養豚ビルでの飼養実態を確認するため、前述の2023年の中国の豚出荷頭数上位企業第12位に位置し、中国で初めて成功したとされる養豚ビルを建設した広西チワン族自治区の貴港市にある揚翔グループ(以下「揚翔」という)を取材した。
(1)揚翔の概要
揚翔は1998年に開業した飼料製造企業を出発点に、デジタル分野にも進出しながら、2004年からは副業として養豚を開始し、現在は養豚を本業としている。揚翔全体で、飼料生産量は年間300万トン、繁殖母豚飼養頭数は同22万頭、豚出荷頭数はおよそ同500万頭である。また、種雄豚も自社で飼養し、人工授精用精液も生産・販売しており、23年の精液販売量は700万本(中国の主な精液供給事業者10社の総販売量1750万本の40%)と、中国第1位である。
(2)養豚ビルを建設した経緯
中国では、北部の黒竜江省と南部の雲南省を線でつないだ東側の地域(中国全土の44%)に人口の9割以上が居住し、養豚が盛んな地域も重複している。中国全土の半分に満たない土地で世界の約半分の豚を飼養していることから、家畜疾病が流行しやすい。このため、2013年に揚翔内部で議論を開始し、都市部にあるバイオセキュリティレベルの高い研究施設に着想を得て、養豚ビルを建設するとの結論に達した。14年に各種の現地調査を行い、15年に図面に起こし、16年に竣工の後、翌17年から養豚ビルの稼働を開始した(写真2)。18年9月に中国で初めてASFが発生し、各地でまん延したが、揚翔の養豚ビルは当然の結果としてASFの侵入を防いだ。これにより当時の大手養豚企業のほとんどが揚翔への視察・調査に来るなど、養豚ビルの存在が一躍注目された。
(3)スマート養豚の概要
揚翔では、豚を「飼う」のではなく、豚を「良い状態で飼う」ための手段の一つとして、養豚のデジタル化に取り組んでいる。デジタル技術は元々の揚翔の関連部門であり、「科学技術が養豚産業を変える」をスローガンに、クラウド、ネットワーク、ソフトおよびハードインフラを組み合わせた揚翔のスマート養豚システムであるFPF(未来の養豚場:Future Pig Farm)を展開し、商標登録も行っている。FPFは、(1)高い品質(2)高い信頼性(3)高い効率(4)低コスト(5)新規参入が容易(6)真似しやすいこと―が特徴であり、若者の就労先としての養豚を目指している。
以下、広西チワン族自治区にある揚翔のFPF未来養豚場体験センターでの取材に基づき、FPFの概要を説明する(写真3)。
FPFでは、従業員が専用のタグを身に着けて作業に従事しており(写真4・左)、養豚ビルへの出入りや、作業場所などについて、管理責任者がスマートフォンなどでリアルタイムに居場所を確認できる。養豚ビルに出入りする際は、一方通行の消毒施設で一定時間シャワーを浴びるなど、既定の手順を経なければ通過できない(写真4・右)。資材搬入も資材専用の消毒施設で同様に措置されている。
揚翔の生産方式は1点式であり、人工授精用の精液のみを導入する「自循」である。繁殖雌豚3000頭以上の規模で「ビル養豚」を行う場合、年間1400頭の雌豚を更新する必要があるが、家畜疾病を持ち込むリスクが増すことから、自循を採用している。
繁殖母豚は耳にタグを付けて個体管理しており、自動給餌機や豚房の扉などにある読み取り機で判別し、飼料の種類・量・回数の調整、移動時のゲートの開閉などを自動で行っている(写真5)。
未妊娠房にある自動給餌機の上部には四つのモニターが付いており、それぞれ動き、距離、姿勢、活動を測定し、発情監視もできる。また、自動給餌機にはランプが付いており、赤色は6時間以上動いていない、黄色は食べ過ぎなど、現場での監視者にも視覚的に知らせることが可能となる。
妊娠房では、自社で開発した背脂肪測定器(写真6)により背脂肪厚を確認し、繁殖雌豚が子豚を効率よく生産できるよう管理している。背脂肪厚は初産豚で14〜16ミリメートル、経産豚で16〜18ミリメートルの範囲となるよう飼料の調整をしている。繁殖雌豚がやせすぎると子豚が小さくなり、太りすぎると母乳が出過ぎて次の分娩が遅くなる。背脂肪厚の測定は、(1)分娩後の離乳時(2)妊娠30日目(3)妊娠70日目―に行う。
分娩房では、母豚はよく寝てよく食べること、子豚はよく飲むことが重要である。自動給餌機は、繁殖雌豚の状態に合わせて飼料を調整できるため、母子ともに健康に育ち、飼料効率の向上だけではなく、労働効率の向上にもつながる。
子豚には温風床暖を使用し、出生直後は32〜35度、生後1週間以降は28〜32度、生後28日目の離乳時点では24度程度で加温している。これとは逆に、母豚の床は20〜22度に冷却している(写真7)。
離乳後の育成豚と肥育豚はタグによる個体管理ではなく、グループ管理としている。子豚は50〜60頭を1群として、生育状況(体重)と健康状態(体温)によって個体管理をしている。体重測定機の通過時に体重と体温を測定し、標準値から外れる豚には同測定器を出る際にマーカー(印)が付けられ、視覚的に分かるようにした上で、別の房に分けられ補助飼料の給餌などが行われる。繁殖雌豚候補豚は、生後9カ月、130〜150キログラムになったときに未妊娠房に移動する。
肥育豚舎では、出荷する豚の標準化が重視される。標準化により1キログラム当たり0.4元(8円)高く販売できるため、体重測定機では、(1)体重が順調に増加した個体(2)体重が増加していない個体(3)病気の可能性のある個体―を自動で識別し、体重が増加していない個体は別の房に分けられ、補助飼料を給餌して標準化を図る(写真8)。同測定機1台で340〜350頭のデータ管理が可能であり、4カ月間肥育をして生後120日で出荷する。
(4)FPFの実績
FPFは2024年10月現在で、20社以上の中国および外国企業、300以上の繁殖雌豚施設、1900以上の肥育豚施設で導入され、全体で500万頭以上の豚を管理している。これら導入施設では(1)繁殖雌豚1頭当たりの年間子豚出産数(PSY)の1〜3頭の向上(目標PSYは30頭)(2)1000頭当たりの繁殖雌豚の管理人員1名減(目標は労働効率40%向上)(3)全体コストの1元(20.8円)削減(目標は同6〜6.5元(125〜135円)減)―を現場レベルで達成している。
これらを通じて得られるさまざまなデータを処理することで新たな情報が蓄積・更新され、それを導入した各企業にフィードバックできるのも大きな強みとなっている。
(5)最新型養豚ビルの概要
2024年3月、広東省広州市で最新型の17階建て養豚ビルの稼働が開始した(写真9)。同ビルの敷地面積は140ムー(9ヘクタール)で、年間35万頭の肥育豚を出荷でき、17万人分の豚肉を賄える。広東省広州市は人口1800万人超のため(23年末時点)、食料安全保障の観点から、地方政府が建設を誘致していた。敷地内には居住施設、飼料工場、環境保全処理施設、と畜場、食品加工場、冷凍保管庫(と畜場以下は建設中)も併設している。養豚ビルから排出される家畜排せつ物は、固形部分は敷地内の施設で処理して堆肥化し、汚水は広州市の下水道に流すことで地方政府環境保全部門の了承を得ている。排気は屋上の臭気処理装置で処理をした上で放出している。同ビルは河川に隣接し、また、広州市の高級住宅街から河川を挟んで1キロメートルしか離れていないが、臭気などの問題は発生していないという。
すべての施設が稼働を開始すると、200名を超える労働力で管理することになる。現在は、外部のと畜場に生体豚を出荷しているが、今後、付帯施設のと畜場、食肉加工場、冷凍保管庫が完成すれば、豚肉価格に応じて冷凍保管庫で保管したり、生体豚の価格が高ければ子豚を外に売ったりと、選択肢が増えるため、同ビルへの投資は7年で回収できる見込みとしている。
(6)今後の展開
同社は、中国の食料安全保障に貢献すべく、同国内にある人口100万人以上の都市100カ所以上のすべてに養豚ビルの建設を目指している。
7階建ての養豚ビル(1点式)が最もコストパフォーマンスが良いため、同ビルの普及に取り組んでいる。7階建て養豚ビルの建設費用の内訳は表12の通りであり、土地代を含めない建設投資額は約5億元(104億円)、投資回収期間は7〜13年程度とされている。また、建設に要する土地面積は123ムー(8.2ヘクタール)程度としている。
7階建て養豚ビルの生産指標は表13の通りである。生産効率、飼料効率、労働効率の向上などのFPF導入による利益から、FPF導入により増加する電力費、設備維持費、減価償却費などの支出を差し引いても、年間約200万元(4160万円)コストが下がるため、FPF単体での投資回収は約5年で可能としている。
同社は、中国国内だけではなく、海外での展開も目指し、ロシアや韓国の企業との間で養豚ビルに関する戦略的パートナーシップをすでに締結しており、現在、ベトナムの企業とも交渉を開始している。今後は、一帯一路の関連国などにも養豚ビルを輸出していきたいとしている。