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ブラジル砂糖産業の現在と未来〜砂糖とエタノールの二本の柱〜(前編)

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最終更新日:2024年9月10日

ブラジル砂糖産業の現在と未来〜砂糖とエタノールの二本の柱〜(前編)

2024年9月

調査情報部 峯岸 啓之、山ア 博之
 

【要約】

 世界の主要生産国で砂糖の減産懸念が高まり、砂糖の国際相場が高く推移した2023/24年度において、世界最大の砂糖生産国であるブラジルは天候に恵まれたことなどから過去最大のサトウキビ生産量を記録した。世界中で同国産砂糖の需要が高まる中、サトウキビ生産の中心地であるサンパウロ州では産業全体で将来を見据えた持続可能な生産への取り組みが行われている。

はじめに

 ブラジルは、世界の砂糖生産量の約3割、輸出量の約5割をそれぞれ占め、砂糖の国際需給に大きな影響を与える存在である。2023年に発生したエルニーニョ現象など世界的な天候不順は、インドやタイなど主要砂糖生産国の減産懸念を招いたことで、ブラジル産砂糖に対する需要が高まっている。また、ブラジルは、バイオ燃料であるエタノールの生産では米国に次ぐ生産量を誇るなど、世界をけん引する国の一つでもあり、同国で生産されるサトウキビの過半はエタノール原料に仕向けられている。脱化石燃料の動きから世界的なバイオ燃料需要が高まる中で、近年、同国では従来のサトウキビに代わりトウモロコシ由来のエタノール生産量が目覚ましく増加し、これは砂糖生産にも少なからず関連している。

 このような中、同国の砂糖需給を把握するため、秋口の2024年3月、最大のサトウキビ産地のサンパウロ州を中心に現地調査を実施した。報告は前編と後編の2回に分け、本稿(前編)では同国のサトウキビ生産状況や砂糖・エタノールの需給動向に加え、サンパウロ州の生産現場の状況や取り組みについて報告する。

 なお、本稿では特段の断りがない限り年度はブラジルの砂糖年度(4月〜翌3月)、砂糖の数量は粗糖換算である。また、本文中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月中・月末平均の為替相場」2024年7月末日TTS相場の1ブラジルレアル=27.10円、1米ドル=153.44円を使用した。

1 サトウキビの生産動向

(1)ブラジルのサトウキビ生産動向

 ブラジルの国土を大きく五つの地域に分けると、サトウキビ生産は中南部(南東部、南部、中西部)と北部・北東部で行われている(図1)。国内のサトウキビ生産は、その9割を中南部で占めており、残りの1割が北部・北東部で生産される。中南部でも南東部に位置するサンパウロ州は、国内のサトウキビ生産の5割を占め、生産地では見渡す限りのサトウキビ圃場(ほ じょう)が広がっている(写真1)。
 





 

 ブラジル国家食糧供給公社(CONAB)によると、同国のサトウキビ収穫面積は近年800万ヘクタール台を維持しており、2024/25年度は863万ヘクタール(前年度比3.5%増)と見込まれている(図2)。単収は過去10年間、1ヘクタール当たり70トン台で推移してきたが、23/24年度は多くの地域で天候に恵まれたことから同85.6トン(同16.2%増)と大幅に増加した(図3)。その結果、同年度のサトウキビ生産量は7億1321万トン(同16.8%増)となり、CONABが報告を開始して以来、過去最大を記録した。

 24/25年度のサトウキビ生産量についてCONABは、6億8983万トン(同3.3%減)とやや減少、サトウキビの歩留まり指標となるATR(注1)は、平均で134.6キログラム(同0.0%増)と前年度並みを見込んでいる(図4)。近年は主産地を中心にサトウキビ収穫の機械化が進んでおり、国内全体の機械化率は9割を超えている。しかし、栽培規模が小さいとされる北部・北東部では、3割程度にとどまっている(図5)。

(注1)1トン当たりの平均回収糖分。ポルトガル語でAçúcar Total Recuperável(総回収可能糖量)の略。

 









(2)サトウキビの生産と気象

 広大な国土を持つブラジルは、地域によって気象状況も異なる(図6、7)。近年の世界的な異常気象はブラジルでも同様に発生し、2023/24年度はエルニーニョ現象の影響を大きく受けた。ブラジル国立気象研究所(INMET)によると、同現象で中南部は多雨、北部・北東部では干ばつ傾向と予報されていたが、中南部では23年10月〜翌1月に干ばつの状況となった。また、24年3月時点で同現象が終息し、今後ラニーニャ現象に向かう兆候があるため、INMETは24/25年度のサトウキビ生産量が前年度比6%程度減少すると予想している。23年は同国の年間平均気温が1961年以降で最も高い24.92度を記録し、熱波も9回発生したことから、引き続きサトウキビ生産を取り巻く気象状況が注目される。



 
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(3)サトウキビ生産技術の向上

 サトウキビに特化した遺伝子関連分野の民間研究機関であるサトウキビ技術センター(CTC)によると、過去20年間、トウモロコシや大豆の単収は大幅に増加しているが、サトウキビは微増にとどまっている(図8)。これはトウモロコシや大豆では、育種や遺伝子組み換え技術の発展が目覚ましかった一方、サトウキビではあまり進展していないことが一因とされている。CTCではトウモロコシや大豆で培った技術や知見を生かし、2040年までにサトウキビの単収を現在の1ヘクタール当たり75トンから同150トンに倍増させる目標を掲げている。目標達成に向けて 1)遺伝的価値の向上 2)抵抗性強化 3)種子開発に注力する−としている。近年は新品種の開発が加速しており、CTCでは24年に4品種、25年に5品種の供給を予定している(図9)。



 
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2 砂糖とエタノールの生産動向

(1)サトウキビの仕向け割合

 ブラジルサトウキビ産業協会(UNICA)によると、これまでサトウキビは、エタノールへの仕向け割合が高かったとされる。しかし、最近ではブラジル以外の砂糖主産国での生産量の低下(図10)に伴う輸出量の減少(図11)から、砂糖の国際相場が高騰(図12)したことでブラジルでのサトウキビの砂糖仕向け割合は増加した。2023/24年度の同国中南部で生産されたサトウキビの砂糖仕向け割合は13/14年度以降で最大となる48.9%(前年度比3.0ポイント増)となった(図13)。24/25年度もエタノール仕向けに比べて砂糖仕向けが優先される状況が続く見通しであることから、サトウキビの減産が見込まれる中でも、砂糖仕向け割合は49.2%(同0.3ポイント増)と高止まりが続くとされている。









 
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(2)砂糖の生産動向

 ブラジルの砂糖生産量の推移を見ると、2018/19年度から19/20年度にかけて3000万トンを下回った(図14)。これは、主産国の増産や中国の輸入制限などを背景とした国際相場の低迷が要因とされている。その後は、砂糖国際相場の回復やサトウキビの生産量の増加により、23/24年度には4568万トン(前年度比24.1%増)と大幅に増加した。24/25年度はラニーニャ現象発生の予測によりサトウキビは減産見込みとされるが、砂糖仕向け割合は引き続き高止まりとの予想から、4600万トン(同0.7%増)とわずかな増加が見込まれている。砂糖の生産内訳は、7割弱が輸出用の超高度粗糖(VHP糖)で占め、残りの3割がクリスタル糖とその他の糖となっている(図15)(注2)。なお、生産された砂糖は2〜3割が国内で消費され、残りの7〜8割が輸出される。

(注2)砂糖の分類については、『砂糖類情報』2010年5月号「ブラジルの砂糖産業の概要〜急拡大する世界最大の砂糖産業〜」(https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_000049.html)をご参照ください。



 
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(3)エタノールの生産動向

 ブラジルは米国に次ぐエタノールの生産国であり、その生産量は世界全体の約3割を占めている。CONABによると、エタノール生産量はサトウキビ生産量や仕向け割合に左右されながらも右肩上がりで推移しており、2023/24年度には過去最高となった19/20年度に匹敵する356億972万リットル(前年度比15.0%増)となった(図16)。同国ではこれまでサトウキビ由来のエタノールが生産されてきたが、近年はマットグロッソ州を中心とする中西部での第2作トウモロコシの増産により、トウモロコシ由来のエタノール生産が著しく増加している(図17)(注3)。23/24年度の同エタノール生産量は59億2028万リットル(同33.1%増)と大幅に増加し、エタノール生産量の16.6%を占めるまでに成長した。なお、生産されたエタノールは9割が国内で消費され、残りの1割が輸出されており、砂糖とは状況が異なっている。

(注3)詳細については、『畜産の情報』2020年8月号「ブラジルの大豆・トウモロコシをめぐる最近の情勢(前編)
〜生産はマットグロッソ州を中心に今後も拡大の見込み〜」
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001275.html
)をご参照ください。



 
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3 砂糖とエタノールの輸出動向

(1)砂糖の輸出動向

 ブラジルは世界最大の砂糖輸出国であり、世界の砂糖輸出量の5割を占めている。2023/24年度の輸出量を見ると、同国でのサトウキビの増産や他の主要国の減産に伴う国際相場の上昇により、粗糖輸出量は3020万トン(前年度比23.0%増)、精製糖輸出量は495万トン(同54.8%増)とそれぞれ大幅に増加した(図18)。また、同年度の主要輸出先を見ると、粗糖は中国やインドなどアジア地域を中心に(図19)、精製糖はイエメンやアフリカ諸国が中心となっている(図20)。これらの輸出は、粗糖と精製糖ともにサンパウロ州のサントス港積み出しが大半を占めている(図21、22)。日本向け輸出もわずかであるが、精製糖を中心に年間1000トン程度が輸出されている(図23)。















 
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(2)エタノールの輸出動向

 ブラジルは米国に次ぐエタノール輸出国であり、世界のエタノール輸出量の1〜2割程度を占めている。2023/24年度はサトウキビの砂糖仕向けが多かったことなどにより、エタノール輸出量は25億3862万リットル(前年度比4.8%減)とやや減少した(図24)。23/24年度の主要輸出先を見ると、韓国向けが3割強と最も多く、米国とオランダ向けを合わせた3カ国で輸出量全体の7割弱を占めている(図25)。輸出港は砂糖と同じく、サンパウロ州のサントス港積み出しが全体の約9割を占めている(図26)。日本向け輸出については、23/24年度が4783万リットル(同40.0%減)と大幅に減少したものの、輸出先としては9番目となった(図27)。

 







 
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コラム 〜サトウキビジュースとパステル〜

 サトウキビといえば、砂糖やエタノールの原料と想像されるが、用途はそれだけではない。訪問したサンパウロ州では、都市部や地方のさまざまな場所で、搾りたてのサトウキビジュースが販売されている。日本でもサトウキビ生産地では搾りたてのサトウキビジュースを販売しているが、ブラジルでは一般的な飲み物として広く親しまれているようである。

 同州の州都、サンパウロ市の中心部に隣接する東洋人街「リベルターデ地区」は、国内外から多くの観光客が集まる市内有数の観光地であり、日本食レストランや日本文化を押し出した店舗のほか、さまざまな露店も並んでいる。そこには当然のようにサトウキビジュースの露店もあり行列ができていた(コラム−写真1)。ここでは、サトウキビ100%のジュースのほか、ライムやパイナップルなどとのミックスも注文できる(コラム−写真2)。注文したサトウキビとパッションフルーツとのミックスジュースは、サトウキビの持つ優しくすっきりした甘さにパッションフルーツの甘酸っぱさが加わり、残暑の厳しい暑さも相まって格別な味わいとなった。近年、サトウキビジュースは栄養価の高さから注目を集めており、多くのビタミンやミネラルを含んでいるほか、抗酸化作用や便秘の改善にも効果があると言われている。




 
 また、サトウキビジュースと同様に目につくのが、「パステル」と呼ばれる同国の庶民的なファストフードである(コラム−写真3)。パステルは小麦粉の生地の中に味付けされたひき肉などを詰めて揚げたものであり、安価に入手できる国産の豚肉などを原料としている。パステルにはさまざまな具材のほか、調理法(揚げ、焼き、ゆで)や形(長方形、半円)など、地域や店舗によっても違いがあり、サトウキビジュースと一緒に売られていることが多い。サトウキビジュースとパステルは、砂糖やエタノールに加えてブラジルの農畜産業を支えている(コラム−写真4)。




 

4 サンパウロ州のサトウキビ・砂糖・エタノール産業動向

 本章では、今回の調査で訪問したサンパウロ州の生産者協会や研究機関などの取り組みを紹介する。近年、砂糖・エタノール産業に対しても、世界的な流れとして持続可能な生産が求められており、世界最大の生産規模を有する同州でもさまざまな取り組みが行われている。

(1)サンパウロ州におけるサトウキビの位置付け

 サトウキビはブラジルを代表する農作物であり、サンパウロ州は同国のサトウキビ生産量の5割を生産している。同州は国内経済の中枢を担うサンパウロ市を有する一方、農畜産業も盛んな地域であり、さまざまな農畜産物が生産されている。サンパウロ州農務局農業経済研究所(IEA)によると、サトウキビは同州農業の重要品目に位置付けられており、2023年のサトウキビ総産出額は592億900万レアル(約1兆6046億円)と、全体の37.5%を占めている(表1)。

 同農務局は、州内を40の農業区域に分割しており、IEAによると、23/24年度は南部のレジストロを除く全域でサトウキビが生産されている。主産地は同州中央から北部にかけて分布し、北部のバレトスやオルランジアでは3000万トンを超えるサトウキビが生産されている(図28)。


 
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(2)生産者団体の取り組み

 サンパウロ州中央部に位置するジャウー市の生産者協会(ASSOCICANA)は、サトウキビ生産者700者(栽培面積4万5000ヘクタール)が加入し、サトウキビの植え付けや収穫状況の把握、営農指導、農業機械の稼働調整や収穫・出荷時期の調整をしている(図29)。ASSOCICANAを含むジャウー区域全体では年間2000万トン程度のサトウキビを生産しており、40の農業区域の中で10番目の生産規模となっている(表2)。

 同協会に加入する生産者の多くはブラジル最大級のエネルギー・製糖企業であるRaizen社と契約を結び、収穫されたサトウキビの多くは同社に出荷されている。小規模生産者が多いことから、親族や近隣生産者などでコンドミニアムと呼ばれる集団を形成することにより、大規模化してサトウキビの生産を行っていることが多い。ブラジルの砂糖・エタノール生産企業は一般的に自社圃場で生産したサトウキビを原料とすることが多いが、Raizen社が原料として利用するサトウキビの4〜5割は、これら生産者との契約による出荷とされる。
 





 
 

ア 直近の気象と生産状況
 同協会によると、2023年10月〜翌1月の降水量が平年を約400ミリリットル程度下回る1000ミリリットル以下となったことで、過去に経験したことのない干ばつ状況にあったとされる。そのためサトウキビの草丈が全体的に低く枯死株も散見され、24/25年度の収穫は前年度を10〜15%下回ると見込まれている(写真2)。同地域では灌漑(かん がい)設備が未整備のため、生育に必要な水分は降雨に頼っているが、今回の事態を受けて灌漑の重要性を認識したことで、今後は何らかの対策に取り組みたいとしている。

 サンパウロ州政府は、灌漑施設が整備された圃場が州内の農業の総耕地面積の6%にとどまることから、30年までにこれを15%に引き上げる目標を掲げており、中小規模の生産者でも灌漑施設に投資できるよう対策を検討している。
 



 


イ 生産管理の自動化と課題
 
同協会に加入する農家では、GPSによる自動運転機能付きの植え付け機や収穫機が導入されており、作業効率化や生産コスト低減が図られている(写真3)。特に200台を超える収穫機については、同協会が最適な収穫ルートを選定するための改善とプログラム化を実施している。収穫はGPSで管理されているため、現在は物理的障害が発生したときに対応できるようオペレーターが1人搭乗しているだけであり、省力化が図られている。

 しかし、広大な圃場ではインターネット環境に限界があり、植え付けや収穫の生産管理データをリアルタイムでクラウド上に送受信ができないなど、機械の性能が十分発揮できないこともある。サンパウロ州農業・供給局によれば、同州内のインターネット環境は都市部周辺に集中し、州全体の50%に限られているとされる。そのような中、一部の生産者は自らインターネット接続用アンテナを整備し、通信環境の改善を図っている。同協会では、将来的にすべての圃場で生産管理データを基にした収穫作業の向上やリアルタイムでの作業改善を可能とする通信環境を整備していきたいとしている。
 

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ウ 継続的な技術指導と認証取得
 
同協会は持続可能性に向けた取り組みにも重点を置いており、生産者が良好な生産技術を実施し、国際的認証プログラムであるBonsucro認証(注4)を取得するための生産管理や業務活動を支援・指導している。現在、協会に加入する生産者の34圃場のうち、2圃場がBonsucro認証を取得している。同協会はEUを主要な砂糖輸出先としていないものの、EUのルールは国際市場に大きな影響力があるため、将来的に輸出市場が国際認証を要求する可能性に備え、認定取得に取り組んでいる側面もあるとしている。

 また、域内生産者の多くはRaizen社と契約を結んでいることから、同社が実施するELOプログラムも受けている。このELOプログラムはBonsucro認証に沿ったプログラムであり、サトウキビ生産者の継続的な改善を支援し、持続可能な開発を促進することを目的として、持続可能なサプライチェーンの開発を専門とするNGO団体であるImafloraとSolidaridadの協力を得て構築されたものである。各生産者には同社の専門技術者が割り当てられ、継続的なモニタリングと技術指導を無償で受けることができる。今回訪問した生産者は、同プログラムでその卓越性が認められ、現在はBonsucro認証の取得を目指している(写真4)。

(注4)サトウキビ生産に関して生物多様性の保全、人権、労働安全に配慮していることを認証する国際規格。
 




エ 積極的な生物的防除の推奨
 
Bonsucro認証の要件の一つに、年間1ヘクタール当たりの化学農薬使用量を5キログラム未満とする基準があるため、同協会は生産者に対し天敵糸状菌などの微生物防除剤や寄生蜂き せい ほうなどの天敵昆虫を用いた生物的防除を推奨している。

 今回訪問した圃場では、サトウキビ専門の農機具メーカーであるDMB社がCTC(サトウキビ技術センター)と共同開発した植え付け機を導入しており、植え付け時に600リットルのタンクから微生物防除剤が噴霧される(写真5)。この数年で生物的防除への取り組みは20%程度上昇しており、同協会は、コスト低減と天敵の定着という持続的効果から、今後はこれが化学的防除に代わる主要技術になると考えている。日本では微生物防除剤や天敵のほかに交信かく乱のような性フェロモン剤も使用されるが、現地では、モニタリングでフェロモンルアーを使用する程度で、直接的な防除には使用していない。

 

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(3)製糖企業による取り組み

 サンパウロ州に三つの工場、ミナスジェライス州に一つの工場を持つIpiranga Agroindustrial社は、30年以上砂糖・エネルギー事業を展開している(図30)。11万8543ヘクタール(東京23区の面積の約2倍)の自社圃場で原料用サトウキビの95%を生産しており、同社は砂糖とエタノールを生産するほか、バガスなどによるバイオマス発電で余剰電力を売電している(表3)。また、同国最大規模の砂糖とエタノールの複合企業であるCopersucar社と協力関係にあり、サプライチェーン全体の物流統合、卓越したオペレーション、持続可能な価値創造を実現している。今回訪問したデスカルヴァド工場があるサンパウロ州アララクアラ区域は、40の農業区域内では6番目の生産規模であり、年間2300万トン程度のサトウキビが生産される(表2)。同工場では砂糖とエタノールの両方が生産されているが、昨今の状況を受けた砂糖仕向け中心ではなく、工場の稼働状況と圃場から運搬されるサトウキビの品質に応じて仕向け先を決定している(写真6)。










 


ア 副産物の利活用
 
ブラジルでは、サトウキビの肥料にエタノール生産の副産物であるビナスを使用するのが一般的で、カリウムを豊富に含んでいる。工場で発生した液状のビナスは冷却され、水で調製された後、パイプラインで圃場に送られ、圃場ではスプリンクラーやホースにより散布される(写真7)。並行して、ビナス散布による地下水のカリウム汚染の防止対策も行われている。

 


 

 ビナスのろ過から得られるフィルターケーキやサトウキビ搾汁(さく じゅう)後の残渣(ざん さ)であるバガスの燃焼で残った灰は、リンが多く含まれるためすべて肥料として活用される。工場から運搬されたフィルターケーキやバガスの灰はコンポストセンターで別々に積まれ、鶏ふんなどを添加・攪拌(かく はん)し、45日間で混合肥料になる(写真8)。
 




 さらにバガスの利用について、現在同社では余剰のバガスは販売や他のボイラーで使用している状況にあるが、トウモロコシ由来エタノールの製造段階での活用についても言及している。これは昨今のトウモロコシ由来エタノールの増産を受け、トウモロコシの生産者団体がサンパウロ州でのトウモロコシ増産を推奨しており、今後、同州でトウモロコシが増産されれば、サトウキビの収穫がない時期にトウモロコシ由来エタノールを生産できるため、その際に余剰のバガスが燃料として利用できるということである。

イ 収穫と運搬のデジタル管理
 
同工場には収穫機が20台(うち4台は苗収穫用)あり、収穫されたサトウキビは積み替えターミナルで70トン(35トン×2)収容の大型トラックに移され同工場へ運搬される(写真9)。圃場で稼働する植え付け機や収穫機、圃場と工場間を往来するトラックなどが工場内のオペレーション室ですべて管理されている。同社ではGPSと連携した収穫などの自動化のほか、米国の航空宇宙企業であるスペース]社のスターリンク(衛星通信)を使用して圃場とのリアルタイムの通信が可能となっている。オペレーション室のモニターには現在稼働中の機械や移動中のトラックがすべて地図上に表示され、圃場で稼働中の機械に取り付けられたカメラにより現場の様子を確認することもできる。植え付けも収穫も自動化が達成されているため、将来的には現場のオートメーション化も望まれるが、現在は安全性を配慮し、1人のオペレーターを配置している。
 




ウ 森林保護活動
 
同社では生態系の保護、生物多様性の推進のため森林保護活動にも力を入れており、その森林保護面積は3万1000ヘクタールに上る。ブラジル在来種など年間6万本の苗木を工場内で生産し、河川の流域などに植林している(写真10)。
 

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(4)研究開発での取り組み

 サンパウロ州政府の農業研究機関(IAC)は、カンピーナス市にサトウキビに特化した研究施設を有している。また、ジャウー市には新品種の生育試験圃場を備えた地域研究センターがあり、サトウキビの品種改良のほか、施肥や灌漑などの研究を行っている(写真11)。さらに、1994年からサトウキビ生産向上のためPrograma Canaと呼ばれる新品種の研究を行っており、30年にわたる同プログラムで開発された品種や技術は、サトウキビの生産性向上に大きく貢献してきた。
 


 
 

ア 発芽前の苗(MPB)による苗生産
 
手植えが主流だった頃は1ヘクタール当たり8〜12トンの苗が理想とされたが、実際は不発芽リスク軽減のために同11〜14トンの苗が使用されてきた。その後、機械植えの普及を受けて頻発した植え付けミスによる生産性の大幅な低下を避けるため、使用苗は同20トンを超えるほどになった。しかし、この方法は苗を通じた病虫害の拡大リスクを高め、防除をより困難にすることから、IACでは2012年に生産性の向上を目的に、新品種の増殖に必要な苗の量を減らす発芽前の苗(MPB:mudas pré-brotadas)による苗生産方式を開発した(図31)。この方法により使用苗は同1.5〜2トンに削減可能となったことに加え、速やかな新品種株の増産というメリットも生まれた。また、ブラジルでは5年に一度の圃場更新の際、地力回復のために大豆やトウモロコシ、落花生などを作付けするが、その際に圃場で苗を直接生産するMEIOSI(注5)と呼ばれる栽培システムが普及しており、この手法はMPBとの相性が非常に良いとされる(写真12)。MPBの生産コストは現在、品種にかかわらず一定で1本当たり0.85レアル(約23.0円)とされている。IACがサトウキビを生産する172社を対象に実施した調査では、22年の圃場更新で82.6%の企業がMPBを使用すると回答しており、普及が進んでいる。日本でも同様の苗生産は2000年代より検討されている(注6)

(注5)詳細については、『砂糖類・でん粉情報』2022年7月号「ブラジルの砂糖・エタノール産業におけるICTの活用状況と持続可能性に関する取り組み」(https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_002747.html)をご参照ください。
(注6)詳細については、『砂糖類情報』2009年6月号「株出しの単収向上に有効な一芽苗による欠株補植について」(https://sugar.alic.go.jp/japan/example_02/example0906b.htm)をご参照ください。




 

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イ ドローンや人工衛星の利用
 
IACは寄生蜂などの生物農薬、肥料や植物成長調整剤のドローンによる散布試験を行っている(写真13)。ドローン使用は労働力や時間の削減のほか、草丈が高くなっても空中から薬剤を散布できるなど、さまざまなメリットがある。例えば化学農薬低減の観点から近年活用されている天敵などの生物農薬は、現状では地面に手作業でその容器が設置されているが、ドローンの活用により作業時間や散布量の大きな削減が見込まれている。

 近年はドローンや人工衛星を利用して、圃場の高精度なモニタリングを実現している。IACでは、サーモグラフィカメラと光の波長情報を分析するカメラを搭載したドローンによるリモートセンシングで、サトウキビ圃場の水ストレスを評価しており、画像診断により灌漑区と非灌漑区で温度に大きく差が認められた。水不足の判定や灌漑の計画・管理のために画像から得られた情報を植物の水分状態と関連付ける研究事例は少ないことからIACの取り組みは高く評価されている。また、ドローンの活用によるサトウキビのフェノタイピング(注7)の研究も行われており、搭載する光学センサー間により栽植密度や草丈をはじめ、植物体の萎凋(い ちょう)度合いや雑草密度など、さまざまな特性が比較されている(図32)。

(注7)カメラやセンサーなどを活用して作物の表現型を自動計測・記録する手法。




 

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おわりに

 今回の現地調査を通じて印象に残った言葉がある。それはASSOCICANAの会長がBonsucro認証の取得について「ゲームに参加するための資格を取るようなもの」と繰り返し例えていたことである。輸出依存型の砂糖生産を行うブラジルの砂糖価格は国際相場に左右される。EUを中心に持続可能な農業への移行が進む中、今後、これが世界の基準となる未来を見据えつつ、増大する世界の砂糖需要を満たすために生産性向上を追求する生産現場の姿勢に、数字以上に同国が世界最大の砂糖生産国であり続ける所以(ゆ えん)を感じた。

 また、同国内ではトウモロコシ由来エタノールの生産が急増しており、その背景にはサトウキビのオフシーズンにエタノールを生産できるというメリットなどはあるが、近年の高まるバイオ燃料の国際需要も大きく関係している。

 後編(2024年10月号掲載予定)では、同国のバイオ燃料の需給動向や政策について、砂糖エタノール産業の視点からその状況や影響を報告する。
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272