新たな切り口から、新しい「ようかん」の開発へ〜災害食にようかん?! スポーツにようかん?!〜
最終更新日:2024年9月10日
新たな切り口から、新しい「ようかん」の開発へ
〜災害食にようかん?! スポーツにようかん?!〜
2024年9月
井村屋グループ株式会社
品質保証・研究開発企画室 室長代理
荻原 佳典
はじめに
日本の伝統和菓子である「ようかん(羊羹)」は、歴史の奥深さとともに、時代の流れに合わせて進化してきました。嗜好菓子として愛された時代から、現代における新しいようかんの形まで、ようかんの魅力と市場の軌跡をひもときながら、新たな切り口で開発したようかんのコンセプト、開発から発売までの経緯について紹介します。
1 ようかんとは
ようかんには蒸しようかん、煉りようかん、水ようかんなどの種類があります。
蒸しようかんは、一般的にこし餡と小麦粉、砂糖、水が主原料です。小豆を煮て皮を除き煉りあげたこし餡に、小麦粉を加え、砂糖や水などを混ぜ合わせた後、型に流しせいろなどで蒸しあげるため、食感は非常にもっちりとしているのが特徴です。
一方で、煉りようかん(写真1)、水ようかんは、餡、砂糖、寒天、水が主原料で、寒天を水と沸騰させ溶かした後、砂糖と餡を投入してじっくり煮詰めて作るのが特徴となっています。食感は、寒天で固めるため、なめらかな口溶けで餡の風味を感じられるのが特徴です。中でも煉りようかんは、しっかり加熱し煉り上げるため水分が少なく、砂糖の親水性により水分活性が低下して防腐効果がもたらされることで、保存性にも優れています。
2 ようかんの歴史
ようかんの歴史をひもとく前に、まずは菓子の歴史に触れてみましょう。現在では「菓子」といえば、まんじゅうやだんごを思い浮かべるかもしれませんが、かつては果物を指していました。奈良時代の市場で「菓子」といえば、木の実や草の実などの果物が一般的だったのです。今日でも日本料理のコースで最後に出される「水菓子」は、果物を指します。
「菓子」の「菓」の本字は「果」です。「果」は木の上に実がなっている様子を表す象形文字で、漢字のない時代には「くだもの」と呼ばれていました。漢字が導入されると、「くだもの」に「菓子」や「果子」という字が当てられるようになりました。
奈良から平安時代にかけて、中国から全く新しい形の食べ物が伝わりました。それは「唐菓子」と呼ばれ、穀物を粉にして細工を施し、焼いたり揚げたりしたものでした。この時代の日本の菓子は果物や木の実など、自然のままのものであったのに対し、唐菓子は人の手が加えられていました。
鎌倉時代には、仏教の新たな宗派として禅宗が伝来し、茶が伝わりました。その後、室町時代前期に成立したとされる『庭訓往来』の中で「羊羹(注)」という文字が登場しましたが、現在のようかんとは異なり、穀物を使って作られた羊の肉をかたどった蒸し物が入った汁物でした。
(注)羊羹の「羹」は「あつもの」(野菜や肉などを煮込んだ汁物)のことを指す。
3 室町時代の革新と江戸時代の進化
室町時代になると、現在の蒸し菓子としてのようかんが誕生しました。その後、茶道と密接な関係を築きながら、製菓技術は急速に進歩し、趣向を凝らした和菓子が広がっていきました。江戸時代中期には、今でも見かけるような和菓子が数多く誕生し、寒天を使用したようかんも1700年代後半に登場しました。
弊社が1896年創業時に製造したようかんも、寒天を使用したものでした。当時は、一般家庭にもある山田膳というお盆にようかんを流し込み、固めて切り売りしていました(写真2)。以来、ようかんはお茶菓子としてだけでなく、お土産としても多くの方に親しまれてきました。
4 現在のようかん
しかし、明治、大正、昭和、平成、令和と時代が進むにつれ、和菓子の需要も変化してきました。直近20年間の需要について、総務省の家計調査による1世帯当たりの支出金額を見てみましょう。菓子カテゴリー全体では、2003年の1年当たり7万6543円から2023年には9万9520円へと、支出金額が30%増加しています(図1)。一方で、ようかんカテゴリーでは、平均の支出金額が1年当たり910円から696円と、24%も減少していることがわかります(表)。
続いて2023年の年齢別の支出金額を見てみると、スナック菓子やチョコレート、アイスクリーム・シャーベットなどのカテゴリーでは、支出金額が最も多い世代は30〜49歳であり、8165〜1万5493円となっています。しかし、ようかんにおいて最も支出が多い世代は70歳以上であり、その金額は1054円にとどまっています。つまり、スナック菓子やチョコレート、アイスクリームなどが30〜40代を中心に人気を集める一方で、ようかんは70代以上の高齢者層に支えられるお菓子であることがわかります。
5 ようかんの魅力と新たな挑戦
ようかんを祖業として培ってきた弊社としては、こうした状況を踏まえ、伝統を守りつつも最近の消費者ニーズに応えるためにどのような工夫や取り組みをすべきか、実際に行ってきた事例を紹介します。
まず、「ようかん」についてさまざまな角度から再認識してみることにしました。ようかんの良さはどこにあるのか、ようかんが持つおいしさとは何なのか、どのような素材でできているかなどです。その結果、主に以下の点が明らかになりました。
さらにそれぞれの項目について、よりお客様にとっての価値として、表現し直しました。
これらの要素から、ようかんにはお茶菓子としてだけでなく、新しい価値があることを再認識できました。そこで、従来にはない新しいコンセプトのようかんへの挑戦がスタートしました。
6 新しい価値の創造
(1)災害食としてのようかん
そこではじめに注目したのが、「防災食品市場」です。近年は災害による被害が増大する中で、防災食品も少しずつバリエーションが変化し市場も拡大傾向にあります(図2)。ようかんはもともと長期保存が可能なこと、温度変化にも安定していることから、アウトドアシーンでも活用できそうだと感じていました。ある時、弊社の創業当初からの歩みに関する資料に目を通した際に、偶然にも南極観測船「宗谷」に井村屋のようかんをご提供させていただいた写真を見つけました(図3、4)。それを見た際、可能性を感じました。
日本は地理的に地震が多い国です。1995年の阪神・淡路大震災以降、災害に対する備えの意識が急速に高まりました。特に、備蓄食や災害時の食事に対する関心も大きくなり、避難者や高齢者などの視点から求められる食の特性が注目されるようになりました。このような背景から、弊社でも災害支援のための商品開発を進める中で、ボランティアとして災害現場で活動されている方々にご意見を伺いました。
災害時の状況や食べる環境についての貴重なフィードバックを基に、開発中のようかんについて、以下の特性を持つことが重要であるという教えをいただきました。1点目は、災害時に貴重な水を飲まなくても、そのまま食べやすいこと。2点目は、食べてすぐにエネルギーになる砂糖と、食物繊維や糖質の含まれる小豆を原料とした餡を使用しているため、糖質が主成分であり、手軽にしっかりとカロリー補給できるのが重要とのことでした。そのため、水が欲しくなるしょっぱいものやパサパサしたものは避けるべきであり、ようかんの配合においても食塩を不使用とすることを決定しました。また、ようかんはアレルゲンフリーであることから安心して配布できる点が強みであるとのご意見もいただきました。
このような貴重なフィードバックを受けて弊社では、ようかんのおいしさをそのままに、さらに長期保存が可能なパッケージの開発やパッケージデザインにも力を入れることにしました。具体的には、長期保存については、従来の3層フィルムに特殊バリア層を加えた4層フィルムを開発し、賞味期限を従来の1年から5年6カ月に延長することができました。
パッケージデザインについては、避難訓練などを実施して営業・開発・デザイン部門のメンバーで話し合い、災害時に役立つ機能を追加しました。例えば、「災害用伝言ダイヤル」の表示や、暗い場所でも見やすい「
マーク」、手探りでも開けやすい箱の仕様、目の不自由な方にも配慮した「点字表記」などです(図5)。こうして生まれたのが「えいようかん」でした。
発売後には、お客様から「ちょうど食べきりサイズで嬉しい」「ようかんは久しぶりに食べたけど、思ったより甘くなくておいしい」「アレルゲンフリーは子供にも安心」「避難中に食べたけど、和菓子って心が和む」などのご意見をいただきました。福祉を主に研究されている大学の関係者からは、「点字がある商品は少ない。目の不自由な方に配慮された商品として、授業で紹介したい」というお話もいただきました。
(2)スポーツ市場への展開
第2弾として注目したのはスポーツ市場です。当時、スポーツ界において体力強化を目的としたたんぱく質の摂取によるパフォーマンス向上は注目されていましたが、スポーツにおける糖質の選び方と糖質補給によるパフォーマンス向上についてはあまり議論されていませんでした。そこで、ようかんが糖質を主成分とする点に着目し、消化速度の異なる即効性糖質(ショ糖)と持続性糖質(パラチノース
®)を配合することでスローカロリーへシフトさせ、よりマラソンやトライアスロンといった持久系スポーツにおける最後の頑張りを応援できる商品の開発設計を行いました(図6、7)。
また、「えいようかん」に続き、スポーツシーンにおける最適なパッケージを検討しました(図8)。走りながらでも片手で食べやすい、開封時にゴミが出ない、押すだけで簡単に食べられるパッケージです。ようかんの中央部を押すことで、押し出されたようかんの力でシール部が開封され、そのまま食べることができれば、アスリートはよりレースに集中できると考えました。そこで、フィルムメーカーや機械メーカーと何度もミーティングを重ね、最適な力で押し出せる「スポーツようかん」が完成しました(2014年 特許第6114206号取得)。
「機能性糖質を配合したスポーツ仕様のパッケージ」は、国内のスポーツ市場だけでなく、海外市場でも需要拡大の可能性があります。日本の和菓子の新たな可能性として、この挑戦を続けていきます。
7 ようかん市場への再注目
第3弾は、スーパーやコンビニなどの和菓子市場に向けた新たな挑戦です。従来、ようかんは切って食べるのが一般的でした。しかし、コンビニの台頭により、個食としての需要が高まり、弊社も約60グラムのミニようかんを発売しました(図9)。しかし、「本当に約60グラムのサイズが、現在のお客様にとって『ミニ』なのだろうか?中には、もっと少しだけ食べたいお客様もいらっしゃるのではないか?」という考えから、さらに小さな食べきり15グラムサイズの押して食べる「片手で食べられる小さなようかん」を商品化しました。お客様からは、「ちょっとだけ甘いものが欲しい時に良い」「おじいちゃんが気に入っている。少しずつ押しながらいつも食べている」といったご意見をいただいております。
おわりに
ようかん市場全体は、今後も減少傾向は続くと考えられます。しかし、伝統文化の中で生み出されたようかんをさまざまな角度から見直し、多様化した現代社会における食シーンやターゲットの創造を行うことで、まだまだ新たなニーズを生み出すことができると考えております。弊社のようかんカテゴリー全体の売上も、新価値創造をテーマにご提案させていただいたことで、少しずつではありますが増加してきています(図10)。
これからも市場の変化を捉え、その時々のニーズに合わせた商品作りを行うことで、伝統は変化しながら守られていくのだと感じています。また、商品を作る上では味だけでなくパッケージの開発も非常に重要です。お客様の使用シーンをいかに想像し、それに適したパッケージを作成するか、その点も忘れてはならないと学びました。これからもより良い商品を提供し続け、お客様に笑顔と感動をお届けしてまいります。
【参考文献】
・独立行政法人農畜産業振興機構「砂糖の知識 食育のためのお砂糖テキスト」p.10
〈https://www.alic.go.jp/content/001206764.pdf〉(2024/7/16アクセス)
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272