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【寄稿】農業をデジタル技術でかっこよく稼げて感動があるものに! 一般社団法人日本農業情報システム協会 代表理事 渡邊 智之

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最終更新日:2021年6月2日

はじめに

 日本の農業者数は高齢化に伴い、年々大きく減少の一途をたどっているのは多くの方がご存知だと思います。しかしながらその反面、大規模に農業を行う農業法人が急増しています。今後もこの傾向は変わらず、耕作放棄地を活用してさらに拡大していきます。要するに小さな農業で経験と勘で行ってきた農業には限界が訪れており、同時に今までの経験したことの無い未曽有の課題が先端的な農業者(以下「スマートファーマー」という)に降りかかっているのです。
 従ってスマート農業、スマートアグリ、アグリテックおよび精密農業などと表現される次世代農業手法(以下「スマート農業」という)が必須になってきています。これらを活用した農業のイノベーションを昨今では「農業DX(デジタルトランスフォーメーション)」と表現し、本年3月に農林水産省において「農業DX構想〜「農業×デジタル」で食と農の未来を切り拓く〜」(注1)として取りまとめられました。
 私は、息子が農家を継ぐ(事業承継)シーンの多くは父親が他界するタイミングであり、結果的に適切な技術伝承がなされないまま後継者にバトンが渡されることになるシーンが多いと聞きます。このような結果になる前に日本の農業は、匠の技術をデータとセットで残していかなければならないという喫緊の課題を抱えています。本稿では、私がスマート農業や農業DXに永年関わった経験から、日本農業の未来像について考えます。
 
(注1)農林水産省が設置した「農業DX構想検討会」において、農業・食関連産業におけるデジタル技術活用の現状やコロナ禍の社会変化を踏まえつつ、農業DXの意義・目的、基本的方向および取り組むべきプロジェクトなどについて議論を進めた結果が取りまとめられた。

スマート農業がもたらす未来

 現在、スマートファーマーの多くが取り組んでいるのは、自分が永年培った経験と勘と呼ばれるノウハウの明文化です。日本の農業をサスティナブル(持続可能)なものにするために一番重要なのは、先祖代々伝承されてきた個々の農業生産者の営農手法を、蓄積されたビッグデータなどを元に明文化することです。ここで明文化されたノウハウを埋め込まれた人工知能(Artificial Intelligence:以下「AI」という)が、営農において都度遭遇するあらゆる課題に対してシミュレーションし、常に最大収益につながる確率の高い順に幾つかの方向性を提案してくれるようになる未来が想定できます。このシーンでスマートファーマーは、自分の責任のもと複数の候補から実際に行う作業を選択するという重要な経営判断が主な仕事になります。
 このまま農業法人が年々大規模化を続けると、個々の農業企業の技術(筆者は創意工夫と試行錯誤と表現)が複数拠点に展開され、夕張や魚沼といった場所に紐付いたブランドだけではなく、日本でもゼスプリやドールのように生産方法や品質を基本とした農業企業ブランドが産まれて来ることが想定されます。
 農作業においても今までのような重労働からは解放されていきます。どうしても人間でなければできない作業を除き、アシストスーツを装着することで約10分の1の力で実施でき、疲労から解放されます。アシストスーツと共存して、AI搭載の自動制御ロボットやドローンが圃場を見回り、収穫や各種センシング(注2)なども行います。これらロボット同士がそれぞれ自律的に動作することで、属人的になっていたノウハウを複数カ所の圃場で同時に行うことが可能になります。匠の農業者の目の代わりを高解像度のカメラが担い、膨大な枚数の病気に関する情報をディープラーニング(注3)で得ているAIが画像診断により瞬時に病気などを確定し、対処法についてもタイムリーにリコメンドしてくれます。また衛星から得られる情報もフル活用し、作物の生育状況と今後の予想される天候などから最適な対処を事前にAIが提案、可能性が一つに絞られる場合に限り自動で実行します。
 
(注2)センシングとは、センサーを使って、画像や温度、磁気、振動など様々な情報を取得し、計測・数値化する技術。
(注3)ディープラーニングとは、コンピューターによる機械学習で、コンピューター自らがデータに含まれる潜在的な特徴をとらえ、より正確で効率的な判断を実現させる技術や手法。


 さらには、食農分野のあらゆるデータが集まるプラットフォーム(農林水産省が勧めているWAGRI(注4)を想定)に蓄積された各種オープンデータの活用により、グローバル観点での市況情報や消費者ニーズに基づいた生産(品種選定や生産量確定)が国内全てのエリアを対象に行えるようになります。農業者の一大イベントでもある作付計画も、(1)輪作や連作、納期などの情報を意識し、(2)最大収益につながる品種を選定し、(3)播種時期や育苗時期をリコメンド、(4)播種時期や定植開始日からの作業スケジュール案も自動で作成してくれます。こうして一か八かと表現されることの多い農業界の固定概念を覆します。一部で、農作業の労力を大幅に軽減することは農業者のモチベーションを下げるのではといった議論がされていることもあるそうですが、私がスマートファーマーとして呼称している先進農業者においては、そのような発言をする者はおらず、逆に全自動で農業ができる未来を望んでいる方が多いイメージです。
 
(注4)WAGRIとは、内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム「次世代農林水産業創造技術」で開発された「農業データ連携基盤」。農業の担い手が、データを使った生産性の向上や、経営の改善に挑戦できる環境をつくるために、データの連携や提供機能を持つ。

ドローンほか

これからのジャパンブランド〜日本の農法と品種〜

 日本の農産物が安全・安心とうたわれているのは、日本の国土で作られているからだと思われている方が多く、国外で生産することは想定されていません。世界中のどこで生産しても同じブランドとして名乗ることはできません。実は多くの場合において、「日本国内で作られた」かよりも「日本人が生産していること」が重要だといえます。日本人の農産物の作り方を「日式農法」として定義し、確立ができれば、世界中のどこで作っても国産生産物と同じような高い付加価値で扱うことができます。
 農作物の品種も、バイオテクノロジーの進化により、ゲノム編集が容易に行われ、現状栽培に向いていないエリア(砂漠や寒冷地、船上、宇宙空間など)で生育可能な新品種が生まれてくる可能性も想定されます。世界的な人口増加による食料(特にタンパク源)不足対策として、先進国である日本のテクノロジーが活躍し、その結果ジャパンプランド種苗が世界の種苗のシェアを大きく塗り替える未来を私は描いています。こうして使用用途や生育環境に応じた品種が多く生まれることで、スーパーにもトマトが一種類しかないということは無くなり、同じ品目でも複数の用途に応じた品種がラインナップされ、消費者の選択の幅が大きく増えています。レシピサイトもジャガイモやトマトといった記載ではなく、男爵薯やメークイン、アイコなどといった品種名で材料名が記載されるようになります。

日本の農業をかっこよく稼げて感動があるものに!

 ここまで書いてきたように、農業におけるイノベーション(農業DX)は農業者だけではなく、国内の全ての英知を統合・活用しなければ生まれません。従って、食や農に関わる全てのプレイヤーの意識を少しずつ変えていく必要があります。これらの実現に向けて全ステークホルダーが協業し、農業を今までの3K「キツい、汚い、危険」ではなく、新3K「かっこよくて稼げて感動がある」職業としていく必要があります。それにはAIやIoT(モノをインターネットにつなぐこと。通信によってモノの遠隔操作や自律的作業が可能になる。)などの先端技術の活用は欠かせないと私は考えています。私が代表を務める一般社団法人日本農業情報システム協会では、4月15日に私がここ数年来の念願としてきた、日本で初めてのスマートファーマーを表彰する第一回スマートファーマーアワードを実施しました。  このような取り組みなどを続けていくことで近未来、子どもたちが選択する職業ランキングの1位に農業がなることを願い本稿を締めくくります。

レポ1-1

執筆者

執筆者略歴
 1993年大手IT企業に入社。農業に関するイノベーション創造に深く関与。主に各種センサーによる生育関連データ蓄積および作業記録アプリ等、「スマート農業」関連ソリューションの開発を主導。その際、自分自身が農業現場の実情を知る必要があると考え、実際に農業法人に飛び込み農業を学んだ。2012年から農林水産省で「スマート農業」推進担当として政府の「スマート農業」関連戦略策定や現場の普及促進に努める。2014年、ICTやIoT、AIなど「スマート農業」の利活用促進を目的とした業界団体、日本農業情報システム協会(略称JAISA)を設立し、代表理事に就任。2018年にスマートアグリコンサルタンツ合同会社設立、代表/CEOに就任。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 企画調整部 (担当:広報消費者課)
Tel:03-3583-8196