前述の工場で生産されたFibnano
®は、幅広い分野、業界での利用が期待される。Fibnano
®の展開分野として、食品・医療・工業分野がある。
食品分野においては、Fibnano
®の添加によって、粘度の上昇、ドリップロス抑制(図4a、b)、乳化安定性・分散性・保水性・成形性の向上、凍結融解時における構造安定化による味・食感の維持などの効果が得られる。
Fibnano
®の添加によるドリップロス抑制・分散性は、水分を多く含む食品に有効であり、現在、かまぼこ・ちくわなどの練り製品に採用事例がある。例えば、すりおろした野菜にFibnano
®を添加した場合、時間経過による水分分離が抑制されることが確認されている(図4a、b)。これらの効果は、Fibnano
®の高アスペクト比によるネットワーク構造に基づくものであると考えられる。NFBC水分散液の粘弾性を測定(回転粘度測定、周波数分散測定)したところ、0.01wt%程度の低濃度においても繊維間の相互作用が存在し、安定したゲル(ネットワーク)構造を形成していることが明らかとなった(Tsujisaki et al. Carbohydrate Polymer Technologies and Applications, 8, 100565 2024)。
医療分野においては、生体適合性および粘弾性特性を生かしたドラッグキャリヤー、足場材料、浮遊培養時におけるシェアプロテクタント(せん断ストレスの抑制)、組織再生における補強材などとしての利用が想定される。適用事例として、胃がん腹膜播種の治療におけるドラッグキャリヤーとしての利用(Akagi et al., International Journal of Biological Macromolecules, 174 494-501 2021; Ando et al., Nanomaterials, 11(7) 1697-1697 2021)、三次元(3D)細胞培養の足場材としての利用(Ando et al. submitted)、浮遊培養時におけるシェアプロテクタント(せん断ストレスの抑制)(Kaneko et al. International Journal of Biological Macromolecules, 280(3), 135938 2024)が挙げられる。現在、徳島大学発のベンチャー企業であるNano T-Sailing合同会社(Webサイト:
https://nano-t-s.co.jp/)が、3D培養用のキットを販売している。この製品は、細胞培地中にFibnano
®を添加することで、細胞の3D培養を可能にし、各種細胞のスフェロイド(細胞同士が凝集して塊となったもの)作製に成功している。作製されたスフェロイドは高い生理活性を有しており、例えば、HepG2肝がん細胞をFibnano
®存在下で3D培養することで、肝臓が本来有する高い薬物代謝酵素活性を発現したHepG2スフェロイドを作製することができる。
工業分野においては、樹脂補強材(フィラー)としての利用が可能であり、酢酸セルロース(Wada et al. Polymer Journal, 54(5) 735-740 2022)、ポリカプロラクトン(Hamidah et al. Composites Part A, 158 106978-106978 2022)、ポリブチレンサクシネート(Hamidah et al. Composites Part A, 185 108341-108341 2024)などの生分解性樹脂の物性改質に成功している。またFibnano
®は、液だれしないスプレーとして適応できる(図4c、d)。例えば、水分散物はせん断速度の増加に伴い粘度が低下する、典型的な
擬塑性流動、いわゆるチクソトロピー性を示す(Tsujisaki et al. Carbohydrate Polymer Technologies and Applications, 8, 100565 2024)。せん断応力が加わっていない状況では、ネットワーク構造が形成されているため高い粘度を示すが、せん断応力を加えることでネットワーク構造が破壊され、粘度が低下する。
HP-NFBCは、セルロースミクロフィブリルが繊維の内側に存在し、表面には分散剤として培地に添加されたHPCが周りを取り囲むように存在している(図5)。HPCは両親媒性であり、食品の中の成分(水、タンパク質、脂質、繊維、糖質、ミネラルなど)がネットワークの網目の中に均一に分散、HPCと相互作用することによって安定した構造を形成していると予想される。同様の構造は樹脂の中でも形成されていると考えられ、低濃度(〜5wt%)で物性改変が行えることを説明することができる。NFBCの高いアスペクト比に基づくこのような少量添加での物性改変は、NFBCを食品添加剤やフィラーとして使用する際の非常に大きなメリットの一つである。