

ホーム > 砂糖 > 調査報告 > さとうきび > 南西諸島のサトウキビ産業の持続的発展から、新たな可能性へ〜豊かな明日と将来を見据えた技術と品種開発の現状〜
最終更新日:2025年12月10日

ア 地域に適応性の高い品種を用いた「糖質・エネルギー・繊維質複合生産」
琉球弧のサトウキビ圃場は、多くが肥沃とは言えず、保水・保肥力が低く、台風や干ばつも頻発する。さらに、収穫期は低温である。このような環境での多回株出し安定多収の実現には、「低温条件でも萌芽・初期生育が旺盛な品種」が必要である。
そのような課題に対応する品種の例が、すでに普及が始まっている製糖用品種「はるのおうぎ」であり、2024年7月に沖縄県の奨励品種として採用された「RK10-29」である。このほか、低糖度であるが株出し多収性を備える砂糖・エタノール複合生産用の「KY01-2044」もある(図2)。「KY01-2044」は、干ばつや台風への抵抗性も既存の製糖用品種と比べると高く、不良な環境条件における多回株出し安定多収の実現に有用な品種である。一方で、「KY01-2044」は還元糖が多く、繊維分(バガス)が高いために可製糖率が低い、脱葉性が悪くトラッシュが多いなど、現行の製糖システムでは利用しにくいとされる特性がある。

目的生産物が砂糖のみの場合は、還元糖も過剰な繊維量も価値生産の系から排除すべき「トラッシュ」である。しかし、エタノールやアミノ酸の生産には還元糖が、電力の地域供給には火力発電の燃料として多くのバガスが必要である。海上輸送した燃料を用いている琉球弧の発電事情の改善につながることに関し、少なくとも技術的にはプラスであろう。バガスからは使用領域の広いエネルギー商品を生産する試みもある。さらに、梢頭部やバガスは圃場に還元される貴重な有機質資材でもある。
サトウキビ野生種とのいわゆる「種間交雑系統」には、株出し多収などの優れた特性とともに、製糖の欠点と見なされるような成分特性を備えるものが多い。現行製糖法の場合、純糖率が下がると急速にショ糖の結晶化が難しくなるため、不良な環境への適応性の高い多収で純糖率が低い品種の利用には、製糖法の改良が必要である。そこで、アサヒグループホールディングスと独立行政法人(現国立研究開発法人)農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センターでは、還元糖の発酵工程を清澄化工程と蒸発工程の間に挟み、エタノールに変換することによって還元糖を砂糖生産の系からエタノール生産の系へと移行させてしまう、「逆転生産プロセス」を共同で開発した(注2)。この工程の導入により、結晶化工程には純糖率の高いシロップが送られ、結晶化が容易になる。晶析できなかった純糖率の低い蔗汁(登熟途中のサトウキビやそもそも純糖率の低い多収性サトウキビの搾汁液)を用いてもショ糖の結晶化、すなわち砂糖の製造が可能になる。この技術は、既存製糖工場の工程の一部を用いた大規模試験によって稼働可能であることが確認されている。高温期登熟型品種の利用に逆転生産プロセスを加えれば、製糖期間の大幅な前倒し的拡張も期待できる。操業期間の大幅な拡張は製糖工場という大きな施設の稼働性を向上させるとともに、電力の供給期間を長期化させる意味も持つ。株出しの多収化とともに、高温期収穫がもたらす大きな恩恵だと思う。この技術は試験段階であるものの、今後に向けた多くの可能性を秘めている。
(注2)「逆転生産プロセス」の詳細については小原聡(2013)「砂糖の生産性を飛躍的に高めるバイオエタノール生産技術〜逆転生産プロセス〜」(『砂糖類・でん粉情報』2013年6月号)をご参照ください。
琉球弧で、サトウキビ産業が労働の快適性と収益性、社会性を伴う産業であり続けるためは、熱帯多雨地域を適地とする既存の品種ではなく、琉球弧を適地とする品種を開発し、その利用技術を作ることがまず必要である。図1に示した通り、世界には少雨などによる農業不適地が多い。地球環境の保全がうたわれる昨今、「適地適作」の実践は大きな意味を持ち、次世代の担い手をひきつけるに足るものであろう。
イ 価値創造に向けた「サトウキビの周年収穫・多段階(カスケード)利用」
圃場も経営の規模も小さい琉球弧で、世界のサトウキビ産業にも、国内の他産業にも劣らぬ人口涵養力を発揮するために必要なこと、それは少ない生産量を補うに足るサトウキビ単位収量当たりの大きな価値創造量である。それを目指す「周年収穫・多段階(カスケード)利用」とは、どんなものだろうか。琉球弧で実現できる可能性はあるのだろうか。残念ながら、実現しているところは世界中を見渡しても、今のところない。
最も近いのは、コロンビアのカウカ渓谷であろう。ほぼ周年でサトウキビを収穫・操業し、砂糖を中心に紙や化学製品などの多品目を生産している(図3)。気温、土壌水分が十分なため、サトウキビの単位収量は世界でも最高位にある。課題は糖度・純糖率である。茎の成長に適しているということは、葉で作られたショ糖を分解して成長を促す還元糖を作る「酸性インベルターゼ」の活性が常に高い状態にあるということである。カウカ渓谷では、根の活性を抑制する薬剤(登熟促進剤)を散布して吸水を抑制し、インベルターゼ活性を抑制している。収穫予定日から逆算して登熟促進剤を散布して根の活性を下げるため、葉の色が緑から黄緑・黄・肌色に至るグラデーションが観察される。高温と畦間かんがいによる水供給で周年植え付けが可能になり、登熟促進剤の計画的散布で周年収穫が実現している。さらに、団地化された工場立地を活用して、多品目生産を実現している。「カスケード利用」に向けて、製糖産業の最も進んだ姿であると言えよう。
大規模生産のカウカ渓谷に比べ、はるかに規模が小さい琉球弧での多段階利用の実現には、高価値成分の探索と効果的な抽出・利用、そして一層細やかな処理が必要である。細やかな処理法(少ない1日当たり処理量)で適正規模の原料処理をどう達成するか、収穫・操業の飛躍的な長期化(周年化)が第二の重要事項となるゆえんである。

サトウキビが光合成に由来して生産する物質は、「ショ糖」、「還元糖」に加え、「ヘミセルロース」や「リグニン」などの他、「ポリフェノール」、ワックスを構成する「高級アルコール」などが知られている。国や地域によっては、バガス由来の紙製品、布製品を生産しているところもある。日本では、精製糖会社が有用成分を抽出して、消臭剤として商品化した例がある。ワックス関連物質を成分にした飲料や、スポンジ様の製品の開発も行われ、茎皮と柔組織に分けて加工する方法(ケーンセパレーションシステム)が試されたこともある。
多段階利用は、サトウキビの成分を価値の高い物質から低い物質へと順に抽出・生産することを本旨としている。高いものから低いものへと滝のように価値化していくことから、この方法を「カスケード(滝)」利用とも呼ぶ。サトウキビは、栽培作物の中ではバイオマス生産量が多いのが特徴の一つである。それを高度に利用するための成分分析と利用加工、その情報を整理するところからそれが始まる。
周年収穫に向けてまず必要なのは、砂糖製造に有利な高温期登熟型の品種であろう。既存品種の中では、四国などで栽培されている「黒海道」の糖度上昇期が最も早く、著者による圃場試験では石垣島の株出し栽培で、9月収穫でも甘蔗糖度が現行の買取基準である13%に達するという結果が得られている(未発表)。サトウキビの糖度上昇の契機は、順調な光合成の継続と茎伸長の鈍化である。生長鈍化の要因には、1)低温、2)乾燥、3)土壌中の窒素欠乏、4)花芽分化など―がある。成熟促進剤により根の活性を下げる場合もある。著者は、温度低下に敏感に反応する品種、干ばつ時の乾燥で糖度・純糖率が上昇する事例、早期出穂性野生種との交雑で出穂時期が早期化する事例を得ている(未発表)。夏季・秋季でも製糖可能な糖度に達する品種育成の可能性が高い上に、逆転生産プロセスもある。ましてやこの系の目的生産物は、砂糖のみではない。近い将来に、周年収穫・多段階(カスケード)利用による高付加価値型サトウキビ産業が成立することが期待される。
ウ 「環境改良型農業」の実践と「農工融合型思考」による技術開発
「食料とエネルギーの同時的増産」の達成にまず必要なのは、保水・保肥力の高い優良農地を増やすことである。食料やエネルギーを生産しつつ、それを達成するのが「環境改良型農業」である(図4)。サトウキビ産業の持続のためには、産業が環境を劣化させることは許されない。「島の環境保全」をすべての活動の前提に置くのは、それゆえである。世界の状況と同様に、琉球弧の島々にも少雨の農業不適地、保水・保肥力が低く、単位収量の低い圃場が少なくない。そのような圃場における環境改良型農業とは、どういうものだろうか。
保水・保肥力の低い圃場ではサトウキビ収量が低く、土壌の表面が太陽にさらされ、雨粒から表面を守るものがなく土砂流出が容易に引き起こされる。頻繁に繰り返される新植のための耕起は、土壌微生物叢の発達も妨げる。そのような圃場には、深く強い根系による作物的深耕と、有機物の積極的な蓄積による地力改良、多回株出しによる土壌表面の保護、すなわち環境改良型農業の実施が必要である。その出発は、「少雨環境や低肥沃度土壌」でも安定多収性を示すサトウキビの開発と利用加工技術の開発である。
価値創造を続けながら小さな地球の環境改良(世界の持続的発展に必要な技術・システム)を実現するためには、農・工双方の変革が必要である。
熱帯の多雨地域におけるサトウキビの効率的な利用技術開発と、その栽培地域拡大は、サトウキビ産業の歴史そのものであった。
単位収量の低い南西諸島での環境改良型安定多収サトウキビ生産の達成には、少雨・やせ地環境でも高いバイオマス生産を発揮できる作物を開発して利用することが求められる(図5)。それを効果的に用いるためには新しい加工技術が必要である。農と工が互いに開発初期から情報を交流させつつ深めていく技術開発の在り方、それを「”農工融合型思考“による技術開発」と呼ぼうと思う。

