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〜いま、あらためて「食」を「食文化」にするために〜

【トップインタビュー】広報誌10周年記念・国産農畜産物の重要性
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最終更新日:2022年11月7日

広報誌「alic」2022年11月号

オテル・ドゥ・ミクニ オーナーシェフ 三國 清三氏に聞く

オテル・ドゥ・ミクニ オーナーシェフ 三國 清三氏

 広報誌「alic」は、おかげさまで発行10周年を迎えました。今回は、長年、国内外で活躍され、最近ではYou Tubeでのレシピ動画配信が話題の三國清三氏に、コロナ禍における食への向き合い方、国産農畜産物に対する思いなどを伺いました。

Q  YouTubeチャンネルが話題になっていますが、配信を始められた経緯について、教えてください。

 ご存じの通り、2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の発令で、外食を楽しむことがネガティブに捉えられ、我々の店舗でも、全店閉鎖を余儀なくされました。
 私どものお客さまは日本国内在住の方が多く、インバウンド減少よりも影響が大きかったのは外出自粛です。お客さまが来店できずステイホームを強いられる中、何かお役に立てればとの思いから、2020年4月にYouTubeでのレシピ配信をスタートし、毎日1本のレシピを更新しています。2年半で配信した動画は850本以上、チャンネル登録者数も36万人を超えました(2022年9月末現在)。予想外だったのは、海外にお住いの日本人の方が多く視聴されていることです。全体の1〜2割は、海外からの視聴です。

Q “プロの技は難しい”というイメージをどのように克服されたのでしょうか。

 私のYouTubeのコンセプトは、「すぐ手に入る材料で、少し失敗してもおいしくできる」ということです。誰でも簡単にプロの味を再現するためには、綿密で戦略的なレシピ開発が欠かせません。
 プロの技術や高級な食材を見ても、自分で調理できるとは、なかなか思えないですよね。そこで、我々のレシピ開発チームでは、例えば、フォン・ド・ボー(仔牛のだし)の代わりに、お好みソースなど身近な材料を組み合わせて、うまく味が乗るようにしています。おかげさまで、YouTubeにアップしたレシピをまとめた書籍を出版しましたが、販売が好調で、第2弾の出版が決まりました。

お好みソースを使ったハヤシライスのレシピ動画
お好みソースを使ったハヤシライスのレシピ動画

Q 視聴者からどのような反響が寄せられていますか。

 YouTubeの視聴者は40〜50代の女性が中心ですが、男性や学生なども多く、幅広い皆さまに視聴いただいているようです。10年以上前に出演した教育番組を見ていた若い世代からは、その番組における私の愛称である“ミクニン”あてにコメントをもらうこともあります。「コロナ禍で難しいけれど、いつかお店も訪ねてみたい」とファンレターをくださる方、YouTubeがきっかけで初めて来店される方もおり、反響の大きさを感じています。

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「グーで〜す!」の秘密  YouTubeの動画の締めくくりで使っている「グーで〜す!」は、私を在ジュネーブ大使公邸料理長に推薦してくださった恩師で帝国ホテル元料理長の村上信夫さんが、料理番組で使っていた決まり文句を拝借しました。視聴者の皆様にも喜んでいただいて、嬉しいです。

Q シェフ兼ユーチューバーとなって、特に感じていることはありますか。

 飲食業は、コロナ禍で最も行動制限が課せられてきた業界です。飲食業の営業が止まると仕入れ先の生産者や業者、配送業務など全てが止まりますから、波及する影響も甚大です。さらに、飲食業界では、若い世代の業界離れが懸念されます。お客さまが戻ってきても、人手不足でスタッフの確保が難しいという店も聞きます。
 ユーチューバーは子どもたちにとって憧れの職業の一つですから、シェフの仕事として発信することは、飲食業の継承の新たなアプローチになるのではないでしょうか。今後も引き続きリモートワークは主流になっていくように思うので、YouTubeによる情報発信やテイクアウト需要への対応など新しい挑戦が求められていくでしょう。

Q コロナ禍や国際情勢を背景に、これまで以上に国産農畜産物の安定供給が求められていますが、どのように捉えていますか。

 私は服部幸應先生らとタッグを組んで、子どもたちに五味(甘い、しょっぱい、酸っぱい、苦い、うま味)の味覚を教える「味覚の授業」などの食育に取り組み続けてきました。
 フランスの元大統領ド・ゴールは、食料を自給できない国は独立国家とは言えないと発言したそうですね。残念ながら、日本の食料自給率は、一時40%まで上がったものの、東日本大震災などを経て下降傾向にあり、現在は38%にとどまっています(令和3年度(カロリーベース))。つまり、食料の62%を海外へ依存しているということです。海外からの供給が止まったらどうなるか、十数年前から食料自給率向上の重要性を強く訴えてきましたが、皆さん想像が及んでいなかったように思います。今こそ、食料自給率向上のために何をすべきか、考えるべきです。
 日本は、かつては世界に誇る技術立国として、幾多の危機を乗り越えてきましたが、その地位は揺らぎつつあります。実際に、ロシアによるウクライナ侵攻といった外的な要因で、食料や日用品の価格高騰への対応を迫られています。終戦になっても復興は容易でないはずですし、ヨーロッパ諸国もコロナ禍で決して景気は良好ではありませんから、今後、さらに情勢は厳しくなるでしょう。
 一方で、故郷の北海道を見ると、食料自給率200%を保っています。日本には豊かな自然が残っており、農業生産力を上げていく潜在力が十分あるはずです。コスト削減などの観点から海外依存が高まりましたが、まさに今、国産農畜産物に目を向けるチャンスの時ではないでしょうか。

Q 国産農畜産物の魅力を教えてください。

オテル・ドゥ・ミクニ特注の氷砂糖(てん菜糖)
オテル・ドゥ・ミクニ特注の氷砂糖(てん菜糖)

 私は料理人として調和を大切にしますから、日本の素材には日本の素材を合わせるようにしています。
 また、国産チーズといえば、従来はハードチーズの生産が主流でしたが、北海道を筆頭に、寒冷な気候を活かして、フレッシュな生乳を使ったナチュラルチーズの製造技術が広まっています。国産チーズのレベルは、格段に上がっていますね。
 私は出身が北海道ということもあり、砂糖は特別に発注しているオリジナルの北海道産てん菜糖をゆっくりと結晶化させたものを使っています。料理に使うと、グラニュー糖は甘味がそのまま残りますが、てん菜糖は他の食材の味を引き立てるように感じます。
 メニューに食材の生産地や生産者の名前を加えたのは、私からと自負しています。各地のPR大使を務めているので、これからも魅力的な産地を応援していきたいです。

Q  海外における日本産農畜産物については、どのように感じていますか。

 同じ食材であっても、国や地域によって求められる性質が異なるということを意識するのが大切です。在ジュネーブ大使公邸料理長を務めていたときは、肉に対するイメージの違いが顕著でした。欧米の肉は主に赤身で、欧米人が一度に食す肉の量は、日本人の約3倍です。霜降りの和牛肉を輸出していくなら、和牛肉は柔らかさを味わう食材として違いを明快に伝える必要があります。食習慣も理解した上でのプロモーションが肝要です。
 日本の食材は、総じてみずみずしく、日本人は昔から喜んで愛でますね。それは、日本が周りを海に囲まれた細長い島国で、土壌が水分をたっぷり吸収しているからです。一方、ヨーロッパでは、食材が水っぽいと嫌われるので、洗うなと言われるくらいです。フランスは地溝と呼ばれる地形にあって、土壌が極度に乾燥しています。野菜は、それほど大きくならず日照りも強いので、皮が固く、香りがとても強いです。たとえば、トマトをフランス料理で扱うときは必ず皮をむきますが、日本のトマトをそのまま使うと、水分を多く含んでいるのでしゃばしゃばになり、全く違う料理になってしまいます。魚も、ヨーロッパでは死後硬直した魚をさばく「野締め」、日本では調理前ぎりぎりまで生かしておく「活締め」といった具合に扱い方が異なります。
 日本産の農畜産物を売り込むときは、こうした現地の食材や食習慣を熟知した上でアプローチしないと難しいはずです。日本の食材をそのまま海外に持ち込んで賞賛してくれるのは、来日経験のあるごく限られた層です。日本食や日本産農畜産物の市場拡大のためには、一般庶民まで購買層を広げていく必要があります。私が今、YouTubeでフランス料理専門書のレシピを日本の食材で再現しているのも、まさにフランス料理を日本の一般家庭に届けるためです。

Q 持続可能な農畜産物の生産や食文化の継承に向けた展望をお聞かせください。

オテル・ドゥ・ミクニ 外観

 技術革新とスマート農業の普及による労働負荷の低減や収益の向上で後継者の育成が進むことに期待をしている一方で、台風被害で傷んだ農産物を近所の人が購入したり、高校生が地域の名産品を使って商品開発して町おこしをしたりといった、産地の支援につながる取り組みに注目しています。日本の食文化の未来のために、私も引き続き子どもたちへの食育活動やYouTubeでの発信などを通じて、国産農畜産物の魅力や食料自給率向上の重要性を訴えていきます。
 四ツ谷にあるオテル・ドゥ・ミクニは、2022年12月28日をもってグラン・メゾンとしての第一章を終え、建て替えます。2024年には70歳の節目を迎えますし、第二章では、長年の夢であった小規模ながら直接料理を提供できるような料理人の醍醐味をお客さまにも感じていただきたいです。YouTubeでの動画配信も、コンセプトを変えながら続けていきますので、ご期待ください。

三國 清三 氏 オテル・ドゥ・ミクニ オーナーシェフ 1954年 北海道増毛町に生まれる。 1969年 15歳で料理人を志し札幌グランドホテルにて修業後、帝国ホテルに移り修業を続ける。 1974年 20歳で在ジュネーブ大使公邸料理長に就任。退任後も複数の三ツ星レストランにて修業を重ね、1983年に帰国。 1985年 東京四ツ谷にオテル・ドゥ・ミクニを開店。 2013年 フランスの食文化への功績が認められ、フランス・トゥールにあるフランソワ・ラブレー大学(現・トゥール大学)にて名誉博士号を授与。 2017年 フランス共和国レジオン・ドヌール勲章シュバリエを受勲。  ※本インタビューは、令和4年8月25日にオテル・ドゥ・ミクニにて実施しました。

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