学 スポーツ現場を支える科学的データ・理論』大修館書店 546pp.
6)Burke LM et al(2011)「Carbohydrate for training and competition」 『Journal of Sports Sciences』(29〈suppl 1〉)
7)Margo Mountjoy, et al . 2023 International Olympic Committee's (IOC) consensus statement on Relative Energy Deficiency in Sport (REDs). Br J Sports Med. 2023 Sep;57(17):1073-1097.
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