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海外情報 中国 畜産の情報 2025年4月号

中国の養豚をめぐる動向と大規模化を担う「ビル養豚」の現状

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調査情報部 平山 宗幸、横田 徹

【要約】

 中国政府は、同国にとって最も重要な畜産物である豚肉の需給安定を図るため、豚肉の備蓄制度の運用や、繁殖雌豚の適正な飼養頭数の基準を改定するなど、豚肉の供給量や価格の安定に努めている。また、生産者の規模拡大や機械化を推進するための取り組みとして、「養豚ビル」と呼ばれるビル型の大規模養豚場の建設を推進しており、大規模養豚企業を中心に、デジタル技術などを用いた集約的かつ効率的な「ビル養豚」が展開されている。

1 はじめに

 中国は、世界の豚のおよそ半数を飼養し(図1)、「1年間に2人で豚1頭を食べる」と評される世界最大の豚肉生産・消費国である。
2018年に中国でアフリカ豚熱(ASF)が発生した後には、豚肉の供給不足から豚肉価格の高騰を招いたことで豚肉の輸入量が増加し、一時期は世界最大の豚肉輸入国にもなるなど、世界の豚肉需給に大きな影響を与える存在である。
 本稿では、世界の豚肉需給に影響を与える中国の養豚をめぐる動向について、18年のASF発生後の中国養豚業の急速な回復に大きな役割を果たしたとされる「ビル養豚」の現状を中心に、現地調査を基に報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、1中国元=20.8円(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2025年2月末TTS相場)を使用した。

 

2 豚肉の需給動向

(1)需給の推移

 米国農務省海外農業局(USDA/FAS)によると、中国の豚肉生産量と消費量は、それぞれ全世界の約半分を占めており、ともに第2位のEUの2〜3倍を超える量となっている(図2、3)。
 



 
 生産量の長期的推移を見ると、1975年の700万トンから2022年には5541万トンと約8倍に増加している(図4、表1)。一方、人口は9億2420万人から14億1175万人へと1.5倍程度の増加にとどまっていることから、1人当たり消費量の増加が大きく影響していることが分かる。
 



 
 ASF発生後の19年から21年にかけては豚飼養頭数が大幅に減少したため、生産量も大きく減少したが、22年には発生前の水準まで回復している。
 輸入量は、増加する国内需要を賄うため、近年は増加傾向で推移しており、特にASF発生による国産豚肉の不足を補うため、19年以降に急増し、20年には過去最高の528万トンとなった。その後は国内生産量の増加に伴い減少に転じ、24年は130万トンとなった。一方、輸出量は10万トンで、輸入量・輸出量ともに、中国全体の生産量、消費量から見ればわずかなものである。
 

(2)価格の推移

 生体出荷価格と小売価格は、ほとんど同じ変動で推移している(図5)。一方、子豚価格は、これらと同じ傾向で上昇・下落するものの、より大きく変動する。これは、生体出荷価格の上昇・下落により、多くの零細農家が飼養頭数を急激に増減させることが一因とみられる。
 価格の推移を見ると、ASFの発生により豚飼養頭数が大きく減少した2019年以降、急激に高騰したが、基本的には10月(国慶節)と1、2月ごろ(旧正月、春節)に向けて価格が上昇し、その後下落という動きをしている。
 養豚経営の収益性の指標とされる豚トウモロコシ比を見ると、2023年は、利益が出るとされる6.0を通年で下回っており(図6)、飼養規模にかかわらず、軒並み赤字であったとされている(後述する表5参照)。一方、24年は、ほぼ通年で6.0を上回った。




 
 
 現地報道によれば、養豚企業大手2社の牧原と温氏の同年の売上高は、それぞれ1362億2500万元(2兆8334億8000万円、前年比25.9%増)、617億5300万元(1兆2844億6240万円、同33.5%増)と、いずれも大幅な黒字に転じたとされている。
 中国では、豚肉価格の調整を目的とした政府による豚肉の備蓄と放出が行われているが(注1)、24年は豚トウモロコシ比が5.8〜8.4の間で推移していたため、冷凍で保管している備蓄豚肉の買い替え(ローテーション)を目的とした取引がほとんどであった。
 
(注1)豚肉備蓄制度の詳細については、『畜産の情報』2016年6月号「最近の中国の豚肉需給動向」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2016/jun/wrepo01.htm)をご参照ください。
 

(3)輸入動向

 中国の豚肉輸入量は、同国の需給全体で見るとわずかなものであるが、世界の需給に大きく影響を与える量となる。2024年の同国の豚肉輸入量は日本、メキシコに次ぐ第3位であり、世界の豚肉輸入量の15%を占めている(図7)。
 輸入先を見ると、スペイン、ブラジル、カナダ、オランダ、米国、チリからの輸入量が多い。しかし、国内の豚肉生産量回復に伴い輸入量自体は年々減少している(表2)。24年の輸入単価は直近5年間で最も低かったが、国内の豚肉価格も下落したことで輸入量の増加には結びついていない(表3)。







 

コラム1 2024年のトウモロコシ生産状況

 中国第2位(2022年)のトウモロコシ生産量(3258万トン、全体の11.8%)を誇る中国東北部吉林きつりん省のトウモロコシ生産者によると、24年のトウモロコシの品質は良好であり、1ムー(0.667ヘクタール)当たりの収穫量は770キログラム(通常690キログラム程度。700キログラム以上で生育良好とされる)で豊作とされている。中国農業農村部が24年12月10日に公表した「通語句農産物需給予測」によると、同年のトウモロコシ生産量は過去最高を記録した前年を1.7%上回る2億9384万トンと見込まれている。
 

 
 養豚が盛んな中国南部の広西こうせいチワン族自治区の飼料製造業者によると、飼料原料となるトウモロコシ1トン当たりの価格は、23年の2900元(6万320円)から24年は2300〜2400元(4万7840円〜4万9920円)と安価で推移している(コラム1−注)。飼料原料価格が上昇した場合、飼料製造業者は、通常、その上昇分を販売価格に転嫁するため、飼料価格高騰の影響を一番受けるのは養豚農家であるとしていた。
 18年のASF発生以降、飼料製造工場でも家畜疾病対策が厳しくなっており、敷地内に出入りする外部の者は手指消毒や防疫服と足カバーの装着が求められ、出入りする車両は全体の噴霧消毒など、各所で防疫対策が徹底されている。
 
(コラム1−注)飼料原料の一つである大豆かす1トン当たりの価格は、23年の5200元(10万8160円)から24年は2800元(5万8240円)まで下落している。飼料価格の最新の動向については、本誌「(中国)トウモロコシおよび大豆の価格動向」をご参照ください。
 


 
 

3 生産動向

(1)主要産地

 養豚の主要産地は南東部に集中している(図8)。豚飼養頭数の上位8省・自治区は、それぞれ単独で2000万頭以上を飼養しており、その合計で中国全体の約6割を占める(図9)。





 
 

(2)飼養頭数

 中国国家統計局によると、2024年末時点の豚の総飼養頭数は4億2743万頭(前年同期比1.6%減)、繁殖雌豚頭数は4078万頭(同1.5%減)といずれも前年から減少している(図10)。これは、23年に豚の飼養頭数が増加し、子豚価格や豚肉価格が下落したことを受け、中国農業農村部が24年3月に、最適繁殖雌豚頭数をそれまでの4100万頭から3900万頭に引き下げるとの通知を発出した影響とみられる(注2)
 
(注2)海外情報「中国農業農村部、豚の飼養頭数調整のための方策を改訂(中国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003728.html)をご参照ください。
 


 

(3)農場戸数、飼養規模

 農場戸数は2022年時点で1926万戸となり、このうち9割以上は年間出荷頭数が50頭未満の零細規模である(表4)。ASF発生の影響がまだ少なかった18年と22年を比べると、100頭未満の層が約半分に減少した一方、1万頭以上の層は約4割増加、5万頭以上の層に限ると2倍以上に増えるなど、ASFの発生を契機に大規模化が進展したことがうかがえる。



 
 

(4)生産コスト

 中国では、飼養規模によって多少の差はあるが、おおむね飼料費が生産コストの5〜6割、もと畜費が2〜3割弱、労働費が1割弱〜2割強を占めている(表5)。2の(2)でも述べた通り、2023年はいずれの規模でも利益はマイナスとなっている。
 

 

(5)大規模養豚企業

 2023年の中国の豚出荷頭数上位20社は表6の通りである。市場占有率は上位5社で2割弱、同20社で3割弱となっている。特に上位2社の牧原と温氏の出荷頭数は他社を大きく上回っており、現地報道によると、24年の出荷頭数は、2社で1億頭を超えたとされている。
 23年の豚出荷頭数上位10社の生産概況を見ると、自社一貫経営は牧原のみであり、他の企業は4〜7割を契約農家で生産している(表7)。また、生産コストの大部分を占める飼料コストの低減を図るため、多くの企業が飼料を自社グループ内で製造・供給しており、最大手の牧原の生産コストは出荷豚体重1キログラム当たり15.0元(312円)を達成している。
 




 
 

(6)流通

 現地専門家によると、養豚企業や農家が出荷した豚は、と畜企業でと畜され、67%が豚肉卸業者、18%が豚肉加工メーカー、15%が自社直売店や代理店などの専売店に仕向けられる(図11)。豚肉卸業者は枝肉を部分肉などに加工し、多くは伝統市場(ウェットマーケット)や量販店、外食店に仕向けるが、近年は一部が電子商取引(EC)サイトにも仕向けている。中国ではテイクアウト(持ち帰り)を含めた外食が広く浸透していることから、消費者が豚肉を食するルートとして外食店が最も多くなっている。




 

4 養豚ビルに関連する主要政策と建設状況

(1)主要政策

 中国自然資源部(土地利用や資源を管轄)と中国農業農村部は2019年12月、施設農地の利用に関する通知を発出し、その中で、一定の条件を満たせば複数階建ての家畜飼養施設の建設を認めている(表8)。現地報道によると、中国農業科学院などが実施した養豚ビルに関する調査結果として、現在建設されている養豚ビルの95%が20年以降に新設されたとしており、同通知をきっかけに養豚ビルの建設が拡大したことがうかがえる。
 


 
 23年6月には、中国農業農村部などが「全国近代的施設農業建設計画(2023−2030年)」(以下「建設計画」という)を発出し、「立体的な養豚施設の建設を着実に推進」を重点任務に位置付け、「年間10万頭の豚が生産可能な立体多層型大規模養豚場を150カ所建設する」との明確な目標が示された。また、建設計画の発出に合わせて中国農業農村部は、建設仕様や基準などが定められていない養豚ビルを科学的かつ適切に普及させるため、専門家による具体的な助言などをまとめた「養豚ビル(多層)飼養技術指導意見」(以下「指導意見」という)を発出している。
 建設計画の付属文書である近代的施設畜産建設特別実施計画(2023−2030)では、25年と30年を基準としたより具体的な目標や支援策が示されており(表9)、養豚ビルの建設優先地域も明示されている(図12)。




 
 
 指導意見では、家畜疾病の侵入を防ぐために施設内での繁殖雌豚の生産・更新(「内部循環」「自循」「閉鎖繁殖」などと呼ばれる)の推奨や、バイオセキュリティ強化のための具体的な技術手法、養豚ビル特有の課題である飼料の長距離かつ高所への輸送のための飼料搬送システムの具体例などが、写真付きで解説されている(表10)。その他、養豚ビル内では人や豚、物資の移動はエレベーターが適するとされ、また、家畜排せつ物尿は自動スクレーパー(押し出し装置)などにより定期的に回収するとともに、逆流防止弁やフィルターなどで逆流や目詰まりの防止対策をとった専用パイプラインにより送付し、堆肥化することなどが推奨されている。
 指導意見では、養豚ビルでの生産方式として、5種類が紹介されている(図13)。上述の中国農業科学院などが実施した養豚ビルの調査結果に関する現地報道では、20年以降に稼働した養豚ビルの66%が1点式(自循)、14%が肥育用、20%が繁殖雌豚用(いずれも2または3点式とみられる)であり、多くが6〜8階建てとされている。




 
 

(2)養豚ビルの建設状況

 2020年以降に稼働を開始した主要な養豚ビルを見ると、20棟を超えるビルが立ち並ぶ団地型や、10階建て以上の高層型があり、生産方式もさまざまである(表11)。現在、異業種(コンクリート会社)から養豚業に参入した中新による26階建て養豚ビル(2棟)が中国最大であり、1棟で年間60万頭の豚を出荷できるとされている。

 

5 ビル養豚の実態

 養豚ビルでの飼養実態を確認するため、前述の2023年の中国の豚出荷頭数上位企業第12位に位置し、中国で初めて成功したとされる養豚ビルを建設した広西チワン族自治区の貴港市にある揚翔グループ(以下「揚翔」という)を取材した。
 

(1)揚翔の概要

 揚翔は1998年に開業した飼料製造企業を出発点に、デジタル分野にも進出しながら、2004年からは副業として養豚を開始し、現在は養豚を本業としている。揚翔全体で、飼料生産量は年間300万トン、繁殖母豚飼養頭数は同22万頭、豚出荷頭数はおよそ同500万頭である。また、種雄豚も自社で飼養し、人工授精用精液も生産・販売しており、23年の精液販売量は700万本(中国の主な精液供給事業者10社の総販売量1750万本の40%)と、中国第1位である。
 

(2)養豚ビルを建設した経緯

 中国では、北部の黒竜江省と南部の雲南省を線でつないだ東側の地域(中国全土の44%)に人口の9割以上が居住し、養豚が盛んな地域も重複している。中国全土の半分に満たない土地で世界の約半分の豚を飼養していることから、家畜疾病が流行しやすい。このため、2013年に揚翔内部で議論を開始し、都市部にあるバイオセキュリティレベルの高い研究施設に着想を得て、養豚ビルを建設するとの結論に達した。14年に各種の現地調査を行い、15年に図面に起こし、16年に竣工の後、翌17年から養豚ビルの稼働を開始した(写真2)。18年9月に中国で初めてASFが発生し、各地でまん延したが、揚翔の養豚ビルは当然の結果としてASFの侵入を防いだ。これにより当時の大手養豚企業のほとんどが揚翔への視察・調査に来るなど、養豚ビルの存在が一躍注目された。


 
 

(3)スマート養豚の概要

 揚翔では、豚を「飼う」のではなく、豚を「良い状態で飼う」ための手段の一つとして、養豚のデジタル化に取り組んでいる。デジタル技術は元々の揚翔の関連部門であり、「科学技術が養豚産業を変える」をスローガンに、クラウド、ネットワーク、ソフトおよびハードインフラを組み合わせた揚翔のスマート養豚システムであるFPF(未来の養豚場:Future Pig Farm)を展開し、商標登録も行っている。FPFは、(1)高い品質(2)高い信頼性(3)高い効率(4)低コスト(5)新規参入が容易(6)真似しやすいこと―が特徴であり、若者の就労先としての養豚を目指している。
 以下、広西チワン族自治区にある揚翔のFPF未来養豚場体験センターでの取材に基づき、FPFの概要を説明する(写真3)。
 FPFでは、従業員が専用のタグを身に着けて作業に従事しており(写真4・左)、養豚ビルへの出入りや、作業場所などについて、管理責任者がスマートフォンなどでリアルタイムに居場所を確認できる。養豚ビルに出入りする際は、一方通行の消毒施設で一定時間シャワーを浴びるなど、既定の手順を経なければ通過できない(写真4・右)。資材搬入も資材専用の消毒施設で同様に措置されている。
 


 
 揚翔の生産方式は1点式であり、人工授精用の精液のみを導入する「自循」である。繁殖雌豚3000頭以上の規模で「ビル養豚」を行う場合、年間1400頭の雌豚を更新する必要があるが、家畜疾病を持ち込むリスクが増すことから、自循を採用している。
 繁殖母豚は耳にタグを付けて個体管理しており、自動給餌機や豚房の扉などにある読み取り機で判別し、飼料の種類・量・回数の調整、移動時のゲートの開閉などを自動で行っている(写真5)。
 未妊娠房にある自動給餌機の上部には四つのモニターが付いており、それぞれ動き、距離、姿勢、活動を測定し、発情監視もできる。また、自動給餌機にはランプが付いており、赤色は6時間以上動いていない、黄色は食べ過ぎなど、現場での監視者にも視覚的に知らせることが可能となる。
 

 
 
 妊娠房では、自社で開発した背脂肪測定器(写真6)により背脂肪厚を確認し、繁殖雌豚が子豚を効率よく生産できるよう管理している。背脂肪厚は初産豚で14〜16ミリメートル、経産豚で16〜18ミリメートルの範囲となるよう飼料の調整をしている。繁殖雌豚がやせすぎると子豚が小さくなり、太りすぎると母乳が出過ぎて次の分娩が遅くなる。背脂肪厚の測定は、(1)分娩後の離乳時(2)妊娠30日目(3)妊娠70日目―に行う。
 分娩房では、母豚はよく寝てよく食べること、子豚はよく飲むことが重要である。自動給餌機は、繁殖雌豚の状態に合わせて飼料を調整できるため、母子ともに健康に育ち、飼料効率の向上だけではなく、労働効率の向上にもつながる。
 子豚には温風床暖を使用し、出生直後は32〜35度、生後1週間以降は28〜32度、生後28日目の離乳時点では24度程度で加温している。これとは逆に、母豚の床は20〜22度に冷却している(写真7)。




 
 離乳後の育成豚と肥育豚はタグによる個体管理ではなく、グループ管理としている。子豚は50〜60頭を1群として、生育状況(体重)と健康状態(体温)によって個体管理をしている。体重測定機の通過時に体重と体温を測定し、標準値から外れる豚には同測定器を出る際にマーカー(印)が付けられ、視覚的に分かるようにした上で、別の房に分けられ補助飼料の給餌などが行われる。繁殖雌豚候補豚は、生後9カ月、130〜150キログラムになったときに未妊娠房に移動する。
 肥育豚舎では、出荷する豚の標準化が重視される。標準化により1キログラム当たり0.4元(8円)高く販売できるため、体重測定機では、(1)体重が順調に増加した個体(2)体重が増加していない個体(3)病気の可能性のある個体―を自動で識別し、体重が増加していない個体は別の房に分けられ、補助飼料を給餌して標準化を図る(写真8)。同測定機1台で340〜350頭のデータ管理が可能であり、4カ月間肥育をして生後120日で出荷する。

 

(4)FPFの実績

 FPFは2024年10月現在で、20社以上の中国および外国企業、300以上の繁殖雌豚施設、1900以上の肥育豚施設で導入され、全体で500万頭以上の豚を管理している。これら導入施設では(1)繁殖雌豚1頭当たりの年間子豚出産数(PSY)の1〜3頭の向上(目標PSYは30頭)(2)1000頭当たりの繁殖雌豚の管理人員1名減(目標は労働効率40%向上)(3)全体コストの1元(20.8円)削減(目標は同6〜6.5元(125〜135円)減)―を現場レベルで達成している。
 これらを通じて得られるさまざまなデータを処理することで新たな情報が蓄積・更新され、それを導入した各企業にフィードバックできるのも大きな強みとなっている。
 

(5)最新型養豚ビルの概要

 2024年3月、広東省広州市で最新型の17階建て養豚ビルの稼働が開始した(写真9)。同ビルの敷地面積は140ムー(9ヘクタール)で、年間35万頭の肥育豚を出荷でき、17万人分の豚肉を賄える。広東省広州市は人口1800万人超のため(23年末時点)、食料安全保障の観点から、地方政府が建設を誘致していた。敷地内には居住施設、飼料工場、環境保全処理施設、と畜場、食品加工場、冷凍保管庫(と畜場以下は建設中)も併設している。養豚ビルから排出される家畜排せつ物は、固形部分は敷地内の施設で処理して堆肥化し、汚水は広州市の下水道に流すことで地方政府環境保全部門の了承を得ている。排気は屋上の臭気処理装置で処理をした上で放出している。同ビルは河川に隣接し、また、広州市の高級住宅街から河川を挟んで1キロメートルしか離れていないが、臭気などの問題は発生していないという。

 
 すべての施設が稼働を開始すると、200名を超える労働力で管理することになる。現在は、外部のと畜場に生体豚を出荷しているが、今後、付帯施設のと畜場、食肉加工場、冷凍保管庫が完成すれば、豚肉価格に応じて冷凍保管庫で保管したり、生体豚の価格が高ければ子豚を外に売ったりと、選択肢が増えるため、同ビルへの投資は7年で回収できる見込みとしている。
 

(6)今後の展開

 同社は、中国の食料安全保障に貢献すべく、同国内にある人口100万人以上の都市100カ所以上のすべてに養豚ビルの建設を目指している。
 7階建ての養豚ビル(1点式)が最もコストパフォーマンスが良いため、同ビルの普及に取り組んでいる。7階建て養豚ビルの建設費用の内訳は表12の通りであり、土地代を含めない建設投資額は約5億元(104億円)、投資回収期間は7〜13年程度とされている。また、建設に要する土地面積は123ムー(8.2ヘクタール)程度としている。
 
7階建て養豚ビルの生産指標は表13の通りである。生産効率、飼料効率、労働効率の向上などのFPF導入による利益から、FPF導入により増加する電力費、設備維持費、減価償却費などの支出を差し引いても、年間約200万元(4160万円)コストが下がるため、FPF単体での投資回収は約5年で可能としている。
 同社は、中国国内だけではなく、海外での展開も目指し、ロシアや韓国の企業との間で養豚ビルに関する戦略的パートナーシップをすでに締結しており、現在、ベトナムの企業とも交渉を開始している。今後は、一帯一路の関連国などにも養豚ビルを輸出していきたいとしている。



コラム2 日本にもある多層式豚舎

「養豚ビルの発祥となるものは日本にある」との揚翔グループの指摘を受け、愛知県豊田市にあるトヨタファームの3階建て豚舎を訪問した。同社によると、1980年代後半に、中国の視察団が来訪して多層式豚舎と縦型コンポストを視察していった記憶があるとのことである。
 同社は、食品残さを利用した養豚を目指し、昭和40年(1965年)に堤畜産として母豚1頭で創業、規模を拡大し、昭和60年(1985年)に3階建て豚舎を建設して、母豚1000頭規模の農場となった。
 豊田市は地価が高いことから、多層式を採用したものの、前例がないことから建設は非常に苦労したという。現在の日常管理でも、上層階への飼料運搬ラインの不具合や、上層階からの家畜排せつ物の排出作業など、多層式であるがゆえの苦労も多いという(コラム2−写真1)。

 
 

 
 配合飼料価格が高止まりする中、同社では現在、愛知県にお菓子や食品の製造業者が多いという地の利を活かし、規格外のお菓子(ポップコーン、飴、あられなど)や乾麺、グラニュー糖などの加熱済み食品残さを受け入れ、エコフィードとして利用している。配合飼料単価の半額以下となることを前提に食品残さを仕入れており、自家配合をして定期的に栄養価を確認しながら給餌している(コラム2−写真2)。


 
 また、豊田市の花である「ひまわり」を地域の小学校などで育ててもらい、得られたひまわりの種を飼料に加えて育てたブランド豚「とよたひまわりポーク」を生産し、学校給食や老人ホームの食事などに利用してもらうなど、養豚業や国産豚肉への関心を高める取り組みも行っている(コラム2−写真3)。
 

6 おわりに

 養豚ビルは、閉鎖的な空間で大量の豚を飼養するため、家畜疾病がまん延した場合の影響が大きく、アニマルウェルフェアの観点からも懸念がある、といった反応が中国国内でも見られるという。しかし、揚翔が実践する「豚を良い状態で飼う」ための各種取り組みは、家畜疾病の侵入を防ぎつつ、豚の能力を最大限引き出すための取り組みであり、結果としてより良い環境での豚の飼養につながるだけでなく、労働効率の向上や飼料節減にも貢献するものとなる。ただし、揚翔が、「中国国内には1800以上の養豚ビルが存在するが、黒字経営は10分の1程度であり、3分の1はすでに撤退している。単に大量に豚を飼養するためだけにビル型にすると失敗する」との指摘には留意する必要がある。
 日本で養豚ビルを導入するに当たっては、建設場所はもちろんのこと、耐震性などの建設基準や建設費とその後の運用費などのコスト面のハードルは高く、また、実際に稼働できたとしたとしても、飼料穀物のさらなる確保や大量の出荷豚の受け入れが可能なと畜場の確保など、各段階での課題は多いだろう。中国では、養豚以外の企業が参入した方が結果として成功するとの意見もあり、国策として養豚ビルの建設が今後も進められるとのことである。世界最大の豚肉生産国であり、消費国でもある中国によるデジタル・スマート技術の活用と合わせた生産の効率化・合理化に向けたユニークな取り組みであった。
 
謝辞
 本稿の執筆に当たり、2024年10月に広西チワン族自治区および吉林省で、同年12月に愛知県豊田市で現地調査を行った。訪問の受け入れや写真の提供をいただいた揚翔グループの皆さま、徳翔グループの皆さま、トヨタファームの皆さま、また、共同研究にご協力いただいた中国農業大学、中国農業科学院の皆さま方に謝意を表します。