完全有機・完全生分解性ポリマーが実現する干ばつ対策〜土壌保水性・肥料効率向上〜
最終更新日:2024年11月11日
完全有機・完全生分解性ポリマーが実現する干ばつ対策
〜土壌保水性・肥料効率向上〜
2024年11月
EF Polymer株式会社 COO 最高執行責任者 下地 邦拓
1 深刻化する農業の水関連課題
「日本には水が溢れている」という考えはもう過去の幻想なのかもしれない。特に農地においては。気候変動が原因か、北海道東部では未曽有の干ばつが発生しているだけでなく、水の豊富なイメージがある新潟においても雨が降らず、深刻な水不足に直面している。さらに、サトウキビの主産地である沖縄では、干ばつの影響で2023-24年の生育不良・生産量不足が深刻化し、黒糖の卸売価格が8年ぶりに上昇するという事態を招いている。その他にも、高齢化に伴い水やりの労力に多くの生産者が悩まされていること、昨今の国際情勢の影響による化学肥料を含む資材の価格高騰など、農業を取り巻く環境は日々厳しくなっている。
2 世界で唯一有機認定を取得したエコフレンドリーポリマー
話は変わるが「ポリマー」と聞くと、化学製品を思い浮かべてしまう読者が多いのではないだろうか。実際に、世に出回っているポリマー
(注)(以下「SAP」という)のほぼすべてがポリアクリル酸などの石油由来の素材を原料としており、SAPと有機が結びつくことはなかった。そのような業界の「当たり前」を覆したのが、従来廃棄されていた果物の皮を原材料に製造される、完全有機・完全生分解性を有する超吸水性ポリマー(以下「EFポリマー」という)である。EFポリマーは、完全有機ポリマーであることが最大の特徴だ。実際に、日本国内において有機JAS資材リストに登録されていることに加え、欧州・米国においてもエコサート(ECOCERT)有機認証を取得しており、世界で唯一有機認定を取得しているポリマー資材である(2024年10月現在)。さらに、2023年9月に農林水産省「みどりの食料システム法に基づく基盤確立事業実施計画」の事業者として沖縄県で初めて認定を取得している。
(注)高吸水性ポリマー、樹脂(Super-Absorbent Polymer)。
EFポリマーの機能・効果として、自重の約50倍の水分を吸収(1グラム当たり50ミリリットルの水を吸収)し、土壌中で半年間水の吸収・放出を繰り返した後、1年で完全生分解する。推奨量である1ヘクタール当たり20キログラムのEFポリマーを土壌に混ぜ込むことで、畑の保水・保肥力を向上させ、作物の成長を促進させる。加えて、EFポリマーが水分の吸収と放出を繰り返す過程で土中に気相を形成し、土壌の団粒構造化を促進させる。この結果、水の利用量を最大4割、肥料の利用量を最大2割削減させつつ、収量の安定・増加が期待できる(図1)。
EFポリマーと化学SAP製品の機能や効果を比較した際のポイントとしては、製品の形状や推奨利用量・散布方法などには大きな違いはない。しかし、完全生分解性を有するEFポリマーと異なり、化学SAPは完全生分解性を有さず土壌に残留物を残す(=土壌を汚染してしまう可能性がある)ことに加え、化学SAPと化学肥料が反応し化学SAPが吸水力を失ってしまうという課題がこれまで指摘されてきた。また、EFポリマーの吸水量が自重の50倍である一方で、化学SAP製品は200〜400倍と吸水量に違いがあるが、こと植物の育成においては「吸水量が多かろう、良かろう」ではないと考えている。その理由の一つとして、吸水量の多さは吸収した水を放出する機能の弱さを意味し、作物が必要な水の供給力が弱いという見解が挙げられる。
最後に、EFポリマーの製造方法は、果物の皮などの作物残渣を乾燥、粉砕した後に多糖類を取り出し、当社特許技術を駆使し生成する(水を吸う素材に変化させる)という非常にシンプルな設計になっていることから、SAP製造と比較して設備投資を含む初期費用が抑えられることも特長だ。この特長を生かすことで、EFポリマーを使用した農地で育てられた作物の残渣を活用し、次のEFポリマーの製造へとつなげる「地産地消・地域循環型モデル」の実現が可能となる(図2)。
3 EFポリマーがもたらす効果
EFポリマーの普及を通して、農業の水関連課題の軽減や解決に寄与するべく、日本国内外でさまざまな実証実験に着手し、効果を検証してきた。以下に、過去の実証実験から見えてくるEFポリマーの土壌の保水力向上、肥料利用量削減、潅水労力削減、費用対効果などを含む事例について紹介する。
(1)水不足対策・潅水労力軽減事例:サトウキビ(沖縄県)
沖縄県宮古列島に位置する
多良間島のサトウキビ農家は毎年のように干ばつ・雨不足による生育不良、収量・収入の減少に悩まされている。2024年も、特に梅雨明け以降ほとんど雨が降らず、葉が水分の蒸発を防ぐために内側に巻かれる「ロール現象」が発生し、収量減になってしまう兆候が見られた。この状況の改善・対応策として、現地農家と連携しEFポリマーの実証実験を行う運びとなった。
結果としては、EFポリマーを散布した区画は、EFポリマーを使用していない対象区と比較して背丈が大幅に高く、葉の色も青々としており、節の長さも長くなる結果が得られた(図3)。一般的に、サトウキビの植え付け初期〜成長期に十分な水分を確保することで、
分蘖数が増加し、成長が促進される。逆に、水不足が続く地域では、節が短くなり、サトウキビの成長が抑制されてしまう。今回の試験では、このような水不足への対応策としてEFポリマーが効力を発揮する可能性があることを示すことができた。さらに、潅水チューブやスプリンクラーなどの潅水設備がその他の地域ほど整っていない多良間島において、「設備投資や栽培後のチューブ回収労力を考えると、多良間島の農家にとっては潅水設備投資の代替案になる高い可能性を秘めている」という大変ありがたいコメントをいただいた。
多良間島以外にも、沖縄本島で行ったサトウキビの実証実験では、EFポリマーを利用することで、茎数が10%以上向上し、全体収量が30%増加した結果、協力いただいた農家の10アール当たりの手取り額が約5万円増加したという実績も報告されている。同地域もまた潅水設備の普及が進んでいない地域であり、EFポリマーの導入による費用対効果を感じていただける効果が出ている。
沖縄県、特に離島地域では深刻な干ばつに見舞われている地域が多く、農家は廃業の危機に直面している。潅水設備がないため、外部から水を運び込む必要があり、農家に多大な時間とコストがかかっている。EFポリマーの保水力は、このような地域においても水不足を緩和し、作物の生産を安定させ、費用対効果の実現に寄与する大きな可能性を秘めている。
(2)化学肥料削減事例:サトウキビ(鹿児島県、沖縄県)
鹿児島県徳之島では水不足対策に加え、近年高騰が続く化学肥料の削減効果を検証する実証実験に着手している。途中経過ではあるものの、当該実験では、施肥量を通常より約3割削減した場合でも生育促進・収量増加が確認されており、近年生産者の最も大きな悩みの種である化学肥料コストの削減可能性を示す有望な結果となった。
さらに、沖縄県内の離島の中で最も厳しい水不足に見舞われている南大東島においても水不足対策と並行して化学肥料の削減に関する試験を行った。通常、同島のサトウキビ栽培では植え付けの際の元肥に加え、その後2回の追肥作業を含め、計3回の肥料施用が行われている。当該試験では、追肥の回数を削減し1回にした場合においても、茎頂には大きな影響が見られず、むしろEFポリマーの導入により茎数が増加傾向にあることが確認された。これらの結果は、EFポリマーを導入することで、水不足対策に加え、施肥量を削減しながらも安定した作物の生育に寄与することを示唆している。
サトウキビ農家に限らず、日本中の農家にとって、高騰・高止まりを続ける化学肥料コストは大きな悩みの種である(図4)。EFポリマーは2キログラム当たり約5000円で10アールの面積をカバーするが、緩効性肥料1袋と同等の価格でありながら、水不足対策に限らず1〜2割の肥料削減効果をもたらすことが可能な資材であることから、生産者の皆さまのコスト削減施策の一つの選択肢としての可能性を秘めている。さらに、みどりの食料システム戦略の下、農林水産省が進めている「2050年までに化学肥料の使用を3割削減する」という目標の実現に向けた具体的なソリューションの一つになる大きな可能性を秘めており、今後さらなる注目・期待をいただくことが予想される。
(3)病害の軽減効果事例:パイナップル(沖縄県)、てん菜(北海道)、トマト(海外)
EFポリマーを作物の病害対策ソリューションとして利用いただく農家も増加傾向にある。例えば、沖縄県本部町のパイナップル農家の事例では、EFポリマーを利用することで芯ぐされ病が明らかに減少したという報告がある。パイナップルはサボテン科の植物で、暑さや乾燥に強い一方で梅雨時期の大雨の影響で腐ってしまったり、水やり時の土はねに含まれる細菌が実部分に入り込むことで芯ぐされ病を発症してしまったりすることがある。当該試験では、EFポリマーを利用することで、梅雨時期の水分の急増時においても土壌の保水・排出バランスがうまく調整された結果、病害の発生が抑えられたと分析している。パイナップルの芯ぐされ病対策として利用される水溶性物質の土中の滞留・効果維持期間延長の施策として、EFポリマーと混合させて施用するという検討も進められている。
北海道十勝地域では、高温・水不足で発生するてん菜の褐斑病対策としてEFポリマーの利用が進められている。2023年、葉に茶褐色やこげ茶色の斑点が現れカビが伝染するこの病気は十勝地域の高温と雨不足の影響で拡大傾向にあったが、EFポリマーの利用に伴う土壌環境の安定が影響し、褐斑病の発生軽減に大きく貢献したという報告が上がっている。
さらに、欧州でEFポリマーの利用が広がりつつあるトマトにおいては、EFポリマーを利用することで、水不足・カルシウム欠乏により増加する尻ぐされ病が2-3割改善されるなどの効果が出ており、今後、水不足・肥料削減対策に加え、病害対策としても普及加速に対する期待が高まっている。このような期待に応えるべく、今後も日本国内外での実証実験を通じて、EFポリマーが持つ潜在能力を最大限に発揮し、農家の皆さまに少しでも貢献できるようデータや知見・ノウハウの蓄積を行っていく予定である。
4 農地の干ばつに苦しむ家族や村の仲間を助けたい
EFポリマーは弊社創業者でありEFポリマーの開発者であるナラヤン・ラル・ガルジャールの強い思いから誕生した。ナラヤンの故郷であるインド、ラジャスタン州の農家は毎年のように干ばつ・水不足に見舞われ、育てていた作物のほとんどが枯れてしまい、多くの農家の生活が圧迫されていた(写真)。このような状況に持続可能な解決策を提供すべく、高校時代からEFポリマーの研究を始め、技術開発や商品開発に必要な資金不足に苦悩していたところ、2019年、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の起業家育成支援プログラムに採択され来日。その後OISTの支援のもとEFポリマーの開発に成功し、2020年3月に沖縄で起業するに至った。2024年現在、日本事業15人、インド事業60人の体制で日本とインドを中心に、米国・欧州・東南アジア諸国で事業展開を行っている。
5 今後の展開および展望
気候変動に起因した農業における干ばつ・水不足問題は今後さらに厳しくなることが予測されている。当該記事では日本国内における事例を中心に紹介を行ったが、現在弊社(
https://efpolymer.jp/)では、日本・インド・フランス・米国を含む4カ国ですでに製品販売に着手していることに加え、世界約20カ国で商談・実験を行っている。2020年の製品販売開始以降、今日までに約300トンの製品を販売しており、日本国内においても47都道府県で利用者が点在・増加傾向にある。「農地の干ばつに苦しむ家族や村の仲間を助けたい」というナラヤンの思いを実現するべく、加えて世界中で干ばつや肥料価格高騰に苦しむ農家の方々に経済的にも環境的にも持続可能なソリューションであるEFポリマーを届けるべく、事業展開を加速させていく所存である。
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272