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ブラジル砂糖産業の現在と未来〜砂糖とエタノールの二本の柱〜(後編)

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最終更新日:2024年10月10日

ブラジル砂糖産業の現在と未来〜砂糖とエタノールの二本の柱〜(後編)

2024年10月

調査情報部 峯岸 啓之、山ア 博之

【要約】

 トウモロコシ由来エタノールの増産はブラジルの砂糖・エタノール産業に新たな選択肢をもたらしている。バイオ燃料の生産拡大により温室効果ガス(GHG)排出量削減を目指す国家バイオ燃料政策(RenovaBio)はバイオ燃料生産者にインセンティブを与え、カーボンクレジットという新たな価値を創出した。砂糖・エタノールを発端とした同国の持続可能性への取り組みは今後さらに発展していくと考えられる。

はじめに

 ブラジルの砂糖・エタノール動向と政策を把握するため、同国の秋季である2024年3月、最大のサトウキビ産地のサンパウロ州を中心に現地調査を実施した。報告は前編(2024年9月号)と後編(本稿)の2回に分け、本稿は世界でも最先端をいく同国のバイオ燃料政策の状況や今後の動向について、砂糖・エタノール業界の視点から報告する。

 なお、本稿では特段の断りがない限り年度はブラジルの砂糖年度(4月〜翌3月)、砂糖の数量は粗糖換算である。また、本文中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月中・月末平均の為替相場」2024年8月末日TTS相場の1ブラジルレアル=25.78円、1米ドル=145.80円を使用した。

1 エタノールの生産動向

(1)世界のエタノール需給動向

 世界的なバイオ燃料の需要の高まりから世界のエタノール生産量は増加しており、2022年には1082億リットル(前年比3.5%増)とやや増加した(図1)。その内訳は米国が53.7%、ブラジルが28.2%と2カ国で世界全体の8割以上を生産している。米国では主にトウモロコシ由来のエタノールが、ブラジルでは前編の通りサトウキビ由来のエタノールが作られており、エタノールの原材料ではサトウキビが57.6%、トウモロコシを含む穀物が33.3%と、これら2品目で原材料の9割以上を占めている。
 
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(2)ブラジルでのエタノール生産の変遷

 ブラジルのエタノール利用の歴史は長く、古くは1930年代に政府主導でガソリンへのエタノール5%混合(E5)が義務付けられている(注1)。その後、70年代のオイルショックを契機に原油依存からの脱却を図るため、エタノールの生産と利用の拡大が促進され、75年には国家アルコール計画(Proálcool)が策定された。同計画でエタノール市場振興のためにさまざまな政策が措置されたことから、80年代にかけてバイオエタノールの生産量は増大した。そして中南米諸国では80年代の債務危機を経て、経済が市場原理主義に転換されたことで、ブラジルでも90年代に砂糖・エタノールに関する規制の自由化が進み、生産、流通および販売に関する政府からの規制は多くが撤廃された。その後、2003年のフレックス燃料車(E100まで対応可能な代替燃料車)の登場などによりエタノールの増産がさらに進み、近年は世界的な再生可能エネルギーや持続可能な航空燃料(SAF)の原料としての需要の高まりから、同国のエタノールは注目を集めている。図2は同国のガソリンへのエタノール混合割合の変遷を示しているが、15年3月以降、同国内で流通するガソリンには無水エタノールが27%混合されている(E27)。また、同国の車両保有台数約4500万台のうち、85%がフレックス燃料車、残りがガソリン専用エンジンとされている(写真1)。調査を行った24年3月時のサンパウロ州内のガソリンスタンドでは、ガソリンが1リットル当たり約5.5レアル(142円)に対してエタノール混合が同約3.5レアル(90円)であり、2レアル程度の差が生じていた(37%安)。エネルギー効率ではエタノールはガソリンの7割程度であり、販売価格はエタノール混合燃料の方が安価であるものの、燃費の悪さと燃料補給の頻度が増えることから、ガソリンを好む消費者も多いという。なお、同国では30%混合(E30)の検討が進められており、E30の採用は、現在、連邦議会で審議されている「“Fuel of the Future” プログラム」で想定されている施策の一つでもある。

(注1)ブラジルのエタノールの歴史については、『砂糖類情報』2005年9月号「ブラジルにおける砂糖およびエタノールの生産・流通事情について」(https://sugar.alic.go.jp/japan/fromalic/fa_0509d.htm)、『砂糖類情報』2012年9月号「ブラジルのバイオエタノールをめぐる動向」(https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_000557.html)をご参照ください。



 
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(3)トウモロコシ由来のエタノールの増産

 前編でも報告した通り、これまでブラジルのエタノール生産には主にサトウキビが原料として利用されてきたが、近年は中西部での第2期作トウモロコシ(6〜7月頃に収穫)の拡大により、トウモロコシ由来のエタノール生産も目覚ましい成長を遂げている(図3、図4)。エタノールに仕向けられるトウモロコシは年々増加しており(図5)、処理量を州ごとに見ると、2017年にマットグロッソ州で最初のトウモロコシ由来エタノール工場の操業が始まって以降、マットグロッソ州とゴイアス州の2州を主軸に増加し、22年以降はマットグロッソ・ド・スル州でもエタノール工場の操業が開始され生産が増加している(図6)。現在は中西部3州で同国のトウモロコシ由来エタノールの99.5%が生産されている(図7)。















 

 中西部ではトウモロコシ由来エタノールが主体となるが、同国全体ではエタノールの多くがサトウキビ由来であることから、エタノール価格は例年、サトウキビの収穫期から外れる12月から翌3月に上昇する傾向にある(図8)。しかし、23/24年度は例年と比較してエタノールの価格は上昇していない。サンパウロ大学農学部応用経済研究所(CEPEA)によると、エタノール価格が上昇しない一因としてトウモロコシ由来エタノールの増産を挙げている。サトウキビは鮮度がすぐ落ちることから速やかな処理が必要とされるが、トウモロコシは貯蔵性が高く、2〜3年の長期保存が可能であることから時間的な制約が少ない。そのため、近年はサトウキビのオフシーズン(12〜翌3月)に生産されるエタノールの比率は年々トウモロコシ由来のものに傾いてきており、22年2月にはトウモロコシ由来のものが7割弱を占めるほどになっている(図9)。この結果、サトウキビ由来のエタノールのみを生産する工場の収益性は低下しており、特に砂糖の国際相場が上昇している場合には、さらに厳しい経営状況に陥ることとなる(図10)。なお、トウモロコシ由来エタノールの生産量は今後も増加が見込まれており、サトウキビの収穫期から外れるサトウキビ由来エタノールの不足をトウモロコシ由来エタノールが補うことで、年間を通じたエタノール価格の安定につながっている。

 また、ブラジルではエタノールの生産量の9割が国内で消費されるのに対し、砂糖は生産量の7〜8割程度が輸出される。近年の世界的なエタノール需要の高まりを受け、生産コストが安価で入手が比較的容易なトウモロコシ由来エタノールは、今後さらなる増産が見込まれている。鉱山エネルギー省(MME)傘下のエネルギー研究公社(EPE)の報告では、トウモロコシ由来エタノール生産から得られる副産物は、トウモロコシ蒸留かす(DDGS)が300万〜480万トン、コーン油が2億〜2億9000万リットルと推定されている。DDGSは家畜飼料に、コーン油はバイオディーゼル生産などに使用される。副産物からの収益はさまざまであるが、工場でのトウモロコシ加工から得られる総収益の最大25%を占めることもあるとされる。

 




 
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(4)サントス港のエタノール輸出の見通し

 同国最大の貿易港であるサントス港で、最大のリキッドバルクターミナルを擁する運輸業者のAGEO社は、3カ所のターミナルに総容量52万立方メートルのタンク272基を有しており、化学品、石油化学製品、腐食性物質、燃料、エタノール、食品および飼料、医薬品、その他の製品を取り扱っている(写真2、3)。

 AGEO社によると、2024年に国内最大のエタノール輸出港であるサントス港から輸出されるエタノールは26億5000万リットルに達すると見込まれている(図11)。主な輸出先は工業用需要が多い韓国向けのほか、SAF需要の増加に伴い、米国や欧州向け輸出がさらに増加する可能性があるとされる。特に27年以降はSAFの需要の増加のほか、第2世代エタノール(注2)の生産量増加も見込まれており、AGEO社はこの時期に合わせて事業拡張を計画している。

(注2)サトウキビの搾り汁を原料とする従来のエタノールではなく、バガス(セルロース系原料)などの食料と競合しない非可食用のバイオマスを原料として生産されたエタノールのこと。










 ブラジル国内でのSAF需要については政府を中心に検討が進められているが、同社では、現在のところ従来の航空燃料に比べてコストが高く、国内で利用するメリットはほとんどないとしている。今後、SAFの利用検討が進む欧州から世界中にSAFの需要が広がり、SAFの価格が安定すれば国内でも使用に向けた検討が進むとみられるが、現在は原料としてのエタノール供給のみにとどまっている。

 なお、SAFの生産にはさまざまな主原料があるとされているが、ブラジルのサトウキビ由来エタノールはその生産過程で発生する温室効果ガス(GHG)排出量を大きく抑えることができるため、SAFの生産にとって有利な資源であると言える。

2 ブラジルのGHG排出削減に関する取り組み

 2015年に開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定において、ブラジルは05年を基準年とし、国全体のGHG排出削減目標を25年までに37%、30年までに43%削減すると定めた。その後、GHG排出削減目標は3回改訂されており、現在は23年に更新された25年までに48.4%、30年までに53.1%削減する目標となっている(表)。温室効果ガス排出・吸収量推計システム(SEEG)によると、同国の22年のGHG排出量はCO2換算量で23億トンであり、このうち森林減少を含む土地利用の変化は排出量全体の48.3%を占めている(図12)。農業とエネルギー部門はこれに続き、それぞれ26.6%、17.8%を占めている。土地利用の変化には農地への転用も含むことから、GHG排出削減目標の達成には農業分野での削減が重要である。このため、ブラジルのエネルギー基盤におけるバイオ燃料の使用はGHG排出量の削減に貢献しており、23年にはエタノールやバイオディーゼルによるGHG排出量の削減は、ガソリンやディーゼルと比較してCO2換算で8420万トン(前年比18.5%増)と大幅に増加している(図13)。

 







 

 上述の通り、ブラジルのエネルギー転換におけるバイオ燃料の存在は大きく、特にエタノールはその中心的役割を担っていることから、同国の砂糖・エタノール産業は脱炭素社会の実現のためのエネルギー源を供給する点で重要となる。同産業はサトウキビ由来やトウモロコシ由来エタノール以外にも、バガスなど非可食用バイオマスを原料とする第2世代エタノール、炭素クレジット、バイオマス発電、バイオガス、バイオメタンなどを生産・創出しており、これらすべては食料生産に競合していない。また、これらは国土面積のわずか1%程度で生産されているにもかかわらず、国のエネルギー基盤に含まれる全エネルギーの約2割を供給している。この成長の背景には17年に開始された国家バイオ燃料政策(RenovaBio)が大きく影響している。

3 国家バイオ燃料政策(RenovaBio)

(1)政策の背景と概要

 本政策はブラジルのエネルギー基盤におけるバイオ燃料の生産と使用の拡大を目的に2017年12月26日付け法律第13576号で導入された。RenovaBioの主な目標は、カーボンクレジットであるCBIO(注3)を取引するための自由な市場を創出し、バイオ燃料の取引を増やすことにより、エタノール生産者にGHG排出削減へのインセンティブを与え、ブラジルのエネルギー基盤におけるバイオ燃料の生産と消費のさらなる拡大を図ることにある。

(注3)Crédito de Descarbonização:ポルトガル語で脱炭素化クレジットの意。CBIO1単位がCO21トン分に相当する。
 

(2)三つの戦略軸

 MMEによると、RenovaBioは目標設定、認証、カーボンクレジットの三つの軸で構成されており、その関係性は図14の通りである。
 

 


ア GHG排出量削減目標の設定
 
政府のエネルギー政策諮問委員会(CNPE)が国としての向こう10年間のGHG排出削減目標を設定しており、2024年は18年基準で33年までに11%を削減するとしている(図15)。これを踏まえ、石油・天然ガス・バイオ燃料監督庁(ANP)が、化石燃料市場への参加比率に応じてガソリンやディーゼルなどの燃料配給事業者それぞれに対し、義務的な年間削減目標を作成する。各事業者は年間削減目標を達成するために、CBIOの購入義務を負うことになる。CBIOの購入義務を満たさない場合、ANPによる罰金や法的制裁が科されるほか、市場での社会的信用の低下や将来的なコスト増加(注4)などのデメリットがある。

(注4)CBIOは市場で流通する商品でもあるため、購入義務を満たしていない事業者が購入を後回しにし、後日まとめて購入する場合、需給のバランスによっては価格が急上昇する可能性がある。
 



 

 

 イ バイオ燃料生産のプロセスの認証
 
バイオ燃料生産者は、ブラジル農牧研究公社(Embrapa)が開発したRenovaCalcと呼ばれるツールを用いて、バイオ燃料のエネルギー環境効率スコア(EEES)を算出する。このツールは生産されたバイオ燃料がGHG排出削減にどの程度貢献しているかを定量化し、環境への影響を数値化するために使用される。具体的には、バイオ燃料の生産から燃焼に至るまでのライフサイクル全体を対象にGHG排出量(1メガジュール当たりのCO2換算グラム)を算出する仕組みになっている。

 RenovaBioにおけるEEESの評価工程では、バイオ燃料生産者はANPに登録された第三者の検査機関に検証を依頼し、独立した評価を受ける必要がある。検査機関ではRenovaCalcで得られたEEESについて、データの正確性や生産工程の監査のほか、持続可能性基準を満たしているかなどが確認され、その結果を基に評価し、報告書が作成される。

 バイオ燃料生産者は検査機関の報告書をANPに提出し、ANPはその報告書をもってEEESの承認手続きを行う。報告の内容に不備がなければバイオ燃料生産者はEEESに基づきCBIOの発行ができるようになる。EEESの値が高いほど、より多くのCBIOを発行することができる。

ウ CBIO
 
先述の通り、CBIOはバイオ燃料の生産に応じて発行されるカーボンクレジットである。CBIOは市場で取引することが可能な商品であり、化石燃料を配給する事業者が自社のGHG排出量削減目標を達成するために利用する。つまりは、これらの事業者は年間当たりのCBIO購入目標が定められており、2024年には事業者全体で3878万クレジットとなっている(図16)。

 次年度の目標算出時に、燃料販売事業者が個別の年間目標達成に必要なCBIOよりも多くのCBIOを償却していることがANPにより判明した場合、その余剰残高は、翌年の年間目標達成に向けたクレジットとしてカウントされる。一方、罰金の支払いは販売業者の年間目標達成を免除するものではなく、未達成のCBIOに対する目標は、販売業者に適用される翌年の目標に加算される。

 CBIOの発行数は年々増加し、23年には3452万クレジットが発行されている(図17)。バイオ燃料別に見ると、その84%がエタノール由来であり、残りの15%がディーゼル由来のCBIOとなっている。月ごとのCBIOの発行数と購入数の推移を見ると、発行数はコンスタントに推移している一方、購入数は変動が大きいが、これは事業者がCBIO取得義務の法的期限に一括購入しているためである(図18)。直近1年程度のCBIOの価格を見ると、148.1レアル(3818円)となった23年6月以降は下落基調にあり、24年9月16日時点で1CBIO当たり80.7レアル(2080円)となっている(図19)。

 








 

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(3)砂糖・エタノール企業でのCBIO事例

 前編で紹介したIpiranga Agroindustrial社では、3工場でエタノールプラントを有しており、年間5億リットル程度のエタノールを生産している(写真4)。2023年度は42万クレジットのCBIOを発行しており、その収益は4000万レアル(10億3120万円)に上っている。3工場での認定証を発行するための費用や手続き、CBIOの収益に対する課税はあるものの、同社の担当者は、4年前まではなかったCBIOの収益はいわゆる「棚ぼた」であり、かなり大きいものであると述べている。
 
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(4)CBIOによる収益のサトウキビ生産者への還元

 前述の通り、エタノール生産企業にとって恩恵のあるCBIOであるが、CEPEAでは、サトウキビ生産者にCBIOの収益が還元されない場合もあると指摘する。RenovaBioでは、CBIOはバイオ燃料の生産者と輸入業者が発行し、金融機関を通じてライセンスが供与された資産であると規定されているが、原料の供給者であるサトウキビ生産者には金銭的利益が共有されておらず、CBIOの導入直後から議論の対象となっていた。サトウキビ生産量の大半を占める中〜大規模生産者は工場を有する製糖企業であり、自社()(じょう)でサトウキビを生産することから生産者への還元問題は生じないが、小規模生産者からサトウキビを受け入れている企業では、CBIOによる収益が生産者へ反映されていないケースもあったとされる。しかし2024年5月に議論が進み、北東部の製糖企業とサトウキビ生産者団体がCBIOで得られた利益の配分について合意に達したと発表している。これによりサトウキビ生産者は企業がCBIOによって得る利益の少なくとも60%を受け取ることが約束されている。

4 砂糖・エタノール以外のサトウキビの用途

(1)バイオマス発電

 バイオマス発電はブラジルの電力供給量の5%程度を担っており、2023年には2万8137ギガワット時と水力、風力に次いで3番目の電力供給量となっている(図20)。特にサトウキビの搾汁(さく じゅう)後の残渣(ざん さ)であるバガスや収穫残渣であるハカマなどのサトウキビ由来資源による発電は、バイオマス発電の約75%を占めている(図21)。この発電はサトウキビの収穫期に増加し、サトウキビの主産地であるサンパウロ州などでは、サトウキビの収穫期が降水量が少ない時期と一致するため、サトウキビ由来のバイオマス発電は、同国の電力基盤の要である一方で同時期に発電量が減少する水力発電を補う重要な役割を果たしている(図22)。ブラジルサトウキビ産業協会(UNICA)によると、同国の砂糖・エタノール産業において23年に稼働した360工場のうち、249工場が売電しており、送電網向け発電量は自家消費分の1万6000ギガワット時を大きく上回る2万1000ギガワット時に達している(図23)。現状では、サトウキビから生産可能なバイオマス発電の15%しか利用されていないが、同国内の電力需要の最大30%を賄う可能性を秘めていることから、今後さらなる需要増加も考えられる。
 








 
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(2)バイオガス・バイオメタン

 ブラジルでのバイオガス生産は拡大を続けており、その生産量は過去10年間で約87%増加するなど国内市場の関心は高い(図24)。同国内で稼動しているバイオガスプラント数は農業部門がその78%を占めるが、生産量は環境・衛生部門が74%を占めている(図25)。製糖エネルギー部門のバイオガス生産量は産業部門の57%を占める2億6900万立方メートルであるが、これは同部門で発生するビナスやフィルターケーキなどの原料の利用率で見ると、わずか5%に過ぎないとされている(図26)。バイオガス生産量の大部分を占める環境・衛生部門に比べ割合は低いものの、高い成長の可能性を秘めており、EPEは、バイオガスに含まれるバイオメタンの生産について、工場で発生するビナスやフィルターケーキの使用量増加などを考慮すると、2033年には年間61億立方メートルのバイオガス生産能力を有すると予想している(図27)。製糖エネルギー部門のプラントで得られるバイオガスはシロキサン、塩素、フッ素を含んでおらず、メタンの濃度が高いことから、バイオメタン生産が容易になるという利点がある。さらに「“Fuel of the Future” プログラム」には、バイオメタンと天然ガスの混合が含まれており、混合率は1%から始まり、将来的には10%を目指している。また、バイオメタンの原産地証明制度の創設も予定されており、天然ガスから環境属性を切り離すことでバイオメタンの商品化を促進し、市場での取引の透明性と利用可能性を高める狙いがある。
 








 
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おわりに

 トウモロコシ由来エタノールの増産は、ブラジルの砂糖・エタノール産業を新たな段階に導くと考えられる。貯蔵性の高いトウモロコシ由来エタノールの増加は、収穫期から外れて生産量が減少するサトウキビ由来エタノールを補うだけにとどまらず、さらなる増産と消費が進むとみられる。

 その一方で、サトウキビ由来のエタノールも環境効率が高いことから、さらなる注目が集まっている。欧州や米国でSAFの原料としてのエタノール需要が増加しているが、エタノール生産量第1位の米国では、トウモロコシの炭素強度(エネルギー消費当たりのCO2排出量)スコアが高いことを理由にエタノールのほとんどがSAFクレジットの対象にならないという認識で業界が混乱している。製造段階でバガスなどを使用するブラジルのサトウキビ由来エタノールはこのクレジットの対象になることから、米国へのブラジル産エタノール輸出が増加している状況にある。そのため、ブラジル国内では、これまで同じエタノールとしていたサトウキビ由来のものとトウモロコシ由来のものを差別化する考え方も出てきており、今後、サトウキビ由来エタノールは輸出用、トウモロコシ由来エタノールは国内消費用とする状況が生じるかもしれない。

 世界的に持続可能な生産への取り組みが求められる中、ブラジルのように資源が豊富で長い歴史から培われた再生可能エネルギーに知見のある国は、先導者となり他国を導く存在になっていくかもしれない。しかし、持続可能性は進むべき道である一方、問題もある。本稿でも報告した通り、サトウキビが持つ可能性は多岐にわたり、バイオマス発電やバイオガス・バイオメタンのほか、SAF原料としての利用や本稿で触れなかったグリーン水素の可能性など、もはや砂糖・エタノールの原料作物の枠にはとどまらない。エタノール先進国が同途上国に与える影響は計り知れない。

 例えばブラジルと同様に国内での砂糖の消費量が少なく、生産量の多くを輸出に回している豪州では、エタノールの生産・消費に関する意欲は比較的低く、新たに状況の変化が生じない限り、今後のエタノールの増産はあっても限定的なものにとどまるとされる(注5)。しかし、豪州が現在砂糖に仕向けているサトウキビをエタノールや再生可能エネルギーの生産に仕向けた場合、輸入粗糖の9割以上を豪州に依存している日本の製糖産業に少なからず影響を及ぼす可能性も考えられる。近年のSAF需要の高まりなどから、豪州政府や製糖業界がその分野に関心を寄せているとする報道も増加しており、例えば豪州砂糖製造業者協議会(ASMC)は、砂糖の副産物使用のみで豪州のSAF需要の10%近くを提供することができるとする声明を出している。世界的な持続可能な生産への取り組みの広がりが豪州にどのような影響を与え、今後豪州がどのような動向をみせるか、より広い視野をもって状況を把握していく必要がある。

 一方、日本でも航空輸送の脱炭素化に向けた戦略としてSAFの導入があり、2030年に日本の空港の国際線で10%のSAF(年間17億リットル)を使用することが目標とされている。すべてのSAFがエタノール由来のものではないとされるが、安定調達が可能なエタノールのSAF需要は高いと考えられており、その輸入候補先としてブラジルの存在感はますます高まると考えられる。

(注5)詳細については、『砂糖類・でん粉情報』2024年4月号「豪州の砂糖産業とその動向」(https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_003108.html)をご参照ください。
 

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