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てん菜を飼料に〜輪作体系維持に向けた次世代型の耕畜連携〜

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最終更新日:2024年12月10日

てん菜を飼料に〜輪作体系維持に向けた次世代型の耕畜連携〜

2024年12月

士幌町農業協同組合 農産部長 仲野 貴之

1 取り組みの背景

 近年のてん菜生産をめぐる情勢として、てん菜は北海道の地域経済を支える重要な作物であるが、てん菜の生産を支えている糖価調整制度の調整金収支は、砂糖消費の減少や国際砂糖価格の歴史的な高騰・円安などにより厳しい状況にあり、累積赤字が増大している。これに加え、ロシアのウクライナ侵攻以降に高まった食料安全保障の代表品目である小麦・大豆、また、栽培面積減少や不作により供給不足・価格高騰が続いていたばれいしょなど、いわゆる「需要の高い作物」の供給力強化のため、少子高齢化や健康志向で国内消費量の長期的減少が見込まれる砂糖(てん菜)から他作物への作付け転換が進められている。

 しかしながら北海道の畑作専業農家にとって、堆肥・緑肥などの有機物や酸度矯正・カルシウム補給のため石灰(ライムケーキ)を作付け前に施用するてん菜は、安定的な輪作体系や豊かな土壌の維持に欠かせない基幹作物であることは周知の事実である。

 道内でも特に十勝地域は明治の開拓以来、換金作物としての豆類の栽培が盛んであったが、その地力収奪的な農法のため生産性は不安定で、農家は貧困にあえいでいた。そのような時代から、戦後のトラクター普及により深耕が可能となったことや化学肥料が豊富に使えるようになったこと、圃場(ほ じょう)排水や栽培技術の改良など、てん菜を作付けする条件が徐々に整ったことで、ようやく現在の4年輪作体系が確立された。

 輪作体系にてん菜を導入するメリットとして、主に(1)土壌物理性の改善:深根性作物のため圃場の透排水性が向上する(2)地力維持:作付け前に有機物・石灰を投入しやすく、茎葉のすき込みでカリ補給もできる(3)病害抑制:連作・短期輪作による土壌病害リスクを改善することが挙げられるが、過去に町内で行った調査では、経営面積に占めるてん菜作付け比率を増やすことが他作物の生産性の向上にも影響することが分かっている。

 2003〜12年の10年間に、てん菜作付け比率が維持または増加傾向にあった生産者の主要3品(小麦・ばれいしょ・てん菜)の規格内10アール当たり収量は、減少傾向の生産者より高く、てん菜の作付けによる生産力(地力)向上効果が期待できる結果だった(図1)。
 
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 また輪作体系の完成度を「輪作変動指数」として数値化すると、指数が低い(=畑作4品のバランスが良い+長期間変動していない)生産者ほど主要3品平均の生産力が高い傾向にあり、てん菜をはじめとする総合的な輪作体系確立の重要性が立証された(図2)。
 


 

 別の調査では、てん菜作付け後に代表的な土壌病害虫であるキタネグサレセンチュウの密度が低下していることが分かったが(図3)、小豆の主要病害である落葉病の感染・発病をキタネグサレセンチュウが助長しているとの研究報告もあり、豆類の安定生産においては輪作体系の確立はもちろんのこと、収量・品質のさらなる向上のためにも、てん菜の作付け維持は欠かせない要素である。

 

 

 一方、調整金収支の悪化や砂糖消費量の減少は現実として受け止め、従来の作付面積に基づく標準的な産糖量(交付対象数量)64万トンに対し、国が示した令和8砂糖年度(10月〜翌9月)の目標産糖量55万トンとの需給ギャップを9万トンとして、この新たな需要先を開拓しないことには、従来の収益性や輪作体系の維持は困難と考えられる。

 これらを踏まえ、ホクレン農業協同組合連合会清水製糖工場へ原料を出荷している5JA(十勝清水・新得・鹿追・士幌・上士幌)が組織する「てん菜振興協議会(図4)」の実務者会合(専門部会)において、てん菜の新たな用途として「高糖分サイレージ飼料」の製造・供給プランを提案し、てん菜振興協議会の承認を得て2023年からの試験開始を決定した。
 
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2 高糖分生パルプサイレージとは

 製糖工場の砂糖製造工程で副産物として発生する生パルプ(プレストパルプ、以下「PP」という)は、乾燥ビートパルプ(以下「DP」という)に加工され、酪農家の生乳生産を支える消化の良い繊維質飼料として、嗜好(し こう)性を高めるために糖蜜分を添加し乾燥・ペレット化されるほか、一部は地元酪農家向けに加工せずそのままの状態で販売されており、いずれも地域内の耕畜連携を支える重要な資源である。

 しかしながら、近年の燃油価格の高止まりや円安の影響で、加熱乾燥を要するDPの価格は国産・輸入ともに高騰が続き、酪農家の大きな負担となっている。一方、加工コストが掛からず安価に供給できるPPについても、高水分で腐敗しやすいためそのままでは長期間の貯蔵が難しく、現状では工場での引き取りが可能な近隣の酪農家が製糖期間(10月〜翌2月)に即時給与し、あるいは庭先でサイレージ化し春に給与するにとどまり、輸送・貯蔵効率の悪さからDPの多くはPPに置き換えられる可能性が低い。

 そこで製糖工場から出るPPをその場でラップサイレージとし、工場敷地で冬期貯蔵中に乳酸発酵を完了すれば、嗜好性の良い貯蔵飼料としての需要が期待できる上に、輸送業者の余力が出てくる春から夏にかけて、酪農家のオーダーに合わせてトラック配送することも可能となるため、製造・輸送・給与の各段階にわたる実証を行い、早期実用化を目指すこととした。

 なお、今回の取り組み目的は砂糖需給ギャップ分の新たな用途開拓のため、通常であれば裁断した原料てん菜を温水に漬け、糖分が溶け出した溶液を次の工程に送って結晶化するが、この溶液を滞留させ濃縮した糖分をPPに付着したまま取り出すことで、従来のPPよりも栄養価に優れる高糖分生パルプ(HSP)を原料とするサイレージ(HSPS)を製造する(写真1)。なおHSPSの成分比率は、事前に実施した小規模試験の結果から、発酵品質や砂糖転用効率のバランスが最適と思われる糖分10%、水分70%を目標とした(表1)。

 

 
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3 製造試験(1年目)

 1年目の製造試験では、5JAに所属する10戸の酪農家の搾乳牛全頭に20日間連続給与が可能な製造量(10戸×100頭×10キログラム×20日=合計200トン程度)を目安とし、この原料となるHSPの購入やラップ製造機械のレンタルなどに要する代金には、農林水産省の補助事業(持続的畑作生産体系確立緊急支援)を活用した。原料搬出ルートや作業用地の確保にはホクレン清水製糖工場の全面協力をいただき、2023年産原料てん菜の受入開始の翌日、製糖作業初日となる10月16日朝に製造試験を開始した。

 はじめてのHSP投入となるラップサイレージ製造機械(マルチコンパクター)の調整に手間取ったり、突然の豪雨により作業が中断となるトラブルはあったものの、翌17日正午には平均糖分9.3%、平均水分70.3%、原料重量195トン(ラップ数量158個)の製造を完了した(写真2)。なお、原料に使用した糖分は交付金申請外の士幌産原料てん菜132トンから取り出し、パルプ(繊維分)については他の原料てん菜から発生したものも併せて使用した。

 製造後2カ月間敷地内で発酵させたラップから採取したサンプル数点の分析結果について、畜産試験場に飼料品質を確認したところ、品質的には全く問題なく搾乳牛の嗜好性も高いと考えられ、現在価格が高騰しているDPに成分が近いことから、2年目に実施する給与試験では「DPからHSPSへの完全置き換えによる生乳生産実績や飼料コストへの影響を調査すべき」とのアドバイスをいただいた。

 これを受け専門部会では、158個のラップをJA均等割50%・てん菜面積割50%の配分方法でJAごとに割り当てし、各JAでは実証を希望する酪農家に対して5〜6月に想定しているDPまたはPPの給与量(キログラム/頭/日)を事前に調査、乾物換算で同量をHSPSに置き換える条件で酪農家ごとに飼料設計を行い、割り当てられたラップ数で14〜20日程度の全頭連続給与が可能となるよう酪農家を選定した結果、最終的に15戸の酪農家が実証に参加することとなった。
 
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4 給与試験(2年目)

 給与試験に先立ち、JA十勝清水町のご協力をいただいて輸送試験を行った。トラックへの積み込みには地元輸送業者のロールグラブ付きタイヤショベルを使用したが、HSPSはデントコーンや牧草に比べて水分が多く繊維が短いため、性状が膨軟で型崩れしやすく、ロールグラブで把持・移動する際には落下しないよう注意が必要であった。また、ラップを接地すると下部が広がるように潰れるため、大型トラックの荷台上に2個を並列できず、ロールを半分ずつずらし交互に並べる千鳥方式で積載せざるを得なかった。

 各酪農家へのラップ輸送は2024年5月7日に実施、搾乳牛への給与は十勝清水町で5月10日に開始、6月21日に士幌町で終了した。給与期間は最短で10日、最長で22日となり、給与前後の各10日間を含めた期間の生乳出荷量や乳質の変化を調査した(表2)。併せて、作業性や嗜好性などに関する酪農家へのアンケート調査を実施した。
 


 

 給与期間や給与量は酪農家によって大きく異なるが、給与量が比較的多かった2番の酪農家から乳脂肪率が若干上昇したとの報告があった。この点については、専門家からも「DPから糖分が高いHSPSに置き換えることで乳脂肪率は上がるはず」との意見がある一方、同様に給与量が多い1番の酪農家ではこのような傾向は見られず、そのほかの成分や生乳出荷量については目立った変化が無かった。

 またアンケート結果について、搾乳牛の嗜好性は総じて高い評価を得たものの、膨軟な性状のため給与作業時の取り扱いが難しいとの意見が多かった。さらに、今後本格的に利用するための条件を聞き取ったところ、サイレージ製造時に粗飼料と混合して水分を下げるなど、もっと扱いやすい性状となるよう改良を望む声が複数あった。

5 実用化に向けた課題と対策

 今回特に大きな課題となったのは、HSPSの飼料的価値に対する意識のギャップである。アンケートにおいて多くの酪農家が購入価格の比較対象として安価なPPを挙げていることは、糖分が添加され成分的に優れるはずのHSPSの給与試験において、嗜好性の高さ以外に大きなメリットを見いだせなかったことが要因として考えられる。これまでの飼料とは大きく異なるHSPSの特性を生かし、乳量・乳質の向上や飼料コストの削減、また、今回の実証では確認できていないが、糖分の給与により温室効果ガス(げっぷ由来メタン)の発生を抑制するための新たな飼料設計が求められる。

 ホクレンが試算した結果によると、てん菜生産者および製糖工場が従来通りの収益を確保するために必要なHSPSの販売価格は約88円(乾物1キログラム当たり。うち原料費46円、製造費37円、輸送費5円)となった。これは一般的なPPやデントコーンの流通価格を大きく上回り、価格高騰が続く輸入DPの現状価格に近い。あくまでも今回の実証試験における作業工程に基づく試算であり、スケールメリットや技術改良によるコスト圧縮の余地は多分に残っているものの、ハンドリングコストが掛かる高水分飼料である以上、酪農家の価格比較の対象はどうしてもPPやデントコーン(+サイレージの付加価値)にならざるを得ず、HSPSによる次世代型の耕畜連携を実現するためには、この価格差を埋める方策が必要と考えられる。

 なお、HSPSの成分について、ラップ上部から採取したサンプルの分析結果では当初想定していたよりも水分が多く糖分も低かったが、その後に給与試験中の酪農家から「ラップ下部に糖分がたまっている」との報告があった。つまり糖分がサイレージ中のパルプ(繊維分)に定着せず重力に従って降下するため、ラップ内の糖分分布に偏りが発生したものと推測される。これについては、給与前のTMR調整などでラップ全体を混合できれば問題ないが、開封したラップの一部を使用する場合は、部位により糖分量が異なることに注意が必要である。

おわりに

 上述のように、てん菜は北海道の畑作において安定的な輪作体系や豊かな土壌の維持に欠かせない基幹作物であり、地域経済を支える意味でも重要な作物である。本取り組みは、てん菜の新たな需要を開拓することで輪作体系を維持し、生産者の収益性の確保につなげることを目的として実施しており、今後も課題解決に向けて取り組んでいきたいと考えている。本稿により、てん菜作付けの意義を読者の皆さまにご理解いただければ幸いである。

 本実証の計画段階から全面的なご協力をいただいたホクレン(清水製糖工場・てん菜事業本部)およびてん菜振興協議会の各農協をはじめ、北海道農政部(畜産試験場・普及センター)、また、前例のないHSPS製造委託先の株式会社コーンズ・エージーなど、ご尽力いただいた関係組織の皆さまに深く感謝申し上げるとともに、給与試験に多大な貢献をされつつ、6月13日に急逝されたJA士幌町家畜診療課長・西沢尚之氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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