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【トップインタビュー】香港をはじめとするアジア圏における日本食普及の変遷

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最終更新日:2022年5月6日

香港日本料理店協会会長/香港日本産食品等輸入拡大協議会座長 氷室 利夫氏に聞く

 日本の農林水産物・食品の輸出額は、2021年に1兆2千億円を記録し、この10年で2.7倍となりました(図)。中でも香港は、国・地域別輸出金額で常に上位にあり、日本にとって大きなマーケットとなっています。香港で日本産農産物・食品の卸売業や日本料理店を経営し、日本食普及の親善大使にも任命されている氷室氏に、香港をはじめとするアジア圏における日本食や日本産農畜産物・食品市場の変遷について伺いました。

図 農林水産物・食品 輸出額の推移(単位:億円)

香港の街パノラマ

香港の街

Q 香港で事業をスタートされた経緯を教えてください。

 私は1989年、証券会社の駐在員として香港に赴任しましたが、会社を辞めて香港に残りました。その後、日本国内の顧客向けに金融サービス業を始めたところ、思いがけずマグロの輸入販売をサポートする縁があり、当時は誰もやっていませんでしたが一念発起して、2003年10月にマグロの輸入専門商社を創業しました。顧客の信頼を得ながら従業員も増やし、少しずつ取り扱う商材を拡げていきました。2005年にはマグロの端材を使ったネギトロなどを提供する定食屋も始め、現在は天ぷら屋やカクテルバーなど複数の業態でレストランも経営しています。

Q 御社の事業と香港での日本食の変遷について教えてください。

 事業を進める中で、運には恵まれてきたと思います。当初2002年の暮れから2003年3月あたりに開業しようとしたのですが、私たちは開業の延期を余儀なくされました。このとき現在のコロナ禍と同様に、SARSという感染症が香港を襲い、ほぼ全ての産業活動が停止したのです。香港の経済は底を突き、深く傷ついていましたが、かえって新規参入にはタイミングが良かったといえます。家賃が安くなり、業界が変わっていく中で、失うものがない環境から事業を始められたからです。
 その後、2004年にかけて、主要産業の一つである観光業の立て直しに向け、日本と香港との間のビザなし渡航が解禁され、一気に日本旅行がブームとなりました。1960年ごろから日本食レストランはありましたが、この時期が香港の日本食レストランの数や質を劇的に変化させた大きな転換点に違いありません。日本旅行ブームをきっかけに、香港の方々が本物の日本料理を食べる機会が爆発的に増え、自身の舌で日本食レストランを淘汰して、レベルを格段に上げていきました。幸運にも、このような本物の日本食が求められている時期に、われわれは開業したのです。
 現在も、日本からの進出店も含め、日本食レストランは入れ替わりながら増えつつあり、ラーメン屋、寿司や天ぷらといった専門店の増加も顕著です。ここ5年くらいは、日本のミシュラン獲得店からシェフもヘッドハントすることもあるようです。
 香港にある約2万2千〜2万3千軒のレストランのうち、中華料理店が約9500軒、次いで日本食レストランが約2500〜3000軒と中華料理店に次いで数が多いジャンルとなっています。このうち、約1割は、日本人オーナー日本人シェフの店だと認識しています。
 今のタイやベトナムでの日本食の普及動向は、香港の十数年前の状況のように思われ、とても大きな可能性を感じます。

Q なぜ香港で日本食が受け入れられたのでしょうか。

 香港と日本の間には複雑な歴史もあります。しかし、1960年代に日本から衣料や海運の業界が進出し、現在の香港経済の礎を築いてきた経緯から、親日派の方が多いエリアです。友人に尋ねてみると、日本は食やアニメなどの文化面でも憧れの対象となっています。
 香港ではもともと、体を冷やす食事に抵抗がある方が多いです。ただ、先述の日本旅行ブームを経て、親世代の高齢者も寿司などを食べ始め、生食も受け入れられるようになったことから、日本食は大いに広がりました。

Q 香港と他のアジア圏での日本食マーケットの違い・特徴を教えてください。

 最も大きな違いは、香港は日本から「デイ・ゼロ」で輸送が可能な点です。デイ・ゼロとは、豊洲で早朝、取引された食材がその日の夜に香港のレストランで食べられるといった輸送体制です。
 風水文化があるアジア圏では、フレッシュな食品が好まれます。同じ中華圏の台湾でも、デイ・ゼロ輸送は可能ですが、関税が高く価格がかなり高くなります。他方、上海は通関が難しいと言われており、シンガポールは輸送時間がかかるため、その日のうちには食べられません。
 香港の場合、例えば朝10時羽田発の空輸便が午後2時には到着して、1時間で通関が済み、4時にはトラックで店舗へ運ぶことができます。こういった物流システムが、香港の和食、特に寿司文化を支えています。われわれの業界では、物の調達も勿論ですが、いかに効率的な物流システムを確立するかが肝になっています。

Q 新型コロナウイルスの感染拡大は、香港の日本食マーケットにどのような影響を与えていますか。

 1997年の中国返還以降、中国大陸における日本食人気は、香港で経験した方々の口コミで広がっていったといわれています。また、香港は、シンガポールなど東南アジアからの旅行客も多く、地理的にアジア圏のマーケットに与える波及効果は非常に高いです。
 コロナ禍での一番の痛手は、これら観光客の減少です。香港の量販店では、生鮮食品は巣ごもり需要で一定の売り上げを維持していますが、菓子類は落ち込んでいます。香港での日本の菓子類の最大の消費者は観光客だったのです。
 また、物流にも大きな影響が出ています。例えば、野菜については、冷凍品は主に横浜、名古屋、大阪、福岡などから船便で運ばれてきていましたが、スケジュールが大きく乱れています。生鮮品は航空便ですが、成田と羽田からに限定されます。このため、商品が予定どおりに輸送できず、積み残しが発生するのが大きな課題です。
 一方、香港は自炊が一般的でなかったものの、巣ごもり需要でミールキットなどの売り上げが約3倍になった企業があり、ECサイトへの新規参入も増えています。ただ、物流の混乱で、配達日が確定できないという問題は多発しています。

Q この数十年間で、日本産農畜産物の人気はどのように変化していますか。

 経済成長により、アジア圏でのニーズは変わってきています。一番変化しているのは、品目ではなく、品質です。
 従来、魚なら脂の乗ったサーモンや大トロ、肉ならA5の和牛がもてはやされましたが、今は白身魚やA4やA3の赤身肉など、淡白な味を求める富裕層も見受けられます。このような動きが、次第に一般市民にも広がっていきそうです。和牛については、ブランド価値や利益率が高いですが、主力商品をA4やF1種(交雑種)などにシフトしている日系焼肉店などもあります。
 また、鶏卵は現地や日本の業者による一大キャンペーンによって、人気に火が付きました。日本の鶏卵は、高価ながら価格以上の品質の高さから需要が高まっていて、輸入量は今後も伸びるとみています。
 農産物では、量販店の焼き芋ブームでさつまいもの輸入が大きく伸びています。果物も人気ですが、ここ数年、価格面で特に韓国産と競合しています。日本の関係者がこれまで時間と費用をかけて市場を開拓してきただけに、大変惜しいことです。

参考 日本産畜産物の国・地域別輸出実績(2021 年)<牛肉><鶏卵>

Q 今後、日本産農畜産物・食品の輸出をさらに増やすために、求められることは。

 かつて、日本料理店が淘汰されていったように、食材の淘汰が始まりつつあります。個人的には、日本からの輸出品のクオリティが高すぎて、海外が求めるスペックとずれが生じてきているように感じています。10%のプロフェッショナルに届いても、90%の消費者を取り込んでいかなければ商売にはなりません。現地のニーズを掴んで、それに見合った品質や価格を実現していくことが重要だと感じます。輸出国の中には、生産時点から輸出用のスペックに調整し、香港に事務所を置き、定期的に流通調査を行っている国もあります。日本政府は先ごろ、香港に輸出支援プラットホームを設置し、情報収集や相談対応の窓口として活用する方針を打ち出しました。競合国を相手に、この香港やマカオといった大湾区(グレーターベイエリア)で支持を得ていかなければなりません。
 日本食の普及のためには、商品開発と技術者の育成を両輪で進めていくのが重要です。肉については、ホルモンなど新しい商品を開発できる余地があるように思いますし、レストランのニーズに応えてスライス加工できる業者がもっと増えるべきです。人材教育については、私自身人材派遣会社を立ち上げ、具体的に動き始めています。
 また、さらにレストランを増やして、B to Cのアクセスを多様化していくことも重要です。香港が人口730万人でありながら、これほど和食が知られているのは、世界でも極めて特殊です。これを生かさない手はありません。香港をハブにして、もっと日本食の裾野を広げていくべきです。

Q 香港での日本食や日本産農畜産物・食品の普及に向けた関係者の活動について教えてください。

日本食普及に向けた官民連携の覚書締結式

香港日本料理店協会の業務項目

 香港では2020年6月、日本政府の農林水産物・食品の輸出目標額(2025年に2兆円、2030年に5兆円)の達成に向けて、日本産食品等輸入拡大協議会が発足しました。現地のニーズを日本国内に伝え、生産・流通体制を改善するために、海外でいち早く結成された官民一体の協議会です。私は本協議会の座長を務めています。
 メンバーは2022年3月現在、日本国内の事業者や地方自治体も含めて約100名です。定期的なWEB会議を通じて、メンバーの成功例や失敗例を共有し、香港の今を肌感覚で伝えています。協議会の中には専門の分科会を設け、規制に関する情報を集めたり、物流コストを抑えるパッケージについて意見を出し合ったりしています。1社1業界ではクリアできないことも、メンバーが手を取り合って、日本側に課題として伝えて解決していきたいです。日本の関係者と香港の消費者やレストランシェフとの橋渡し役も目指しています。
 私は、香港日本料理店協会の3代目会長も務めています。本協会は、香港政府が認める一般社団法人で、1979年の設立から40年以上の歴史があります。レストランに限らず、人材派遣会社やコンサルティング会社なども加入し、情報交換会やイベントを開催しています。

Q 日本産農畜産物・食品の輸出への今後の意欲をお聞かせください。

氷室 利夫氏 Zen Foods Co., Ltd. 代表取締役会長 ゼンフーズジャパン株式会社 代表取締役社長  1989年 _証券会社の駐在員として香港に赴任 1990年代後半 _独立し日本国内の顧客向け金融サービス開始 2003年 _香港でマグロ輸入専門商社を創業 2005年 _外食産業へ参入 2020年 _香港日本料理店協会会長に就任     _香港日本産食品等輸入拡大協議会座長に就任 2021年 _「日本食普及の親善大使」に任命  ※本インタビューは、令和4年3月3日に香港と東京をオンラインで結び開催しました。

 和食は2013年、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。世界的にも和食文化が認められ、強力な追い風が吹いています。日本産農畜産物は本当に魅力的ですし、日本食は日本が世界に誇る素晴らしいツールです。
 われわれ関係者は、責任感を持って和食文化の普及、魅力の発信に取り組み、広く世界のマーケットに働きかけていきたいと思っています。
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農畜産業振興機構 企画調整部 (担当:広報消費者課)
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