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【この人に聞く】すべての人が活躍できるユニバーサル農業を

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最終更新日:2023年9月5日

広報誌「alic」2023年9月号

社会福祉法人ゆずりは会 障害福祉サービス事業所 菜の花 管理者
小淵 久徳氏にインタビュー

社会福祉法人ゆずりは会 障害福祉サービス事業所 菜の花 管理者 小淵 久徳 氏

 障害者などが農業分野で活躍することを通じて、自信や生きがいを創出し社会参画を促す取り組みである「農福連携」は、「農業・農村における課題」と「福祉(障害者など)における課題」の双方を解決し利益をもたらすとして、推進されています。
 群馬県前橋市に本部がある社会福祉法人ゆずりは会の障害福祉サービス事業所である「菜の花」は、農業によって利用者の能力を引き出すだけでなく、工賃向上を実現したことが評価され、ノウフク・アワード(注1)2022グランプリを受賞しました。今回は、管理者を務める小淵氏にお話を伺いました。

(注1)農福連携等応援コンソーシアム(事務局:農林水産省)が、優れた農福連携事例について、全国への発信を通じて他地域への横展開を図るため表彰。

Q 事業概況について、教えてください。

群馬県前橋市・高崎市

 当法人は2006年、地場産業の農業と木工を軸に、知的障害者通所授産施設の「ゆずりは」を開所し、雇用されるのが困難な者などに自活に必要な訓練を行うとともに、就労や技能習得に必要な機会の提供を始めました。法人には複数の事業所がありますが、木工部門は利用者の負担が大きいため廃止され、2014年に開設した「菜の花」も農業に特化した就労継続B型事業所(注2)として運営しています。
 前橋市と高崎市にまたがるエリアで、一日に職員は5〜6名程度、利用者は20名程度が農作業に携わっています。

(注2)就労継続支援B型事業所は、一般企業に雇用されることが困難であって雇用契約に基づく就労が困難である者に対して、雇用契約を結ばずに就労の機会の提供および生産活動の機会の提供を行う。これに対し、就労継続支援A型事業所は、一般企業に雇用されることが困難であって雇用契約に基づく就労が可能である者に対して、雇用契約の締結などによる就労の機会の提供および生産活動の機会の提供を行う。

Q 農業に取り組まれた経緯について、教えてください。

 事業所では、生産活動による利益を利用者の工賃として還元するため、利益をいかに最大化して工賃を上げていくかが使命です。
 業務量や単価が委託元に左右されるシールはがしや電子部品の解体といった内職作業に比べて、農業は、土地とやる気があれば、自分たちで作業をコントロールできますし、目標を設定して工夫次第で売り上げを伸ばせます。また、収穫の力仕事、細かな選別、機械などを使った包装などさまざまな作業の中で、利用者がそれぞれ能力を伸ばすことが可能です。ある勉強会で、工賃を向上するには事業の取捨選択が必要との学びを得たことも、農業に特化するきっかけとなりました。
 また、法人の元理事長が、多収量で地域表彰を受けるような生産者であることから、地域の農協や生産者とも深いつながりがあります。元理事長には今も、法人内の農業に関わる全職員が参加する毎月の農業連絡会議に同席してもらっており、課題や進捗を共有したり、資材や機械の導入の検証などに関するアドバイスを受けたりしています。

Q どのように事業を拡大してきたのですか。

 開設当時は、利用者が自分でその日の作業を決めていました。障害のある方たちの支援において、自己決定の機会は大切で尊重すべきです。しかし、利用者全員の能力を最大限に発揮しながら工賃を上げていくために、勉強会での学びを踏まえ、職員が利用者の適性を見極めて作業配置を決めるよう方針を転換しました。利用者の皆さんにも、「職員が毎朝、みんながどこで一番活躍できるかを決めます。体調によって外作業はできないとかどうしてもその仕事ができない理由があれば、職員に知らせてください」と伝えて、スタートしたのです。
 最初は大きな反発を危惧しましたが、利用者は概ねスムーズに受け入れてくれました。ただ、例えば、えだまめの出荷では収穫や選別、袋詰めなど工程がありますが、私も含め職員は、日々来られた利用者の適性から配置を考えるのに苦労しました。そこで収穫が得意な利用者がお休みなら、次に収穫が向いている利用者にお願いするとか、あの作業ができればこれができるかもしれないとか、利用者の能力を見て日々配置するようになりました。また、農業は、午前に草取り午後に収穫など作業に変化がありますが、利用者は1日のうちに能力を伸ばす場合やできなかったことができるようになる瞬間もあります。職員は、利用者の貢献度に応じて工賃に対する評価も付けますから、利用者一人一人を見て適材適所に配置することを考えます。このように、利用者の能力を最大限発揮することで、作付面積は当初の約4haから約14haに拡大していったのです。

えだまめ 収穫作業
えだまめ 収穫作業

えだまめ 選別作業
えだまめ 選別作業

こんなところがユニバーサル ・担当する利用者によって、ベルトコンベアの速度を調整。 ・利用者の得手不得手に応じて、えだまめをベルトコンベアに乗せる、規格外を取り除くなど、作業を細分化。

Q どのような農産物を生産していますか。

 全国には少量多品目を生産する事業所もありますが、私たちは品目を絞って大量の農産物を生産することで仕事を生み出しています。
 品目選定で重要なのは、長く収穫・出荷できることです。また、雨の日も利用者は来られるので、収穫してしばらく出荷調製作業ができることも重要です。
 それは、知的障害のある利用者が多く作業の頻繁な変更に適応しづらいとか、作業がない時間のトラブルを防ぐためといった理由もありますが、職員も農業に従事していた者はおらず、失敗しながらも毎年ノウハウを蓄積し、品質の向上や収量の増加に腐心してきた結果、地域に適した栽培できる品目として、現在はたまねぎ、えだまめ、ほうれんそうなどを主に生産しています。

主な生産品目 品目	収穫期間 たまねぎ	4月末〜6、7月 えだまめ	6月〜9月 ほうれんそう・ブロッコリー・キャベツ・長ねぎ	12月〜翌3月 注:無肥料・無農薬のにんにくや米なども生産

Q 機械化にも取り組まれているようですね。

 農福連携の現場こそ、機械化すべきだと思います。農福連携において最も大切なのは、利用者の支援です。種をまくにも、職員が1日かけて手でまく代わりに機械を使って1時間でまくことができれば、職員は残りの時間で利用者のフォローや他品目の管理もできます。職員に時間と心の余裕が生まれることで、充実した農福の現場になります。
 以前は暑い夏の日中に、利用者が畑で収穫作業を行うこともありましたが、今は職員がトラクターで収穫、利用者は日陰の作業場で選別や調製作業と分担しているので、熱中症対策にもなっています。
 なお、参画している農福連携等応援コンソーシアムの「農福現場で活用するテクノロジー事例(図鑑)」の中で、当事業所の機械化の事例が紹介されています。

たまねぎ 選別作業1
たまねぎ 選別作業1

たまねぎ 選別作業2
たまねぎ 選別作業2

たまねぎ 計量作業
たまねぎ 計量作業

こんなところがユニバーサル ・選別から計量、袋詰めまで、コンテナを極力持ち上げずに移動できるよう、導線を設定し、ローラーを傾斜。 ・デジタルや針の表示では悩んでしまう利用者にも使いやすいよう、台はかり(分銅により指定した一定の重さになるとバーが上がる(赤丸囲み))を使用。

Q 農産物はどのように販売していますか。

菜の花のたまねぎや米を使ったランチプレート (ナチュレルマン(群馬県高崎市))
菜の花のたまねぎや米を使ったランチプレート
(ナチュレルマン(群馬県高崎市))

 野菜は主に農協に出荷していますが、キャベツについては別事業所でも同時期に生産しているため、法人全体で卸売業者と契約取引も行っています。市況や作柄によって出荷時期や他品目の作付けを調整したり出荷先と相談したりして、収益の向上を図っています。
 また、規格外野菜を用いた加工品を外注して販売しています。自ら加工することも検討しましたが、まずはしっかり農業に取り組むべきとの方針から、食品加工のプロに卸して、そこから商品を買い取って販売することにしました。
 例えば、規格外野菜を使った餃子です。近隣の子ども食堂で企画されたミニマルシェで、キャベツや長ねぎなどを販売していたら、餃子を提供していたメーカーの方から「こんないい野菜なら餃子が作れるよ」と声をかけていただきました。規格外野菜を使ってもらえないか提案したところ、餃子向きの野菜(キャベツや長ねぎ)がある冬から春にかけて、「もったいない野菜」の餃子を作ってもらえるようになりました。このメーカーの餃子は人気テレビ番組でも取り上げられるほど、とてもおいしいです。
 今年は新たに、みそ造りをしている近隣の就労継続B型事業所に、私たちの米を使って試験的にみそを造ってもらっています。うまくいけば、今後は大豆も作ってみそを商品化して、双方の事業所の利益になればと期待します。
 そのほか、近隣のレストランでもお米や野菜を使ったメニューを提供いただいています。

Q 地域との連携の輪が広がって、事業が拡大しているのですね。

米の育苗
米の育苗

 例えば、米の育苗やライスセンターの運営を通して、地域の生産者や他の事業所に協力しています。ライスセンターは、生産者ごとに米を乾燥・調製していて、手間や時間はかかりますが、近隣の生産者が営農を続ける支えになれていると自負しています。また、活動を見た生産者から農地を借り受けることもしばしばです。
 農業は、ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)(注3)の場にもなっています。利用者のふれあいの機会として、地域の幼稚園や保育所、小学校の子どもたちと一緒に田植えや稲刈りをする活動を続けており、中学校の職場体験実習も受け入れる予定です。

(注3)全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合うという理念。

Q 今後の展望を教えてください。

 授賞式や講演会などで全国の事業所の方々と交流する機会をいただくと、自分たちができていることや取り組むべきことがよく分かり、とても良い刺激になります。
 農業を主体に経営が成り立っている社会福祉法人はまだ少ないように感じますが、地域に合った野菜をできる限り機械化して効率的に生産し、利用者の能力を最大限に伸ばして適材適所に配置しながらライン化して地域に出荷していく私たちのような取り組みは、他の事業所や一般的な農業経営にも通ずるユニバーサルな農業モデルとなり得ます。全国の関係者と情報交換を続けていきたいです。
 私たちのような就労継続B型事業所では、生活支援と就労支援の両輪でバランス良く利用者をサポートする必要があります。生活支援は幅広くできますが、就労支援をおろそかにすると工賃が上がらず、利用者が集中して働くことが難しくなるからです。そこで、「農業の持つ福祉力」が求められます。農業の日々の活動が自ずと生活支援にも就労支援にもなり、地域との結びつきも強めてくれるからです。今後も、利用者とともに地域と連携しながら、農業を続けていきたいです。

 
小淵 久徳 氏
社会福祉法人ゆずりは会 障害福祉サービス事業所 菜の花 管理者
群馬県生まれ。
「菜の花」には開設時から関わり、農福連携技術支援者として、農業による就労支援を実践。全国の農福連携のリーディングモデルとなることを目指す。
※本インタビューは、令和5年6月6日に社会福祉法人ゆずりは会 障害福祉サービス事業所 菜の花にて実施しました。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 企画調整部 (担当:広報消費者課)
Tel:03-3583-8196