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〜自然の恵みと人々の暮らしの橋渡しを担う種苗業界最前線〜

【トップインタビュー】確かなタネから豊かな暮らし
〜自然の恵みと人々の暮らしの橋渡しを担う種苗業界最前線〜

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最終更新日:2022年3月2日

一般社団法人日本種苗協会会長 金子 昌彦氏に聞く

 植物の種は、生命の源であり、次世代へ生命をつなぐカプセルと言えます。農業の生産性の向上や高付加価値化に欠かせない品種開発や種苗生産などを担う種苗業界は、農業と人々の豊かな暮らしを支えています。今回は、(一社)日本種苗協会の金子 昌彦会長に、業界を取り巻く環境や今後の展望などについて伺いました。

たねを考える

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Q まず、世界の種苗市場規模と日本の位置付けを教えてください。

 世界的に見ると、穀物類を扱う欧米資本企業の規模が目立ちます(図1)。「バイオメジャー」と呼ばれる大手化学系多国籍企業による買収で寡占化が進み、独立資本は少なくなる傾向にあります。また、中国企業の台頭も目覚ましいものがあります。
 日本の種苗会社では2社が売上高で世界のトップ10に入っています(図1赤枠)。

図1 世界の主要種苗会社の販売動向

Q 種苗業界は、海外進出が早かったようですね?

 品種開発は国内で行われますが、気象条件や人材確保の面から採種は9割程度が海外で行われています。最も大きな理由は、種子生産に求められる栽培条件です。例えば、アブラナ科植物の採種地は美味しいワインの生産地と重なっており、チリや南アフリカ共和国、オーストラリアといった国で乾燥しているエリアが該当します。
 日本は土地が狭く花粉が飛散しやすいほか、梅雨の時期には病害が発生しやすいです。また、手間と時間がかかる割に、年間を通じた作業があるわけでないことから、採種に携わる労働者の確保が非常に難しいのです。さらにリスクヘッジのため、採種時期が逆になる北半球と南半球のさまざまなエリアに拠点を設けるのが種苗業界の基本になっています。
 国際化が進む中、各国との協調や連携も欠かせません。さまざまな国際問題に取り組むために世界75か国の企業が加盟する国際種子連盟(ISF)という組織があります。日本人の常任理事も選出され、われわれも参画しています。
 世界的な課題としては環境問題があります。2021年秋には、イギリス・グラスゴーで国連気候変動枠組条約第26回締約国会合(COP26)が開かれたところであり、環境への取り組みが世界的な耳目を集めましたが、種苗業界においてはオーストラリアの干ばつによる種苗の安定供給への影響が懸念されるほか、過激な気象変動に左右されにくい、干ばつや湿害に耐性を持った品種に対するニーズが急速に高まっています。また、持続可能な食料システムへの転換が必要不可欠となっていく中、食料生産の起点となる業界として国連食料システムサミット(2021年9月)での提言も行いました。さらに、国際的な課題となっている遺伝子組み換え作物(GMO)やゲノム編集、品種の知的財産権などについて国連食糧農業機関(FAO)にも業界として適切な枠組みづくりを働きかけているところです。

Q 日本の種苗業界の強みを教えてください。

 日本人の真面目で器用な性質が、われわれの業界でも活きていると思います。
 日本では現在、約150種類もの野菜が栽培されていますが、そのうち日本固有の野菜は山菜やワサビ、ウドなど数十種類に過ぎず、多くが海外からもたらされ、定着してきたものです。例えば、練馬大根に代表されるいわゆる伝統野菜の多くは、もともとかなり昔に海外から導入されて長い年月をかけて地道にその土地の風土に合わせて定着させてきました。われわれも、各地の食文化を守るため、これらの伝統野菜について、その土地土地で種子を大切に採って、責任を持って供給を続けています。
 また、日本の消費者は味覚や色彩感覚が非常に繊細なので、農作物についてもデリケートな品質を求められます。生産者側の省力化や耐病性といったニーズとともに、消費者側の多様な嗜好に応える新たな品種を創意工夫により生み出さなければならない厳しい競争の中で鍛えられています。これは、日本の種苗会社が世界で戦っていける大きなポイントと感じています。

だいこん

Q 流通ルートなど国内外の種苗供給の概要について、教えてください。

 日本で流通する野菜の種子は、国内の種苗会社が開発した優良な原種から国内外の生産地で採種された後、精選や消毒などの工程を経て、農業協同組合や小売店などを通じて生産者に供給されるのが一般的です。さらに種苗会社と小売店の間には卸売業者が介在したり、また、インターネットで直販されたりするなど、種子には多様な流通ルートがあります。  海外への供給については、種苗会社の子会社の有無や品目によって流通形態はさまざまです。たまねぎ、にんじん、キャベツ、ブロッコリーなどは、日本の品種が世界的なシェアを獲得してきています。

Q 新型コロナウイルスの感染拡大は、種苗業界にどのような影響を与えていますか。

 やはり、国内外の生産現場に足を運べないことは大きなネックです。現場における品質管理、技術指導が一番大切なことなので一日も早く、現場に行けるようになってほしいですね。
 われわれの仕事で一番大事なのは、種子不足で農業を止めないことです。農作物の生産には種が必要で、農業は種から始まります。種がないと、いくらノウハウや資材があっても作物はできません。
 各種苗会社は災害時などに備えて、温度や湿度の管理を徹底した種子の備蓄を必ず行っています。そのため、種子の供給自体に大きな問題は生じていませんが、農業の現場では業務用野菜の需要減がかなり深刻だったと聞いています。一方、巣ごもり需要で園芸に親しむ方が増え、花や野菜の種子や苗の販売は急増しました。今後も定着していくとよいと思っています。

Q 最近話題のゲノム編集について、教えてください。

 かつては在来の固定種から優良品種を選抜することが主流でしたが、交配種(F1種)の登場が品種開発の転換点になりました。今後はゲノム編集(注1)が、どのように品種開発を変えていくのか、注目しています。
 ゲノム編集は、自然界でも起こり得る変異を効率よく選抜する有用なテクノロジーだと思います。食味や機能性の改善といったさまざまなメリットについて、産学官が連携して、国民の皆様のコンセンサスを得ていくことが肝要だと考えています。

(注1)ゲノム編集とは、自然界で誘発されうる変異を人為的に再現する品種改良技術の一種で、農作物が既に持っている遺伝子をピンポイントで書き換え、その遺伝的機能を調節します。(参考 広報誌「alic」2021年7月号まめ知識

Q 種苗法の改正をめぐる状況について、教えてください。

 種苗業界にとって、良質な種苗を安定して供給するとともに、時代の要請に合った新しい品種を開発していくことは大切な使命です。このため、国際条約(植物新品種保護国際同盟(UPOV)条約)では、加盟国が共通の基本的原則に従って新品種開発者の権利(育成者権(参考1))を一定期間保護しています。
 日本の種苗法は、このUPOV条約に準じたものですが、いちごなど日本で開発された種苗が育成者権者の意思に反して海外に流出し、増殖され産地化するという由々しき事態を踏まえ、改正されました(参考2)
 品種の保護が強化されることは、国産農産物のブランド価値を守る上でも国内の農業の振興につながります。種苗業界としても、育成者権に関する正しい理解の醸成や育成者権の侵害防止を目的に、登録品種表示マーク(図2)を作成していましたが、今般の種苗法改正に合わせて、同マークの商標権を農林水産省に譲渡しました。同マークの普及が育成者権の周知や品種の保護につながれば有り難いと考えています。また、セミナーなどの機会に、知的財産権の保護の取り組みなどについてご説明する活動も続けています。
 
参考1 育成者権
 登録品種の生産、増殖、販売などを独占する権利で、品種登録により新品種を開発した者(育成者)に農林水産大臣から与えられます。登録した品種を無断で輸出、販売、増殖された場合には権利侵害賠償請求などをして権利を守ることができます。
参考2 種苗法
 新品種の保護のための「品種登録制度」と種苗の適正な流通を確保するための「指定種苗制度」について定め、品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図っています。今般の改正のうち、登録品種の海外への種苗の持ち出し制限や国内における栽培地域の制限を可能とする規定などについては、令和3年4月1日に施行されました。許諾に基づいて登録品種の増殖を行うための規定などについては令和4年4月1日から施行されます。詳細は、「砂糖類・でん粉情報」2021年5月号をご覧ください。

図2 登録品種表示マーク(PVP マーク)

Q 日本産農林水産物・食品の輸出拡大について、どのように捉えていますか。

 中国や東南アジアなどで、経済発展により肉の需要が高まり、それに伴い生で食べられる良質で食味の良い野菜も求められるようになっています。輸出拡大によって日本の野菜が知られ、世界に広がっていくことは、種苗業界にとっても歓迎すべきことです。  種苗業界としては、ISFやアジア・太平洋種子協会(APSA)といった国際団体を通じて各国にUPOV条約への加盟を促しながら、育成者権が保護され侵害されるリスクのない海外市場に対し、日本の優良な品種を売り込んでいます。また、日本の公的機関が育成した品種の海外での品種登録にも協力しています。

Q 遺伝資源の保護に関する取り組みについて、教えてください。

 販売品種の種子の備蓄は、20年ほど前は国の事業で行われていましたが、先述のとおり現在は各種苗会社が担っています。備蓄には、種子の活力を保つため、温度や湿度などの厳格な管理が求められますし、備蓄中も発芽率を調べながら、定期的に一定数を入れ替えて更新しています。
 優良な新品種の開発には、多様な遺伝資源が必要です。日本では、農業生物資源ジーンバンク事業(注2)が行われていますが、遺伝資源を利用するには、特性の調査や採種が不可欠です。本協会は、海外野菜遺伝資源の導入利用の加速に向けて協力しています。

(注2)国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が、農業分野に関わる遺伝資源について探索収集から特性評価、保存、配布および情報公開を行う事業。

Q 力を入れている活動はありますか?

 本協会は子ども向けの食育推進プロジェクトを10年以上続けており、年間約100校約1万人の子どもたちに参加いただいています。食育というと、調理方法や栄養価などを学ぶのが一般的ですが、われわれは種をまくところから体験していただきます。種をまいても、うまく芽が出なかったり、虫に食われたり、途中で枯れてしまったりしますが、その過程で命の大切さをはじめ、農作業の大変さや有り難さ、食料はどのように供給されるかなど、学ぶポイントが大いにあります。植物と一緒に子どもたちも育つ、非常に特色あるプログラムであると自負しています。費用はいただかず、会員が食育出張授業を行いますので、関心がある関係者の方は、どうぞお問合せください。

食育プログラムリーフレットと授業用スライド(抜粋)

金子 昌彦氏

一般社団法人日本種苗協会 概要
1973年 設立(前身は全国種苗業者連合会)
 会員数は960社(2021年4月現在)で、全国に9ブロック会、45都道府県に協力団体がある。品種開発や種苗生産を行う種苗メーカー、卸、小売業者が会員となっており、優良種苗(野菜・花きなど)の供給や品種開発などを促進し、日本の農業ひいては、国民全体の生活水準の向上を図ることを目指している。
国際種子連盟(ISF)会員
アジア・太平洋種子協会(APSA)会員
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 企画調整部 (担当:広報消費者課)
Tel:03-3583-8196