【トップインタビュー】日本のレシピで世界に挑戦 〜日本産農畜産物の魅力と産地に求められること〜
最終更新日:2021年9月1日
株式会社 ABC Cooking Studio代表取締役社長 志村なるみ氏に聞く
国家プロジェクトとして農畜産物の輸出拡大が掲げられる中、株式会社 ABC Cooking Studioは、「世界中に笑顔のあふれる食卓を」を理念に、国内外で料理教室を運営し、日本産農畜産物や食文化の普及に大きな役割を果たしています。日本の食にベースを置きつつ、現地に根差したマーケティングを展開する中で感じておられる、日本産農畜産物のニーズや魅力、国内産地に求められることについて、同社代表取締役社長の志村なるみ氏に伺いました。
コロナ禍以前の海外スタジオの様子
Q 企業概要やスタジオ事業について教えてください。
当社は1987年に静岡県で創業後、料理の「いろは」をカジュアルに学べる教室を目指して運営し、全国展開を機に、社名を日本語の「いろは」に対応する英語の「ABC」を使って現在の「ABC Cooking Studio(以下「ABC」という。)」としました。「School」ではなく「Studio」と名付けたのは、従来の料理教室の概念にとらわれない新しい場、サードプレイスを提供したいと考えたからです。これまで権威のある先生が職人を養成する料理専門学校はありましたが、主に20〜30代の女性が趣味の延長で学ぶ料理教室は世界でも類がなく、現在でも競合他社がないと自負しています。創業当初から、世界を意識していました。
現在、スタジオは国内外136カ所、会員は154万人です。
Q 海外展開の状況について教えてください。
海外スタジオは現在、台湾、香港、シンガポールなどアジアを中心に8カ国・地域36店舗です。当社は2010年、上海から海外に進出しました。ABCのレッスンは、料理・ブレッド・ケーキの三つを柱としていますが、上海は自炊が一般的でなかったので、ブレッドとケーキで勝負することにしました。その後、料理のレッスンも本格化しましたが、現地の料理ではなく日本の家庭料理を紹介しました。あくまでもABCは日本の家庭料理を教える場であり、日本食は世界に通用すると最初から確信を得ていたからです。
海外スタジオは、日本と同じくガラス張りで、日本よりもさらに華やかです。ハイブランドが集まる大型ショッピングモールへの出店に成功していることもあり、会員は高所得者層が中心となっています。
日本国内のレッスン料は、1レッスン当たり約5千円ですが、海外でも同価格帯でのコース設定です。現地の物価水準を考慮すると安いレッスン料ではありませんが人気は高く、日本食や日本産農畜産物への期待値の高さが感じられます。
スタジオで使用する食材は、主に現地の問屋から仕入れています。海外進出当初は、食材を揃えることに苦労し、レシピにアレンジを加えなければならないこともありましたが、日本食の人気上昇に伴い、現在では現地でも日本の食材を手に入れやすくなりました。「日式(日本風)」ではなく、日本産農畜産物を使った「日本製」のレシピを紹介できることは、私たちにとっても大変嬉しいです。
Q アジアでスタジオを展開されてきた背景は。文化や食習慣の違いにどのように対応してきましたか。
香港、マレーシア、インドネシアなどは、親日で日本を旅行してきた方々もとても多いので、日本産農畜産物の品質の高さや安心安全について認知度が高いという背景があります。また、当初はブレッドやケーキのコースが一番人気でしたが、食材を自分の目で確認しながら調理できるということは、健康面においても安心感があり、徐々に料理コースへの関心も高まっていきました。
アジアの人々は、手先が器用で細かな作業が得意なように思います。この点も、アジアでのスタジオ事業が多くの人に受け入れられている要因だと思います。
ただ、進出しているアジアの都市では、食事は外食が多く、ABC会員のような高所得者層においては、メイドさんが食事を作る習慣も根強くあります。ABCに通われるのは、好きなインストラクターから料理を教わって、知り合った会員のみんなで一緒に作って食事を楽しむというレジャー感覚の方が多いと思われます。ちなみに、日本のスタジオでは、食事をした後に会員自身が食器洗いまで行いますが、海外のスタジオでは、食事までがレッスンで、食器は専門のスタッフが洗います。これも文化の違いですね。
Q 海外スタジオの運営で留意されていることは。
海外スタジオのインストラクターは、現地で採用し、きめ細やかに研修を行います。
国によっては宗教による制限などに配慮し、豚肉やお酒を使わないなどレシピを工夫しています。また、礼拝の時間を大切にされているということもあるので、スタッフの労務管理においても、休憩時間のほかにその時間を設けるなど配慮しています。
Q 特にどんな日本食・日本産農畜産物が人気ですか。どのような点に日本産農畜産物の強みを感じているのか教えてください。
寿司(手まり寿司や五目ちらしなど)や天ぷらは、飛び抜けて人気です。それから、お好み焼きやたこ焼きも人気があり、ラーメンも麺から作ったりするレッスンは、あっという間に予約が埋まりますね。あとはアジフライやしょうが焼きなども人気があります。
日本産農畜産物では、ここ最近、コメの人気が特に伸びているように感じます。日本のコメは、軟水でないと上手に炊けないので、水から調達して炊いている家庭もあると聞きます。和牛は、日本に比べて倍ほどの価格になりますが、サシが細かく、さらっとして重すぎない味わいが人気のようです。そのほか野菜なども、日本を観光した際に、各地の農畜産物を知り、帰国後も購入されるという流れがあると感じています。日本産農畜産物は、現地のものより価格は高いですが、その食材の扱い方やレシピを繰り返し教えることが購買につながっていきます。さらにアジアでは口コミの影響も大きいことから、会員の発信により日本産農畜産物の購入が広がっていく可能性を感じます。
人気のレッスンメニュー(提供:ABC Cooking Studio)
Q 日本産農畜産物の輸出など産地や企業と連携した海外事業展開について教えてください。
日本産農畜産物が現地のスーパーで調達できるようになるにつれ、これらを購入し、料理に使いたいという現地消費者のニーズの高まりを強く感じています。それを追い風に、ここ5年くらいで関連する日本の企業や団体とのコラボレーション企画やイベント開催が活発になってきています。
ABCが拠点を持つ国々は、図のとおり日本産農畜産物のマーケットとしても重要なエリアです。日本産農畜産物の品質の高さを知っていても、実際に扱い方や食べ方を伝えないことには次の購買につながりません。現在、日本産農畜産物についてスタジオで食材の扱い方を教え、味を覚えてもらい、購買意欲を高めるという流れ作りにも積極的に取り組んでいます。
また、2021年には、JTBと協力して、日本の食材を使用した冷凍ミールキットを輸出する事業を準備しています。配送面のハードルがありますが、現地のスーパーと提携できれば、冷凍ミールキットだけでなく冷蔵の野菜など生鮮品をセットにして販売する可能性も広がり、併せてスタジオで使い方を学んでもらうというスタイルも提案できるのではないかと期待しています。
Q 日本国内の地域ブランディング事業について教えてください。
行政とタイアップした地域おこしがメインの事業です。静岡県掛川市では、JA掛川市とのタイアップで地場野菜を使ったブレッド教室「あぐりきっちん」プロジェクトが進行中です。2021年8月1日には石川県七尾市において、駅前商業施設に「里山里海キッチン」をオープンしました。地産地消の推進・食育教室・地元企業とのコラボレッスンなど、地域の老若男女が集まるコミュニティの中心的な役割を担う料理教室としてサポートしてまいります。
Q 新型コロナウイルスの感染拡大は、経営に影響を与えていますか。
コロナ禍で、2020年4〜5月は、全スタジオを閉鎖しました。初めての経験でしたが、アジアの国々も含めて、飲食店が休業したり、外出自粛が求められたりする中で、自宅で料理する動きが事業への追い風となっています。
特に国内のスタジオでは、ニューノーマルな時代に対応すべく、いち早くレッスンに新たな価値を投入しました。オンラインレッスンやタブレットを使ったレッスンの実施です。これにより、レッスンのスタイルは、従来から行っているスタジオでの少人数対面レッスンのほか、自宅から参加するオンラインレッスン、スタジオでタブレット端末で動画を見ながら行う個人レッスンの三つとなり、会員の意向に合わせて毎回それぞれのレッスンスタイルを選ぶことが可能です。
オンラインレッスンは、会員がプラットフォーム上で日本中の人気インストラクターを選んで受講できるので、例えば、今日は金沢、明日は京都のインストラクターといった具合に、旅行気分でレッスンできると人気は上々です。
タブレットレッスンは、スタジオにあらかじめ食材や道具が用意されていて、一人で動画を見ながら作るという手軽さから、需要は確実に伸びています。2022年からは人気声優のアフレコによるレッスン動画も準備しており、日本のアニメが好きな海外スタジオの会員からも人気が高まるのではと期待しています。
Q 今後の海外事業における展望や課題を聞かせてください。
特に中国は、国土が広く大都市も多いので、日本の何倍もの市場があるとみています。したがって、中国を中心に海外事業を拡大していく展望を描いています。中国の場合、一般的に転職市場における流動が激しく、意欲のある者は賃金が高い会社にすぐ転職する傾向がありますが、ABCでは事業の意義や企業理念に賛同して働く優秀なスタッフが多く、今でも10年前の創業当時のメンバーが数名残っています。しかし在籍期間の短いスタッフもいますので、人材の育成と確保が中国事業拡大における重要な課題と考えています。
Q 最後に、日本産農畜産物を海外で販売していく際に、求められることやヒントを教えてください。
日本の農畜産物は、アジアにおいて高く評価されています。ただ、こんな特徴があって、こんな栄養価があると訴えるだけでは、消費者に伝わりません。実際に手に取り、作って、食べるという体験をしてもらうことに大きな価値があるのです。価値ある体験は、着実に購買につながります。お好み焼きやたこ焼きだって、山芋が入った粉や天かすといった材料を知らなくても、作って食べてみたら美味しいということから人気が出ています。たこ焼き器も普及したら、もっと広まるかもしれませんね。
今、世界中でライフスタイルの変革が起こっています。創業から37年目を迎えるABCは、イノベーション・価値の創造を常に行い唯一無二の存在でありたいと思っています。「食に関わる時間を増やすと、心はもっと豊かになる」という思いを胸に、ABCグループでは、今後も未来と社会へ貢献するために、どうあるべきかを考えていきたいと思っています。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 企画調整部 (担当:広報消費者課)
Tel:03-3583-8196